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異世界列島  作者: 黒酢
第4.0章:戦火の章ーThe War
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04.遠征それは天命

 ♢

【中央大陸/スラ王国/旧モルガニア/旧王都モルガン/4月中旬】


 モルガニアはその国土のほぼ全域が草原に覆われている。地球で言うところのステップ気候に近く、雨季に集中的に雨が降る一方で、乾季には秋晴れのようなカラッとした晴天が続く。


 主要産業は牧畜で、多くの国民は定住することなく、羊や馬を引き遊牧しながら暮らしている。


 そのモルガニアにあっても、旧王都やいくつかの領都は別だ。特に、旧王都モルガンは、最盛期には20万を超える人口を抱え、現在でも15万の人口を抱える大都市を形成する。現在は、占領者である東方遠征軍が拠点を置いている町でもあった。


 そんなモルガンの城壁の前。集められた総勢10万の将兵は、ただ整然とその場に直立していた。


 カツカツカツ―――。


 新将軍ラシャール侯が軍靴の音を鳴らしながら壇上に上がる。漆黒のマントを風に靡かせ、ラシャール侯が登壇するや、控えていた副将軍バルベル・グラマールが拡声魔法を用いて声を響かせた。


『将軍閣下の訓示である!!総員、傾注』


 副将軍グラマールの言葉に呼応し、将兵のすべての耳目が壇上に注がれる。副将軍グラマールは、王都守備軍でも副将を務めていたラシャール侯の腹心であり、国王の覚えもいい男であった。ラシャール侯は、一糸乱れぬ将兵の統率の取れた動きを確認し、満足そうに頷いた。


『諸君、随分と待たせた』


 将軍ラシャール侯もまた、拡声魔法で呼びかける。


『我が軍は今、新たな布陣で蘇った。先の戦いで我々はあまりにも多くの将兵、いや、戦友を失った。そして今なお、何千という戦友が敵地で虜囚となっている。その虜囚の中には、貴君らの指揮官であった偉大なる名将ハイヤード侯も含まれる。彼と私は酒を酌み交わす仲でもあった』


 ラシャール侯とハイヤード侯は、共にスラ王国を支える侯爵家の嫡男として、家督を継ぐ前から交流がある。ときに王都でバカ騒ぎをして、当時の上官からこっ酷く叱られることもあった。ハイヤード侯とはそれほどの古い付き合いなのだ。


 だから、東方遠征軍の将としてモルガニアに赴くよう命令が下ったとき、ラシャール侯は、これは神が与えた天命であると感じた。ハイヤード侯を異教徒どもの手から救い出し、共にウォーティアと二ホンを平定せよと、神が命じているのだと……。


『今、遠く異教の地で、彼らがどのような過酷な生活を強いられているのか……そう考えるだけで、私の胸は張り裂けそうになる』


 将軍ラシャール侯は胸を押さえ、悲痛な面持ちで声を振り絞るが、実際には捕虜となった5000人余りのスラ王国軍は、日本政府の強い働きかけによりジュネーブ条約に基づく〝人道的〟取り扱いがなされている。


 王都ウォレムと交易都市クレルの間に設けられた捕虜収容所は、陸上自衛隊施設科の手によって急遽造成された即席の収容所でありながら、衛生的なトイレと浴場を備えており、また、捕虜には朝昼晩の三食を提供するほか、自由時間には飲酒や喫煙、レクリエーション活動も許可されている。この世界の生活水準を考えれば、遥かに文化的な生活を営んでいると言ってもあながち間違いではない。


 しかし、この場にいる誰も、そんなことは知らない。


 遠く異国の敵地で鞭に打たれながら異教徒に酷使される同胞。その痛ましい姿を想像し、将兵らは涙を流す。


『今こそ先の戦いで虜囚となった戦友を地獄から救い出し、異教徒どもに正義の鉄槌をくれてやるときだ!!我々は愚かなる異教徒に主の教えを伝えんとする正義の軍である!!諸君らの行いは常に正義である!!今、我々10万の大軍勢は、新たな布陣で適地を目指す!!この期に及んで陸軍だ、空軍だという馬鹿は居まいな?!』


