6、共同生活から始まる何かを期待するのは、まだ枯れてないんだからしょうがない。
全力で抵抗すると思われたデジデリウスは何故か大人しくなり、耳まで赤くした状態で私を見上げてきました。
無理に気持ちを聞き出すなんて人道に反する行為だと思いますし、やめさせるべきだという事もわかっています。
けれども期待と、ときめきが止まりません。
アラサーでも女なんです!
普段から好意を感じているだけに、それをはっきり聞かせて欲しい!
私は上がってしまいそうになる口角を、下唇を噛むことで押し止めて、デジデリウスの言葉を待ちます。彼は目を閉じて何度か深呼吸した後に、眉間に皺を寄せて力みきった赤い顔で叫びました。
「俺はヒヨリと生涯を共にしたい!」
「・・・・・・・・・」
「重っ!重過ぎる!告白もしていないくせに、いきなりプロポーズとか無しだろう?!相変わらず恋愛面ではポンコツだな!」
なんか、想像と違いました。
好きだ!とか、付き合いたい!ではなく。一気に結婚まで行くのはこの世界の常識なのでしょうか。
そういった話は聞いておりませんが。
告白を受けたドキドキの奥で、なんというか・・・引くまではいかなくとも、残念に感じてしまった部分が重く感じて言葉を失います。そんな私の前で、デジデリウスがエロフの発言に噛みつきました。
「はぁ?!そういうイグナティトゥナダリウスは、初対面で「結婚を前提に」とか言っていただろうが!」
『ふぐっ!・・・そ、そんな・・・』
「ふっ。愚か者め。私はそれから毎日欠かさず、彼女へ愛を告げておるわ!」
『がっ・・・あ、愛・・・』
「なんっ?!なんて恥ずかしいやつなんだ!毎日とか鬱陶しすぎるだろ!」
『毎日・・・毎日会うのが当然な間柄なのか?!』
「一度も言わないくせに、独占欲だけは立派なデジデリウスに言われたくはないな!」
『・・・うっ・・・くうぅ・・・っ』
「だっ・・・だって、それは!」
それまで興奮で顔を赤くしていたデジデリウスが、急に顔を青くして押し黙ります。訪れた静寂の中、エロフの足元でひっそりと竜族の偉丈夫が泣いているのは無視ですかそうですか。
涎まみれのエロフと、彼から滴る涎のせいで仲間になりつつあるデジデリウスの、絵面的にも内容的にも脱力感満載な言い合いを聞かされ。緊迫した雰囲気から急に解放された私は、ものすごーく家に帰りたくなってきました。
だってそろそろお昼の時間だし。エロフに夕食のデザート予定かつ、デジデリウスの好きなバァナを使ったケーキも作ってもらわなきゃ!
そんな感じに他ごとを考えていた私の耳へ、デジデリウスの悲痛な声が届きました。
「ヒヨリは・・・帰りたがっているんだ・・・」
はっとして、ぼんやりしかけていた焦点をデジデリウスに合わせます。未だ地面へ膝を付いたままの彼は、金の瞳をまっすぐこちらへ向けて悲しそうに笑いました。
「俺が想いを告げたとして。ヒヨリがそれに答えられなかったとしても・・・気の優しい君の事だ。きっと枷になってしまうと思う」
そこでふっと俯き、しかしすぐ戻されたデジデリウスの顔からは、笑みが消えていました。
「・・・それに一度でも口にしてしまったら、俺はもう止まらない」
次第に熱を帯びていくデジデリウスの声と視線を向けられ、その気迫に気圧された私の心拍が徐々に上がっていきます。確実に赤面しているだろう顔を彼から逸らしたいのに、指先1つ動かせずに硬直したままの私は、気付いてしまったある事実に愕然としていました。
元の世界へ帰る望みを捨てきれていないからと、それを理由にして自分が傷つかないように予防線を張り。
けれども、彼の気持ちを受け入れたいとも思っている。そんなズルい一面と。
ついでに帰りたいと思う場所が、彼のいる家であるという。
しかもつい先程、ごく自然に「帰ろう」と思ってしまった。その時、これっぽっちも元の世界の事を考えなかった、薄情な自分に。
ただひたすら彼を見返すだけな私の態度を、どう思ったのか。真剣な表情のままのデジデリウスが、再び口を開きました。
「もしも、幸運にも俺の想いに答えてくれたとしたら・・・俺はきっと、ヒヨリに自分の世界を捨てるように願ってしまうだろう。そうなった時、聖地への旅を妨害しない自信が、俺にはない」
なんて。
なんて深い、そして昏い感情なのでしょうか。
そして向けられたそれに、ひやりとしつつも嬉しく思ってしまう私の心の、なんと軽い事。
高く、高く、飛んで行けそうなくらいに。
「・・・どうして私が帰りたがっていると?」
狂おしく感じる程の告白に、高揚してしまう気持ちを押し殺しつつ、私は冷静さを装って疑問を口にしました。
嬉しく思ってはいても、その想いを恐ろしく感じたのも事実です。このあたりで話の主導権を握って、逃げ道を確保しておきたい。
ついさっきしかけたばかりの反省もどこへやら。結局、自分が傷つかないようにまた予防線を張ろうとする自分に呆れますが、そう簡単に人間は変われないものです。
それこそデジデリウスの様に、死にかけでもしないかぎり。
打算的な思惑から口にした疑問の内容は、異世界からの転移者であったなら当然抱くのかもしれませんが、私は彼らの負担にならないよう、黙っていた願いです。だって、この世界へ来てしまったのは彼らのせいではありませんし、言ったところで、願ったところで、どうにかしてもらえるものでないことは、わかっていますから。
ついでに冤罪で留置所へ入れられていた20日の間に、ある程度吐き出してしまい、なるようになるさと諦めかけているのもありますけれど。
