六ノ点 追憶-ツイオク-
1972年9月16日11時52分。
枯れた井戸や木製の柵で囲まれた朽ち果てた木、苔に覆われた塚碑、雑草が生い茂る裏道、藁傘の地蔵。私は、村中を探し回った。しかし、凛の姿は見当たらない。そこで助けを呼ぶために最上町へ戻ろうとするが、トンネルは崩落し帰るすべを失った。絶望的状況に、私は言葉を失ったとき錫杖の鐶の音が聞こえた。
鐶の音が聞こえた先へ行くと、袈裟に身を固めた男性達が屋敷へと入っていく。その姿は背景を見通すほど透明であった。
袈裟を着た男性達は屋敷の中へ消え、鐶の音も同様に消えた。同時に雫が落ちる音がした。私は一瞬その光景に足を止めたのだが、その音を聞き吸い寄せられるように、ゆっくりと屋敷へと入っていった。
幼いとき、凛はよく誰もいない公園で一人で愉しく遊んでいた。それは後から聞くと同じ位の年頃の子と遊んでいたと凛は言った。その他、誰もいない空間に向かって話しかけているということも少なくはなかった。しかし、成長していくにつれてそういった素振りを見せることは無かった。それについては触れることは無かったのだが、凛はまだ見えてるのだろうか。
幼少のころは同様な子供は多少いると思う。父は不思議と驚きもしなかった。凛の行動の起源というのは私たちのご先祖は、神主であることが影響しているらしい。随分昔の事だが、父から聞いたことがあった。しかし、それ以上の事については教えてもらえなかった。
母は、可憐で精神的に強く、私のことを大切に育ててくれた。時より、私を憐れむような目で見つめてくることがあった。その目で見つめられていたときは、愛しく見られていたと思った。沢山の温もりをくれ、私は幸せだった。
しかし、母は凛を出産中に突然死した。原因は分からず、心臓発作として処理された。私は幼稚園から父に連れられ病院へ向かったが着いた頃には母は亡くなっていた。悲しかった、辛かった、幼いながらも無力だと思い知った。
しばらくして姉妹は成長した。凛は母の事を大事にした、居ない母の事を大切に思っていた。死んでも尚、凛自身を産んでくれた事に感謝していた。それは見ていてもわかる。毎朝母の仏壇に手を合わせ、お供え物、仏壇周辺の掃除をした。
勿論、私もしていた。でも、母が居なくなった事に正面から向き合うことが出来ずにいた。何年経っていても、あの温もりを忘れたことがない。忘れられないで居ると言った方が正確かもしれない。母が遺品として残した物は、それぞれ父、私、凛と持っている。私は髪留めを貰った。凛は帽子。父は手帳を。母の手帳については見せてもらったことはない。
気がつくと、見知らぬ座敷にいた。剥がれかけた畳に、竿で下げられている和服。窓はなく、出入り口は木製の格子で塞がれていた。格子の一角は扉になっている。その扉は閂で閉じられている。努力すれば中からでも外せそうだ。
この座敷には既視感を覚えるが、思い出せそうにない。
どこかで・・・・・。
ふと座敷の隅に、小さな机が置かれておりそこには無地の冊子が置いてあった事に気づく。数貢開いてみたが誰かの手記であるようだ。人の物を覗くのは気が引けるが、この座敷について分かるかもしれない。
7月26日
昨日ノ儀デ巫女トシテ選バレテシマッタ。縛ラレタ手足ハ未ダニ痛イ。
父ト母ハ巫女トシテ選バレタ事ニ対シテ、大変喜ンデイル。
巴祭デ私ハ・・・。
7月27日
閉ジ込メラレテ丸一日。暗クテ怖イ。オ父サンオ母サン此処カラ出シテ。
7月28日
誰デモ良イカラ出シテ。ドウシテ私ガ。
7月29日
今日モ地獄。明日モ地獄。コノ村ハオカシイ所ダラケ。
7月30日から黒く塗りつぶされている。
8月12日
助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ
助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ
助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ
助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ
助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ
助ケテ助ケテ助ケテ
助ケテ助ケテ
助ケテ
8月13日
ラカルスニシロゴナミラツヤタセワアニメナンコ ヨロテシニミシノタカラルヤテシロコナンミ
これ以降は文字が潰れていた。
この手記から読み取るにあたって、身震いをした。全て読むには精神が追いついていけない。端的にいうと狂っているようにしか見えなかった。そして、この村で何が起きているのか謎が謎を呼ぶ。
手記から一枚の写真が出てきた。和服を着た二人の少女の写真。年代的には13歳から15歳くらい。凛と同い年くらいだと考える。どちらかが手記の持ち主だろう。
手記と写真を机に戻した。
凛はどこへ行ってしまったんだろう・・・・。
この部屋を出ようと、木製の格子にある扉の閂を中から開けようとするが。閂に何かが当たり動かし難い。中からはやはり閂は抜けないのか。ここから出られないという事は、手記の持ち主と同じようになると考えてしまった。
左右に揺らすも動かず諦めようとしたとき、私の向かい側に同じく閂を掴んでいる袈裟を着た男がいた。それに驚き閂の手を離し、後ろに臀部から床へ落ちてしまった。
手を離した瞬間に袈裟の男は前から消えていなくなっていた。目の前で起きたことに情報が処理しきれていない。見間違いか、幻かそれとも。頭の中で考えても答えは見つからなかった。
もう一度閂に手を伸ばすと、先程あった障害がなくなっている事に気がつく。手軽に閂が抜け、扉が開く。この不気味な部屋から開放された気分だった。
部屋を出た先、狭い廊下を通り屈みながらではないと抜けられない扉があった。それを開け潜り通り過ぎると左右に広がる廊下があった。どこかで雫が落ちる音がした。
ふと雫が落ちた音がした方を見ると。廊下の突き当たりの角を曲がる凛らしき後ろ姿が見えた。