19.交易都市奪還作戦II
長らく更新が滞り申し訳ございません。度々、更新されなくなることをお許しください。大変申し訳ございません。
なお、今回から3日間連続投稿を実施し、第3章は完結となります。次の投稿までしばらくお待ちください。
今後とも拙作をよろしくお願いいたしますm(__)m
【前回まで】
スラ王国軍によって西の砦のみならず、交易都市クレルも占領されてしまった。クレルの城下町では、スラ王国軍による大掃除と称した民族浄化と大虐殺が実行されていた。現地に住む邦人もまた、その大虐殺に巻き込まれる。日本政府は、ついに自衛隊の派遣を決定した。
♢
【ウォーティア王国/交易都市クレル近郊/開戦6日目】
ザッザッザッザッ―――。
交易都市クレルからほど近い平野を、武装した兵士が軍靴を鳴らしながら行進していた。全身甲冑に身を包んだ騎士に、ローブをはためかせる魔法師、皮鎧に身を包んだ兵士。
彼らはウォーティア王国陸軍及び近衛騎士団から成る総勢1万の大軍勢。動員された兵力は王都近郊と経路上に配置された陸軍のほぼ全軍と近衛騎士団の半分。実に、王国が現在有する全戦力の過半数が、この行軍に参加している。
スラ王国の侵攻から既に6日が経過しているが、これだけの大軍勢を招集するにしては、十分に早い対応である。
なお、東部に配置されている陸軍とポーティア爵領軍は距離があったため、合計6000からなる第2陣を編成次第、前線に向かうこととなっていた。これで王国の有するほぼ全戦力なのだから10万もの軍勢で攻め入ったスラ王国との国力差を感じる。
兵士の目に映るのは、祖国を守ると言う闘志か、はたまた死地へ赴く悲壮か。雲一つない秋空にはためく水竜の意匠を象った国旗の下、一路、交易都市クレルを目指す。
そんな軍勢の中央付近で、軍馬に騎乗した近衛騎士グライスはすぐ横を行く先輩騎士マフィンに話しかける。マフィンはグライスより少しだけ年上で、金髪が似合う線の細い青年だ。
「マフィン様、此度の戦争は少し厳しいですね」
グライスは「少し厳しい」とぼかして言うが、言外に「負けるのでは」とマフィンに言った。マフィンはそんな後輩の言葉を窘めることもなく、ただ苦笑を浮かべるだけだ。
「グライス君の言う通りさ。戦力差がありすぎる。兵士は勿論、上官も皆、思っていることだよ。ただ、今は見ないようにしているだけさ」
「そうですね……どんな戦いであっても、私たちは祖国を守るために死力を尽くすだけ」
「その通りだよ。それに、完全な負け戦って訳じゃないだろう?」
マフィンの言葉に、グライスは首を縦に振った。思い浮かぶのは父の語ってくれた、同盟国の存在。
「ニホン国ですね。私は直接その力の一端を見たことはありませんが、父から話は聞いています。なんでも島のように巨大な軍船を持ち、飛竜とは比較にもならない化け物を飛ばし、馬や竜に牽かれることなく走る車を持っているとか」
「父?ああ、グライス君の御父上はポーティア爵閣下だったね」
グライスはグラン・ポーティアの次男だったか。と、マフィンは納得した。
「そう言えばマフィン様はニホン国の使節を護衛したことがありますよね?噂通りの人々でしたか?」
「一度だけね。私たちの失態で使節団が襲われたんだけど、二ホン軍の力はすごかったよ。あっという間に野盗を蹴散らした。それに礼儀正しく高潔で、件の責を問われたエドワード様に寛大な処分を求めてくれもした」
「父の話通りですね……今回は同盟国として参戦すると聞いていますが、果たして……」
グライスは空を見上げた。かつて、王国は隣国モルガニアを見捨て、スラ王国と単独和平を結んだ過去がある。
「なるようになるさ……それよりも見たまえ」
マフィンはそう言って、騎乗したまま視線を平原の先に向けた。そこには王都に負けるとも劣らない堅牢な城壁が広がっている。
「交易都市クレルだ」
マフィンの言葉に、グライスは唾を飲み込んだ。交易都市クレルの外壁には、スラ王国の国旗と東方遠征軍の軍旗がはためく。ここが既に敵の占領下にあることを物語る。
「布陣を急ごう。敵は強大だ」
「は、はい」
グライスが慌てて走り出したとき。
―――ゴォォォォォォォ。
轟音と共に南東の方角から4本の剣が低空で飛んできた。
