20.交易都市奪還作戦Ⅲ
先日も多くの感想をくださり大変ありがとうございます!
まだ返信できていないのが申し訳ないです(汗)
すべて読ませていただいております。必ず返信しますので、今後もぜひ感想をお寄せいただけると幸いです!今後とも異世界列島をよろしくお願いいたします!!
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【ウォーティア王国/交易都市クレル/クレル城/東方遠征軍司令部/開戦6日目】
王都ウォレム攻略に向け、最後の軍議を行なっていたとき、事件は起こった。
DOOOOOON―――。
突然の爆発。その音は城にまで届き、貴重な硝子窓をカタカタと揺らした。
なんの前触れもなく起こった出来事に、会議室に集まった軍の幹部たちが騒つく。
「い、今のは何の音ですか?!」
「東の方から聞こえた気がするが……」
「まさかウォーティア軍か?!」
将軍ハイヤード侯は逸る気持ちを抑え、努めて平静を装った。トップが動揺しては、軍の士気に関わる。それにあれだけの音だ。焦らずともすぐに報告が上がるだろう、と考えた。案の定、息を切らした伝令兵が、転がり込むように会議室に駆け込んで来た。
「ほ、報告します!!」
「何事だ?」
「東門に敵襲がありました」
「連中、早まったか」
ハイヤード侯はニヤリとほくそ笑む。攻城戦において、攻める側は守る側の3倍は兵力が必要と言われている。しかし、ウォーティア程度の小国では、掻き集められる兵力にも限度があるだろう。10万の敵と対等に渡り合うならば、その3倍―――およそ30万もの兵力が必要になる。それは、人口がたかだか150万程度の小国に用意できる数ではなかった。
ならば、むしろこれは敵を一網打尽にするチャンスだとハイヤード侯は考えた。しかし、伝令兵の顔は恐怖に支配されている。
「どうした。何かあるなら申せ」
ハイヤード侯がそう促すと、その兵士は黙って首を垂れた。
「ひ、東門は敵の攻撃で吹き飛び、空から降りて来た珍妙な兵士によって占拠されています」
「占拠されただと?!何故だ?何故、そんなに手際よく事が進む?そうだ……空軍は何をしていた?!」
「こ、黒炎大隊は全滅しました……」
「ば、馬鹿な。一体、何の冗談だ」
ハイヤード侯の動揺は、居並ぶ幹部たちにまで伝搬する。騎馬隊を率いるレインは、明らかに動揺した声で伝令兵を問いただした。
「おいおい。なんでウォーティア軍が炎竜を倒せるんだよ?!奴らは精々、飛竜くらいしか持っていないはずだろうがよ!!」
「お、恐れながら……て、敵はニホン軍を名乗っておりまして……」
伝令兵の言葉に、ハイヤード侯は唖然とした。ニホンと言えば、当初、未知の大国として警戒した国だ。しかし、自称ニホン軍事件やポーティアの悲劇への対応を見て、「何と弱腰な国か」と呆れ、脅威無しと判断したばかりだ。
覆水盆に返らず、後悔先に立たず。最早、考えるだけ無駄だった。軍師シードは珍しく顔に焦燥を浮かべて進言する。
「閣下、今は東門の敵を排除するのが先決かと。外から兵を呼び込まれては厄介です」
「分かっておる……貴様の失策、高くつくぞ」
ハイヤード侯は怒りの形相でシードを睨みつける。
シードは神妙な面持ちで頭を下げたが、その心中では興奮していた。なにもマゾヒストに目覚めた訳でも、まして、男色に目覚めた訳でもない。ただ、己の策略を超えてくる異端の存在、常識が通用しない未知の強敵の出現に、心躍らされただけだ。
それはまるで一種の戦闘狂のようでもあり、一方で、純粋無垢な少年のようでもあった。
「(ニホン国……我が祖国と聖教会を相手にどこまで進撃しますかな……)」
♢
【同都市/中央広場】
クレル城に設置された東方遠征軍司令部に黒炎大隊の撃破と東門占拠の報が舞い込んだ頃、城下で〝大掃除〟に従事していたスラ王国の兵士たちも異変に気付いていた。
死肉が焼ける匂いが充満する広場。
ここは数日前まで、本国に移送する獣人の集積所と化していたが、既に獣人狩りはほぼ終わっており、現在は、獣人を匿ったり、軍に反抗的な態度を取ったりしたヒト種の死体置き場として利用されている。
「おい!さっきのへんてこな竜を見たか?!」
「ああ……無敵を誇る黒炎大隊の竜が一瞬で」
