07.対艦戦、黒煙の大艦隊
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【中央大陸/大湖/4月中旬/早朝】
コルの町からおよそ30㎞離れた大湖の湖上を、約82隻から成る大艦隊―――スラ王国海軍第2艦隊が東進していた。艦隊の目的地はウォーティア王国大湖沿岸の町、コル。
艦隊は、西方世界の技術支援で造られたガレオン船―――旗艦〝ベムサレド〟(王都ベム守護者の意)を先頭に、そのほか7隻のガレオン船(のような船)と42隻のキャラック船(のような船)が単縦列で航行し、その後方を32隻のキャラベル船が続く。
ガレオン船は1列から2列の砲列を備え、キャラック船は安定性に優れた甲板を持ち、キャラベル船は小型で小回りが利くなど、それぞれに特徴がある。
そんな大艦隊の旗艦〝ベムサレド〟の艦橋で、ヘリム・アサード提督はパイプ煙草を吹かしながら、はるか先で起こっているであろう激しい戦闘の結果を想像していた。
「そろそろ空軍がコルの町を強襲する頃だな」
アサード提督の呟きに、背後に控えていた副官レイセル・バハムが反応する。
「今頃、コルの町は大混乱でしょう。なにせ、今回投入されたのは2個大隊。ウォーティアの竜騎士如きでは相手になりませんよ。コルの町は今頃火の海でしょう」
バハムはそう言って笑みを浮かべるが、アサードの頬はピクリとも動かず。
「……ああ。敵がウォーティアだけならな」
と、アサードはバハムの瞳を凝視した。バハムはアサードの剣幕に、自然と足を一歩引く。いつになく険しいその顔はまるで死地に向かうことを覚悟しているようで、バハムはゴクリと生唾を飲み込んだ。アサードは続ける。
「今回も必ずニホン国との戦闘になるだろう。炎竜だけを揃えた虎の子の黒炎大隊は、ニホン軍の前に全滅している。この事実が儂を不安にさせるのだ」
アサードの独白。鍛え上げられた小麦色の肉体に似つかわしくない極めて敗退的な言葉に、バハムは慌てて周囲を伺う。
「提督、そのようなことは他では申されぬようにお願いします。兵にいらぬ不安を抱かせることになりますので」
バハムの忠言に、アサードは「失礼した」と短く謝罪を口にする。
この世界には通信用魔道具という摩訶不思議な魔道具が存在するが、これは術者の視認範囲内にいて、かつ同規格の通信用魔道具を持つ人にのみその声を伝達するもので、遠隔地間での通信は不可能な代物であった。
そのため、彼らはコルの町で行われた戦闘の結果を知らない……。アサードは不安を胸に抱えたまま、一路、コルの町を目指す。そして、艦隊はコルの町からおよそ1㎞の至近に到達した。
アサードは単眼鏡を覗き込み、町の様子を確認する。コルの町はシンと静まり返っていた。
「……妙だな」
アサードの言葉に、バハムも同調する。
「ええ……戦闘があったとはまるで思えない」
今頃、大混乱に陥っているだろうと思われたコルの町。しかし、実際に来てみると町のどこからも火の手は上がっておらず、逃げ惑う住民の姿も見えなかった。それどころか―――。
「空軍はどこへ消えた?」
アサードの疑問に、バハムは生憎、返答を持ち合わせていなかったが、無視する訳にもいかないので希望的観測を述べる。
「無血占領を果たし地上に降り立っているのではないでしょうか……」
ありえそうにない話だったが、アサードも否定することができず、無理やり自身を納得させる。
「それはまあ、いい。それよりも」
アサードはコルの町の港から、少し南に単眼鏡を向ける。そこには、コルの町の港よりもはるかに立派な造りの港と、石造りの要塞がそびえていた。それはこの町に拠点を置く、ウォーティア王国海軍大湖艦隊司令部とその軍港。軍港には小さな軍船が20隻ほど停泊していた。