少し余裕が出てきた私は、赤くなってしまっていた顔の熱を冷ますために、ゆっくりとした呼吸を繰り返します。
だいぶ平常時に近いくらいまで戻った頃、やっと口を開いたデジデリウスからは、自身の想いではなく私の質問への答えを用意させたからなのか。思惑通りに昏さが消えていました。
なんとなく悲し気には感じますが、ね。自分の気持ちを吐露する気が無い以上、ここはスルーするところですよ。
「特殊スキル「理不尽な保護者」発動時は、ヒヨリの喜怒哀楽がなんとなくわかる。今も・・・帰りたがっているだろう?」
ええ。
ちょっと冷静になってきた今の心情的には、貴方とあの借家へ帰りたい気持ち6割、元の世界へ帰りたい気持ち4割くらいな感じ、ですかね。
非常にありがたいことに、細かいところまで筒抜けではないようです。よかった。よかった。
と、いうか。
なんですかその、何とも言えないネーミングのスキルは。
「保護者」とつくからには「上位異界人の保護者」とかいう称号をデジデリウスに付けた、改蘇神カアラカイルカインが与えたものなのでしょうけれども。
特殊スキルというのは、自分で意識すれば発動させられる通常スキルとは違い、発動条件があるものをさします。それには常時発動している、パッシブスキルなんてものも含まれますよ。
私以外の人々に迷惑がかかりそうな名前の特殊スキルを発動させないためには、その発動条件を知る必要がありますね。我を忘れるような怒りが発動条件だったりする狂戦士化や、自分ではよくわからないなんてスキルもありますが、デジデリウスはわかっているのでしょうか。
「発動条件が何かわかっているの?」
「ああ。危険を感じたヒヨリが俺の名を呼んだ時だ」
あっさり答えていただきましたが、完全に「保護者」的な発動条件ですね。そしてやはり「理不尽な」が、いったい誰に、もしくは何に対してなのかが気になるところです。
「どういったことができるの?」
「そこがよく分からないのだが・・・さっき呼ばれた時はヒヨリの近くへ転移出来たな。あと、ヒヨリを救出する際に、普段より感覚が冴えていて、力がみなぎっていたような気がする」
なるほど。
私の安全面への配慮が前面に押し出されていて、思っていたよりも他者に被害がなさそうなスキルなようです。
こっそりホッと息を吐いた私へ、いつもの優しい表情を浮かべたデジデリウスが言いました。
「ヒヨリ。先程はああいったが、君の選択肢を絞りたくないもの本当だ。まずは神託通りに聖地へ行くことを優先しよう」
本来の調子を取り戻したらしいデジデリウスが、キラキライケメンフラッシュを放ちながら立ち上がります。そしてゆっくり私との距離を詰めながら、ちらりとエロフの足元へ視線を向けました。
「ちょうどいい足ができたようだし、な」
至近距離でやや昏い笑みを浮かべられて、私は思わず1歩退きます。しかしそれに構わず、さらにその1歩を詰めたデジデリウスへ、相変わらずエロフの足に縋りついていた偉丈夫が噛みつきました。
『はぁ?!ふざけるな!人族の分際で、俺様を騎獣扱いしようなどと―――』
「イグナティトゥナダリウスも一緒だぞ?」
『えぇ?!イグ・・・イグ・・・っ!い、愛しい人がついに!俺様に跨って!』
エロフの名前を2回噛んだ竜族の偉丈夫が、恍惚とした表情で涎を垂らし始めます。愛しい人とか言いつつ名前を噛んでしまうのはどうかと思うのですが、増えた涎仲間に関わりたくはないので突っ込むのは止めにしました。
話の流れから察するに、どうやらこの竜族さんの想い人というのはエロフの事のようですよ。すると、あれですか。BがLなんですかね。
竜族の生殖方法はその他の種族とは異なるらしいですし、そもそも雄と雌という性別に当てはめられないそうなので、見た目だけ耽美な世界という感じなのでしょうけれど・・・まあ、とにかく。完全に他人事なので。
がんばって!イグナティトゥナダリウス。貴方の尊い犠牲に、感謝するかもしれない。
「おい!なにをそんな、勝手に!」
「あぁ。イグナティトゥナダリウスは行かないのか。では、ヒヨリ。俺と馬でゆっくり2人旅をし―――」
「行く!行くに決まっているだろう!」
「だとさ。よろしくな。竜族殿」
『よろこんで!!』
輝く笑顔でエロフに縋りつく竜族さんと、それを鬱陶しそうに払う涎まみれのイグナティトゥナダリウス。そんな生臭い彼らから体ごと視線を逸らし、遠く見える町へ足を踏み出そうとしたら、デジデリウスがすっと手を差し出してきました。
自然な動作で女性をエスコートしようとするスパダリ感は、治まっていた胸が再び高鳴り始めるくらいに素晴らしいのですが―――。
生臭い涎はえんがちょ。
突然横にステップを踏むという不自然な動作であからさまに避けてしまった私は、そのせいで生まれた何とも言えない雰囲気を誤魔化すための、日本人必殺の心情を読み取らせない笑みを浮かべて言いました。
「帰っろか。あ、体を綺麗にしてから家に入ってね」
現実的に考えたら、旅立つ前にすることあるよね!と、いう流れでこうなりました。
今度こそ旅に出る予定ですが、ぴたっとくる題名が思い浮かばなくて躊躇しているところ。
いやいや、頑張れよ!
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どうぞよろしくお願いいたします!
お読みいただき、ありがとうございました。