3、共同生活から始まる何かを期待するのは、人類の危機を招くかもしれない。
「イグナティトゥナダリウス!あんた、俺がいない日中、ヒヨリにいつもこんな、こんなにくっついて、張り付いてたのか?!」
共同生活4週目。
国家公務員的な立場である騎士のディズはこれまで、早朝に出かけ、日が落ちてから帰ってきていました。しかし今週は夜勤らしい。
そんなわけでやってきた、共同生活初の夜勤明け。帰ってきてすぐ朝食をとり、明日の勤務に備えるため寝る予定だと。そう言っていた彼が台所へやってきた時、発した言葉が先程のあれです。
そういえば、2人きりでない時。例えば買い物などで外出している時や、ディズが家にいる間なんかは、イティスはやや距離が近くても、今の様に私の背へ張り付いたり、手取り足取り教えてきたりというような、お触りはしてきませんでしたね。それでも何やかんやと毎日のように2人が言い合っていましたので、今の今までその差に気が付きませんでしたよ。
それに先日、イティスの金魚の糞ぶりをディズに愚痴ってすぐ、魔道具発動用の魔石を頂いたので、この状態を知っているものだとばかり思いこんでいました。
そうですよね。勤務中であるディズがさぼって覗きに来たりでもしていなければ、知るわけないんですよ。
「何か問題でも?」
「ありまくりだろうがっ!変態エルフめ!!」
しれっと言い返した変た・・・イティスを私の背中から剥ぎ取り、ディズは朝食の準備途中だったテーブルへ無理やりつかせました。そして盛り付け終わったオムレツを運んでいた私へ微笑みかけ、持ちきれなかったグラスと水差しを運んでくれます。
準備が終わったのを確認して座ろうとすると、ディズが椅子をさっと引いて丁寧に座らせてくれました。完璧なエスコートです。きっと王都でも、この調子で女性をひっかけていたのでしょう。
先日、まだ日勤だった彼の仕事ぶりを偶然目にする機会があったのですが、女性が好む騎士の所作の鑑とでもいうようなその言動は、イティスとこっそり覗き見ていた私でもドキッとするほど文句のつけようがありませんでした。イケメンマシマシ、キラキラだくだくでした。
自分がされたわけでもないのにときめいてしまった私の横で、「前歯が無い時は『お仕事ご苦労さん』で済んだのに、前歯があると『素敵抱いて!』になるとは・・・これ如何に」とイティスが首を傾げていて、早々に我に返りましたが。
イティス、貴方の場合は「体の相性が最優先!」とか明言している時点で、論外。見目に左右されるより最低過ぎですから。
「ありがとうございます」
にっこり。
絵に描いたような営業スマイルで礼を口にしたら、ディズの顔が引きつりました。そしてすぐ、ニヤニヤとこちらを観賞していたいたイティスを睨み付けます。
「何を話した?!」
「昨夜、お前が出勤した後のことだ。ヒヨリがデジデリウスは強いのかと聞くから、狭き門である王城勤務の騎士に選ばれる程度の実力はあると・・・」
「それだけか?!」
「流れで、この田舎へ左遷された理由を・・・」
「ちょっ!イグ・・・イグ・・・っ!!だあぁぁぁぁぁっ!!」
スペック的にはスパダリっぽいディズなのに、接してみるとやや残念臭が漂うのは、明らかに彼の反応を楽しんでちょっかいをかけているイティスのせいかもしれない。
イティスの名を2回噛んだディズが、私の足元へ滑り込んできました。ウルウルと捨てられた子犬のような目でこちらを見上げてくる彼を、私は椅子に腰かけたまま冷ややかに見下ろします。
そんな私の視線を受けて脂汗を流し始めたディズは、何度か口を開き、何度もためらってから宣言しました。
「俺は断じて、男色ではない!!」
「あ。そこは端折った。」
「・・・・・・え?」
「事実ではないのだから、話す必要などなかろう」
ニヤニヤと厭らしい笑みを深めたイティスを、ディズが茫然と見つめます。
こうした、両手で足りない数の女性とお付き合いした経験があるらしいのに何故だか純情な振る舞いをするディズと、彼を楽しそうにいじるイティスのやり取りは、はたから見ていると非常に面白い。
実は最近、この町でディズと自分がそういう関係だと噂されていたりするのだ。と、教えてくれたイティスは他人事の様に面白がっていました。
私と買い出しに行った時も、探りを入れてくる八百屋のおかみさんや、雑貨屋さんの娘さんなんかへ意味深な発言をしてみたり、わざと私を小間使い扱いしたりして私との仲を否定し、男色を匂わせているのです。そういう話題に興味のない肉屋の親父には、普通に接するのですが、空気が正確に読めてしまうらしい賢者様は、的確な相手に、なんとなくぼかして伝えて想像力を掻き立て、面白おかしく話を広げて喜んでいるみたい。