「なんだあれは!」
「敵襲か?!」
「いや……あれはニホンの竜だ!」
どよめくウォーティア王国軍の頭上を掠めたそれらは、迷うことなく敵地、交易都市クレルの直上へと向かった。スラ王国は炎竜を使役している。しかし、マフィンはニホンの竜が負ける未来が想像できなかった。
「今回の戦争、我々の勝利かもしないね」
マフィンは笑みを浮かべ、未来を予言した。
♢
【同国/交易都市クレル/上空/同日】
『こちらパンサー01。目標に到達。指示を請う』
『確認する。現空域で待機せよ』
『了解した』
4機のF-2戦闘機が交易都市上空を旋回する。眼下には中世欧州を思わせる巨大な城郭都市と、そこから飛来した10騎の炎竜の姿が見えた。
『パンサー各機。交戦を許可する』
『パンサー01、了解。状況を開始する』
『健闘を祈る』
東岸駐屯地に同居するように存在する、航空自衛隊東岸基地司令部から交戦許可が下りると、4機のF-2戦闘機は旋回を止め、迫り来る敵機を高空から攻撃する。
『FOX2』
要撃形態を取る4機のF-2から放たれた合計10本の短射程空対空ミサイル(90式空対空誘導弾)が、敵機―――炎竜10機―――にそれぞれ吸い込まれるように命中した。敵は何が起こったのか分からないまま爆発四散し、竜の骸が煙を上げて地上に落下する。
『パンサー01から司令部。敵機10を撃墜』
『了解した。残機があるかもしれない。留意しつつ状況を継続』
東岸基地司令部からの忠告通り、スラ王国は炎竜11機を残存させていた。間もなくして、残存兵力の内、10騎が上がってくる。
しかし、それらもすぐに沈黙することになった。
『FOX2』
『FOX3』
F-2から再び放たれた短射程空対空ミサイル(90式空対空誘導弾)と、新たに放たれた中射程空対空ミサイル(99式空対空誘導弾)が吸い込まれるように炎竜に命中。残りの炎竜も、先程の炎竜と同じく地面に叩き付けられた。
『パンサー01から司令部。再び上がってきた敵10機も撃墜した』
2度の迎撃に成功した4機のF-2。パイロットの一人は眼下で息絶えたであろう炎竜に心の中で手を合わせた。人間の戦いに巻き込まれた、哀れな動物へのせめてもの弔い。
この世界の人々が恐れ戦く存在である炎竜に憐れみの情を抱くという事実は、この戦いが一方的なものであったことを暗示する。
『司令部から各機。上からの情報ではあと1騎残っている』
『こちらパンサー01、了解。都市上空を飛行し誘き出す』
♢
【同国/交易都市クレル/黒炎大隊司令部/同日】
単眼鏡がゴトリと鈍い音を立てて床に転がった。
「な、なんなのだあの化け物は……」
大隊長ゴードン・ババリアは遠視魔法と単眼鏡を併用して、先の空戦を眺めていた。2日前に現れた敵機の存在から、ウォーティア王国の竜騎隊ではないと踏んでいたからだ。
その予想は的中した。敵機は誇り高き黒炎大隊20騎を、まるで赤子の手を捻るように葬り、今や我が物顔でクレル上空を旋回している。
「大隊長。ご命令を」
唯一残った部下、レイジ・ブルーゲルの言葉に、ババリアは努めて平静を装う。上司が慌てては、部下を不安にさせるだけだ。
「出立だ。本国に戻るぞ」
「本国ですか?」
怪訝な顔を浮かべるブルーゲル。これは敵前逃亡にならないだろうか?ことの次第によっては、最悪、軍法会議モノだ。
「案ずるな。これは敵前逃亡ではない」
「……と、申しますと?」
「情報を本国に素早く持ち帰れるのは我々だけ。炎竜1機で敵に向かうことを勇ましいとは言わん。それはただの蛮勇だ。この窮地を本国に報告するのが今の我々の任務だろう?」
それに……と、ババリアは笑う。
「制空権を失った陸軍などすぐに瓦解する。陸軍の影響力は急速に減退し、軍法会議どころではないだろう。いや……むしろ、愚鈍な陸軍により空軍が受けた損失こそ軍法会議ものでは?」
ババリアは未来を思い描く。そこには幅を利かせていた陸軍連中はいない。
「すぐに出立だ」
「はっ」
ババリアはこの都市からの脱出を図る。しかし、それは叶わなかった。飛び立った炎竜の背後からF-2戦闘機が忍び寄る。
『こちらパンサー01、クレル城内に敵残存機を発見した、指示を請う』
