17.クレル陥落
先ほどは失礼いたしました。NSCの内容を修正し、再投稿します。
(前回まで)
西の砦が突破され、交易都市クレルにも敵が雪崩れ込んできた。
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【ウォーティア王国/交易都市クレル/10月中旬・某日(開戦2日目)】
この日。町の至る所で、悲鳴と怒号が響いていた。約10万と言う途方もない兵力と、災厄と恐れられる炎竜による攻撃でいともたやすく陥落した城下では、〝大掃除〟と称される悪魔の所業が行われたのだ。
「いやあぁぁぁぁぁああ」
スラ王国の兵士は、泣き叫ぶ女の腕を強引に引っぱり路上に転がすと、そのまま馬乗りになり蛮行を犯した。女の頭に付いた大きな長い耳がビクンと震える。女は兎人種。うさぎの耳を持つ獣人だった。
「汚らわしい獣人のくせに、良い体してんじゃねえか」
「いや……やめてっ」
泣きながら抵抗する兎人種の女に加虐心を刺激されたその兵士は、腰に差していた剣を抜くと女の頭部に据えた。不安そうな女の顔を見てニヤリと口角を上げる兵士。彼の左手はおもむろに、女の耳を握りしめた。
「な、なにをっ―――いやあぁぁぁぁああああ」
兵士が剣を真横に流すと、女の頭に生えた長い耳からは真っ赤な鮮血が迸る。うまく切れなかったのか、兵士は何度も何度も耳に剣を叩きつけ、無理やりに胴体と耳を分離した。その間、女はこの世の物とは思えない苦痛を味わった。
「ふん、締まりが良くなったな」
あまりの痛みと出血で気を失った女の体を、兵士はなおも楽しむ。そこに騎乗した彼の上官がやってくると、兵士は慌てて自身の逸物を仕舞った。横たわる女を馬の上から一瞥する上官に対し、兵士は直立不動で敬礼する。
「じょ、上官殿!」
「作業は順調か?」
「じゅ、順調であります」
「その女は生きてるのか?」
上官の言葉に、兵士は只、頷くばかり。
「別に死んでも構わんが、生きてるなら広場に連れていけよ」
「了解であります」
「遊びも良いが、大概にな」
そう言い残すと上官は部下を引き連れて、その場を後にした。上官の姿が見えなくなるまで敬礼を続けた兵士は、力なく倒れている女を蹴り上げる。彼の息子は既に興奮から覚めていた。
「……仕事するか」
兵士は頭をガシガシと掻き、女を荷馬車に投げ入れた。
一方、その頃、交易都市クレルの広場には、城下の各方面から多くの獣人が集められていた。獣人たちは怯え、恐怖し、また死んだ目をした者もいる。老若男女問わず集められた獣人たちを前に、取り囲んだ兵士たちはケラケラと笑い声を上げた。
「くせぇなあ。獣の匂いがするぞ」
「違いねえ。人の皮を被った動物の匂いだ」
「良いか?お前ら獣人は劣等種なんだよ」
罵詈雑言を浴びても、獣人たちは抵抗することはない。抵抗したらどうなるのか、この数時間で嫌というほど体感したからだ。
広場には至る所に痛々しい姿になった同胞の骸が転がっていた。ある者は目玉が飛び出し、ある者は臓器を撒き散らして死んでいる。
また、兵士たちはまだ息のある獣人に、面白半分に火を付けた。そして、「熱い、痛い」と叫ぶ彼らの前で、その妻や娘を強姦しては笑い声を上げたのだ。
「神様……助けて」
虎人種の少女の小さな呟きは、しかし、神には届かなかった。殺戮と強姦。恐怖の〝大掃除〟はまだ始まったばかりであった。
そんな一連の様子を、東方遠征軍の将デミル・ハイヤード候は、クレル城のバルコニーから眺めていた。クレル城は既に東方遠征軍の支配下にあり、領主マニーア・クレルを含む多くの高官が地下牢に監禁されている。
「〝大掃除〟は順調に進んでおりますぞ」
軍師シードの言葉に、ハイヤード候は「そうか」と一言。
「随分とそっけないですな、閣下」
「掃除は順調に進んで当然だ。ところでヒト種の処遇だが」
「〝モルガニア〟と同様で良いかと」
「ああ。あれは良き統治モデルだな」
旧モルガニア王国を占領した際、東方遠征軍は占領地において獣人種とヒト種を、明らかに区別して扱った。
