一等美しい花に看取られて
初投稿です。楽しんでいただけたら嬉しいです。
琥珀色の瞳を持つ魔女を殺そうとした少年は
この世界で一等美しい花のような姿をしていた。
薄汚れているが綺麗にすれば透き通るような白色と、薄い桃色のグラデーション。
これだけの絶望を向けられているにもかかわらず、
決して視線を逸らさない、それどころかただで殺されてたまるかっていう意思を感じるシトリンの瞳。
(泥の中でも汚れない蓮の花みたいだ。うん、面白い)
「あんたには二つの道がある。このまま殺されるか、私のもとで私を殺すすべを覚えるか。
選ばせてあげる、野垂れ死ぬか、屈辱の中で息をするか、あんたはどっちを選ぶ?」
「…助ける、つもりか。この俺を、魔女殺しを」
シトリンの瞳を歪ませ、激情を押し殺した低い声で女の意思を問う少年。
それに琥珀色の瞳に愉悦を載せて女は言い放つ。
「いいや?別に?助けるつもりなんて微塵もないよ。ただ、綺麗なあんたが本当に泥の中で生きていけるのか、汚れなき一等美しい花を咲かせられるのか気になっただけだ。
それと、あんたの澄ました顔が死ぬほど悔しそうに歪んで、『助けてください』って縋るところは見たい、って思ったな」
で、選ぶの?選ばないの?とせせら笑う魔女を、明確な憎しみをシトリンに乗せて、少年は口を開いた。
「……っ、く、そ……たす、け、て…くださ、い…!」
「っ、く……く、はははっ!本当に言うんだ!
いいね、あんた面白いよ」
「あんたが言えって…!!」
「見たいだけ。言えなんて一言も言ってないのに…本当に最高だよ。で、あんたの名前は?
名前すら知らないまま助けることは出来ないからね」
「……レン」
「レン、蓮の花ね。ふぅん、ピッタリだ、本当に。私はコハク。コハク様でも師匠でも何とでも呼んでいいよ」
「…誰が呼ぶか、クソババァ」
***
泥の中で過ごすうちに、少年はなんとも言えない色香を纏う青年へと成長していった。
少年を『助ける』ことした時、一番最初にした薄汚い身体を洗う作業をしてから、
やっぱり少年は蓮の花だった。助ける云々よりも少年を綺麗にするということに最初の数年は費やした。
当初は艶もなくナイフで適当に切られていた髪は、
肩甲骨より下まで伸び、まるで絹のようだと私の中では思っている。
少年…レンはそんなことどうでもいいらしいが。
成長途中だった体もしっかりしてきた。私の胸までしかなかった身長も、私より大きくなって随分経つ。
少年らしい高い声もいつしか、低く艶を含むテノールになっていた。
可愛げを母の胎の中に置いてきたらしいレンは、
出会った当初から一貫して態度が変わらない。
普通短いといえ10年近く寝食を共にしていたのだから、もう少し懐いてもおかしくないはず。
(……いや、ただたんに私の気持ちへの言い訳を作りたいだけだな)
大鍋の中身をかき混ぜながら、流れる思考にため息とともにピリオドを打つ。
一言でいえばレンに情がわいた。いつかは殺し殺される関係に戻るってわかってはいた。情がわいたらめんどくさいことにも。
「心はどんな魔女にも制御不能、か」
いつかの魔女集会で魔女狩り認定を受けた魔女がそう言って殺された。
その時はなんて愚かな魔女なんだろう、
なんて見下していたのに。
「…珍しい、まだやってんのか。それ」
「家に入る前に一言言えって何回言えばあんたは守る?」
「うるせー……調子、でもわりぃのかよ」
驚いた。心配してくれたのだろうか。いや、レンに限ってないな。
でも、ちょっとだけ嬉しくて、誤魔化すように揶揄いの言葉を投げる。
「珍しいのはそっちだよ。何?心配?」
「ちげぇよ!!俺以外に殺されちゃ俺の立場がなくなるからで!心配とかじゃねぇし!!」
「うんうん、そういうことにしてあげる」
「このクソババァ…!」
***
レンは泥の中で必死に生きて、一等美しい花を咲かせた。私を看取るに相応しい花を。
18になったレンを元居た場所に戻したのは少し前。
レンがいなくなってから、私は彼の来る前の生活に戻った。他愛もない悪戯を近隣の村や町に仕掛けて、
