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5、共同生活から始まる何かを期待するのは、不可抗力だと思う。

残酷な表現あり。

 

 何が起こっているのだかわかりませんが、いつもは飄々として余裕に溢れている賢者イグナティトゥナダリウスがこうも慌てているのです。緊急事態に違いありません。

 それなりに実力のある現役騎士で、更にこの世界の神様から加護を受けているディズなら大丈夫だと思いたい。しかしイティスにこれほどまで危機感を抱かせる訪問者と相対して、無事でいられるのでしょうか。


「ディズ・・・」


 彼が死にかけた時の事を思い出してしまって、小さく身震いをしました。


 どうか無事でいて欲しい。

 そんな思いを込めて目を閉じた私の耳に、ここにいないはずの彼の声がはっきりと聞こえました。


「ヒヨリ」

 

 ぞわっと鳥肌が立つのと、私の体が何者かによってイティスから引き剥がされるのは同時でした。暴挙を実行した人物は、私にクエクエからの落下感を味合わせる事なく、ふわっと優しく包み込むようにして着地して私を地面へ立たせます。

 現状を理解できない私が隣に立つ者の正体を知る前に、偶然視線の先にいたクエクエとその上のイティスが、赤い何かに空へとさらわれました。それを追って目線を上げて正体を知り、悲鳴になりそびれた息を飲みます。


「ひぃぇっ?!ど、ドラゴン?!」


 見上げた先にいたのは、右手にイティス、左手にクエクエを掴んだ、小型旅客機ほどもある深紅のドラゴンでした。

 その深紅の鱗を陽光に煌めかせ、蝙蝠のような皮膜を広げて飛ぶ姿は、いっそ神々しいほどに美しい。

 翼を広げていてもはためかせる様子が無く、音も無いのは、きっと魔術を使って飛んでいるからなのでしょう。彼らは息をするように魔術を行使すると聞きましたし。


 恐怖より先に、初めて目にする生き物への好奇心と、その美しさに目を奪われてしまった私は、青空を背景に浮かぶ深紅のドラゴンを見つめ続けます。

 目前のドラゴンは私に気付いていないのか、はたまた眼中にないだけなのか。その手の中から逃れようともがくイティスをじっと見下ろしています。しかし、力では適わない事を早々に悟ったイティスが呪文を呟きだすと、それまで宙に浮くだけだったドラゴンが動きを見せました。


 ベロリっと、明らかに人の身長より大きな舌でイティスを舐めて呪文を阻害し。


「ひうっ!おい!お前っ?!」

 

 抗議の声を上げて暴れるよだれでデロデロなイティスを無視して、もう片方の手で捕らえられていたクエクエを投げ。


「おい!やめろ!おいおいおいおいぃぃぃぃぃ!!!」


 さらに大きく抗議するイティスはやっぱり無視で、飛べない翼を必死にばたつかせるクエクエをパクり。ゴックンと、丸飲みにしてしまいました。

 あたりが静寂に包まれたように感じたのは、イティスが諦めてわめくのを止めたからなのか、私の心臓の音がこれでもかと大きく鳴っているからなのか。


「あ・・・あぁ・・・」


 美しい異世界生物に感動している場合ではありませんでした。

 見るからに食物連鎖の上位に位置する生き物から、早く逃げなくては!


 震える足で1歩下がりかけた私の背が何かに当たり、そこでやっと、クエクエと同じ運命にあるはずだった私を助けてくれた人物がいたことを思い出しました。私にはその力がありませんが、鮮やかに救出した先程の手腕からして、もしかしたら捕まっているイティスも助けることができるかもしれない。

 そんな期待を込めてその人物をふり返れば、そこには予想通りディズがいて。いつものように優しくこちらを見ていた彼は、私の要求に満ちた視線を受けてすぐ、そっと金の瞳を伏せました。

 

「イグナティトゥナダリウス。面倒な男だった」

「・・・・・・・・・」


 微塵も助ける気がなさそうです。

 薄情なのか、ただ単に実力的に無理なのかはわかりませんが、ディズは眉間に皺を寄せて滔々(とうとう)と言葉を続けました。


「勝手に俺の過去を暴露して牽制してくるし」


 どうやら薄情な方のようです。

 この過去と言うのは、前歯を失う前の彼が王都でリア充していた頃の武勇伝ですね。年1回ある公開演習的な騎士団ごとの棒倒し戦での活躍とか、魔物の討伐なんかの話もありましたが、女性関係の方が主な感じでした。

 あれだけ派手に遊んでおいて、自分から想いを寄せたのはヒヨリが初めてとかウケル!と、イティスが爆笑していましたよ。確かに、やることやっといて初恋とか言われても・・・嬉しいどころか、逆に引くし。

 ちょっとドキッとしかけたのはたぶんまぼろし。きっとまぼろしぃ。


「俺に厄介な相手を押し付けて、自分だけヒヨリを連れて逃げたし」


 ギリィっとせっかく復活した歯が欠けそうに強く噛みしめた音がして、怨みの深さを耳で感じました。


 確かにイティスの行動は褒められたものではありませんが、それでも見捨てて逃げるのは人としてどうかと思うのです。

 怨みごとを垂れ流すディズを放置して、ドラゴンがご機嫌な雰囲気でベロンベロンと自分の手の中のイティスを味見しているうちに―――と、必死に考えを巡らせましたが何も思い浮かびません。私の異世界人特典的な不思議能力を使い、勇気を振り絞って特攻したとして・・・丸飲みにされる未来しか見えませんし。