「なぜ、我が艦隊を前に敵艦は1隻も出てこない?いや、そもそもなぜ、空軍の強襲を受けてなお、これだけの艦が残っている?」
「それは……私にも分かりかねます」
「何か、とてつもなく嫌な予感がする」
アサードの予感は的中する。
「ほ、報告します!!」
観測士の青年兵が大慌てでやってくる。その慌てた様子に、只ならぬ事態を悟ったアサードが「何事か?!」と尋ねると、観測士は短い敬礼と共に報告する。
「南東の空より、敵竜騎士と思しき影が高速接近中です」
「なんだと?!数は?!」
「はっ。目測で15騎です」
観測士の返答に、横で報告を聞いていたバハムが、ホッと胸を撫でおろす。
「なんだ、15騎ではないか。……閣下、いかに空を飛ぶ飛竜とは言え、その程度の戦力では話になりませんよ。すぐに防空戦闘のご指示を」
「……そうだな。防空戦闘、用意」
アサードの指示は、通信用魔道具及び信号旗により後続の軍船に伝わる。通常、敵竜騎士による航空攻撃を察知すると、各艦に乗船する軍用魔法士が詠唱を開始し、砲術士は砲門を開き砲撃命令に備える。
しかし、それはこの世界の一般的な飛竜に対する防空戦の場合の話。ジェット戦闘機と対峙するときに、そのように悠長に準備をしている時間はない。目測できる距離とは、即ち、既に超至近距離ということだ。
「ほ、報告します!!て、敵騎が火を噴きました!!」
別の観測士からの報告に、バハムは笑みを浮かべる。バハムはどの艦からの攻撃かは分からないが、艦隊からの攻撃が敵に命中したのだろうと考えた。
「閣下、奴らは我が艦隊の敵ではありませ―――」
BOOOOOМ―――。
突然の爆発に、揺れる船内。大きな音と共に傾く艦橋。
ゴゴゴゴゴ―――。
「な、何事だ?!」
アサードの叫びに、航海長が大慌てで報告する。
「甲板で大爆発が起こった模様です!!」
「被害状況は……航海に影響はあるのか!?」
「ひ、被害は甚大です。まもなく、本艦は轟沈します!!」
航海長の言葉に、アサードとバハムは言葉を失った。
「な、なんということだ」
アサードは傾いた艦橋から甲板を見下ろした。甲板には大きな亀裂が入り、モクモクと黒煙が上がっている。船は真っ二つ。このまま沈むであろうことは、航海長でなくても明らかに分かる。
「閣下、すぐに退艦を!!」
バハムの進言に、アサードは頷く。
「総員、退艦せよ!!」
アサードはバハムらと共に、船から湖に飛び降りる。艦橋から湖まではかなりの高さがあり、着水時には魔法で衝撃を少しだけ吸収させることで、なんとか痛みを和らげた。
漂流してきた木樽に掴まり、アサードは自身の乗艦を見上げる。すでに、旗艦〝ベムサレド〟は真っ二つに割れ、艦首が辛うじて見えるだけになっていた。
「我が国の最新鋭のベムサレドが沈む」
アサードが顔を横に向けると、後続の軍船もそのほとんどが煙を上げていた。
ある艦は、真っ二つに割れ、ある艦は艦首から沈み、ある艦は木っ端微塵に爆発している。湖上には、艦隊から出た木片がプカプカと浮遊し、投げ出されたり飛び降りたりした水兵が、それらに掴まり辛うじて生きながらえていた。
アサードが空を見上げると、雲一つない青空を、ちょうど数騎の竜が西に向かて飛んで行くのが見えた。巨大な青竜―――F-2戦闘機の編隊。それを竜と言っていいのだろうか?とアサードは自答する。
青竜が火を噴く度に、また、1隻、友軍の船が沈んでいく。アサードはその光景を、湖面から眺めていることしかできない。自身の無力さに心が折れる。
「……祖国が征伐を宣言した敵のなんと強大なことか」




