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異世界列島  作者: 黒酢
第3.0章:激動の章―Violent Change
82/99

16.交易都市攻防戦

(前回まで)

東方遠征軍による西の砦攻略が進まない中、黒炎大隊が合流した。


※マルコ・ウィスキー法務卿→マルノフ・ウィスキー法務卿に修正します。

 ♢

【ウォーティア王国/王都ウォレム/10月中旬・某日(開戦1日目)】


 西の砦で激しい戦闘が行われている頃、国王モード・ル・ウォーティアの下に報せが届いた。それは空戦で唯一、残った飛竜1騎による伝令。


「何?クレルに駐留している竜騎隊が壊滅した?」

「恐れながら。敵は炎竜を使役しているようで」


 宰相兼枢密院議長ポール・プレジールの言葉に、国王モードは諦めとも達観とも採れる自嘲気味の笑みを浮かべる。


「遂に始まってしまったか……戦争が」


 スラ王国が和平を破ることなど鼻から分かっていた。分かった上で、偽りの平和を享受していたに過ぎないのだ。その間にできる限り軍の強化に努めてきたつもりだったが、如何せん、先の戦争と経済の混乱で国庫は限界だった。避難民である獣人種を安い賃金で軍に組み込む他、準備らしい準備はできていなかったのだと思い知る。


「まもなく敵本隊も侵攻を開始するでしょう。いえ、恐らくは既に」

「であろうな……だが、進路上には〝西の砦〟が鎮座しておろう?」

「ええ。あの砦は先の戦争で祖国への侵攻を防いだ要塞。スラ王国の連中も易々とは越えれますまい」


 西の砦に駐屯する西部守備隊指揮官ルーカスが送り出した伝令兵は、結局、交易都市クレルに辿り着くことはできなかった。道中、東方遠征軍に合流しようと西進していた黒炎大隊に運悪く遭遇し、その命を散らしていたからだ。


「何はともあれ、敵が迫っている。早急に対応策を講じねばならんな」

「御意。すぐに緊急の王前会議を招集いたします」


 同日夕刻、王城の最奥、隔絶された王議の間にて。国王モード臨席の下、急遽、王前会議が開かれた。王前会議の出席メンバーは国王の裁量によるが、通常は行政を司る行政府、国防を司る陸海軍、そして国王及び王室に関わる宮廷府から最低一名は召集されるのが慣習だ。


 今回の王前会議には、

(行政府)宰相兼枢密院議長、財務卿、法務卿、外務卿

(宮廷府)宮廷魔導官、近衛騎士団長、祭祀官

(陸軍)将軍、副将軍、魔導大隊長、竜騎隊長

(海軍)統監、主席副統監

 以上の13名と国王モードが参加している。


 開口一番、国王モードが切り出す。


「皆も耳にしていると思うが、今日昼過ぎ、スラ王国の竜騎士らが不躾にも交易都市クレル近郊の領空を侵犯し、あろうことか我が竜騎隊14騎を撃墜するという凶行に及んだ」


 国王モードの言葉には、端端に敵国となったスラ王国への怒りが垣間見えた。


 日本との修好の障害となった自称二ホン軍事件についても、未だに彼の国は関与を認めていない。現場に残された魔法の痕跡等から見てスラ王国が関与したことは明白だったが、明確な証拠はなく、主権国家を相手にそれ以上の追及は難しかった。


 それに、ポーティアの悲劇についても、竜車への細工がされていたこと、南部辺境出身の近衛騎士の動きがおかしかったことなどから、組織的な犯行が行われたものとして捜査が続けられている。対外的には暴徒の犯行とされているが、実際にはスラ王国が何らかの形で関与しているのではないか。日本とウォーティアの捜査関係者、政府上層部はそう考えていた。


「これまでコソコソと動き回っていた敵が、ようやく日の下に現れましたな」


 そう言ってロイド・モリアン外務卿が顔を上げると、彼の掛けているラウンド型眼鏡のレンズがシャンデリアの光を反射した。


「しかし、陰で暗躍されるのも面倒だが、武力で攻められるのもまた厄介だな」


 ライナルト・ゲオルク海軍統監の言葉に、マルノフ・ウィスキー法務卿が頷く。


「敵はまもなく祖国の地を蹂躙するでしょう。ストローク将軍、此度の戦争、陸軍としてはどう対処されるおつもりですか?法務局としては宣戦布告も無く、しかも協定を破った野蛮な敵に対する強力な制裁を望みます」


 他力本願なウィスキーの発言に、アーク・ストローク将軍は少しだけ眉を顰める。


「もちろん、陸軍は最善を尽くしますよ」


 日焼けした屈強な肉体に、オールバックの銀髪。その外観から発せられた最善という言葉には安心感があった。もちろん、安心感だけでは戦争はできない。マルコ・ウォリア近衛騎士団長は金髪を揺らし、ストロークを見つめた。


