表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界列島  作者: 黒酢
第3.0章:激動の章―Violent Change
81/99

15.西の砦の戦いⅡ

(前回まで)

開戦初日、スラ王国東方遠征軍が西の砦を攻略中、空軍黒炎大隊が交易都市クレルの航空戦力を無効化した。西の砦からの伝令は、黒炎大隊による攻撃で死亡。正確な情報が伝わることはなかった。

【ウォーティア王国/西の砦/壁上/10月中旬・某日(開戦1日目)】


 砦の幹部たちの軍議からほどなくして、西の彼方から黒い影がゆっくりとその姿を現した。


「スラ王国軍だ!!」


 壁上で監視の任に就いていた駝鳥(だちょう)人種ビンゴの叫び声に、兵士たちは慌ただしく大型弩砲バリスタに槍を装填する。砦は一気に臨戦態勢に入った。


 陸軍指揮官ルーカスが壁上に登ったとき、スラ王国軍の軍勢10万は既に誰でも視認できる距離まで来ていた。砦の正面に厚く布陣したスラ王国軍の隊列は、お世辞にも綺麗とは言えない。ルーカスは単眼鏡から目を離し、後ろに控える副官シウムに手渡した。


「敵の一部は碌に訓練されてない。おそらく徴兵された平民だろう」

「戦線の拡大で人員が不足してるのでしょう。中には傭兵らしき影もありますね」


 スラ王国は北方と南方にも遠征しているのに加え、占領地―――特に旧モルガニア王国のような国家だったところ―――に多くの軍を駐屯させている。その兵員不足を補うために、熟練度の低い兵士や忠誠心の無い傭兵を雇用していた。


「とは言え、これだけの数の差があれば関係ない話だがな」


 ルーカスは「それに」と言葉を続ける。


「熟練度の低い兵士を雇用しているのはうちも同じだ」


 スーカスはそう言って、壁上から砦の内部を見下ろした。そこには、初めての実戦に何をしていいか分からずウロウロする兵士の姿がある。その多くは獣人種であった。勿論、王国民である正規兵の獣人は手際良く動いているが、問題は非正規兵の獣人たちだ。


 彼らはスラ王国の侵攻に追われる形で故郷、中央平原を捨てウォーティア王国に逃げ延び、そして、その身体能力を買われ非正規の陸軍兵として雇用された。


 駝鳥人ビンゴのように個の長所を生かすことはできても、軍隊として集団で力を発揮するにはやはり訓練が欠かせない。しかし、そんな訓練の間もなく、ここに配属されている者も一定数いた。


「まあ、安い賃金で働かせてるんだ。文句を言う筋合いではないか」

「それに士気は誰よりも高いですよ、彼ら」

「相手は自分たちの故郷を奪った敵……だからな」


 しばらくして、敵、スラ王国軍の使者から降伏勧告が行われた。当然、ルーカスはこれを拒否。銅鑼の音と共に、激しい戦闘が始まった。


 先陣を切る敵騎馬隊が土煙を挙げて草原を疾走すると、砦の周囲に張り巡らされた馬防柵がその行く手を阻んだ。ある馬は柵に突っ込み血だらけになり、騎手は投げ出された。また、ある馬は柵の前で急停止した。


 痛い、危ない、助かった。


 しかし、そこに降り掛かるのは砦から放たれた無数の矢。投げ出された者も、運よく柵の前で停まった者も、張り巡らされた馬防柵のせいで逃げることができなかった。次々と降る矢の雨に、悲痛な叫びを上げながら一人、また一人と絶命していく。


 騎馬隊が苦戦しているのを見るや、スラ王国軍は後方にズラリと並べた巨大な投石機(カタパルト)を稼働させた。そこから放たれた岩石が砦の外壁を揺らし、内部に広がる兵舎も破壊する。