「東門も攻撃を受けたらしい。上官が話しているのを聞いた」
慌てる兵士たち。圧倒的優位であるはずなのに、いったい上空で何が起きているのか?兵士たちは何も憚ることなく不安を口にする。彼らは20年以上続く戦争のために、各地から招集されている平民だった。
武力で成り上がったスラ王国では元来、先頭に立って民と国を守るために戦うことこそが貴族の誇りとされている。しかし、スラ王国は現在、北方と南方そして東方に遠征しており、その兵員不足を補うために、仕方なく各地の領主に人員の供出を義務付けていた。
そこに憲兵隊長ミリポスが剣を振りながら、怒りの形相でやってくる。
「貴様ら!!何、無駄口を叩いておるか!!」
「ミ、ミリポス隊長?!」
ミリポスは剣を振り上げると、ブンっと力任せにその剣を振り下ろした。
「「ひぃ?!」」
とっさに、頭を両手で庇う兵士2人。
振り下ろされた剣先は、近重なり合うように放置されていた遺体の首を切り落とした。ゴトリと鈍い音を立てて地面に落ちた生首がミリポスの足元に転がると、彼はその生首を踏みつけながら兵士2人をギロリと睨みつけた。
「……戦況の行く末は貴様ら末端兵が気にするようなことでは―――」
しかし、その声は突然の耳をつんざくような騒音にかき消される。
バリバリバリバリバリバリ―――。
「なんだ騒々しい!私が訓戒しているときに!!」
ミリポスが再び激高し空を見上げると、黒と緑の斑模様の、異様な姿をした羽虫が数体、我が物顔で空を飛んでいた。それを見た兵士の1人が叫び声を上げる。
「ま、魔物だ!」
「魔物だと?!」
魔物の腹部にある特殊な形状をした器官のような何かが広場に向けられた。陽光を浴びて黒く光るその筒状の何かは、突如、無数の光を明滅させた―――。
BBBBBBBBBBBBBBBBBBA―――。
すさまじい炸裂音が、広場に鉄の雨を降らせる。上空からの一方的な攻撃に、その場に居合わせた兵士は誰も抗うことはできなかった。
「ぐぁああああ」
「ひぃぃぃぃぃぃい」
もちろんミリポスも例外ではない。
高速で射出された20㎜の弾丸を生身で受け、無事なはずがなかった。手足がちぎれ、首が吹き飛び、穴だらけの体からは血が噴き出し、すぐに物言わぬ死体に変わる。広場は兵士たちの血肉で、真っ赤に染められた。羽虫はしばらく上空を旋回した後で、奇怪な声を上げる。
『我々は、日本国陸上自衛隊です』
スピーカー越しに聞こえるその声を、はじめて耳にするスラ王国の兵士には、魔物の鳴き声に聞こえたかもしれない。しかし、日本人にはちゃんと意味のある言葉として聞こえていた。
『現在、我々は自衛隊法84条の3に基づく、邦人救出作戦を実施しています。事態が収拾するまで、建物から出ないようにお願いします。繰り返します。我々は、日本国陸上自衛隊です―――』
広場が見える宿に隠れていた協同通信の記者、伊納は、鎧窓を少しだけ開けて外の様子を伺った。どうやら自衛隊が救出に来てくれたらしい。窓から空を見上げると、自衛隊機から何やら白い紙が無数にバラまかれているのが見えた。恐らくは、今の放送と同じような内容が書かれているのだろう。
「た、助かった……」
兎に角、建物を出ないことが肝心だ。下手に外に出たら、あの血肉の隊列に加わることになりかねない。間違っても建物を攻撃するなよ……伊納は心の中でそう祈りを捧げた。
しかし、邦人を救出するためとはいえ、人の命を奪っていいものか。伊納はジャーナリズムの精神から、自衛隊の行動に少しだけ疑問を感じたが、すぐに首を振って思考をやめた。
「ええい!僕らを救出するために危険を冒してくれているんだ。そんな綺麗ごとを言っている状況じゃないだろ、伊納」
♢
【同都市/東門/数分後】
「オールクリア」
UH-60JAから降下した特殊作戦群所属の隊員が壁上を制圧すると、CH-47JAから飛び出した合計6両の高機動車が土煙を上げて東門だった場所を通過した。
「全員、降車」
1個空挺小隊を率いる鬼山二等陸尉が叫ぶと、乗車していた屈強な隊員らが89式5.56㎜小銃を手に降車する。
「我らが橋頭保だ。特戦の連中に良いとこ見せてやれ」
「「もちろんです。小隊長」」
「いい返事だ。各自、邦人保護のための武力行使を許可する」
