08.誕生日ぐらい肉やケーキを
一旦、場面が国内に移ります。
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【日本国/東京都/千代田区/総理官邸/記者会見場/4月中旬/開戦前日】
話は開戦前日に遡る。スラ王国東方遠征軍およそ10万の軍勢が、ウォーティア王国に向かっているとの報を受けたおよそ数時間後、東郷総理による緊急会見が開かれた。予定時刻ちょうどに記者会見場に姿を見せた東郷に、集まった記者たちは大量のフラッシュを焚いた。
「お集まりの記者の皆様、そして、中継をご覧の国民の皆様。こんにちは」
東郷はまっすぐに記者を、そして彼らの先にいる1億3000万の国民を見つめる。この国の未来は自分の手に託されたのだ、という責任の重さに東郷の手は無意識に震えていた。
「まず……先のクレル大虐殺。唐突に大切な人の命を失った遺族の悲しみ。それは冗舌に尽くし難いものであると推察します。先の虐殺で失われた全ての方々に改めて哀悼の意を表します」
しばしの黙とう。時間にして僅か5秒ほどの黙とうであったが、その真摯な姿勢は遺族の胸に深く刻まれた。それは、総理就任から4か月の間、遺族に寄り添う姿勢を示し続けてきたことが大きい。
「また、私が尊敬する故藤原元総理、自称日本軍事件で失われたウォーティア王国の人々にも、改めて哀悼の意を表したい」
東郷は黙とうののち、僅かに俯けていた顔を上げ、カメラを凝視する。
「―――さて、これらの悲劇を生んだ元凶は何か?それは国民の皆様も認識を同じくしていることと思います。そう……スラ王国を名乗る武装勢力です。」
東郷は、原稿が投影されたスピーチプロンプターに目もくれず、雄弁に語りかける。それは原稿を読み上げずとも、心の内から湧き上がる本物。
「既に報道などでご存じの方も多いとは思いますが……本日午前、スラ王国軍およそ10万の兵力がウォーティア王国に向けて進軍を開始しました。明日の朝には国境を越えるものと推測されます。しかし、先の悲劇が……友好国であり同盟国でもあるウォーティアの地で繰り返されていいはずがありません」
そして……と、東郷はこれまでの歩みを振り返るように、天井を見上げた。
「大陸からは、毎日、大量のタンカーが、〝日の丸油田〟で採れた石油を我が国に運んでいます。また、大陸開発に関わる企業を中心に経済は復活の兆しを見せてもいる。そして一番の関心事である食糧問題……これもウォーティア王国での〝日の丸農場プロジェクト〟により少なからず緩和されつつある」
東郷は、列島転移災害から始まった幾多の困難を列挙した。食糧危機に石油危機、経済危機……etc。一つ一つ挙げていたらキリがないほど、この国は未曾有の困難に見舞われてきた。その解決の道は、大陸からの食糧、資源の安定的な供給だった。
「大陸の平穏は、文字通り我が国の生命線であります。故に、我が国は生き残りをかけて大陸の平穏を保たねばならないのです!」
東郷は、拳を振り上げ、力強く宣言する。
「仮にスラ王国が越境してきた場合には、戦後最大の防衛作戦〝黒船作戦〟を発動します。既に出雲防衛大臣には自衛隊の出動準備を指示しています。私は国民の僕として、政治生命を賭してスラ王国の脅威を排除することを約束します」
一部のメディアはこの宣言を国粋主義だとかナチズムだとか批判したが、主要メディアや世論はむしろ東郷内閣を熱烈に支持した。
これが転移前、地球の裏側で起こったできごとであれば、世論も高見の見物に留まったのだろう。しかし、天変地異、食糧危機、経済危機といった混乱、近隣国での戦争という現実に、自分たちの平和と生活を脅かす分かりやすい悪の存在が重なり、「開戦やむなし」の国内世論が形成されたのだった。
会見後の質疑応答において、東郷は、スラ王国を改めて「武装勢力」であると強調した。今回の黒船作戦による戦闘は、安保法制で認められた集団的自衛権における「安全確保活動」及び「駆けつけ警護」であり、決して「国際紛争を解決する」ものではないことを併せて強調した。