まず、獣人に対してはこの町でも行っているように、数々の蛮行が犯された。若くて健康な男女は奴隷として本国に移送し、老人は役立たずとしてその場で虐殺する。その過程で、強姦や殺戮、虐待など、饒舌に尽くしがたい蛮行を働いた。混乱の中、奴隷となる獣人の、ある程度の損傷は無視されたためだ。
一方、ヒトに対しては比較的緩やかな統治が行われた。もちろん、略奪や強姦の恐怖には晒されている。しかし、聖教において異教のヒト種は啓蒙の対象とされることはあれ、神の敵とされることはない。故に、占領下であっても否応なしに奴隷にされることはなかった。
「しかし中には反抗的な市民もおります。奴等を見せしめに殺し、誰が支配者か教育する必要もありましょうな」
シードの言葉に、ハイヤード侯も頷く。
「獣人を庇う者、我々を非難する者、逃げ出す者……容赦なく殺せ」
「御意。すぐ兵に命令します」
と、そこでシードは思い出したかのように付け加えた。
「ああ、それと……敵飛竜の集団10騎がこちらに向かっていたそうで、黒炎大隊が応戦したと聞いています」
「敵も随分と動きが早いが、我が方が勝ったのだろう?」
「そのようで」
「空軍とは言え大儀であるな」
今朝、勅命を受け王都ウォレムを飛び立った竜騎隊10騎は、交易都市クレル近郊の上空で黒炎大隊と交戦、全滅した。敵の動きが予想より早かったことを除けば、さして驚くこともない内容に、ハイヤード侯は笑った。犬猿の仲と言われようと空軍兵士もまた、誇り高き祖国の兵士に他ならない。
「まあ、あの大隊長を褒めたところで、奴は喜ばんだろうがな。他に報告はあるか?」
「最後に1つだけ。従軍司教のラスカー殿によると、司祭がこの地に教会を建てるとか」
ヒトは洗礼を受けることで、聖教徒になることができる。それなりの町や村には司祭や助祭が宣教師として派遣され、大きな町には教会が建立された。スラ王国軍による蛮行はすべて〝神の与えた試練〟と諭し、「神への正しき信仰を捧げましょう」と布教する。実際、モルガニアでは多くの人々が救いを求めて相次いで聖教に鞍替えしている。ここ、ウォーティアでもその再現がなされるだろう。
「勝手にさせておけ。連中のことは気に食わんが、信仰は統治に欠かせん」
「御意」
シードがバルコニーを後にすると、ハイヤード侯は部下の兵を率いてクレル城の地下牢に向かった。そこは政治犯などを収監するする牢獄。松明のぼんやりとした明かりが照らす地下牢は、少しだけ鼻を突くような匂いがした。
見張り役の兵士4人は将軍が来たことで慌てて直立する。後ろには開けたての酒樽、足下にはカードと硬貨が散らばっていた。
「しょ、将軍殿!」
「賭け事か?職務怠慢だな」
「も、申し訳ございません!」
「次はないぞ」
ぺこぺこと頭を下げる兵士4人。ハイヤード侯は見張りの兵士1人に案内を頼み、地下牢を進んだ。しばらく進むと、周りより少しだけ小綺麗な牢が現れる。勿論、少しだけマシという程度の物だったが。そこには綺麗な長い銀髪をした、若い女が椅子に腰を下ろしていた。
「こちらです」
兵士の言葉に、ハイヤード侯は鉄格子の前で足を止めた。
「貴様がマニーア・クレルか?」
ハイヤードの問いに振り向いた女は、にこやかな笑みを浮かべる。
「ええ。貴方がこの軍の指揮官?」
「如何にも。東方遠征軍が将デミル・ハイヤードだ。しかし、貴様がここの領主とは……想像よりも若いな」
マニーアは苦笑した。
「あら?抱きたくなった?」
「それは命乞いか?」
「まさか。貴方に身体を許すつもりは微塵もないわ」
毅然とした彼女の態度に、ハイヤード侯は腹を抱えて笑った。そして、鉄格子を片手で掴み、語り掛ける。
「良い度胸だ。命乞いするなら犯してやろうと思っていた」
「そう。それで私はどうなるのかしら?」
「貴様の処遇はこの戦争が終わった後に決める」
「じゃあ、しばらくはこの狭い檻の中……と言う訳ね」
「何、心配するな。戦争はすぐに終わる」
ハイヤード侯は不敵な笑みを浮かべ、踵を返した。
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【日本国/東京都/千代田区永田町/総理官邸/閣議室/同日午後(開戦2日目)】
