二ノ点 侵入-シンニュウ-
1972年9月16日午前6時。
昨夜は夕食を食べ、入浴し就寝した。就寝したというより、ほとんど眠れなかった。ずっと目を閉じて、考えていた。そう、祖父の言っていた。
庭や家の周りでは遊んでもよいが、森の中へ入ることは許されない。
という言葉が頭から離れなかった。
確かに、不慣れな部屋で眠るのは少し抵抗がある気もする。そこまで繊細な性格ではない、この家、というよりこの町は少し変わった雰囲気である。閉鎖的な、他所者を嫌うような土地である。そう感じる。
その地方では他所者を嫌うという話はよく聞く。その他には変わった、奇妙な風習や決まり事があるらしい。この町もきっとそうだ、と私は思った。
父曰く。この村では変わったことはないよ。あるとしたら爺ちゃんが怖いくらいだよ。とはぐらかされた感じに聞こえた。里帰りする前に田舎の村というのは、そういう偏見があった私は事前に父に聞いていただのだった。父は村という呼び方は抜けていないらしい。
父はこの町で生まれ、一人っ子で育った。あの威厳な祖父からどのような教育を受けていたか想像すると寒気がする。きっと大変厳しかったんだろうと思う。
もう既に朝日は昇り、父は起きて布団の中には居なかった。妹はまだ寝ている。妹の寝相は悪く、片方の足を布団から出ている。外からはセミの声が聞こえる。一睡もできなかったから、いつもより響いて頭痛がする。
襖の外から祖父の声が聞こえてくる。
墓参りは何時ごろに行くか決めたのか?お前たち3人で行けよ。墓場の道くらい覚えておるはず。わしはやることがあるからな。
と、言ったあと立ち去ったように廊下を歩いていったようだ。そのあと、私たち3人が寝ていた部屋に父が入ってきた。その顔はやや困惑の表情をしていた。
そのあとしばらくして妹の凛が目覚め、朝食を摂ることにした。父と妹と三人で朝食を食べ終わったあとに墓参りへいつ行くかという話になり。久しぶりに実家に帰ってきたということで夕方近くに父は同級生との約束ごとで午前10時頃、早めに済ませることにした。
広い屋敷に落ち着かない、というより此処からは異様な存在を感じる。そんな風に思えてきた。きっと錯覚なんだろう、と自分に言い聞かせた。妹の凛は父に屋敷を案内してとせがんでいたが、父からは
屋敷には大切なもの、貴重なものが沢山あるからできない。
と断られていた。
墓地までの道のりは遠くなく、屋敷を出て裏手に高台へ続く階段があった。およそ100段ほどしてからだろうかわきへ反れる道があった。凛は弱音を吐いていたが、励ましてようやく高台へ辿り着いた。高台へ辿り着くと三叉路になっていた。目の前の道は神社へ続く道。左は墓地。右は進入不可と警告看板がついている道があった。
まず、父は神社にて“キリコ”という墓に供える物を買うという。キリコというのは切籠灯籠のこと。切籠灯籠は木製の枠を切籠の形に組み、四方の角に造花をつけ、紙または布を細く切って飾り垂らした灯籠ある。その紙または布には進上者の名前を書く。地方の昔から今日まで続き、盂蘭盆会に使用されるものである。
神社にて切籠を購入し、墓地へ向かう三人。元の三叉路に戻り墓地へと続く道の途中、ふと振り返ると進入不可の道へ着物を着た女性が入っていくのが見えた。そのとき父に話しかけられ、もう一度振り向くと女性の姿は見えなくなっていた。
墓参りも済み、屋敷へ戻ることになり三人で帰ろうとした。件の三叉路についたとき神社への道から、見慣れない中年男性が降りてきた。
おお、もしかして金澤さんとこの徹彦くんか?小学校同じだった近松だよ。久しぶりだな。娘さんか、えらいべっぴんさんやないの。徹彦くんちょっと家寄っていかない?
父は一瞬考え、
凛、薫。先に帰れるな?
と私たちを交互に見るのだった。近松は娘も同伴でいいよと言ったが、凛が好奇心旺盛で迷惑かけることを考えて決断し。その後は近松を含めた4人で階段を下り、金澤家の裏手で父と近松とは一旦別行動となった。
父と近松の姿が見えなくなるまで裏手に留まった。姿が完全に見えなくなったあと凛から家の周りだけでも散策しようと提案された。父と離れ祖父らに何も言わないのはまずいと思い、玄関掃除をしていた祖母に散策すると告げた。祖母はわかった以外とくに何も言わず掃除を続けていた。
凛は、昨日きたバス停は東側にあり墓地は北側にあったため、行けてない残り西または南側を散策しようと提案。まず西側から行くことになった。金澤家周辺は畑などあるが、いわゆる住宅地となっている。私ははぐれてしまうことを考え、凛の後ろについていくことにした。
金澤家裏手、さきほど行った階段は使用せずに西側へ進む。進んでいくにつれ田畑が多くなっている。今日もまたセミやカエルの鳴き声は止まらない。川が通り小さな石造りの橋がある。それを横目に通り過ぎると、階段があった。
凛は、
この階段はどこへ続いてるんだろう?
と、階段を上ることになった。見上げてみても急な階段だったため先は見えることはなかった。
およそ90段ほど階段を上った先は、正面は朽ち果てて分かりにくいが藁傘を持った地蔵が並ぶ行き止まり、東側には道があるだけとなっていた。望んでいた風景ではなく、凛の気分は落ち込んでしまった様子。気を取り直して東側の道へ行くことになった。
しばらく進むと見た事のある三叉路へ着いてしまった。さらに凛の気分が沈んでいくように思ったが、この道につながっていくと新たな発見に気分は上がった様子であった。
次はどこへいくか話合っているとき、ふと進入不可の道へいく着物を着た女性が脳裏をよぎった。そのとき、急な風が吹き凛が被っていた帽子を勢いよく飛ばすのだった。その帽子はみるみるうちに、進入不可の道へと消えていくのだった。
あ・・・。
と二人で唖然と帽子を見つめることしかできなかった。
帽子の姿が消えてから、凛は帽子を取りにいくという。私は一度戸惑ったが、あの帽子は母の形見であることを考え凛と共に進入不可の道へと足を踏み入れるのだった。