02.記者と孤児Ⅰ
遅くなりました。
感想はすべて読んでいます……必ず返信します!!すみません汗(;・∀・)
今回の話は本編にちらっと登場した、ジャーナリスト「伊納」の話です。
♢
【中央大陸/ウォーティア王国/交易都市クレル/10月中旬・某日】
「ここが交易都市クレルか―――」
伊納は協同通信の記者。ここ交易都市クレルを訪れるのは、もちろん今回が初めてだ。伊納は大きなリュックを背に、乗合馬車から転がるように地面に足を着く。支払いは銀貨と少しばかりの銅貨だ。この国のお金を入れた財布の重みは変わらない。
「ふう。すごく巨大な城壁だ。あの門をくぐればいいのかな?」
伊納の視線の先には、どこまでも続く巨大な城壁に、ぽっかりと口を開けた門があった。そこを全身鎧に身を包んだ騎士たちが、数人態勢で警戒にあたっている。
王都からやってきた乗合馬車も、城壁の中には入らずに門の至近で引き返していった。乗っていた十数人の乗客は、自分の荷物を手に各々、門に向かって歩き出す。遅れてはいけないと、伊納は慌ててほかの人の後を追った。
既に門の前には列ができている。もちろん、乗合馬車に乗っていた乗客もいるが、その他にも馬車でやってきた行商人や地元の狩人らしき人影も見える。
伊納はあの災害の前に、某大手衣料品店で購入した安い服に身を包んでいた。しかし、それはこの世界の基準でみると、なかなかの上質なものに見えたのだろう。列を成す人々からの好奇の視線に、伊納は少しだけ居心地悪そうにスマホを取り出し、ここが圏外であることを思い出す。
「(異世界、だったな)」
しばらく、手持無沙汰にしていたが、すぐに伊納が最前列になっていた。
「―――パラリエットムスカファン?」
門を警備していた騎士の男が何か話しかけてくるが、生憎、伊納にはこの国の言葉が分からない。そこで、伊納はスマホを取り出しアプリを起動する。オフラインでも使えるこのアプリは、この国で生活するための言わば聖書。
このアプリは日本政府が主導し、とある民間企業が作った代物で、日常生活に役立つ「北東諸国語」が収録されている。東方世界で広く使われている「北東諸国語」については、現地調整隊の協力の下でその研究が進められているが、まだ、翻訳アプリの域には達していない。
「えーっと、〝らーしー、にほんもり。ぐれっふぁん、みらりあす(私、日本人。仕事、来た)〟」
片言の北東諸国語で、伊納は自分が日本人で仕事のために来たことを明かした。騎士は日本人の対応に慣れているようで、すぐに遣いを出し1人の日本人を紹介した。その日本人は人当たりがよさそうな30代ぐらいの細身の男だった。
「ようこそ、交易都市クレルへ。僕はここの日本人会で書記をしている茨木です」
まさか日本人が出てくるとは思ってもいなかった伊納は、少しだけ虚を突かれたような顔をした。しかし、言葉も満足に分からない異国の地で、同胞の存在はありがたい。
「ご丁寧にどうも。協同通信の伊納です」
「パスポートをそこの騎士に提示してください。この国では特に城郭都市に入るときには身分証が必要なんですよ。身分証がなければ入市税を払う、という方法もあるようですが……」
伊納は茨木の言葉に従い、騎士にパスポートを提示した。その騎士はざっと目を通し頷くと、パスポートを返してくる。
「どうやら入っていいみたいですよ」
「こっちの言葉にずいぶんと詳しいんですね」
「4か月もこっちで生活していると、少しなら理解できたりするものですよ」
茨木のおかげで伊納はすんなりと町に入ることができた。
城壁を抜けるとそこには中世ヨーロッパ風の街並みが広がっている。それはどこか日本人が想像するファンタジーの世界のようでもあり、しかし、少なからず闇がありそうに見えた。
「茨木さん、ありがとうございました」
「いえ。これも私の仕事ですから。何か困りごとがあれば日本人会の事務所を訪ねてください」
そう言って茨木は名刺を見せた。名刺にはNPO法人の文字。話によると在クレル日本人会はNPO法人が事務局となっているらしい。中央広場まで来たところで、伊納は茨木と別れ一人になった。
ぐるりと広場を見回すが、どこにも戦争の影は見えない。広場を行きかう人々は多少やつれてはいるが明るく、路地には子どもたちの笑い声が響いている。
「(一見綺麗な街だが……)」
伊納がこの町にやってきたのは、スラ王国と国境を接する交易都市クレルの現状を取材するためだった。事前に聞いていた情報では、1年半以上前に隣国モルガニアが武力制圧され、交易ルートを失ったこの町の経済状況は深刻だと聞いている。
「(宿に荷物を置いたら、少し街を歩いてみるか。スラ王国が及ぼした影響には皆が興味を持っている)」
伊納は茨木にお薦めされた、この辺りでは高級な広場に面した宿屋にチェックインすると、すぐに荷物を置き、ビデオカメラを片手に宿屋を飛び出した。
それから数日間、伊納はこの町で多くの取材を行った。
―――何を売ってるんですか?ほう、大湖産の魚ですか。
―――それで解雇されたと。
―――やはり交易路が寸断された影響は大きいですか?
