例の部屋に閉じ込められた話
テーマ:内部、時
ぴっぴっぴっ……。
首もとから聞こえる冗談みたいな音で目を覚ました。
「まるで時限爆弾みたいな……」
首を触る。硬い感触。
仰向けに寝かされていた身体を起こす。一面真っ白な部屋。光源は見当たらないが妙に明るい。
自分の他におっさんと、もう一人女性が閉じ込められているらしいこともわかった。おっさんの方は汗まみれになって壁にもたれかかっている。まるで今の今まで運動でもしていたかのようだ。女性は身なりや体格からして恐らく年下だろう。俺と同じく、いま起きたばかりといった雰囲気だ。
そして他の二人を見てわかったことがある。
この部屋の人間の首には首輪がついているらしい。しかもカウントダウンするデジタルモニターつき。
ここで冒頭の発言を訂正させてほしい。
聞こえるのは冗談みたいな音、ではなく冗談であってほしい音だ。
とにもかくにも状況把握だ。
とりあえず目が合っている女性の方に話を聞いてみよう。
「あの、そこのあなた。ここがどこだかわかりますか」
「私に言っている?残念ながら私もおそらくあなたと一緒、まったく状況はわからない。家のベッドで寝ていたはずなのだけど……」
女性は頭に手を当ててうめいている。相当堪えているようだ。あるいは、二日酔いにも見える。
おっさんにも状況を聞くべく立ち上がると、なんとなく部屋の全容がわかってきた。
トランプゲーム全集とトランプ、黒ひげ危機○髪、箒とちりとりが二つずつに小さなコーラの自販機、そしてベッド。アメリカでちょっと金持ちだと部屋の中に冷蔵庫代わりの自販機を置いたりするらしいが、要するにただの散らかった部屋だ。ドアはひとつ。
「あのー、すみません。ここがどこだかわかりますか?」
おっさんに話しかけてみる。おっさんは汗まみれの顔でこちらを見ると、にた、と油っぽい笑顔を浮かべた。
「ここかい?さあね、わたしにも何が何だか分かんないよ。気がついたらこの部屋に閉じ込められていて、この爆弾が首にくっついていたのさ」
「爆弾ですって!?」
後ろから悲鳴じみた声があがった。首輪をまったく疑っていなかったらしい女性があわてて駆け寄って来た。
「へへ、そうさ。爆弾さ。いや、爆弾って言うよりは殺人装置だな。時間がきたら……パンッ!」
おっさんは派手に手を叩いた。思わず身体がびくつく。
「これが爆発するってことですか」
「いいや、消えるのさ。突然、そこに何もなかったかのように……君らは見たところほとんど同時に『時間』が来てしまうみたいだね」
力なく笑うおっさん。その絶望にあてられて顔から血の気が引いていくのが分かる。見れば、女性もまた青ざめていた。
「わたしのほかにも二人いたんだけど、彼らは先に消えてしまった。そしてわたしひとりになって数分で君らが現れ、すぐに目を覚ました。ああ、わたしは幸運だ。消えてしまう前に、君たちに知識を伝えることができる」
おっさんの首輪のカウントダウンは残り1分。もはや声を絞り出すことすらできず、耳を傾けた。
「いいか、まずあのドアは開かない。破壊しようとするのも無駄だろう。詳しく言う時間はないが、試しはしたのだ。そしておそらく、あのドアを開く条件は他にある。この部屋の散らかりようは最初からだ。このあたりの道具を使って条件を満たせば、おそらくドアは開く」
おっさんの首輪から聞こえる音の感覚が短くなった。残り10秒。
「わたしは何もかも試したつもりだ。だが若い君たちならもしかすると脱出方法がみつかるかもしれない。諦めるなどんなこ」
パンッ。
手を打ったような音がして、オッサンは文字通り消えた。
何も残っていない。汗の一滴でさえも。
「ね、ねえ。あなた名前は?」
「俺はツカサ。高校二年生」
「一文字。私は大学二年生。これからどうしたら……」
