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異世界列島  作者: 黒酢
第3.0章:激動の章―Violent Change
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18.交易都市奪還作戦I

(前回まで)

スラ王国に支配された交易都市クレル。そこでは大掃除と呼ばれる、おぞましい獣人狩りが行われていた。しかし日本政府はまだクレル陥落を知らなかった。

 ♢

【ウォーティア王国/交易都市クレル上空/10月中旬(開戦3日目)】


 スラ王国空軍所属、無敵の黒炎大隊の騎士たちは退屈していた。


 昨日のクレル制圧以降、戦いらしい戦いは全く無く、たまにやってくる敵飛竜を各個撃破するだけ。それも昨日の話で、今日に至っては敵影は全く見えなかった。


「ふぁぁあーーー」

「おいおい。一応、戦争中だぞ?」


 緊張感の欠片も感じられない同僚の欠伸に、手綱を握る騎士が苦笑する。飛竜の場合は各騎に騎士1人が騎乗するが、炎竜の場合は2人が騎乗している。


「戦争つっても、俺ら敵無しじゃん」

「まあ違いねえけど……って、ん?」


 そのとき、手綱を握る騎士が何かに気付いた。自分たちより遥か上空を飛行する巨大な影。異様に巨大なそれが2つ、交易都市クレル上空を旋回している。


「おい、あれなんだ?敵か?!」

「見たことないぞあんな竜」

「兎に角、上に報告だ」


 当直の報告を受け、ババリア大隊長は10騎を迎撃に上げた。しかし、黒炎大隊の騎士たちは驚愕することになる。


 巨大な竜2騎を目指して上昇したものの、炎竜はすぐに飛行限界に達してしまった。見上げると敵と思わしきものは遥か高みに存在している。


『馬鹿な。高すぎるぞ』

『どんな魔法を使ってやがる』


 この世界の竜騎士は魔法により酸素を生み出し、また、体温を調節することで、酸素濃度が薄く気温の低い高度での作戦遂行を可能にしてる。もっとも、魔力消費抑制の観点から、戦闘時以外は極力、低空飛行が推奨されている。


 炎竜の場合も同様の機構を体内に持っているらしく、高度8000m程度までは問題なく飛行できると言われており、この世界の最高峰、東西を分断する大山脈すらも楽々と越えることができる。


 しかし、目的の竜はさらに遥か上空にいる。どうやってあの高さに上がっているのか、とんと見当もつかない。


 地上司令部からの指示で、炎竜から火炎放射、騎士から魔法攻撃を行うものの、届いている気配はない。とすると、それらは10000mは優に超える位置にいるのではないか。黒炎大隊の面々に焦燥感が現れる。


 上空に上がった10騎を率いる中隊長兼副官のミントは、地上司令部にあるババリアの下に伝令を送った。


「報告します」

「どうだ?やったか」

「いえ、それが……敵と思わしき竜は遥か上空にあり、その高さまで届かず。それに、こちらの攻撃も届いていないようです』

「何?兎に角、監視を続けろ」

「はっ。中隊長殿にお伝えします」


 伝令が再び上昇していくのを見届けてから、ババリアは思案する。何がやってきたのか見当も付かないが、兎に角、今は監視を続ける他なった。







 ♢

【同交易都市クレル/中央広場/同日】


 ババリアが頭を悩ませている頃、中央広場では東方遠征軍、憲兵隊長ミリポスが怒鳴り声を上げていた。


「おい!その死体はこっちだ!」


 昨日、獣人の集積所と化していたこの広場だが、今日はヒトの死体が集められていた。遺体の損傷は激しく、男か女か見分けが付かない者も多数含まれており、相当酷い扱いを受けた後に殺されたことが分かる。


「隊長!新しい死体が届きました」

「チッ。何をした奴らだ?」

「獣人を匿っていたようです」

「馬鹿な真似を。あっちに捨てて置け」

「了解であります」


 ヒト種は基本的に奴隷化したり、無差別に虐殺したりすることはない。しかし、獣人を匿ったり、軍に反抗的な態度を取ったりした者は別だ。


 その数はどんどん増えている。10万もの兵力を持ってすれば、2、3万程度の町、しらみ潰しに当たっても十分にそれらの反抗分子を炙り出すことは容易だった。


 某建設会社役員の男はそんな暴力から、今、まさに逃げている。男はコルの町開発プロジェクトを推進するため、日本からこの地に渡っていた。それがどうしてこんなことになったのか。


「マサノ……」

「大丈夫。ここを逃げ出して、助けを呼ぼう」


 マサノと呼ばれた男は、そう言って不安そうに佇む男の子の頭を撫でた。男の子の耳には兎耳が生えている。元いた世界にはいなかった獣人。彼らは聖教とかいう宗教に、ひどく迫害されているらしい。


 街路の影から通りの様子を伺うが、どうやら武装勢力はいないようだ。


「よし。走るぞ」


 正野が男の子の手を引いて走り出した瞬間、建物から武装したスラ王国の兵士がふらりと現れた。見ると、今、殺したのであろうヒトの死体を引き摺っている。


 兵士は正野たちに気が付くと、死体を投げ捨て、数人がかりで剣を振るってきた。


「twmjomnggtxsmdkgvmdxs!!」


 なんと言っているのか分からないが、興奮した様子の彼らが振るった剣先が、正野の背中を斬りつけた。


 焼けるような痛みの中、正野は男の子に「逃げろ」と叫んだ。しかし、それは叶わなかった。男の子はすぐに自分を斬りつけた兵士に捕らえられた。正野はその光景を目に焼き付けたまま、息を引き取った。


 パシャ。パシャ。


 その一部始終を、向かいの建物の窓から眺めていた男は、無言のまま何度もカメラのシャッターを下ろした。男の名前は野口。戦場カメラマンとして、何度となく危険地帯に足を運んだ経歴を持つ。