 将軍ラシャール侯が叫ぶように見回すと、将兵は揃って、「はい閣下!いいえ、いません!!」と唱和した。


 その中には、飛行服に身を包んだ竜騎士の姿もあった。空軍を統率するのは第1大隊長ファティマ・アブーン。王都ベムの空を守ってきた由緒ある第1大隊。その大隊長と将軍は仲がいいことで有名だった。そんな彼は、今回の東方遠征軍との共同作戦に当たって、空軍大臣ムヒターから空将に任じられている。空将は、大規模な戦闘において、複数の大隊の指揮権を委ねられる。今回は、第1大隊のほかに2個大隊が参加していた。


『諸君らの奮戦に期待して、訓示とする!!』


 将軍ラシャール侯が左胸に手を当てるこの世界の敬礼をして壇上を降りると、代わって、従軍司教ラスカーが覚束ない足取りで壇上に上がった。ラスカーは首から下げた五芒星ペンタグラムを聖職衣から取り出す。


『……敬虔な信徒諸君。主はおっしゃった―――無知な仔羊たちを正しき道に導きなさい、と。諸君らは今、その大事の前にあるのです。先の敗北にも意味があります。主はこうもおっしゃいます―――』


 ラスカーはしばらくの説教の後、集まった10万の信徒の行軍の無事を祈った。


『諸君らに主のご加護があらんことを』


 ラスカーが壇上から降りると、いよいよ、軍勢が動き出す。


 将軍ラシャール侯は指揮杖を大きく振りかぶると、『全軍、進めぇぇぇえ』と下令した。それに呼応するように、第一兵団から順に縦列となり行軍を開始する。


 西暦2019年4月―――ほのかに暖かい春先のことであった。







 ♢

【日本国/東京都/千代田区/総理官邸/危機管理センター/同日】


 スラ王国軍再侵攻の報を受け、総理官邸地下に設けられた危機管理センターに、東郷総理以下の主要閣僚が集まった。


「状況は?」


 東郷は大阪での予定を切り上げて、今しがた新幹線で帰京したばかりで、詳しい状況が掴めていない。東郷の質問に、近くに控えていた国家安全保障局参事官・ひいらぎが答える。


「スラ王国軍の動向を監視していた大陸方面隊によりますと、今日未明、敵陸上戦力およそ10万がウォーティア王国に向け進軍を開始したとのことです」


 柊は内閣情報調査室(CIRO)出向している警察官僚で、白髪をコームでオールバックにまとめている。柊の言葉を受け、「遂に動き出したか」と拳を握る東郷。無意識に出る手汗を、ハンカチで拭った。


「前回の敗北に懲りていなかったのか……」

「軍事力の差は歴然だというのに」

「削った分だけ補充するとは……なんという力業」


 新たに防衛大臣に就任した出雲いずも、外務大臣の高槻たかつき、官房長官の石巻いしまきが口々に心境を吐露するのと同じくして、内閣情報調査室の班員が管理センターの巨大スクリーンに映像を投射した。


「―――映像入ります」


 壁一面に設置された巨大スクリーンに映し出される映像を、食い入るように見つめる閣僚たち。そこには全身甲冑に身を包んだ騎士、皮鎧に槍を持つ兵士、魔道服を身にまとった魔法師など雑多な装束の軍勢が一路、東に向けて行軍する様子が映し出されている。