「「了解」」
鬼山の指示に元気良く叫び返す隊員たち。迫り来る敵兵に向けた小銃は、最初から連射を意味するレに設定された。
DDDDDDDDDDDDDDDA―――。
即座に射出された無数の銃弾が、敵の脳天を胸を足を貫いた。積み重なる死体の山に、しかし、鬼山たちの手が止まることはない。銃弾が無くなるとすぐさま次の銃弾が装填される。
東門周辺から敵の気配が消えると、それを目視していた特殊作戦群から指揮官の茂木一等陸佐に報告が上がった。それを受けて茂木は、すぐさま東岸基地に設置された新留真一陸将をトップとする作戦司令部に報告。
作戦司令部から、ウォーティア王国軍司令部に詰めている現地調整隊所属の城ケ崎二等陸曹(三等陸曹から昇格)に指示が飛ばされた。
『東門周辺の安全は確保した。同盟軍に出撃を要請せよ』
『了解。同盟軍に出撃を要請します』
無線を切ると城ケ崎はすぐさま、王国軍司令官である将軍アーク・ストロークに出撃を要請した。ストロークは「待っていたぞ」と立ち上がると、即席の壇上に上がって拳を振り上げる。
「諸君。ようやく雪辱を晴らすときが来た。国土を蹂躙した敵に、我らがウォーティア人の誇りを示せ!」
「「おおおお」」
ストロークの演説に呼応する兵士たちの雄叫びが、空気を揺らし地面を動かし戦場を盛り立てる。銅鑼の鐘が鳴り響く戦場で、総勢1万の軍勢が動き出した。
「我らの剣は陛下と祖国のために」
「「「我らの剣は陛下と祖国のために」」」
「全員、突撃ぃぃぃぃぃいいい」
「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお」」」
馬や竜を駆ける騎士、地面を疾走する兵士。魔法を詠唱する魔法師。それぞれの役割を胸に、祖国を守るための戦いに身を投じる者たちの雄姿が、そこにはあった。
一方、スラ王国軍の兵士は動揺していた。
何せ、急に炎竜が爆発四散したと思ったら、耳を劈くような爆音と共に空飛ぶ羽蟲が現れ東門を爆破。そして羽蟲から降りてきた無数の人影が城壁を占拠し、6頭の魔獣が周辺を死体の山に変えたのだから。
「何が起こってるんだ?!」
「知るかよ。早く逃げろ、あっちは地獄だ」
「逃げていいのか?!上官にどやされるぞ?!」
「馬鹿野郎。上官も同僚も皆、死んでるよ」
持ち場を放棄して逃げるスラ王国の兵士たち。しかし、彼らは持ち場を離れることは出来なかった。AH-1Sの旋回式三銃身20mm機関砲の機銃掃射を受け、物言わぬ死体となって地面に張り付けられたからだ。
BBBBBBBBBBBBBBBBA―――。
「「「ぐぁあぁぁああ」」」
悲鳴が響く中、AH-1Sは何事もなかったかのように再び上昇する。AH-1Sが飛び立った後、その道には猫一匹、動く物はいなかった。次にこの地を踏んだのは、ウォーティア王国の兵士であった。
♢
【同都市/クレル城】
市街地で戦闘が行われている最中、クレル城の端にある尖塔に1機のヘリが飛来した。
そのヘリ―――UH-60JAから降下したのは、顔を覆面で覆った12人の男たち。男たちは特殊作戦群に所属する陸上自衛隊の精鋭であり、本作戦における重要任務を担っていた。
『こちらブラボー1。目標アルファに到着。オクレ』
『司令部から下令、当初のとおり状況を継続せよ。オクレ』
『了解。通信オワリ』
通信を切ると、隊長格の男が隊員たちを整列させる。
「目標、将軍ハイヤード侯及び遠征軍幹部の身柄確保。作戦遂行を阻むすべての脅威の排除および武器使用を許可する。我々の行動に本作戦の成否がかかっている」
「「了解」」
一糸乱れぬ無駄のない動きで、尖塔から城に潜り込む男たち。
事前に把握していた隠し通路を使って城の中枢に潜り込む。ここはクレル家しか知らない……とされている隠し通路だ。故に、敵はここの存在までは把握していないと思われる。
実際、ここに来るまでには数人と戦闘することになったが、ここに入ってからは敵の影を見ていない。それでも、隊員たちは警戒の手を緩めることなく、訓練通りに慎重に足を進めた。
「(止まれ。ここを出た先が、敵司令部の入り口だ)」
隊長の無言の指示に、隊員たちは手に持った得物に指をかけた。隠し扉から素早く飛び出すと、すぐに至近にいた敵の騎士を無力化する。