『今、確認中だ……。確認した。攻撃を許可する』
『こちらパンサー01、了解した』
都市外縁を離れた瞬間、放たれた中射程空対空ミサイル(99式空対空誘導弾)が炎竜の尾を掠めババリアの背を抉り、瞬間、囂々と音を立てて爆発する。それは一瞬の出来事で、ババリアとブルーゲルは自分たちの身に何が起きたのか分らぬまま、爆発四散した。
『こちらパンサー01、目標をすべて撃墜した』
『奮戦に感謝する。基地に帰還せよ』
『パンサー01、了解』
♢
【同国/交易都市クレル/周辺/同日】
任務を終えた4機のF-2が南東の空へと消えると、代わって、無数のヘリが爆音と共に交易都市クレルに殺到した。
外地派遣部隊の中核を担う中央即応集団、その隷下にある第一ヘリコプター団所属の、8機の輸送ヘリCH-47JAと4機の多用途ヘリUH-60JAが綺麗な陣形を保って飛行する。その先陣を切るのは明野駐屯地から北ラデン駐屯地に派遣されている4機の対戦車ヘリAH-1Sと第5対戦車ヘリコプター隊の勇士たち。その眼下には動かなくなった巨大な竜の骸が、無残な姿で転がっていた。
『空自の連中、派手にやってますね』
『これまで活躍の場が少なかったから、張り切ってるんだろうよ』
部下の言葉に茂上一等陸佐は笑う。彼は第一輸送ヘリコプター群長であり、今回の作戦においては合計16機が参加する邦人救出作戦の指揮を執る。
『それにしても同盟国の軍隊は間に合うんですか?』
部下、真田二等陸尉は心配そうに窓の外に目を凝らす。上の話だと今日にも、ここにウォーティア王国軍の主力が布陣することになっていた。
『来てもらわねば困る』
『まあ、困るのはあちらも一緒でしょう。我々は〝在外邦人等保護〟の名目で来ている以上、保護が終われば撤収。そうならないとは言い切れません』
一昨日、日本政府とウォーティア王国政府は緊急協議を行っている。
その中で、「①ウォーティア王国は交易都市奪還作戦を遂行する②日本国は在外邦人等保護のために自衛隊を展開する③王国軍と自衛隊は緊密に連携し、自衛隊は武器等防護及び兵員輸送等の後方支援を行う」ことが決まった。
『要するに上は邦人保護を名目にしてはいるが、その実、同盟国の領土奪還に動いてる……ってことだな』
『間違いありませんね』
『まあ、理屈を捏ねるのは市ヶ谷と永田町の仕事だ。俺たちは目の前の任務に集中するとしよう……お?噂をすれば我らが同盟軍は既に布陣してるぜ?』
茂上の言葉に真田が視線を遠くに移すと、少しだけ小高くなった丘の上に無数の人影があった。その軍勢の至る所に、水竜が描かれた旗が立っている。ウォーティア王国軍、1万を越える大軍勢。陸軍のほぼ全戦力がこの場に集結していた。
『まるで時代劇……いえ、洋画を見ているような気分です。彼らと上手く連携できますかね?』
『彼らの出番は我々が敵を叩いた後だ。同盟軍には地上の制圧を担ってもらう』
『同盟軍と言えば、米軍は今回の作戦には参加していませんね』
真田の疑問に、茂上は苦笑した。地球時代の米軍と言えば、世界中のどこにでも真っ先に軍を展開していたイメージがある。
『クレルにアメリカ人はいないらしい。それに、合衆国の立て直しに引っ張り出されてるから、余裕が無いんだろう』
『ああ、なるほどそれで』
『何かあったのか?』
『米軍に友人が居るのですが、そいつ、毎日、川を掘らされてるって嘆いてましたよ』
『ハハハ。それは平和で羨ましいことだな。さて……お喋りはここまでだ』
茂上はそこで話を切り上げた。
『これより邦人救出作戦の状況を開始する』
茂上の指示が全機に伝達された。
圧倒的火力のAH-1S、特殊作戦群を乗せたUH-60JA、そして、武器と救出した邦人を輸送するCH-47JA。それぞれの役割を胸に、隊員たちは気を引き締める。
一方、その頃。港町ポーティア近海には、本国から派遣されたヘリ搭載護衛艦〝いずも〟と輸送艦〝おおすみ〟を核とする支援部隊が到着していた。
それらは、もしも救出作戦が失敗した際のための、保険の意味合いが強い。実際に、活躍しないことが望ましい。
こうして、反撃の狼煙は上がった。
最後までありがとうございます。
次回、『20.交易都市奪還作戦Ⅲ』