 彼らが目指す場所がウォーティア王国であろうことは、誰の目にも明白であった。


「よく撮れている……この映像はどこから?」

「陸自の無人ヘリからの映像です。無人偵察機システムFFRSの核です、長官」


 石巻の純粋な疑問に答えたのは、市谷に詰める統合幕僚長の肥前ひぜんだった。肥前は市谷にある防衛省庁舎にある統合幕僚監部におり、画面越しに言葉を発している。


 無人偵察機システム(FFRS:Flying Forward Reconnaissance System)は、ラジオコントロール式の無人ヘリコプターを使用し、空中から広範囲の情報を収集するためのシステムを指す。


「彼らの動向は常に監視しています。自衛隊の監視下からは逃げ出せやしません」


 肥前が画面越しに笑みを浮かべると、石巻は「ほお、それは頼もしい」と頷いた。石巻は元民政党議員だったが、防衛に関しては右寄りの考えを固持している。


「統合幕僚長、それで彼らはいつ国境を越える?」


 肥前の直属の上官に当たる出雲の質問に、肥前は短く「明日の朝には」と返答した。そうすると残された時間は僅かだ。出雲は椅子に深く座りなおすと、チラリと東郷に視線を向けた。


「総理、一刻も早く自衛隊に集団的自衛権行使の許可を。……先の悲劇を繰り返してはなりません」


 出雲の眼力に東郷は生唾を飲み込んだ。


 東郷はクレル大虐殺が予期された結果であったことを知っている。この中でそのことを知っているのは恐らく、統合幕僚長の肥前と、東郷だけだろう。


「承知している」


 東郷は立ち上がり、肥前に向き直る。


「集団的自衛権の行使に向け動く。3時間以内に閣議決定を行うため、そのつもりで自衛隊も準備をして欲しい。当座の目標は東方遠征軍10万の壊滅と、敵本拠地となっているモルガニアの解放だ。無論、そのために必要なすべての武器の使用を念頭に置いて構わない。出し惜しみはなしだ」

「……え」


 肥前は驚いたと目を見開くと、少し遅れて「了解しました、総理」と敬礼した。


「そ、総理!集団的自衛権とはいえ、現行法制で認められる行動は〝必要最小限度の実力行使〟ですぞ?!前回同様、主力はウィーティア王国軍として、自衛隊は武器等防護、後方支援を名目に露払いに徹するのが吉。敵軍の壊滅、敵本拠地占領、無制限の武器使用とはいかなる法解釈でも困難―――」

「そんなことくらい分かっている!」


 内閣法制局参事官・与論よろんの忠言を、東郷は一喝して黙らせた。


 憲法改正を公約に掲げて大勝したものの、まだ、9条の縛りは健在である。法制的にできること、できないことがあることは、東郷も百も承知だった。


 しかし、ここで敵を徹底的に潰しておかなければ、敵は何度でもウォーティア王国に侵攻を試みるだろう。その度に撃退するのでは、あまりにも資源を浪費する。今の日本にそんな甘いことを言っている余裕はないのだ。


「例の3要件さえ満たせばいい。私の認識が間違えていなければ、武器等防護や後方支援などの類型は例示にすぎないのでは?過去の答弁に捕らわれず、果敢に法解釈をするんだ」

「3要件といえど、先ほど申したように必要最小限度という制約があります」

「敵軍の壊滅、敵本拠地占領まで含め、必要最小限度だ。これは譲れない」

「そ、そんな無茶苦茶な……」


 ぶれない東郷の強硬発言に、与論も遂に腰を折った。


「……承知しました。解釈は当局の方でなんとか致します」


 与論が折れたことで、東郷の方針に異を唱える者はいなくなった。東郷は神妙な面持ちで危機管理センターを後にすると、すぐさま緊急の閣僚会議を招集した。とはいえ、主要メンバーは先ほど地下で顔を合わせていたので、閣議に遅刻する大臣は居ない。


 集団的自衛権の発令―――即時、閣議決定。


 その決定は速やかに防衛大臣、統合幕僚長を通じて、陸自大陸方面隊、海自大陸地方隊、空自大陸方面航空隊へと伝わった。政府の異例のスピード決定に、実働部隊のトップである制服組も驚愕を隠せない。