面白い事なら体を張ってしまうイティスに引いていたら、お勉強時間の合間に、さらにドン引きすることを教えてくれました。ちょっとした好奇心から、この世界での同性間のお付き合いについて尋ねたのがきっかけで。
私が本当は何を聞きたかったのか察してしまったイティスが、エルフについて語り出したのです。
それはディズが日勤で家にいない日、日中の勉強時の事でした。
私の勉強用にと用意してくれたランチョンマットくらいの大きさの黒板に、イティスがアルファベットに似ていなくもない文字で『人族』『エルフ』と縦並びに書いて、その横に線を書きます。
今度は漢数字に近いような、短い線の上の『100』と、10倍は長い線の上に書かれた『1000』は、それぞれの種族の寿命でしょうか。勿論、短い方が人族でございます。
次にイティスは線の中間あたりに駄円を描き、人族の方へ『3~6人』エルフの方へ『0~1人』と書き込みました。
「我々エルフは長命だ。そして出生率が低い。出生率が低いから長命なのか、長命だから出生率が低いのかは定かではないがな」
コツコツと、エルフの寿命線上の数字を華奢な指の先にある艶麗な爪で指しながら、イティスが悲し気に目を伏せます。
つまりこの『0~1人』というのが、エルフの出生率という事なのでしょう。1000年も生きて子供がいない場合もあるのは、出生率が低すぎるからなのか、見た目どおりに淡白な種族なのか・・・。
種の存続の危機を憂いているようなイティスにかける言葉が無くて、そっと彼の肩へ手を添えます。
すると物凄く嬉しそうな顔でこちらを振り向いて、彼に触れていた私の手を掴み、その指先へチュッとキスをしてきました。次いで手の甲、手首と順に上ってくるイティスの顔を、肘まで来たあたりで鷲掴んで阻止します。
そうだった。
他のエルフさんたちがどうだか知りませんが、このエルフの賢者様は肉食系でした。
引き際もばっちりな賢者様は、私に寄せていた体をあっさり離して元のように座り直すと、キリっとした顔で全く似合わないことを言い放ちました。
「そんな我らが淡白であったなら、すぐに滅びてしまうだろう?だからエルフは性に奔放なものが多い」
残念。
私のイメージしていた、思慮深く孤高かつ草食なはずの叡智の種族エルフはこの世界に存在せず。イティスのようながっつり肉食系エロフがデフォらしい。
「この数字は同族間での出生率だ。他種族とであれば、そちらの出生率に依る。よって我々のような長命種は恋愛対象を同族に限ることはしない。エルフは竜族のように変化ができないから、相手が人型であるという制限はついて回るがな。そうして種を撒き、種を得て繁殖する」
「え?じゃあ・・・」
「性に奔放であるという事実から誤解されやすいが、子を望むエルフは同性間での恋愛をまずしない。繁殖できない以上、無意味な行為だからだ」
ここまではよかった。理にかなっているし、意味も分かる。問題はこの先だった。
「でも、それだと純粋なエルフがいなくなってしまったりするんじゃないの?」
エルフ同士では生まれにくいから、他の種族との子供を作る。
子孫を残すという意味では目的が達成できても、種族として受け継がれるのは半分になってしまうではないか。そんな心配を、イティスは笑い飛ばしました。
「竜族には負けてしまうが、エルフの血は強い」
「えっと・・・優性遺伝するという事?」
「ゆうせいいでん?」
自動翻訳スキルがあっても、この世界に存在しない言葉は翻訳されません。そしてどうやらと言うか、やはりと言うか。この世界にはDNAの概念が無いらしい。
どこからどう説明したらいいかと悩んでいる間に、美しく傾げていた頭を元へ戻し、イティスが続きを話し始めました。
「例えば、私とヒヨリが子を生したとする。ふふ・・・愛らしかろうなぁ」
にへらっと美人台無しな顔をしたイティスは、さらに何かを想像しているらしく、長耳を垂れさせて頬を赤く染めます。突っ込む気にもなれず、暇を持て余した私が指のささくれチェックを始めてしばらく経った頃、性に奔放なエロフさんがやっと我に返り、咳払いをしてから口を開きました。
「ん"ん"。あー。エルフと人族の子は、半分エルフ。もう半分が人の特徴を持つ」
うん。遺伝子の法則的にはそうなりますよね。わかります。
私が小さく頷いたのを見て、イティスは続けました。
「この半分づつのエルフ同士が子を生したとする。すると―――」
「すると?」
「純粋なるエルフが生まれる」
「・・・は?」
え?もう半分の人間遺伝子はどこへ行った?
