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異世界列島  作者: 黒酢
第4.0章:戦火の章ーThe War
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03.嵐の前の微風

 ♢

【中央大陸/スラ王国/旧モルガニア/旧王都モルガン/12月下旬】


 クレル戦役に敗れたスラ王国・東方遠征軍は、本国から派遣された将軍ラシャール侯の指揮の下、ウォーティア再侵攻に向けて準備を進めていた。


 ラシャール侯はこれまで王都守備軍約2万の指揮を執ってきたが、今回はその5倍の兵力を運用することになる。着任して早々、ラシャール侯は「一人で全軍を監督するのは無理だ」と匙を投げた。


 これに慌てたのが、脚竜隊長マグナムと魔導隊長ライムだ。彼らはそれぞれの兵科を統括する指揮官だが、その上官が無理とは何事かと詰め寄った。


 しかし、ラシャール侯は己の限界を把握していた。というよりも、10万という途方もない規模の軍隊を兵科単位で運用するのは柔軟性に欠けると考えた。


 そこで、ラシャール侯は来るべき再侵攻に向け、東方遠征軍の本格的な再編を断行する。


 これまで司令部の直下に置かれていた、投石機隊、騎馬隊、脚竜隊、魔導隊、歩兵隊、弓兵隊……etcを解体し、司令部直下に9つの兵団と3つの魔導遊撃隊を置いた。


 各兵団は歩兵隊を中心に、投石機隊や騎馬隊など複数の兵科を混成することで、単独で作戦遂行ができるようになった。また、魔導遊撃隊は、騎馬隊と魔導隊からなる部隊で、必要な戦場に迅速に軍用魔法師を投入できるようになった。


「―――という訳なのよ!我々の勝利の日は近いわ!!」


 ドンっと、勢いよくテーブルに叩きつけられた木製ジョッキの中身はカラ。魔導隊長改め第1魔導遊撃隊長ライムは紫の長髪を掻き上げると、店員を呼びつけ酒のおかわりを要求する。


「ちょ、隊長~飲みすぎですよぅ。って言うか、なんで隊長ともあろう人がこんな居酒屋なんかに」


 銀髪ボブの眼鏡っ子が注意するが、ライムは聞く耳を持たない。


「うるさいわねぇ……私はこの雰囲気が好きなのよ」


 店員が新たに持ってきた木製ジョッキを手にかけると、生ぬるいエールを思いっきり胃袋に流し込む。「ぷはぁあ」とライムは喉を鳴らし、肉の串焼きを口に頬張った。


「って言うか、セーラはもう私の副官じゃないのよ?第2魔導遊撃隊長になったんだから」


 ライムに話を振られた銀髪ボブ改めセーラは、ため息を吐いて天井を見上げた。


「私が魔導遊撃隊長だなんて無理に決まってますよ」

「なに言ってるのよ。あなたほどの魔法師、そうそういないのよ?」

「……そうでしょうか」

「まったく、なんでそう弱気なのかねぇ」


  ライムは苦笑してから、「それに……」と声のトーンを落とした。両手で握りしめたジョッキに残った僅かなエールの表面に、どこか悲しげな少女の顔が映り込む。


「私たちが頑張らないといけないじゃない?敵に捕らえられたハイヤード様たちを救い出すためにも……ね」


  ライムの言葉にセーラも俯く。先のクレル戦役で失ったものは大きい。1万以上の仲間が無残に殺され、五千を超える戦友が敵の虜囚となった。その中には将軍であるハイヤード侯や、軍師シードなどの首脳陣も多い。


「……敵は神を信じない野蛮な人々です。ハイヤード閣下や仲間たちが、いったいどんな扱いを受けているか。想像しただけでも胸が張り裂ける思いです」


 そう言って、セーラは机の上でぎゅっと拳を握りしめた。何かを決意するように、強く。そして。


「私も隊長として王国のために力を尽くします!」


 セーラの宣言に、ライムは「よく言った!!」と立ち上がり、ジョッキを天高く掲げる。


「今日は飲むわよー!!」








 ♢

【中央大陸/ウォーティア王国/王都ウォレム/王城/1月上旬】


 ザッザッザッザッザ―――。


 遠くの方から軍靴の音が聞こえる。その音はだんだんと大きくなり、やがて扉の前でピタリと止まった。国王は誰もいなくなった謁見の間で、一人、声を振り絞る。


「朕はここである……さあ、入られよ」


 若干震えていたかもしれない。最期に王として見っともない姿を晒してしまった。しかし、そのようなことを気にしても詮無きことだと、国王は自嘲の笑みを浮かべる。


 ダンっと、開け放たれる大扉。重厚な扉を無礼にも足で蹴り開け、その男はカツカツと軍靴の音を鳴らして、大股で謁見の間に足を踏み入れた。真っ赤なカーペットを踏み締め、国王の前に立つ男。普通であれば王に謁見する者は、皆、等しく跪く。が、男は立ったまま腰に手を当て、「フン」と鼻を鳴らした。その不遜な態度を咎める者はもはやいない。


