04.新生合衆国
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【中央大陸/アメリカ合衆国/コロンビア特別市/ホワイトハウス/10月中旬・某日】
アメリカ合衆国―――正式名称、アメリカ合衆国継承国(Succession United States of America/アメリカ連合継承国)は、2018年1月4日に、アメリカ合衆国(United States of America)の全権を継承する形で誕生した。
その法律上の位置づけは、あくまで1776年建国の系譜を継ぐものであり、まったく新しい国家として建国された訳ではなく、日本でいえば、朝廷から幕府、幕府から明治政府に政治権力が移った……ということと同じだと見て構わない。
そんなアメリカ合衆国領。
日米国境を流れるニューポトマック川から南に約20㎞。どこまでも続く平原地帯に、アメリカ合衆国の新首都・コロンビア特別市は建設された。面積は約200㎢と、アメリカ大陸に存在するワシントンDCより一回りほど大きい。
ワシントンとは、コロンビア特別区内に存在した自治体の一つであったが、現在はすべての自治体が特別区に統合されている。そのため、新首都の建設に当たっては、単にコロンビア特別市という自治体が設置されることになった。
そのコロンビア特別市の中心に、ホワイトハウスは建っている。アメリカ大陸にあるそれよりは小ぶりだが、1年で竣工させたにしては立派で、かつ今の合衆国にとっては十分な広さの建物だ。
そんなホワイトハウスの執務室で、この屋敷の主である第46代合衆国大統領キャサリン・コナーは、国防長官ジョン・マルティスからの報告を受けていた。コナーは対立候補―――と言っても日本に住んでいた民間人だが―――と大統領選を戦い、晴れて新生合衆国の大統領に就任している。
「それは本当なの?」
コナー大統領はマルティス国防長官の報告に、椅子を倒す勢いで立ち上がる。
「軍の威信にかけて真実であると報告します、閣下」
「……そう。スラ王国が動き出すのね」
「はい。我が軍の諜報部の調べでは、既に敵軍上層部は侵攻計画を承認したと」
自衛隊が市場の動きからスラ王国によるウォーティア侵攻の兆しを察知した頃、米軍は敵軍に忍び込ませていた密偵からの情報で侵攻計画そのものの存在を掴んでいた。
なぜ、現地の言葉を知らないはずの米軍が、密偵として活動できるのか。それは米軍が海上で遭難していた現地民を救助したとき、偶然、意思疎通を図れる者たちが米軍に在籍していたからに他ならない。その者たちがなぜ現地の言葉がわかるのか、それはアメリカ合衆国の上層部しか知らない機密情報だった。
「CIAからはまだ侵攻計画そのものの存在までは聞いていないわ」
「無理もありません。彼らよりも軍部の諜報網の方が優れているのです、閣下」
「……CIAも仲間よ?意味のない競い合いはやめて頂戴ね」
「はっ、失礼しました」
CIA(中央情報局)は日本に潜入していた諜報員をまとめることでなんとか組織の存続を果たしたものの、諜報員の数は数十名程度に減りかつてほどの勢いは見られない。約3万5000人の兵力を有する米軍と比べれば、そもそも持っているリソースが違う。
「さて……それで、私たちはどう動くべきかしらね」
コナーはそう言って副大統領カール・サンダースに視線を向けた。サンダースは元々、在日米公使であり、列島転移災害後は臨時副大統領を務めていたが、先の大統領選で勝利したコナーに登用され今の職に就いている。
「我が国は日本政府に情報提供するに留めるべきかと」
「軍を動員すべきではない、ということ?」
「ええ。我が国はまだ植民を始めたばかり。今はまだ他国の戦争に首を突っ込むだけの余裕がない」
サンダースの言葉を受け、コナーは軍を統括するマルティスを見た。マルティスはサンダースの意見に同意を示すように、黙って頷いた。
「サンダース閣下のおっしゃるとおりです。まずは地盤を盤石なものにしませんと」
現在、アメリカ合衆国の人口は約8万4000人(約1000人は日本に帰化)。そのうちの約6万人が中央大陸に植民している。