確かに遺伝子の法則的にはありえなくもないですが、それだと全ての遺伝子情報において優性でないと成り立たないのですよ。血が強いにもほどがある。
よく分からなかった私は、イティスへ訊ねました。
「つまり半分エルフと半分エルフの子は純エルフってこと?絶対に?必ず?」
「絶対に、必ずだ。例外は今のところない」
「え。じゃあ、半分エルフと人族・・・イグヒヨとデジの子の場合は?」
単純に考えて4分の1なんだけど。
なんか混乱してきたので、エルフのイティス―――イグナティトゥナダリウスと、人族である私の子供をイグヒヨとし、人族であるディズ―――デジデリウスと子供を作ったと仮定します。
仮定が身近な人物過ぎて複雑な気分になったのか、イティスが嫌そうな顔で答えました。
「イグデジだ」
「イヒデジじゃなく?」
「イグデジだ」
大変だ!ヒヨリ遺伝子が消えてしまった!
血が強いとかいうレベルでなく、まるで呪いのようです。恐ろしや、エルフ遺伝子!
そう慄いていた私の両肩を、もの凄くマジな顔のイティスが掴んで、言い聞かせるようにゆっくり口を開きました。
「いいか、ヒヨリ。相手の好みに合わせて性別を変えてくる魔族も恐ろしいが、最も注意すべきなのは竜族だ。奴らは出生率は低くないものの、好みにうるさく、そうでない相手に対する態度は淡白だ。だが一度、相手を決めてしまうと死ぬまで付き纏う。それがどんな種族だろうが、人型で無かろうが、雌だろうが雄だろうが関係なく。卵を排出できる穴さえあれば、確実に孕ませてくる」
なんだそれは?!
エイリアンか何かか?!恐ろしや、竜族!!
ま、まぁ、でも。ようは気に入られなければいいのでしょう。
大丈夫。冴えない異世界人アラサーがモテているのは、種の存続的な理由から顔より体の相性を重視する傾向っぽい、自称美乳フェチ(断じて貧乳ではない!)なエロフさんに限っているわけですし。
ディズは・・・彼は、何と言うか。過去の話を聞く限りでは、来るもの拒まず去る者追わずな、何だとイケメン爆発しろ的な女性遍歴を持っていますので、あまり言動を真に受けてはいけない人種なのだと思います。
なんとなく鬱々とした気分になってきた私に、イティスが相変わらずマジな顔でついでとばかりに爆弾を投下しました。
「ちなみに竜族は雄しか存在しない。子種を植え付ける側を雄と呼ぶのならな」
あぁ。つまり、なんだ。
雄しかいないはずの竜族は、性別を超えて子供を作るという事で。よって、この世界では同性間の恋愛に寛容なのだと言いたいのでしょうか。
どんな種族にでも変化できるという竜族を見分けるには、胸骨の上にあるという逆鱗を確認するしかないのですから、そういうことなのだと思いますけど。
しかもこの世界には、人族3:獣人族3:魔族1:竜族1:エルフ族1:ドワーフ族1の割合で存在するとか。ハーフは多岐にわたるので、別として。
そんなわけで他種族遭遇率高いのよ!普通に買い物へ行っても、何かしらの他種族を目にするの。
この国は人族の王の国だから、他の種族の国よりかは人の割合の方が多いらしいのですけれども。
「・・・はぁ」
変なフラグとか立ってないといいな・・・と、思いながらため息を吐いたら、長い回想の間ずっと私の足元にいたらしいディズがビクリとしました。彼は揺れる金の瞳でこちらをチラ見してきます。
異世界の子作り事情も衝撃的でしたが、ディズが夜勤で不在だった間に教えてもらった、彼の王都での所業も衝撃的でした。
結構腕が立つという彼が聖地まで同行してくれるのはありがたいのですが、神様に前歯を治してもらってイケメンへ返り咲いたわけですから、王都でしていたようなリア充を謳歌してきたらいいのに。神様から私の保護者という称号を与えられたのだとしても、あくまで保護者であって、恋人ではないのですし。
それに元の世界へ帰るという望みを捨てきれていない私に、恋愛をする余裕なんてありません。
「・・・食べないの?」
「た、食べる」
そろそろと椅子に座るディズを見ないようにして、私は手を合わせます。イティスとディズの祈りを待って口にしたオムレツは、予想どおり冷めてしまっていました。
続きは明日。