なお、今回の作戦では敵基地を叩くことも想定されている。いわゆる、反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有については、その議論をすっ飛ばす形となった。東郷内閣は昼の閣議決定で反撃能力は「自衛権に含まれる」としてその保有を肯定している。
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【日本国/東京都/某テレビ局/喫煙所/同日_深夜】
「納得いきませんよ!」
夜の報道番組を担当する番組ADが、ディレクターに詰め寄る。場所は某テレビ局の喫煙所。担当する番組は既にオンエアを終えていたが、彼はその内容に疑問を持っていた。
「うるせぇな……何がだよ」
対するディレクターは面倒くさそうに頭を掻き、ADを見下ろす。ディレクターは長身のため、自然、見下ろすような形になる。
「さっきの報道ですよ!あれじゃ、僕らが戦争に賛成しているみたいだ」
東郷の会見を受け、夕方からずっと、スラ王国との戦争に関する報道が続いていた。しかし、その報道内容は戦争を煽るようなものが目立ち、政権に批判的な報道はほとんど流れていない。ADはそんな状況に不満を募らせていた。
ディレクターの男は、そんなADからの抗議を聞き流し、ジャケットの胸ポケットに手を入れた。取り出した煙草を咥え火を着けると、「ふぅう」とため息交じりに煙を吐き出す。
「いいか?ここは旧世界とは違うんだ。皆、食べ物や娯楽に飢えている」
旧世界。ここ最近、巷では、列島転移災害より前の世界のことを〝旧世界〟、現在の世界のことを〝新世界〟と呼んでいる。元は、大手掲示板〝6ちゃんねる〟で使われていた言葉だったが、それが、短文投稿サイト〝TWITTE〟や動画投稿サイト〝WeTube〟などでも使われるようになり広く大衆化した。
「ですが、現に私は毎日ご飯を食べ、こうして生きている。それに、美術館や図書館なんかは今も開放されていますし、テレビやインターネットだってある」
「最低限、生きていくだけの食糧はあるし、娯楽だって多少はあるのかもしれない。だが、その最低限の食糧や娯楽でさえ、大陸で得た資源に依存しているんだ。石油がなければ、電気を作ることもできず、農業や漁業をすることもできない」
「では、その最低限を守るためだけに力を使えばいいじゃないですか!不干渉主義こそ我が国の平和には必要不可欠ですよ!」
不干渉主義(日本版モンロー主義)は、「積極的に大陸と関わっていくべきだ」とする干渉主義と対をなす、藤原総理殺害を機に台頭したイデオロギー。両主義にはそれぞれに右派と左派が混在し、国内世論は混沌を極めていた。しかし、先のクレル大虐殺とスラ王国暗躍の露呈により、不干渉主義は急速に支持を失い、その結果、誕生したのが右派の東郷内閣であることは記憶に新しい。不干渉主義の衰退は、同時に、左寄りのイデオロギーも衰退させたのだ。
「もちろん俺もイデオロギー的には君に近い。干渉、不干渉問わず、武力の行使は慎むべきだと思っている」
「では、今こそ、我々が力を振るうべきです。政権と世論の暴走を諫めるために」
「見誤るな。インターネットが普及した現代は、いわば国民総メディアの時代なんだ。そこらの一般人が突然バズり、世論を動かすことだってできる。今の我々にできるのは世論の風を掴み、大きくすることだけだ。そして、国民は求めているんだよ……この世界に旧世界のあの豊かな生活を。皆、最低限では満足できないんだ」
ディレクターは「お手上げだ」と両手を挙げる。燃えた煙草の先が、ポロリと喫煙所の床に落ちた。
「それに、反戦番組にはスポンサーも付かない。企業も生き残るためには大陸に不安定要素があるのは困るだろう?マスメディアが戦争を煽ってるのは、すべてスポンサー様の意向でもあるんだ」
ディレクターは煙草の吸殻を灰皿に押し付けて、ジャケットの襟を正した。何も言い返せず悔しそうに俯くADを横目で見ながら、喫煙所の扉に手をかける。去り際、ふと、ディレクターは本心を吐露した。
「俺だって父親だ。娘の誕生日ぐらい、ちゃんとした肉やケーキを食わしてやりたいさ」
次回もよろしくお願いします




