06.対空戦、火槍の雨
2023.11.11
ご指摘を受け、タラルがミサイルを撃墜する描写を削除しました。今後ともよろしくお願いします。
♢
【中央大陸/大湖上空(ウォーティア王国コルの街付近)/4月中旬/早朝】
西の砦砲撃の少し前、太陽も昇りきらない早朝―――。
空軍2個大隊―――飛竜60騎、炎竜2騎から成る編隊が、コルの街にほど近い大湖上空を飛行していた。空将アブーンの後輩で、副空将に任じられている大隊長タラルは、2個大隊の指揮官としての自覚を胸に、炎竜の手綱を握る。
『諸君。敵は、空軍一の火力を誇った黒炎大隊を全滅させている。異教徒だとか、蛮族だとか、そんな意識は捨てておけ』
タラルの警告に、各騎に跨る騎士たちは黙したまま頷く。
『もちろんです、副空将!!』
『我ら空軍に戦力分析ができぬ者などおりません!!』
まぐれなんかで全滅させられるほど、炎竜大隊はひ弱な存在ではない。それは、同じ空軍兵である彼らが一番分かっていた。だからこそ、ニホン軍の力は本物だと、皆、気を引き締める。
今回の目標は、コルの街。
前回、空戦における反省を踏まえ、敵の目を掻い潜るため、湖上から奇襲する。
コルの街の沿岸部を制圧した後、沖合に合流した海軍が敵軍港を砲撃。
敵戦力を無力化した後、湖から海軍陸戦部隊が上陸。
一気に、コルの街全体を占領し、敵首都攻撃のための橋頭保を確保する。
以上が、本作戦の概要だ。
『目標コルの街、東北東方向、目視で確認』
先行する竜騎士の報告が上がると同時に、真っ赤な朝日が湖線上に昇った。太陽に照らされた湖が真っ赤に染まったのが合図となる。タラルは通信用魔道具を握りしめ、命令を下す。
『総員、戦闘隊形。作戦を開始せよ!』
『『おぉぉぉぉぉぉお!!』』
気合を入れるために雄たけびを上げる竜騎士たち。
このときはまだ、穏やかな空が広がっていた。
しかし―――自衛隊の目はごまかせない。スラ王国空軍の動きは、コルの街付近に駐屯している陸自の対空レーダー及び付近を哨戒中のP-3C哨戒機によって捕捉されていた。
東岸基地に設置された大陸方面総監部において、新留陸将はモニターを眺めていた。モニターにはウォーティア王国周辺の地図が映し出されている。
「陸将」
宮内一等陸佐の声に、新留は視線をモニターから外す。
「コルの街、南南西、およそ16㎞の海上に敵機襲来。また、40㎞沖合に敵海軍の姿もあるとのこと」
「16㎞か。近いな……」
「低空飛行だったために発見が遅れました」
「レーダー網を掻い潜ってきたのか?」
新留は怪訝な表情を浮かべる。対空レーダーの存在を知っていたのだろうか?と。しかし、宮内は新留の考えを即座に否定する。
「恐らく狙ったものではないでしょう。彼らは航空戦力として竜を使っていますが、竜は兎も角、生身の人間は高度の飛行に耐えられません。魔法という摩訶不思議な力を使えば別ですが、通常、魔力消費を抑えるために低空を飛行するのが鉄則です」
宮内はウォーティア王国竜騎隊から学んだこの世界の航空戦力―――竜の扱いについて新留に補足した。
この世界の竜騎士は魔法により酸素を生み出し、また、体温を調節することで、酸素濃度が薄く気温の低い高度での作戦遂行を可能にしてるが、魔力消費抑制の観点から、戦闘時以外は極力、低空飛行が推奨されているのだ。
新留は「ふむ」と頷き。
「市ヶ谷はなんと?」
「空自到着までは我々で対処するように……と。海軍との衝突には間に合うと思われますが、敵機については、距離から逆算するに我々で対処するほかはないかと」
「そうか。致し方あるまい。敵機の数は?」
「飛竜60,炎竜2とのこと」
宮内の返答に、新留はしばらく思案する。
「コルの街付近に駐屯しているのは高射特科大隊だったな」
「はっ。第10高射特科大隊が展開しています」
「よろしい、81式の威力を見せつけてやれ」
「はっ!!」
新留の命令で、コルの街に展開していた第10高射特科大隊が慌ただしく動き出す。
彼らは、地対空誘導弾である81式短距離地対空誘導弾(C)(短SAM改)及び93式近距離地対空誘導弾(SAM-3)の発射準備を手際よく終わらせた。
『照準合わせ!!―――ていっ!!』
無数に発射された短SAM改と、SAM-3の波状攻撃が、低空を飛行する竜騎士に襲い掛かる。