 そして、さらに彼らを驚かせたのが、内閣が直接的に〝敵軍の壊滅、敵本拠地占領〟を指示してきたことだった。


「統合幕僚長……総理は正気か?!」


 陸自制服組トップ陸上幕僚長・三島みしまの言葉に、肥前は肩を竦める。


「私もこの話を聞いたときは耳を疑った。その場限りのオフレコのような物かと思ったが、閣議決定の中でこうも直接的に指示が飛ぶとはな……正気の沙汰じゃないよ。ただ―――」

「ただ?」

「政治が責任を引き受けてくれるのであれば、現場はやりやすくて助かるというものだ。これまでの政権は現場に判断を丸投げだった……とは言わないが、そういう場面もよく見てきたからな」

「違いない」


 三島と肥前が話をしていると、海上幕僚長・八戸はちのへ、航空幕僚長・下府しものふがやってきた。制服組のほかの面々も全員が揃ったようだ。


「全員、揃ったな」


 全員の着席を見据えてから、肥前は口を開いた。


「今回の作戦の要は、圧倒的火力で敵の侵攻を食い止め、迅速に敵司令部を叩くことだ。海幕長、輸送艦おおすみを始めとする艦船に武器、弾薬を詰めるだけ積んでほしい」

「分かりました。輸送艦のほか、DDH(ヘリコプター搭載護衛艦)も動員します」

「頼んだ。大陸の備蓄でも対処可能とは思うが、念には念を入れたい」


  肥前は、八戸から下府に視線を移す。


「大陸方面航空隊の第10航空団にはいつでも出撃できるよう待機を命じている。空幕長は、本土の全部隊を招集し、緊急時に、大陸に出撃できるよう準備してもらいたい」

「了解した」


  そして、最後に、肥前は三島を見据える。


「今回も作戦の要は陸自だ。創設されたばかりだが、大陸方面隊には汗を流して貰う」

「当然だ。そのために訓練を積んでいる。存分に使ってくれ」


  3人の幕僚長の力強い言葉を受け、肥前は黙って頷いた。3幕僚長との調整を済ませた肥前は、統合幕僚監部で立案した作戦を携え、急ぎ足で総理官邸を訪ねる。肥前到着の報せを受け、東郷総理と出雲防衛相は、待っていた!とばかりに肥前を出迎えた。


「1時間後に記者会見を行う。作戦を急ぎ教えて欲しい」

「はっ」


 肥前は、幕僚の一人に目配せし、資料を配る。統合幕僚監部で立案した本作戦については、陸海空の各幕僚長からは大きな修正意見はなかった。肥前は、スクリーンに資料が投影されるのを待って、説明を始める。


「スラ王国東方遠征軍の解体及び敵拠点モルガニアの解放を目的とする作戦概要を説明します。作戦名は、黒船作戦(ブラックシップ作戦)―――。本作戦は、蛮行を繰り返すスラ王国に、新しい世界秩序の幕開けを告げることになるでしょう」


 江戸末期、アメリカ大陸からやってきた数隻の黒船が、砲艦と共に新時代の幕開けを告げたように。圧倒的な武力を背景に、スラ王国に新秩序の幕開けを告げるべく、戦後最大の軍事作戦が始まろうとしていた。

次回05話。明日又は明後日の投稿です。

しばらくお待ちください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 スラ王国軍は進軍を開始。ラスカーもしぶとく生き残ってると。こいつもどうなるのか気になりますね。 ラシャールの手腕も間違ってはないけど情報不足の中進軍とは穏やかではなさそ…
[良い点] 投稿お疲れ様です。 両軍の激突がついに始まりますね。 それにしても武器の使用制限解除と集団自衛権のスピード決定とは東郷さんも随分思い切ったことをしますね。クレルの件といいそれだけ状況が逼…
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