広場の露店に顔を出し、商会勤めをしていた男に取材をし、木工職人に話を聞いた。つたない言葉で取材を進め、それを映像として保存する。後でそれを見返して、可能な限り翻訳した。
取材の中で、皆が口を揃えて言うのは、スラ王国が隣国モルガニア、さらにその西にある国アルトを武力で制圧して以降、景気が急激に悪化したということ。
伊納の目に、交易都市として発展してきたこの町には最早、希望は残っていないように感じられた。
あるとき、伊納はある町のパン屋の主人に、孤児院の話を聞かされた。モルガニア戦争で親を亡くした子や、経済苦で親に捨てられた子、隣国から逃げてきた戦災孤児に、迫害を受けた獣人の子など、訳ありの子供たちが集められた孤児院があるらしい。
孤児院は地元の六神教会が運営しているそうだが、領主マニーア・クレル爵が領政府の公金を投じ援助を行っているらしい。その話を聞いた伊納は、すぐに日本人会を通じて孤児院に取材を申し込んだ。
♢
【同都市/クレル孤児院/某日】
後日、伊納は日本人会を通じて知り合った戦場カメラマン野口と一緒に、スラムの入り口に建てられた孤児院を訪れていた。
孤児院から出てきた六神教の巫女に案内され、院長の部屋に通された二人。ソファに腰を下ろし彼らの目に映るのは、絵画や骨とう品、金細工の類。
「なんかこの部屋だけ無駄に金が掛かってませんか?」
「確かに。外観や廊下は老朽化が深刻なのに違和感がありますね」
二人は違和感を覚えつつも、院長が現れるのを黙って待つことにする。
その間に二人は少しだけ話をした。野口はこの町からさらに西にある、〝西の砦〟と呼ばれる軍事要塞を取材した帰りだと言う。
「いやあ、西の砦は本当に最前線でした」
野口はそう言って、砦で撮ったウォーティア王国軍やクレル爵領軍の兵士たちの写真を伊納に見せた。その目と鼻の先は国境で、多くのスラ王国軍が駐留している。緊張感が漂う最前線、しかし、写真の中に映る兵士たちは皆、笑顔を浮かべていた。
「特にこのビンゴさんという駝鳥人種の青年とは仲良くなりましたね」
「ほお。野口さんは現地の人の懐に入るのが上手いですね。皆、よく笑ってる」
双方が取材で得た情報を交換していると、しばらくして、扉の奥から肥え太ったハゲ面の男が姿を見せた。男はこの孤児院の院長で、名をギリーと名乗った。どうやら六神教の神官らしい。
「待たせてすみませんね。……それで何ですかな?孤児と話がしたいと?」
ギリーは全く悪びれた様子はなく、形式的な謝罪を述べるとすぐに本題に入った。その様子に少しムッとする伊納だが、「まあまあ」と野口が窘め、代わりに話を進める。
「孤児、状況、興味。孤児、話、聞く」
片言の北東諸国語で要件を話す野口を、ギリーは鼻で笑って足を組む。
「ふん。ニホン人だか何だか知らんが、金は持ってきたんだろうな?」
挑発的なギリー。野口は冷静に懐から銀貨を数枚取り出し、机に並べた。だが、銀貨を一瞥したギリーは、「これっぽっちで何を聞くんだ?」と腰を上げる。そんなギリーの様子を見た伊納は、懐から4枚の金貨を取り出すと、
―――バンッ。
それを無造作に机に叩きつけた。
「取材のための金ならいくらでも貰ってるんですよ……外国人だからって見くびるなよ?」
野口は伊納が出した大金に驚き、目を丸くする。金貨4枚もと言えば、この国の平均的な家族が4か月は生活できるだけの額だ。
伊納はフリージャーナリストではない。協同通信という巨大組織に所属する雇われ記者である。その資金力は野口の比ではなかった。