「このことを日本に伝えないと」


 正野という男とは現地の日本人会で数回顔を合わせた程度だったが、異国の地で同胞が無惨に殺される様は心に響くものがあった。


 一方、その場から少し離れた場所。中央広場近くの宿からは、協同通信の記者、伊納が必死にカメラを回していた。


 伊納は吐き気を堪えながら、この大虐殺を記録し続ける。遺体の中には日本人会で知り合った、正野とかいう男のものも混ざっていた。


「正野さん……まさか、こんなことに」


 伊納は見知った亡骸に心を痛めつつも、この大虐殺を日本人に伝えなければならないと決心する。こんな理不尽な暴力が許されていいはずがない。伊納のジャーナリズムの精神は熱く燃えていた。







 ♢

【日本国/東京都/千代田区永田町/総理官邸/閣議室/同日】


「た、大変なことになりました」


 牧田総理の悲痛な声が閣議室に響く。集まった閣僚らの面持ちも重く険しいものだった。


 昨日に引き続き開かれた国家安全保障会議(NSC)。今日にも救出部隊を送り込む予定でいた岩橋も、険しい表情のままだ。


「自衛隊機が捉えた情報によりますと、敵は既に交易都市クレルを制圧したようで……」


 牧田の言葉に、岩橋が補足説明を行う。


「敵さんの動きが早すぎる。というより規模が違いすぎて、ウォーティア軍が全く相手になっていない」


 岩橋がそう言うと、閣僚らが持つ手元のタブレットに、自衛隊が収集した敵の情報が表示された。それは航空自衛隊所属、偵察航空隊が集めた情報だ。


 偵察航空隊は今朝、第501飛行隊の偵察機RF-4EJを2機、交易都市クレル直上に向かわせていた。というのも、本来は救出に先立つ現地の状況確認が目的だったのだが。


「敵の規模は概算で10万程度と予想される。対するウォーティア側は7000程度しか配置されていなかったらしい。また、敵は炎竜なる生物を使役しているようで、その限界高度は約8000mとの話だ」

「ウォーティア王国にこのことは?」


 氷室財務相の質問に、岩橋に代わって幸田外務相が答える。


「現地の大使館を通じて情報提供済みです。先方も何度か偵察に竜騎隊を向かわせたらしいのですが……」

「戻らなかった、と」

「ええ。そのようです。ウォーティアが運用する竜は、飛竜と呼ばれる小型の竜。炎竜は大きさもパワーも桁違いのようで」


 氷室と幸田の話が終わるのを待って、岩橋は声を張り上げる。


「兎に角、状況は急変した。邦人救出のためには、スラ王国軍を排除しなきゃならん訳だ。その為には自衛隊法に明記された在外邦人保護を適用する他にない」


 自衛隊法84条の3「在外邦人保護」と、同法84条の4に定める「在外邦人輸送」の違いは任務遂行型の武器使用、つまりは、任務の実施を妨害する行為を排除するための武器使用が認められるか否かにある。


「しかし、厄介なことになったと思う反面、もう一つの議論も解決することになったのでは?」


 幸田の言葉に、牧田他閣僚が揃って首を傾げる中、岩橋だけは首を縦に振った。


「同感だ。つまり、支援要請への返答が決まった訳だ。敵は既に交易都市クレルを手中に収めてる。ウォーティアも奪還に向けて動かざるを得なくなった」


 そこまで言ったところで、稲葉国交相が手を叩いた。


「なるほど。どうせ邦人保護に動くなら、ウォーティアの軍事作戦に絡めて仕舞えば良いと!」

「ああ。その通りだ。忌々しいことに、新法では自衛隊の行動も大幅に制限されてる。とは言え、邦人保護に合わせてウォーティアが都市奪還に動けば、自衛隊も協力できるだろう?」


 実のところ、防衛支援協定なる物を締結したのは良いが、あまりにも技術格差が大きいウォーティア王国にどんな支援が出来るのか、内容までは詰めきれていなかった。


 精々、民生品だとか食糧だとかを輸送したり、槍や剣、弓矢と言ったこの世界の人々も使える武器を生産する(どこが生産するかはさて置き)、後は武器等防護と称してウォーティア王国軍を戦地まで護送するくらいしか想定されていなかった。


 そこに来て、直接、軍事作戦への協力を行うという発想。岩橋の説明に、居並ぶ閣僚らが「そうだ」「それしかない」「妙案だ」と首肯する。しかし、牧田だけが不安そうな顔で岩橋を見つめた。


「せ、戦争に首を突っ込んで、本当に大丈夫でしょうか?不干渉主義派や野党からどんなヤジが飛ぶか……」

「この期に及んで何を言ってるんだ。現地に残ってる日本人の命が掛かってるんだぞ?それこそ判断が遅れれば何を言われるか分からん」

「そ、それもそうですね」


 岩橋の凄みに、牧田も渋々と言った感じで首肯する。こうして、ウォーティア王国に対する軍事支援と邦人退避の方針が固まった。

次回

交易都市奪還作戦Ⅱ 10月9日(土)予定

※次回以降、本格的に作戦が始まります。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 >炎竜 2人乗りとは今まで見なかったので珍しいですね。上昇高度は8000メートルまでとは魔法様々と言ったところですね。現実の生物だと渡り鳥のアネハヅルがそれくらい飛びま…
[一言] 遂に始まるのか・・・!
[一言] 更新お疲れ様です。 遂に邦人に犠牲者が(><) その瞬間を激写した二人は異世界のピュリッツァー賞を取るのか? 果たして自衛隊派遣はスムーズに行われるのか? 現実にも他の作品でも、脆弱な輸…
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