「歓迎しようハイヤード将軍」


 国王の歓迎の言葉に、ハイヤード侯は思わず吹き出して手を叩いた。


「フハハ……歓迎と申すか?これは滑稽だな」


 ハイヤード侯はスッと笑みを消し、腰に下げていた軍刀を引き抜いた。ステンドグラスから差し込んだ木漏れ日に反射した刀身が、ギラりと鈍く光る。ハイヤード侯は手に握りしめた軍刀を真上に掲げ、背後に整然と並んだ全身甲冑の騎士に命じる。


「陛下の寵愛を拒んだ愚か者を捕らえよ!」


 ハイヤード侯の命令を受け、何十という騎士が国王に殺到し、そして玉座から引きずり落とした。頭に被っていた王冠が、音を立てて床に転がるのを、黙って見ていることしかできない。両手を後ろ手に縛り上げられ、身体を押さえ付けられると、国王は「ぐっ……」と苦痛に顔を歪めた。


「愚王モード・ル・ウォーティア。汝は間違いを犯した。おとなしく陛下の支配を受け入れていればこうはならなかったものを」

「……聖教の犬に成り下がった貴国の傀儡になる?馬鹿な話だ」

「安い挑発だな。貴様は明日、死ぬ。民の前でな」


 捕縛の一部始終を見届けたハイヤード侯は、まるで興味を失ったように軍刀を鞘に戻し、国王に背を向けた。


「そして、この国は陛下の庇護下に入る。獣人は正しく奴隷となり、民は神の祝福を受ける」


 ―――素晴らしい世界だろう?


 ―――……か、へ……か、へいか


「陛下」


 重い瞼を開けるとそこに立っていたのはハイヤード侯ではなく、白髪の宰相ポール・プレジールだった。国王モードは凝り固まった身体を解すように伸びをしてから、椅子の背にもたれ掛かる。


「ずいぶんとうなされておりましたが……」

「ああ、気にするな。少し悪い夢を見ただけだ。あったかもしれない悪夢をな」

「無理をなさっているのではないですか?少しは休んでいただかねば……」

「今は休んでいる暇はないのでな。それで、何事だ?」


 プレジールは緊急の要件でもない限り、王の睡眠の邪魔はしない。例え、悪夢にうなされていようとも。もっとも、普通の臣下であれば国王を起こそうなどという命知らずな真似はしないだろうが、そこは2人の関係性故えのものだろう。


「はっ。ニホン国のクロサワ大使が見えられまして、私が応接しておりました」

「クロサワ殿が来ておったのか。スラ王国のことだろうが……クロサワ殿はなんと?」


 国王モードが問うと、プレジールは首を縦に振る。


「ご慧眼のとおりスラ王国の件でございます。先月、ニホン国の宰相が変わったのはご存知かと思います」

「ああ、元老を国民の投票で選ぶ―――センキョ、といったか?それで自政党から別の派閥に政治権力が移ったのであろう?」

「はい。革新党という派閥を中心とした勢力がニホン国の元老院で多数派となり、その代表が宰相になりました。議員内閣制、というそうですが……兎も角、ニホン国では民意が政治を動かします」

「テンノウ―――皇帝は直接政治を行わず、民に選ばれた宰相が政治を行う。ニホン国の政治は実に興味深いものだな」


 国王は考える。この制度、我が国でも導入できるだろうか?と。しかし、すぐに無理だろうと首を振って否定する。この国でそのような制度を導入するのであれば、まずは国民の教育水準の向上から取り組まねばならない。それに特権階級である貴族が易々と民による政治を認めるはずがないのだ。そこで思考を中断し、プレジールに先を促す。


「それで新宰相はどのような方針を?まさか手を引くと言ってきたのでは……?」


 国王は危惧していた。民意が政治を動かすのであれば、スラ王国に対するニホン国の方針もまた変わるのではないか?と。今は先の戦いの後ということもあって、交易都市クレルにジエイタイが展開しているが、撤退してしまえばスラ王国の再侵攻を食い止める手立てはない。先ほどの夢も悪夢ではなく、現実のものとなるだろう。しかし、国王の心配は杞憂に終わる。プレジールは嬉々とした顔で、首を横に振って国王の心配を否定した。


「いえ……むしろ好戦的な様子です」

「好戦的?」

「左様でございます。新宰相トウゴウ閣下は、スラ王国に対する強硬姿勢を鮮明にしています。それで、この度、我が国に軍事基地を設け、1万弱の陸軍を派遣したいとの申し出がありました」

「なんと?!それは誠か!!」


 プレジールの報告に国王は思わず椅子から立ち上がる。わずか数百の手勢で交易都市クレルを奪還したあのニホン国がそれだけの兵を我が国に置く。それはなんとも心強い話だった。


「他国の軍を国内に駐留させることに不安の声も出るでしょうな。特に歴史ある貴族ほど反発は強いでしょう」

「何を今更。既にクレルにはジエイタイが展開しておるではないか?」

「数百人と1万弱では規模が違います故」

「されど、ニホン国の申し出を受け入れれば、スラ王国の脅威は無くなるのだ……一部の不安の声など馬にでも食わせておけばよい。申し出を受け入れるとクロサワ殿に遣いを出せ」