中央大陸の米国領には、ニューアメリカ州とコロンビア特別市があるが、そのうち開発が進んでいるのは首都であるコロンビア特別市とニューアメリカ州都の一部のみ。それ以外は無人の平原と深い魔物の森が広がっている。
そこで、政府はコナーの指揮の下、米軍を総動員して国造りを進めていた。米軍の仕事は、魔物駆除から道路建設、河川工事と多岐に渡る。既に投入できるリソースが残されていないのは明白だった。
「そうね。この件はニホンに任せるとしましょう」
「それがいいでしょう。ただ、ニホンも介入できるかは不透明ですね」
「なぜ?ニホンは地球でも有数の軍事力を持っていたわ。この世界の軍隊に遅れは取らないはずよ」
マルティスの言葉に首を捻るコナー。マルティスに代わり、サンダースが補足する。
「自衛隊は新外地法の縛りで思うようには動けないのです。政治判断で介入もできましょうが、何分、先の藤原総理の死で日本国内では不干渉主義派が台頭しています。今の牧田総理は日和見なところがあるので、党内の意見を介入に向けて纏められるかは不透明です」
サンダースの説明に、コナーは「そうね」と一言。
「まあ、いいわ。どう転んでも我が国には縁のない話よ。長官、ニホンには先の情報を売りつけてあげて。もし、ニホンが既に情報を得ていたとしても、我が国からの裏付けがあれば喜ぶはずよ」
「了解しました、閣下」
マルティスが話を切り上げて執務室を後にしようとしたとき、彼の胸ポケットに仕舞っていた携帯電話が鳴った。
RRRRRRRRRRR―――。
「失礼、出ても?」
「ええ、どうぞ」
コナーの許しを得てから、マルティスは電話に出る。相手は信頼する部下、ケイト・ブラウン大尉。日本国防衛省との連絡役を任せている人物だ。
「うむ……うむ……そうか」
電話を終えたマルティスは、携帯電話を胸ポケットに仕舞ってから、コナーとサンダースに顔を向けた。
「自政党の重鎮、Mr.ヤグモからの伝言です」
「Mr.ヤグモから?要件は……?」
「スラ王国に関する一切の情報提供は不要、と」
「「?!」」
日本が既にスラ王国の侵攻の兆しを掴んでいることぐらいは想像していたが、まさか、わざわざ日本側から情報提供不要との申し出があるとは思わなかった3人は驚きを隠せない。
「なぜわざわざそんなことを?多角的な視点からの情報があるに越したことは無いと思うんだけど……」
コナーの疑問に、マルティスは少し考えを巡らせた後、「これは推測の一つですが」と断った上である仮説を口にした。
「……スラ王国が侵攻する場合、最初に狙われる都市はクレルです。クレルには確か大勢のニホン人が住んでいるはずです―――」
マルティスの仮説を聞き、コナーとサンダースは眉を顰めた。それは自国民を駒として消費するような、残忍な計画だった。
話を終えたマルティスが、敬礼してから執務室を後にすると、コナーは室内に残ったサンダースに話を振った。
「さっきの話。本当だと思う?」
「……可能性は高いでしょうね。Mr.ヤグモは、わざわざ釘を刺してきたのですから」
「私たちはこの話を黙認し、情報提供はしないのが正解かしら?」
「これからの我が国の国益を思えば、Mr.ヤグモの思惑に乗るのも一興かと。我が国はこの不安定な世界で、後ろを任せられる強い同盟国の誕生を歓迎すべきだと思います」
「……そうね」
コナーはうっすらと笑みを浮かべる。自分は日本の大統領ではない。アメリカ合衆国の大統領だ。ならば、心配すべきは自国の国益。
「いいわ。日本政府には情報提供はしない。マルティスにはそう伝えて頂戴」
「分かりました。賢明な判断です」
コナーがふと窓の外を見ると、一羽のハトが空を飛んでいた。
ホワイトハウスの外には緑豊かな広場が広がり、その先には、建設真っただ中のビル群が広がっている。アメリカ合衆国は確かに、この異世界の大地で新たな歴史を刻もうとしていた。
「(この国のためにも、ニホンには変わってもらわないと……ね)」
最後までありがとうございました。
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なお、幕間はこれにて終了です。引き続き第4.0章の投稿までしばらくお待ちください。更新再開は改めて活動報告、Twitterなどでもお知らせする予定です。今後とも異世界列島をよろしくお願いいたします。