そんで調子に乗って病を蔓延させたり、土砂降りの雨を長い間降らしたり、逆に日照りにしたり。
本当に他愛のない悪戯だ。ほんの1,2年死にそうになるだけだ。本を1,2冊読んでいれば終わるような短い、とても短い間の悪戯。
前回よりもやりすぎたみたいで、今回は魔女狩り認定を受けたらしい。
ただで狩られてやるつもりはない。けど、そうだな。やっぱりレンに殺されたい。
そんな私の願いが届いたのか、いっちょ派手にやりますかと、王都のほうに飛んだ私を待ち構えていたのは、少しだけ髪が短くなったレンだった。
「民衆には手を出すな。一対一で正々堂々魔女狩りを行う」
「いいよ。うん、やっぱりあんた面白いよ」
いかにも騎士って感じの濃紺の制服。短くなった白髪を結ぶリボンの色がどこかで見たことある色だった。
小ぶりのナイフと飾りも何もない剣を腰に差した、
レンは出会ったころとは見違えるほど成長していて、けどちょっとだけ残念でもあった。
ただでは死んでやらないけど、私の蓮の花が枯れるところまでみれない。
(少し、もったいなかった、かな)
レンが剣を抜くのを目で追いながら、出会いが悪かったんだ、出会いが。と自嘲する。
もし、私が普通の女の子で、レンもただの男の子だったら__と考えてから、レンの顔をちらりと見る。
(いや、それだと出会うことすらしない。この関係が丁度いいんだろうな)
私が『普通』だったら、男女問わず魅了するような色香を纏う彼の視界にすら入らない。
それは、それで苦痛だな。丁度苦笑いを浮かべた瞬間、レンの剣が抜ける。
「曲がれ!」
5kmはレンとの間は空いていたはずだった。こちらにくるまでに大規模な魔法でも使って盛大な自爆でもしてやろうか、とか思っていたのに。防御も攻撃も間に合わない、圧倒的な力。悪あがきに力自体を曲げることしかできなかった。
防御の結界でも張るだろうと思っていたらしいレンの顔が壮絶な笑みに変わる。
「ぽんこつの癖によくやる」
「そのぽんこつを一撃で仕留められなかったクソガキがよく言う」
煽りに煽りをいつもの癖で返した瞬間、しまったと思う。ただ私を馬鹿にした色を乗せていたシトリンに炎が宿る。その瞬間意識する前に身体が動き、無様に転がって避ける。
何から?レンの剣から。
(今、のは…何?いや、何じゃない。
なんでレンは怒ったんだ?)
避けた勢いを使って何かに怒るレンからとっさに距離をとる。レンがそんな隙を見逃してくれるような甘ちゃんじゃないことは私がよく知っている。
辿るであろうルートの地面に、一瞬ではわかりにくい泥濘をいくつも作る。いかに移動速度が速いといっても、一回も地面に足をつけずに移動するなんて、それこそ魔女でも無理だ。
泥濘に足を少しでも取られれば、私の勝ち。レンが運を勝ち取れば、彼の勝ち。
(ま、今一瞬勝ったところでって感じだけど…師匠としては一瞬でも勝ちたいわけで)
けど、やっぱり無理だった。もちろんレンが引っかからなくて飽きたっていうのもある。けど大半はもう十分レンと最期を楽しめたから、いいかなって。
汗で汚く、己の血で汚れた私が最期じゃなくて、綺麗な私で締めくくりたい。
仮初の心臓を抉り、そのまま背中側に飛び出る剣の先は倒れこんだ私を固定するように地面に食い込む。
空いた左手に小ぶりのナイフを持ち、一息に鎖骨の中心にある本物の心臓を貫く。
魔力で動いていた身体の動力源を壊され、指先から砂になって消え始める。
「どう?屈辱の中で息をし続けたその成果は、
ってなんで泣いてるのさ。満足したんじゃないの?」
「うるせー…黙ってろ。失ってから気づくとか本当に…馬鹿だ」
「そんな意味深なこというとあんたが私のこと好きみたいじゃないか」
シトリンの瞳から零れ落ちる大粒の涙をぬぐおうとして、腕も伸ばしてから、指先どころか腕すらほとんどない状態なのに気づき、顔を上げて唇と舌で涙をぬぐう。
「……惚れてて、悪かったな」
予想外の言葉に驚き、次いで笑いがこみあげてくる。あぁ、こんなのってありなのか。
レンの人生はどこか演劇じみてる、と思っていたがここまでとは。