吸い寄せられるように飛竜に命中するミサイルは、一瞬の明滅の後、爆発。直撃を受けた飛竜はあまりの火力に絶命し、巻き込まれた飛竜は飛行能力を失い落下した。
『な、なにが起こっている?!!』
訳が分からずに混乱する竜騎士たち。
『り、陸から火の槍が飛んでき―――ぐあぁぁぁあ』
『報告!報告!炎竜1騎墜落!!』
『や、やめろぉぉお!来るなあぁああ』
やむことのない波状攻撃に、成すすべなく落ちていく僚機。ひときわ大きな炎竜に跨るタラルは、冷静に事態を収拾しようと声を張り上げる。
『落ち着け!!敵は地上から槍を投げている!!飛んできた槍は魔法で燃やせ!!』
タラルはそう言って、部下を鼓舞するが、音速で飛翔するSAM-3に反応できず、1騎、また1騎と撃墜されていく。
タラルは腹立たし気に唇を噛み、命令を下す。
『埒が開かないな。無傷な者は私に続け!!敵を元から叩くぞ』
『りょ、了解』
機首を下に向け、急降下する炎竜。湖面スレスレのところで体を戻し、そのまま湖面を疾駆する。それに続く飛竜21騎。水しぶきが上がり、騎士服が濡れる。それが、火照った身体にはちょうど気持ちがよかった。
「(残ったのがこれだけとはな……いや、あのニホン相手にこれだけ残っていれば上等だよ)」
タラルは最後に一矢報いようと、湖面を飛ぶ。目視できる距離に港があり、その岸に整然と並ぶ異物が数体見えた。
『魔法戦用意!!』
タラルの命令に、飛竜に跨る竜騎士たちが魔法を詠唱する。
『てーー(BOOOM)』
しかし、一歩、間に合わなかった。
自衛隊が放ったミ無数のミサイルが、タラル以下、竜騎士たちを包み込む。
BOOOOM―――。
大量の爆発。上がる水飛沫。
ここにタラルたちの戦争は終わった。
竜騎士の動きを観測していた情報小隊の隊員は、状況を報告する。
『対空レーダーから反応消滅』
『了解。目視でも確認した』
情報小隊の隊員は73式トラックから降り、小高い丘の上から、揺れる湖面を眺めて静かに黙とうを捧げる。
どうか、彼らが安らかに眠れますように……と。
♢
【日本国/東京都・市ヶ谷/防衛省/統合幕僚監部/同日_同刻】
戦闘の推移を画面越しに見守っていた統合幕僚長肥前は、敵機全滅の報告を受け安堵の息を漏らす。スラ王国軍の兵には申し訳ないが、これは戦争なのだと肥前は自身を納得させる。しかし、戦争は始まったばかりだ。
「統合幕僚長、敵海軍約80隻の艦隊は現在、約30㎞沖合を航行中です」
幕僚の報告と同時に、画面上に敵の位置が表示される。
「敵艦隊の到着予想時刻は、現在の風速から計算しておよそ1時間半後です」
「魔法による加速は計算に入れているか?」
「ウォーティア王国海軍からの情報では、魔法による加速はないと思われます。もっとも、単艦での魔法による加速はあるとのことですので、おそらくは魔法士のマンパワー不足かと」
「よろしい……空自の状況は?」
肥前の言葉を受け、下府航空幕僚長が発言する。
「対艦攻撃に向けて第3飛行隊F-2戦闘機15機がラデン基地を出撃済みだ」
「私は専門外だが……大艦隊を相手に15機では不足だろう。念のため東岸基地から第8飛行隊も出撃させるべきか?」
現在、陸自は東岸、ラデン、クレル、コル、遺跡の5か所に駐屯地及び分屯地を、空自は東岸、ラデンの2か所に基地を設置している。このうち、ラデン基地には第3飛行隊、東岸基地には第8飛行隊が配備されていた。
肥前の率直な問いに、下府は黙って首を横に振る。
「F-2戦闘機は両翼に8か所、翼端に2か所、胴下に1か所の兵装が可能だ。両翼合わせて6基の空対艦ミサイルを搭載すれば、それだけで90隻の敵艦を撃沈できる。それに今回は不測の事態に備えて、胴下に無誘導爆弾を増槽している。仮にミサイルで撃沈できなかった場合には、これを敵艦に投下すれば問題ない」
自信たっぷりに解説する下府の言葉に、肥前は「うーむ」と唸る。下府は続けて補足する。
「敵は先の陸自との戦いで制空権を失っている。敵艦からは、魔法又は砲弾等による反撃が予想される……が、敵艦からの反撃前に敵を撃沈するため、さしたる脅威にはならない。万が一、反撃を受けたとしても高速で飛行する戦闘機相手に、無誘導の攻撃は当たりはしまい亅
下府の説明に納得し、肥前は命令を下す。
「敵艦隊の撃退は第3飛行隊に一任する。第8飛行隊は手薄となるラデン基地防衛に当たらせろ」