「軍の配備状況はどのように?」

「交易都市クレルに陸軍と爵領軍合わせて2000、西の砦に5000の兵力を配備しています。西の砦は高い城壁に守られ、馬防柵や大型弩砲バリスタを配備、交易都市クレルも同様です」

「敵にはあの災厄と恐れられる炎竜がいるようですが?」


 ウォリアの言葉に、いままでだんまりを決め込んでいたゾル・バード竜騎隊長が申し訳なさそうに口を開いた。


「申し訳ありません。竜騎隊は今回の空戦で敵、炎竜に敗れ36騎に数を減らしました」

「いえ、バード殿を責めているつもりはありません。炎竜の前には仮に私が指揮官であっても結果は同じだったでしょう。それに竜騎隊のおかげで、敵の情報をいち早く把握できたのですから」


 バードとウォリアの会話が終わったのを見計らい、ストロークが再度、口を開く。


「まだ、敵の規模が分からないため何とも言い難いですが、2年前の戦争時、敵の兵力は最大で6万。そこに炎竜が加わるとなれば難しい戦いになると思われます」


 実際には約10万の兵力が西の砦を攻略中であったが、その情報はまだこの場に届いていなかった。ストロークの言葉を聞いたガル・ガノフ宮廷魔導官は、閉じていた目を見開いて言う。


「差し急ぎ竜騎隊を派遣すべきと思うが?敵の偵察も必要じゃろうし」

「ガルにしてはまともなことを言う。私も賛成だ」


 ゴア・ヤード副将軍が組んでいた腕を解き頷くと、ストロークも頷いた。しばらく議論が続いた後、国王モードが右手を挙げると、ガヤガヤとした喧騒が嘘のように静まる。


「スラ王国を敵国と認定する。兵力7000で交易都市クレル以西を守備する間、陸軍は援軍派遣の準備を整えろ。竜騎隊からは10騎を抽出し、明日、陽が昇ると同時に偵察の任に着くように。大湖側の海軍はいつでも出航できるよう準備を。外務局は日本国に〝防衛支援協定〟に基づく支援要請を行え」


 国王モードの言葉に集まった重鎮たちは立ち上がり、深々と頭を下げた。







 ♢

【ウォーティア王国/交易都市クレル/翌日(開戦2日目)】


 竜騎隊が敵飛竜隊を撃退した。その一報にクレル市民が歓喜したのは昨日のこと。しかし市民の興奮は冷めやまない。かつて隣国を攻め滅ぼしたあのスラ王国の奇襲攻撃を、自国の竜騎士が見事に追い払ったと言うのだから、それも無理のない話だった。


「あっちで吟遊詩人が竜騎士の物語やってるぜ」

「本当か?ちょっと聴きに行こうかなあ」

「スラ王国は和平を一方的に破ってきたらしいよ」

「それなのに竜騎隊に負けたんだろう?だせーよな」


 交易都市クレルは今日も平和そのもの。失業した者や浮浪者になってしまった者も街中には増えているが、領主マニーア・クレルの善政のおかげで治安は比較的保たれている。


 子供たちは縦横無尽に張り巡らされた街路を駆け回り、母親たちはお日さまの下で洗濯物を干す。いつもと変わらない日常がそこにはあった。そんな昼下がり。


 突如、それは西の空から姿を現した。


「な、なんだあれ」

「りゅ、竜だ!!」


 真っ赤な鱗に獰猛な牙。見る者を恐怖させるほどの巨大な体躯。西方原産、大空の支配者―――炎竜が、その姿を現したのだ。それも1体や2体ではない。21体にも及ぶ炎竜の大群が、平和なクレルの空を覆いつくした。


「なんで炎竜がこんなにいるんだよ!」

「竜騎隊はどうした?!どこにいるんだ!!」

「火を吹きやがった!東に逃げろ!街から出るんだ」


 パニックになり逃げ惑う市民の流れとは反対に、甲冑を身に纏った騎士と、布鎧を身に纏った兵士が西の城壁を目指して走り出す。


 壁上では既に当直の兵士が大型弩砲バリスタに槍を装填し、一部で対空射撃が始まっていた。


 シュバババババ―――。


 豪快な音と共に連射される槍が炎竜に当たると、炎竜は悲鳴を上げよろめく。それを見たウォーティア王国側の兵士は、「効いてるぞ!!」と歓声を上げた。


 しかし、その炎竜はすぐに態勢を立て直すと、自身を痛めつけた武器を睨みつけ、そして、鋭い牙の生える頸部を大きく開いた。次の瞬間。爆音を伴った巨大な火柱が、大型弩砲バリスタを焼き尽くし、周囲にいた兵士や騎士をも消し炭に変えた。