なんと、一文字さん年上だった。大学生ともなればもっとこう……いや、今は気にしている場合ではない。一文字さんは軽くパニックになっているみたいだが、俺だってそうだ。
人間がひとり消える。例えばそれが親族の死なら、葬式という儀式を通してその喪失や、自分もいつかそうなるという恐怖と折り合いをつけるものだ。
だがこの部屋は違う。そのような暇を与えずに、冷酷に『順番』がやってくるのだ。
「一文字さん、俺は一応ドアを確認してきます。もしかしたらおっさんが勘違いしていただけで引き戸だった、とかそういうオチかもしれない」
「待って!」
駆けだした手を掴まれた。
おっ。
「一緒に確認しない?こんな状況でうかつに距離を取るのはあまりよくないかもというか……」
「もちろんです、一緒に行きましょう。もし開いていたらそのまま出ちゃいましょうか」
コク、と頷いた一文字さんが俺の左手をガッシリ握っている。
こんな状況だが、非常に楽しくなってきた。
結論から言うとドアは開いていなかった。
「ドアが開く条件かぁ。一文字さん、何か思いつきます?」
「うーん……時間はけっこう余っているのよね」
お互いの首輪の時間を確認したところ、俺が残り2時間25分で一文字さんが2時間30分だった。この事実が判明したことで、現在の俺たちは比較的冷静さを保てているに違いない。
「ここらにあるのは遊び道具よね?しかも二人以上でやるものが多い。これで遊んで条件を満たす、とか?」
「一理ありますね。じゃあまずトランプでも使ってみますか」
幸いトランプゲームのルール全集はあるうえ、そもそも共通で知っているゲームもあるはずだ。リラックスもかねて大富豪あたりからやるのがよさそうだ。
ところで、このようなシチュエーションの場合よく漫画とかであるのは『アレ』をしないと出られない、というやつだ。そしておあつらえ向きなことに、この部屋にはベッドがある。
おそらく一文字さんもその可能性には早々にたどり着いていると思われるが、あえて目をそらしているのだろう。というかそうでないと俺だけが気持ちの悪い発想にたどり着いた変態になってしまうので、そうであってほしい。
「縛りとイレブンバックは反則だよやっぱ〜!」
「そっちこそゴットビだかブットビだか知りませんけど妙なルールを追加しているじゃないですか!」
「くっ……ところで、ドア開かないね」
最初にトランプを選んだのは失敗だった。懐かしい地元ルールなどの話から知っているルールをすべて詰めた大富豪を始めた結果、大富豪しかしないまま1時間が経過してしまったのだ。
「トランプ以外のことをやらないといけないのかもしれないですね」
「もうトランプも疲れたし、ちょっとほかのことをやってみましょう」
「ルールにばらつきのあるものだとダメなのかもしれません」
次に目についたのは知恵の輪の入った箱だ。すでに前の人たちが解いたらしい残骸とその残りが散らかっている。
「アレなんかどうですか。知恵の輪を解き終われば開くとか」
「なるほど。知恵の輪は得意よ、私!」
一文字さんは得意げだ。そして言うが早いが落ちていたものをひとつ摘まむとあっという間に外して見せた。
「おお、これなら全部外せそうじゃないですか」
「任せてよ!」
「一文字さん、そろそろ諦めましょう。またあれから1時間経っちゃいましたよ」
「うー……もうちょっと、もうちょっとなのに」
箱の底にあった知恵の輪が曲者だった。なまじそれ以外が『解けてしまった』一文字さんは意地になって最後のひとつに拘泥してしまったのだ。
いっぽう俺は一つも解けなかったさすがに暇だったので他の手につくものはなんとなく試してみたものの、結局ドアが開く気配はなくいつしか飽きて一文字さんの手元をひたすら眺めてしまっていた。
「あと30分弱……一文字さんはどう考えますか」
「たぶんこれが解けたら」
「おもちゃはちゃんと片付けなさい!」
