01.烏合の衆
スラ王国によるウォーティア王国侵攻が始まる少し前。結党から半年以上が経過した革新党は、全国で支持を広げていた。
♢
【日本国/東京都/渋谷区/渋谷駅前/10月中旬】
渋谷駅北口、ハチ公前―――。
「国民のみなさん!今の政治に、今の生活に満足していると、言えますか?!」
マイクを片手に壇上に上がるのは眉目秀麗な若手議員。アラフォーには見えない風貌の、中性的な顔立ちをしたその男は、秋にも関わらず半袖姿で汗を流していた。
「突然、こんな訳の分からない世界に放り出され、物価は上がり、食卓は貧相なものになりました。米に芋ばかりの生活。魚が食卓に上がるのは2日に1回。今では乳製品は贅沢品と言われます」
男は芝居がかった大げさな身振りで、生活が激変したことを告白する。通りがかったサラリーマンや主婦、学生に老人。老若男女問わず、その迫真の演説につい足を止めて、話に耳を傾けた。
「ねえ、あの人、奏くんじゃない?」
「あー元俳優の政治家でしょ?やば。本物じゃん」
「奏だってよ。ちょっと聞いていこうぜ」
演説しているのは東郷奏。
中性的な整った顔立ちから俳優として人気を博し、数年前に自政党から初当選を果たした若手議員だったが、党上層部の保身的な考えに反発し、今年3月に自政党を離党。自らを慕って離党した若手議員らを纏め上げ、新党―――革新党を立ち上げた。
東郷は拳を振り上げ、声を荒げる。
「それでも、故藤原前総理の力強いリーダーシップの下、皆が大変なんだと。そう言い聞かせて、なんとか1年半やってきた。前政権の、積極的な大陸進出のおかげで、ようやく安定的に石油が入ってくる目途が立ち、来年度からは電力供給も安定すると言われています」
―――しかし!!東郷はそこで目を瞑り、しばしの沈黙の後、叫ぶように声を振り絞る。
「それらはすべて故藤原前総理と我々、国民が成しえたことで、今の日和見的な牧田内閣の功績では断じてない!今こそ、我々は国民の生命と財産を守るため、より積極的な行動を取る時期にあるのです」
東郷はマイクを突き上げ、
「我が党は、旧来の国民生活を再建します!どんな手段を使ってでも、です!それを阻むもの―――もし、スラ王国が油田を攻撃すれば反撃し、ウォーティアの農業地帯を荒らせば報復する。それくらいの強い意志がなければ、国民の生命と財産は守れないのです!!」
東郷の力強い演説に、聞き入っていた聴衆の一人から「そうだ!」と声が上がると、歓声が大きな波となってロータリーを埋め尽くす。その光景は何もここ、ハチ公前だけのことではない。道頓堀でも名古屋駅前でも、天神でも……全国各所で革新党員による演説が行われ、その度に道行く人々から支持を集めている。
革新党のシンボルである、「日の丸に黒いカラス」が描かれた旗の前。東郷は集まった聴衆に深く、深く頭を下げていた。
革新党は発足当初、衆参両院合わせて9人の弱小政党だった。しかし、自政党に反発する保守層を取り込み、今の政治に不満を持つ無党派層を取り込み、徐々に支持を拡大していった。その勢いを見て日和見的な国会議員が相次いで入党を希望する。
「革新党の政策に感銘を受け」「革新党こそ日本を導く政党に成りうると確信し」「政治に革新を!」本当にそれが本心かは分からない。分からないが、東郷は彼らを受け入れた。議員の古巣は、自政党に民政党、社会党、日本改新の会と様々。今では衆参両院合わせて40人を超す一大政党に躍進した。地方議員も取り込み、今や小さな町の村議会議員も合わせると100を超す議員が在籍している。
それを見たとある新聞社は、あるとき社説で革新党について次のように批判した。
―――革新党なる新興政党が国会で勢力を拡大しているようだが、蓋を開けてみれば主義主張の異なる既存政党から手当たり次第に議員を吸収しているだけだ。いわば「烏合の衆」に過ぎない。
これに対して東郷は「それがどうした」と一蹴し、次のように反論した。
―――我が党は常に、「全ての手段を総動員して国民の生命と財産を守る」ことを党の方針としている。所属議員の古巣が自政党であれ、民政党であれ、また、労働党であろうとも。彼らは皆、我が党の方針に賛成した上で入党しているのだ。我々を「烏合の衆」と呼ぶならそれで結構。国民を守るために立ち上がったカラスたちを、私は胸を張って歓迎する。
そして、いつしか「黒いカラス」は党のシンボルマークになった。ちょっとした意趣返しのつもりだったが、思いのほか格好が良く、一種の団結の象徴となったのだ。
「―――演説、お疲れさまでした」
議員秘書である鮫島桃子から差し出されたタオルを手に、東郷は笑みを浮かべる。
「鮫島くんこそ、いつも調整ありがとう」
「いえ、それが私の仕事ですから」
鮫島は照れ臭そうに丸眼鏡を指で押し上げる。東郷が自政党議員になった当初から、鮫島は東郷を支えてきた。東郷が革新党を立ち上げたとき鮫島が迷わず付いてきたことが、東郷にはたまらなく嬉しかった。
「私を信じて付いてきてくれた君やほかの議員さんたち。それに何より多くの国民の期待を背負ってる。私たちが国を守るんだ」
東郷は自答する。俳優上がりの自分にそんな大それたことができるだろうか?私は何の能力もなく、ただ人々を扇動するのが上手いだけの男ではないか?―――しかし、自分が決めた道だ。全ての手段を総動員して国民の生命と財産を守る。この大義のために身を投じるだけだ。
「(だが、次の選挙までもう時間がない。当分、あの牧田内閣が続くだろう。せめて、次の次の衆院選までに我が党が政権与党になれるよう力を付けねばな)」
東郷が決意を新たにしていると、鮫島が少しだけ言いにくそうに顔を背ける。
「先生、それと……」
「どうしたんだい?」
「自政党の八雲様から伝言です。時間を作って欲しい、と」
「……八雲、だと」
東郷は奥歯を噛みしめた。八雲と言えば政権与党、自政党の超大物政治家だ。牧田を総理に推薦した男だと聞いている。
「今更何の用だ……あの男」
次回、
「02.記者と孤児」
5/16(月)投稿予定です。
ブクマ、評価、感想、いいね、レビューなどいただけると励みになります(☆・∀・)ノ