 国王は即決した。


 斯くして、陸上自衛隊第10師団がウォーティア王国に駐留することとなった。


私有地の概念がないウォーティア王国では、王政府と各領主の協力の下、速やかに用地取得と駐屯地建設が進み、3月中頃までに全部隊の配置変えが完了した。







 ♢

【中央大陸/日本領・東岸地域/夢国市/東岸基地/3月下旬】


 一方、東岸地域における自衛隊の配置についても、大幅な変更が見られた。


「大陸方面総監に敬礼!」


 その言葉に整然と整列した隊員たちが一斉に敬礼する。この日、中央大陸における自衛隊の本拠地―――東岸基地において、極めて重大な式典が催されていた。大陸方面隊(英名:continental Army)の開庁である。


 隊員たちの敬礼を受け、登壇した外地派遣部隊司令官改め、大陸方面総監の新留陸将は、返礼しマイクの前に立った。


「思えばこの地に派遣されたのは1年半よりも前のことだった。当時は右も左も分からない中で、それこそ草木の一本に至るまで、人体に有害ではないかと気を張っていたものだ。それも今となっては懐かしくさえある」


 新留は語る。外地派遣部隊のこれまでの歩み、そして為してきたことを。


「魔物との戦いを経てこの基地を造った我が国は、避難民とウォーティア王国からこの世界における国家と種族、歴史と宗教を学んだ。そして、ラデン油田とリン鉱床、鉄鉱床の発見が祖国を救う希望となった。その中心にいたのはいつも我々、自衛隊だった。私は外地派遣部隊の司令官として、その一助となれたことを非常に誇らしく思う」


 新留は隊員たちの顔を見る。普段、各所に引っ張りだこで、多忙を極める相馬以下、現地調整隊の面々も一部を除いて式典に参加している。


「今日、1年半以上に渡り続けてきた外地派遣部隊としての任務は終わった。そして、陸自は大陸方面隊となり、海自は大陸地方隊、そして空自は大陸方面航空隊となる。我々は、真の意味で、この世界に根を張るのだ」


 既に、この場には海自と空自の隊員はいない。外地派遣部隊の解散式は午前中に終わっていた。しかし、新留は大陸に派遣された全自衛官に声を届けたいと言わんばかりに、マイクを両手で握りしめる。


「この世界は我々の故郷ではない。されど、我々はこの世界で生きていくしかないのだ。ならばこの世界で何を為すべきか?そのことを、常に自答しながら任務に励んでほしい。以上、私からの訓示とする」


 新留の敬礼に、隊員たちは一斉に敬礼する。新留の訓示は、隊員たちの心に大きな問いを投げかけた。この世界で何を為すべきか―――。それは、なぜ、日本はこの世界に飛ばされたのか?という根本的な疑問に直結する。もしもすべての事象に理由があって因果が存在するのなら、日本が飛ばされたのにも何かしらの理由がある。それはどんな高名な学者にも答えられない、命題だった。


 こうして、大陸には陸自大陸方面隊、海自大陸地方隊、空自大陸方面航空隊が華々しく開庁した。


 なお、大陸方面隊の母体となった中央即応集団は解体され、中央即応連隊など隷下の部隊は方面隊直轄部隊として再編された。また、中部方面隊の第10師団(ウォーティア王国駐留)、東北方面隊の第6師団が方面隊隷下に配置された。


 また、空自大陸方面航空隊の開庁に合わせ、第10航空団が新設され、その隷下に共にF2戦闘機を運用する第3飛行隊、第8飛行隊が置かれた。これらは主に西方(スラ王国方面)からの領空侵犯に対応するとともに、必要に応じて航空支援を行うことが期待されての配置である。


 斯くして、東郷内閣は、組閣後約3か月で自衛隊の大転換を完了させたのであった。

(あとがき)

陸上総隊の創設か、方面隊の創設か……迷った挙句方面隊を選択しました。また長らく大陸で活動してきた中央即応集団の取り扱いについても悩んだ末、方面隊の母体とすることとしました。

大陸方面隊は既存の方面隊とは異なり、他国も作戦範囲に入っています。どちらかというと攻めの任務を帯びた方面隊です。


次回、04話は明日、明後日中に投稿します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 銀髪に興味ないので銀髪キャラだけ強調されての鬱陶しい。
[気になる点] 水陸機動団は暫く出ない感じですかね。傘下の火力誘導中隊を持ってしてコルの街から偵察ボートかヘリでモルガニア領まで進出し空自の空爆を助けたり、スラ王国戦後に起きる大湖周辺のスラ王国や北東…
[一言] 更新お疲れ様です。 > 将軍ラシャール侯 ハイヤード将軍は兵科を分けた平時の編成によって統制を取りやすくしてましたが、逆にラシャール将軍は遠征軍を自衛隊で言う戦闘団のように再編したので機動…
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