 途方に暮れた私は、助ける気はないようで見捨てて逃げることもしないディズに、ちゃんとお願いしてみる事にしました。


「ねぇ、ディズ。イティスを助けてあげられないかな?」

「あれは―――」


 眉間に皺を寄せた状態のディズが私と共に、よだれ塗れのイティスへ視線を向けた途端。

 それまで音もなく宙に浮いていたドラゴンが、地響きをとどろかせて地に降り立ちました。そしてビクつく私と、全く動じる様子のないディズの目の前で、また地面を揺らしながら膝を付きます。さらにイティスを掴んでいない方の手を付いたドラゴンは、ついでにガックリといった風情で長い首を垂れました。


『負けた・・・俺様が・・・こんな、地味女に・・・』


 どこからどう声に出しているのだか。低音の男性の声がドラゴンの口から漏れ出ました。


 『地味女』とは私が町の女性たちからよく向けられる言葉なのですが、西洋人並みに目鼻立ちのはっきりした顔の持ち主たちが多いこの世界に、あっさりした顔貌の東洋人が放り込まれたなら、地味以外の何物でもないと思います。

 そんな自他ともに認める地味顔の私が、一体全体どの部分でこのドラゴンにまさったのでしょうか。心当たりはありませんが、言葉を話せるのならば意思の疎通をはかり、イティスを解放するよう説得することができるかもしれません。


 光明を見つけた私は、イティスを手放してもらう交渉するために足を踏み出しかけます。するとディズが私の肩を抱いてぐっと引き寄せ、妨害してきました。抗議しようと口を開いた私の唇に人差し指を当て、緩く首を横に振ります。


「あの竜族はイグナティトゥナダリウスの客人だから大丈夫だ。それに今、ヒヨリが話しかけると激高するかもしれない。以後、ヒヨリはイグナティトゥナダリウスの愛称を呼ばないように」

 

 んん?どういう事?

 このドラゴンはドラゴンではなくて、竜族さんなのね?

 私が話しかけると、なんで激高するの?

 というか、その言い方。愛称を呼ぶことに深い意味があるってことですよね?

 

「ディズ。愛称を呼ぶことに、何の意味があるのか教えてください。」

 

 思ったより淡々とした口調になってしまいました。しかし私の顔にはちゃんと笑顔が浮かんでいるはずです。目も笑えている自信はありませんが。

 ギギギっと錆びたおもちゃの様に体をこわばらせたディズを、じっと見つめる事しばらく。苦し気に唇を噛んだ彼は、言いたくなさそうにしながらも口を開きました。


「ぐっ・・・この世界では・・・この・・・世界では―――」

 

 言いよどむディズの額に、いくつかの汗の球が浮かび始めました。その姿は何かにあらがっているようにも見えます。

 なんだか様子がおかしいですが、今を逃したらもう教えてもらえない気がして。


「この世界では?」


 うながすように言葉を復唱すれば、頑張って閉じようとしているのに勝手に口が開いてしまうといった感じのディズが、私の視線から逃れるためなのかぎゅっと目を閉じました。

 

「んぐぐ・・・くそっ!名前を元にした愛称は・・・パートナーにしか呼ばせないのが普通だ」

「・・・・・・・・・は?」

 

 何を言っているのかな?デジデリウス君。


 それは何かね?

 つまり私は君と、イグナティ―――長いな。賢者様・・・「様」付けるの嫌だな。

 えっと、つまり私は君とエロフの2人とそういう関係にあると。そういう事になっているとでも言うのかな?


 なるほど。エロフが私に、外で愛称を呼ばないように言ってくるわけだ。男色疑惑を広めるには、私が君らの愛称を呼んでいるとバレてはいけないのだからね。


 ・・・と、いうかだね?

 エロフはともかく。


 デジデリウス君。

 私、君から直接言葉で想いを伝えられたことなど無いのだがね?

 そこんとこ、どうなんだい?


「・・・ヒヨリ?」


 視界の端で巨大なドラゴンがスルスルっと音もなく小さくなり、人型になってよだれ塗れのエロフの足に縋りついていますが、危険はなさそうなのでとりあえず放置することにして。再び汗をかき始めたデジデリウスを、ただひたすら笑顔で見上げます。


 さあ、どうぞ。

 いい大人なのですから、私が何を要求しているのか・・・というか、何を言うべきなのか察してみなさい。

 そんな思いを込めて笑みを深めれば、金の瞳に焦りを滲ませたデジデリウスがその場で膝を付きました。


「悪かった!ほんの出来心だったんだ!その・・・俺、俺は・・・ヒヨリが・・・っ」


 私の服の裾を掴みかけた手を自分の口元に当て、デジデリウスは言葉を切りました。しかし、もごもご言っていることから、塞いだ手の下では口が動いているようです。

 やはり様子がおかしい。と首を傾げた私へ、赤髪の偉丈夫を足にまとわりつかせたままのエロフが近づいてきました。


「どうやら私の居所を吐かせようとしたこいつが、デジデリウスへ素直になる魔法をかけたらしい。しかも効きにくかったから3重がけしたんだと。今なら何でも吐くぞ」


 美しいご尊顔で厭らしくニヤリとされましたが、美人さんはどんな表情をしたとしてもその美しさを損なうことがないようです。逆に水分を含んだ前髪が色気を醸し出していて、彼の魅力をこれでもかと肥大させています。

 しかし、よだれえんがちょな私は絶対触れられない距離を確保するために、ゆっくり後ろへさがりました。美人の傷付いたお顔もまた大変魅力的ですが、漂う生臭さが現実を忘れさせてはくれないのです。


「デジデリウス。お前、本当はヒヨリとどうなりたい?」


 傷付いちゃったエロフの八つ当たり先は、デジデリウスに決定されたようです。相変わらず手で口を塞いでもごもご言っていたデジデリウスの手を、エロフは問答無用で掴み上げました。


「俺っ!俺は・・・」




最終話は明日。

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