「熱いぃぃぃ」

「え、衛生兵!」

「まずは鎮火だ!水を―――」


 ものの数分の内に、交易都市クレルの壁上に備え付けられた対空兵器、大型弩砲バリスタはすべて無力化された。駐留していた竜騎隊が実際は壊滅している以上、この町を守る航空戦力も無い。交易都市クレルの空は、既にスラ王国軍によって掌握されていた。


 そこにすかさず、敵投石機(カタパルト)隊による砲撃と、敵魔導隊による爆炎魔法攻撃が始まった。投石機の放った岩石の塊によって亀裂の入った城壁に、爆炎魔法が炸裂。城壁は木っ端みじんに崩壊した。


 斯くして、巨大な城壁都市、クレルはその外装を無理やりに剥がされ、飢えた敵の眼前に生身をさらすこととなった。


 その報告をクレル城の執務室で受けたマニーア・クレル。


 彼女は急いでバルコニーに飛び出した。目に飛び込んで来たのは、巨大な炎竜が壁上を焼き尽くし、兵舎や城門を破壊する光景。市内の至る所から火の手が上がり、黒煙が何柱も天に昇っていく。


「街が……燃えてる」







 ♢

【交易都市クレル西門付近/同刻/スラ王国東方遠征軍】


「戦況は?」

「魔導隊並びに投石機(カタパルト)隊による集中攻撃により、敵戦力の大半は沈黙しました」


 将軍ハイヤード侯に胸を張るライム。紫の長髪の揺れに併せ、彼女ご自慢の巨乳もたぷんと揺れた。それを見た各隊の隊長たちは皆、鼻の下を伸ばしたが、ハイヤード侯は顔色一つ変えず。


「本当か?空軍の働きもあるのだろう?」


 そう言って睨みつけると、ライムは慌てて付け加えた。


「も、勿論、黒炎大隊の火力も否定はしませんが……」

「まあ、良い。余り活躍され過ぎては面白くないが、役には立つ」


 ハイヤード侯率いる東方遠征軍約10万の軍勢は、昨日、ウォーティア王国前線の拠点〝西の砦〟を攻略した。大隊長ババリア以下、黒炎大隊21騎による空襲に合わせた攻城戦により、圧倒的な短時間で敵要塞の無力化に成功したのだ。


 攻城戦の最中、ウォーティア王国側はその兵力の3/5を失っていた。生き残った2000の兵力の内、およそ半数に当たる1000人ほどは獣人種であったため、彼らはそのままモルガニア方面へと後送。ヒト種については捕虜とし、当座の労働力に充当された。捕虜とされた者の中には、陸軍指揮官ルーカスや爵領軍指揮官ドゴルらも含まれている。


「まあ、戦の花形は今も昔も我々、陸軍であることに変わりはない。そう思うだろう?」


 ハイヤード侯がそう言うと、居合わせた面々は首を縦に振って肯定を示す。唯一、軍師シードだけは首を縦に振らなかったが、ハイヤード侯はいつものことだと無視を決め込む。と、そこに伝令兵が駆け足でやって来た。


「報告。西門制圧に成功しました。また、城壁は数か所崩落しています」


 伝令兵の報告に、ハイヤード侯は重い腰を上げた。


「時は満ちた。黒炎大隊に攻撃中止を通達後、全軍で都市内部への突撃を行う」

最後までありがとうございます。

ブクマ、コメント、評価等いただけると励みになります。

(次回)

「17.クレル陥落」9月25日㈯頃投稿予定です。


(登場人物)

〇ウォーティア側

モード・ル・ウォーティア:国王、美しい金髪、若干白髪

アーク・ストローク :将軍、日焼け、屈強、銀髪

ポール・プレジール :宰相兼枢密院議長、白髪、老齢

ロイド・モリアン :外務卿、ラウンド型眼鏡

ガル・ガノフ :宮廷魔導官

ゴア・ヤード :副将軍、短く刈り揃えられた白髪

マルコ・ウォリア :近衛騎士団長、銀髪

マルノフ・ウィスキー :法務卿

ゾル・バード :竜騎隊長

マニーア・クレル :クレル爵、長い銀髪、翡翠の瞳

〇スラ王国側

デミル・ハイヤード :侯爵、東方遠征軍将軍

シード :軍師、白髪、70を超える老兵

ライム :魔導隊長、紫の長髪、巨乳

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― 新着の感想 ―
[一言] 2話も更新あると話が進んでいいですね、更新お疲れ様です。 >ウォーティア王国首脳部 王国首脳部も漸く事態を把握しましたが兵力の増強を知らないとなると致命的な事になりそうで気になりますね。日…
[一言] 更新お疲れ様です。 本国で手当ての会議も時すでに遅し!? 圧倒的兵力で襲われた砦と都市の惨状が気になります・・・・ 次回も楽しみにしています。
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