交易都市クレルが陥落して少し経った頃、海を越えた先、日本では国家安全保障会議が招集されていた。
同会議は内閣総理大臣を議長とし、内閣官房長官、防衛大臣、外務大臣から成る4大臣会合、そこに財務大臣や国土交通大臣等を入れた9大臣会合、緊急事態大臣会合と3つの形態を取る。なお、今回開かれた会合は安全保障上の重要事項に該当することから、9大臣会合の形態を取っている。
「皆様、お忙しいところに申し訳ないです、ええ」
牧田総理の挨拶で会議が始まった。議題は、「スラ王国の武力侵攻」について。この議題が提示されるや否や、出席する大臣からどよめきが起こった。
「総理、敵はやはりスラ王国ですか?」
初入閣した稲葉国交相(光明党)の疑問に、牧田は「そのようです」と頷いた。稲葉の席は数か月前まで牧田が座っていた席だったが、今は連立与党・光明党の若手議員のものとなっている。なお、「稲葉国交相、奥宮農水相、林田法務相、氷室財務相、幸田外務相」以外の閣僚については、藤原内閣の閣僚がそのままポストに就いている。
「それで、ウォーティア王国は何と?支援要請でも来ているのでは?」
「お察しの通りです、ええ」
牧田が冷や汗を拭うと、幸田外務相が説明を引き継いだ。幸田は白髪を掻き上げ、咳払いを一つ。
「ウォーティア王国からは先般に締結した〝日宇防衛支援協定〟に基づく支援要請が、現地の日本大使館経由で外務省に来ています。今回の会議では支援の時期、内容、それと現地に残る邦人の救出について方針を決定したく―――」
「遅いんだよ、遅い」
幸田が言葉を言い終わるのを待たずに、岩橋防衛相兼副総理が野次を飛ばした。自政党重鎮の野次に、幸田の動きが止まる。
「牧田さん、俺は進言したはずだよな?スラ王国が侵攻する前に退去勧告を出すべきだと」
「そ、そのときはスラ王国が侵攻するなんて確証は無かったじゃありませんか」
「まあ、今更うだうだ言っても始まらんしな」
汗を拭うばかりで話が一向に進まない牧田に、岩橋は大きな溜息を吐いた。大体、この牧田の裏には党内最大派閥のトップ、八雲がいることは明白だ。八雲が何を考えて頑なに退避勧告を避けたのかは謎だが、大方、ウォーティア利権に目が眩んだのだろう。
何はともあれ、今は責任の追及をしている場合じゃない。岩橋はそう思い直し、自身の顔を思い切りひっぱ叩いた。岩橋の奇行にぎょっと目を見開く一同。しかし、岩橋は吹っ切れたような顔で話を進めた。
「兎に角、糞ったれなスラ王国の連中が交易都市クレルに到達するより先に、現地に滞在する邦人を救出しなきゃならんわけだ」
岩橋の言葉に、揃って首を縦に振る閣僚たち。閣僚の一人、菅原内閣官房長官が岩橋を見据えた。
「岩橋さん。自衛隊はどの程度の期間で、邦人救出が可能ですか?」
かつて藤原内閣の懐刀と呼ばれた男の疑問に、岩橋は頭を捻る。
「現地の状況把握からになるが……まずはどうやって救出するかだ。もっとも近い基地は陸上自衛隊の北ラデン駐屯地だったか……そこから交易都市クレルまでは400km。輸送ヘリCH-47JAなら往復も可能か?」
岩橋がそう言うと、背後に控える防衛省の官僚が頷いた。北ラデン駐屯地はラデン油田から少し離れたところに新設された陸自の駐屯地で、日本の生命線たる油田の防衛を任務としている。
「(大臣のおっしゃる通り、CH-47JAの航続距離は1000㎞ありますので、作戦遂行に支障はないかと思われます)」
官僚の耳打ちに納得した岩橋は、「可能だそうだ」と出席する閣僚らに告げた。
「期間については即答はできんが、救出計画の策定、それに係る装備の検討、ウォーティア王国との協議等が必要だろう。人の命が懸かってる訳だから、出来るだけ急ぐつもりだ」
岩橋の説明で、なんとか邦人の輸送が可能だと分かり、安堵の息を吐く牧田。
しかし、この場にいる面々は知る由もなかったが、このとき既に交易都市クレルは陥落し敵の占領下にあった。
最後までありがとうございます。
次回
18.交易都市奪還作戦Ⅰ