さすがに司令部ともなると周囲を守るのも平民の兵士ではなく、国王を支える騎士であった。その者たちは皆が一様に、光り輝く銀の全身甲冑に身に身を包んでいる。しかし、いかに全身甲冑であろうと、首回りに隙間くらいはある。
「ぐぁ」
小さくうめき声をあげて床に膝をつく騎士。頸動脈を切り裂いた小型のナイフから滴り落ちた血が、床に敷かれたカーペットを赤く濡らした。
「何者どぅあああ」
「て、敵襲―――ぐぁあ」
誰何する敵を一閃。槍を向けた敵の首を一刺し。さらに、騒ぎに集まってきた騎士数名に向けて、5.56㎜の弾丸が連射される。
BBBBBBBBBBBBA―――。
「「ぐあっ」」
現代の軍事訓練を叩き込まれ、現代の兵器を持つ特戦の前に、騎士たちは抗うことはできなかった。慣れた手つきで敵を次々無力化していく特戦。対するスラ王国の騎士は、圧倒的な力の前に動揺し、自然と後ずさっていた。
「む、無詠唱魔法だと?!」
「我々も魔法を―――DON―――ぐぁ」
魔法を使おうとする騎士だが、特戦の隊員は詠唱する隙さえ与えない。魔法は確かに強力な力だが、詠唱が必要な分、どうしても時間差が生じるのは仕方がないことだった。
この魔法の世界で騎士の基本装備に剣や槍があるのはそのためだ。接近戦において、魔法はあまり役に立たない。特にこのような狭い場所で混戦になればなおさらだ。しかし、自衛隊が持つ小銃には、そのような制約はない。しばらくの戦闘の後―――。
「オールクリア」
特戦は一人の死傷者を出すこともなく、司令部前の通路を占拠した。
「すぐに増援が来ますよ」
「ここの守りは貴官ら6人に任せる。残りは俺に―――」
BOOOOOOOM―――。
直後、起こる爆発。爆発の衝撃で、司令部の扉は破壊され、カーペットに火が付いた。壁にはヒビが入り、通路には煙が立ち込める。直後、鉄の礫が特戦隊員に降り注ぐ。鉄の礫は床と壁に穴を穿ち、1人の隊員の足を貫いた。
「くそ。足をやられた」
「すぐに足を縛れ。おい、誰かこいつを守れ」
「すみません、隊長」
「気にするな。しかし、魔法か……面倒な」
会議室の壁に背を隠し、破壊された扉から中の様子を伺う。どうやら、襲撃に気付いた敵が魔法の詠唱を済ませていたらしい。
「腹立たしいな。皆、目と耳を塞げ」
隊長はそう叫ぶと、懐から取り出した円筒状の何かを部屋の中に放り込んだ。瞬間、円筒状のそれは床に接面し、爆発。約100万カンデラ以上の閃光が敵の視界を奪い、170デシベルの爆音が敵の聴覚を奪った。
「「「ぐあああぁぁあああ。目が、耳が」」」
敵の苦しむ声が合図だった。6人の特戦隊員は素早く部屋内部に転がり込むと、魔法を使ったと思しき術者を射殺。一目散に敵将、ハイヤード侯の身柄を確保した。
「くそ。何者だ貴様ら!!我を誰と思っておる!!」
転がるハイヤード侯の上に馬乗りになり、懐から取り出した9㎜拳銃を額に押し付ける隊員。
「動かないでくださいよ?額に穴が空きますからね」
「おい。日本語で警告しても分らんだろう」
隊長の言葉にハッとして、その隊員は笑った。
「そうですね。失礼しました」
「残りの幹部もすべて捉えろ」
「殺さないんですか?」
「上の命令だ。自称日本軍事件の重要参考人でもある」
「……なるほど。了解です」
手際よく室内に残っていた敵を捕縛していく隊員たち。しかし、魔法師ライムだけは魔法を使って逃げ出していた。
「ちっ、なんでこんなに手際がいいのかしら?」
ライムは巨乳を揺らして城壁を駆け上ると、尖塔の上から城下を見下ろす。既に、制空権は日本国に奪われている。市街地では味方が次々に数を減らしていることだろう。
「こうなったら脚竜隊長のマグナムと残存兵力を纏めて、一度、モルガンに退却した方がよさそうね」
マグナムは偶然、城下に出ており無事なはずだ。一総司令官であった将軍ハイヤード侯と幹部数名が敵の手に落ちた今、これ以上の戦闘は避けるべきだ、とライムは咄嗟に判断した。ここは一度引き、態勢を立て直し、再侵攻に備えよう。
「そうと決まればこうしてはいられないわ」
ライムは紫の長髪を風に靡かせて、落ちるように地面に舞い降りた。
最後までありがとうございます。
次回
交易都市奪還
よろしくお願いします。