一文字さんから知恵の輪を取り上げ、箱に放り込む。彼女はちょっとだけ不満げな顔をしていたが、改めて30分弱しか時間がないことを確認し額に汗を浮かべた。
「運動系はどうかしら」
「なっ」
運動系、とはつまり、つまり……!?そちらからくるとは思ってもみなか
「縄跳びがある」
「……なるほど」
「どうしたの?もしかして何か分かった!?」
「いえ。確かに縄跳びを規定回数こなせば開くというのはあり得る話です。その縄跳び、使用した様子もありませんしちょっと賭けてみますか」
「ツカサくんは縄跳び得意?」
「小学生のころ校内大会で優勝しました」
「ならお願い!私数えながら待っているから!」
信じているから、と肩を掴んでこちらを見つめる一文字さん。
その瞳には、先ほど箱に投げ入れた知恵の輪が写っていた。
「も、もうっ、限界っ……!」
「大丈夫!?あっ!」
おそらく4ケタは跳んだし二十跳びも三十跳びもわが校に伝わる“ロイヤルストレートフラッシュドラゴン跳び”も試したがドアは開かない。床に倒れ伏した俺を一文字さんは心配するふりをしているが、その目線は明らかにたったいま解けた知恵の輪に向いている。
「でもこれが解けたからドアは!」
開かない。先ほどと同じでびくともしなかった。
「そ、そんな……」
一文字さんは床にへたりこんでしまった。残り時間は、もう確認していないがあとわずかのはずだ。
……こうなったら、やるしか!
「ないっ!!」
「うわっ!?」
最後の力を振り絞り一文字さんを抱え上げてベッドへと叩き込む。仰向けに押し倒された一文字さんは硬直していたが、すぐに何が起ころうとしているかを理解したらしい。
「ツカサくん、まさか」
「もうこれしか無くないですか!?逆に!この状況で!これ以外に何をせよとぉ!!」
シチュエーションにかこつけて無理に迫る犯罪者がそこにいた。俺だけど。
「でも心の準備が!」
「待ってもいいですよ。ですが残り時間は」
確認。一文字さんのカウントダウンは残り6分30秒。
つまり残された時間はあと1分30秒……!
「さあ!覚悟を決めてください!!」
「ええっ!?」
縄跳びの回しすぎで腕も腰もガクガクしているが、俺はあと1分で事を終えねばならない責任がある。
さあ、覚悟を決めろ女子大学生一文字!
「わ、わかった」
一文字さんはそう言うと、なんとなく唇を突き出して目をつぶった。
あー、そういうアレか。
ここに来て完全に意識がすれ違っている。
さてどうしたものか……。
というか俺もキスなんかしたこ
ピッ。
思考に割り込む電子音。残り30秒。
え、ええい!ままよ!
こうして俺は、キスとは本当にちゅっと音がするわけではないということを学んだわけだが。
「あれ!?」
ドアが開かない!なんてことだ。まさか本当に!?
再びベッドに戻って来た俺を見た一文字さんが焦燥と絶望を顔に浮かべる。
「キスじゃないんですよ!やっぱり!」
「で、でももしかしたらもっと深くこう……」
「一文字さん、覚悟はいいかァ!!!」
「キャーーーーー」
パンッ。
音がして、世界がブラックアウトした。
そして、すぐに色がつき始めた。
「えっ」
気がつけばどこか、公園のベンチに座っていた。日曜日のぽかぽか陽気があたたかい。
なるほど、あれはカウントダウンが終われば出られるという仕組み……。
そう気がついたのはしばらく経って、ブランコに見覚えのあるおっさんがぼーっと座っているのを見たときだった。
「えっ」
隣から聞き覚えのある声がした。一文字さんだ。なぜかシャツがはだけている。
「一文字さん、はだけていますよ」
「あっ、ありがとうツカサくん」
一文字さんがシャツを直す。衣擦れの音を打ち消すかのように強い風がざあっと吹いた。
結局、俺たちは一体何に巻き込まれたのか。どういう理屈の経験だったのか、一生知ることは無いのだが。
閉じ込められていた数時間よりも、そのあと公園に座っていた数分の方が辛かったのは確かである。