そして、伊納は協同通信の記者として、海外での取材経験も豊富だった。弱気な態度は舐められる。金は使いどころを見誤らない。伊納は足を組み、ギリーを睨みつける。
伊納が叩きつけた金貨を見て、ギリーはニンマリと嫌らしい笑みを浮かべる。
「……グフ。お客様でしたか。旦那たちも人が悪い」
ギリーは金貨を懐に仕舞いながら、伊納と野口に「好きに孤児と話していいですよ」と笑った。
「では、お言葉に甘えさせてもらいましょう」
その後、ギリーの案内で孤児たちが実際に生活している部屋を見て回ったが、どこも酷く劣悪な環境で、とても子供を養育する施設には見えなかった。
部屋にはクモが巣を作り、床には見たこともない虫が這いまわっている。そんな床はむき出しの石。孤児は部屋に藁を敷き、その上で一心不乱に服や籠を作っていた。孤児たちの頬は痩せこけ、今にも折れそうな手は傷だらけだった。
伊納たちが現れると、孤児たちは明らかに怯えを含んだ目を見せる。正確には、二人の後ろに立っているギリーに向けたものだろう。
「これは酷い。なんて劣悪な環境なんだ」
「ご飯も満足に与えられていないようですね」
伊納と野口は絶句して、ギリーを見る。この世界で児童労働は一般的と聞いているから、仕事をさせているのは百歩譲ってそう言うものだと理解した。しかし、この劣悪な環境は児童虐待ではないか?
「どうです?貧相な体ではありますが、言われた仕事はきちんとこなします。私たちの教育が行き届いていますかれね……ぐふふ」
自慢の玩具を見せびらかすようにギリーは笑うが、伊納たちの反応が悪いのを見て「ちっ……これじゃなかったか」と呟き、次の部屋に二人を案内した。
そこには少しだけ栄養状態のよさそうな孤児が集められている。孤児は皆、女の子だった。
「お客様はこっちでしたか?いるんですよねぇ。そういうお客様も」
ギリーは下卑た笑みを浮かべ、7~8歳ぐらいの見た目のヒト種の少女を呼びつけた。その子は怯えながら、自身をベネットと名乗った。
「こいつは将来有望な子でしてね?あと6枚出してくれれば譲ってもいいんですがね?」
このギリーと言う孤児院の院長がどんなことをしているのか、既に察しは付いていた。運営資金の横領、孤児の強制労働、人身売買。大方はこんなところだろうと、伊納は推測した。
ギリーの言葉を無視して、伊納はつたない言葉で少女に話しかける。君はなぜここにいるのか?いつも何をして生活しているのか?ギリーをどう思っているか?
ベネットは、機嫌を伺うようにギリーを見てから、ポツリポツリと語った。
「……モルガニアに住んでた。ある日、悪い兵士たちがやって来て、両親は目の前で殺されて。私は一人だけ逃げて、ここに来たの。いつも、お仕事してて。院長様は……と、とても、優しくて……」
ギリーのことを優しいと話すベネットの身体は、小刻みに震えていた。伊納が頭に手を伸ばすと、ベネットはビクリと体を震わせ、目を瞑る。
伊納はそんなベネットに心を痛め、そっとやさしく頭を撫でた。伊納にも日本に同じ年頃の娘がいる。娘とベネットが重なり、自然と涙が溢れ出た。
「院長、あと金貨を6枚払いましょう」
伊納が懐から更に6枚の金貨を見せると、ギリーは満面の笑みで手を揉んだ。
「旦那も物好きですねぇ……ぐふふ」
「……帰りましょう。野口さん」
伊納は少女ベネットの手を引いて、野口と孤児院を後にした。
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