「常々あんたは面白いって言ったけど、今以上に面白いのはないよ。
かわいそうに、惚れたと自覚したとたんその女は死んでいくんだもんな。
シェイクスピアもはだしで逃げ出す悲劇だ」
くつくつと笑いながら、整った顔を歪ませて泣くレンを見つめる。
本当に、かわいそうだ。こんな女に惚れたレンも、
惚れられた私も。
「っ、俺は!…あんたがいない世界で、どう生きればいい?コハクがいるのが当たり前だったのに、それが普通じゃなくなるんだ。なぁ、教えてくれよ」
「レンが、したいように生きればいい。私の後を追って死ぬことだって、魔女狩りの報酬として不老不死の薬をねだって私が生まれ変わるのを待つんだっていい。レンの人生はレンのものだ。
だから、あんたは幸せになれ」
言いたいことを言い切った私はそのままレンの切羽詰まった声を聴き流しながら、視界は暗転。
どうか、私を忘れて幸せになれますように。
***
暗転した意識は、いつも通り起きようとして頭を思いっきり棺の上の蓋にぶつけたことで、もう一度暗転するところだった。
「いっつ……死んだばっかりにこれはない…」
ネタ晴らしをすると、私は確かに一度死んだ。そう、私の体は一回死んだ。
もともと私は人間ではない。元師匠の使い魔の猫だ。しかし、不老や不死の研究に付き合っているうちに、人間になっていた。まぁ、魂は猫のままだったので、人間っぽい何かだけど。
魂が猫のままだったので、これは死んでも器さえあれば、もう一度私として生きていけるのでは?と思った私はレンにも気づかれないように、地下に予備の体を作っていたのだ。
「まぁ、本当に生き返れるかは賭けだったけど…
しっかし、魔女殺しの呪いってもんは厄介だ」
甘く見ていた。魔女の本当の心臓を砕き、この世に存在を保てなくする。そのくせ、人間は殺せないっていうんだから、本当に魔女を殺すためだけの呪い。
そしてその呪いは、死んだもなお殺した魔女を蝕むらしい。身体のメンテナンスや少なくなっていた薬を作るときに、魔力を使うのだが一度心臓を砕かれた影響か少し、どこかぎこちない。
(ぎこちない、というかこれは……制限されている?)
魔力の流れを制限されている、いやこれは私以外に魔力が流れているのか。
いったい誰に?思考が波に攫われそうになった時、森の小屋に張っていた結界を無理やり破られた。
前の魔力を全力で使えていた私なら、破られた瞬間攻撃魔法を飛ばすのだが、今の全快とは程遠い私にはそんな無駄な魔力を使う余裕すらない。
「出迎えてやるか。それが一番勝率が高い」
***
聞こえてきた足音に、おや?と思う。
私が死んだことを知らされた盗人たちが効果の高い魔女の薬を盗みに来たのかと思ったのだが、聞こえてくる足音は一人分しか聞こえない。
(まずは偵察…か?危険がなければ仲間に知らせる手筈、もしくは独り占めするつもり……どちらにせよめんどくさいな)
どうせならと、薬を作っていた大鍋の火を止め玄関の外で待ち構える。
追い払ったら、次の薬は何がいいかな。痛み止め、咳止め、老化止め、止血剤…どれが一番少なかったけなぁなんて思いながら待っていたはずだった。考えながらも、ちゃんと気配を追っていたはずなのに…なぜ私は捕まっている?しかも見覚えのある蓮の花に。
「な、なんで…あんたがここに…」
「魔女殺しの呪いで殺された魔女の魔力は、殺した本人に流れる。だから万が一蘇ってもすぐわかる」
「は、はぁ…だから制限されてたの、いや違う!そうじゃなくて、ここになんでレンがいるのかわかりやすく説明するのと、離れろ!」
「あんたを、コハクを手に入れに来た。つーか言わなくても普通わかるだろ」
“ほんっとーに、馬鹿だなぁ”なんて、シトリンの瞳を緩ませながら本当にうれしそうにレンが笑うから、もうどうでもよくなって。
なんでここに来たのとか、心臓動いてないから本当に不老不死になったのとか、聞きたいことはいっぱいあったけど、レンのぬくもりが心地よくて、ずっとそばにいたいとか思って。
「…そっか。じゃあ仕方ないな。あんたのになってあげる」