 対するウォーティア王国側も、大型弩砲バリスタの砲身を地表に向け、無数の槍を連射し応戦した。大型弩砲バリスタから放たれた槍は一直線に投石機を操る兵士を射抜く。


 それに続いて射出された火槍が、今度は投石機それ自体を破壊した。投石機の主要部分は木材でできている。火は瞬く間に燃え広がり、しばらくすると、激しかった投石が止んだ。


 また、城壁から放たれたいく千もの火矢が、ウォーティア王国軍の魔法によって加速し地上に降り注ぐと、大地からは悲鳴が聞こえた。それははるか後方、今まさに魔法を詠唱していた、スラ王国軍の魔法師の隊列からの悲鳴だった。


 特大火炎魔法の詠唱中に、タイミングよく撃ち込まれた火矢。詠唱段階で生じた可燃性のガスは、火種を得て爆発的に炎上する。魔法師部隊―――魔導隊―――の隊列は瞬く間に炎に包まれ、その火は周囲の歩兵に飛び火した。


 ―――熱いぃぃぃぃぃぃぃぃぃい

 ―――燃えてる、燃えてる!!!

 ―――早く消火するんだ、急げ!


 戦場において高度な魔法を使える専門職の魔法師は、重宝される存在である。こと、攻城戦においてはその重要度は飛躍的に上がるため、魔導隊は集中砲火を受けることもしばしばであった。


 約10万という圧倒的戦力を誇るスラ王国軍に対し、ウォーティア王国軍は5000。しかし、砦と人員を巧みに使い善戦を繰り広げていた。







【スラ王国東方遠征軍/野営地/同日】


 一方、スラ王国東方遠征軍の野営地に広げられた天幕。将軍ハイヤード侯は苛立たし気に机を拳で叩き付ける。


「くそ、何故だ。何故、落とせん」

「……(閣下は相当機嫌が悪い)」

「……(おい、喋るな)」


 荒ぶるハイヤード侯に、恐れをなす各隊の長たち。騎馬隊を率いる細見の男レインに、投石機隊を率いる屈強な男ファルコ、脚竜隊を率いる騎士マグナム、そして魔導隊を率いる女ライム。皆、一様に顔を伏せ、怒りの矛先が己に向くのを拒む。そんな中、唯一、軍師シードだけが涼しい顔で、自身の白髭を触っていた。


「何か腹案でもあるのか?シードよ」


 苛立たし気に問いかけるハイヤード侯。シードは不意に立ち上がり、天幕を見回した。


「もうすぐ彼らが帰還します。さすれば直ぐにでも決着が」

「そんなことは分かっている!それが問題なのだろう?!」


 食い気味に怒鳴りつけるハイヤード侯に、天幕の空気が凍る。しかし、シードは涼しい顔のまま、言葉を続けた。


「恐れながら、老兵には何が問題か、分かりかねます」

「このような砦如き落とせなかったとなれば、遠征軍の面子はどうなる?!」

「落とせないのではありません。時間さえあれば落とせましょう」

「こんなところで時間を掛けている場合では無い。速やかに交易都市クレルを叩き、ウォーティア王国を屈服させねばならん。上からも圧が掛かっていることを、貴官ならば知っているであろう?」


 押し問答が続いた折、シードは静かに激高した。病的なほどに白い顔に、真っ赤な血管が浮き上がる様を見て、レインたち各隊の長は再び顔を青ざめた。


「閣下!閣下は何を目標に動いておられるのか?!遠征軍の面子か、それとも迅速な勝利か。はっきりさせて頂きたい。勿論、どちらもとは行きませぬぞ!」


 普段怒りを露わにすることが無いシードの怒気に、ハイヤード侯も若干、押され気味に答える。


「……無論、迅速な勝利である」


 シードの怒気に頭を冷やされたハイヤード侯は、ふぅと息を吐き苦笑した。


「皆、すまない。どうやら冷静さを欠いていたようだ。感謝する、シード」

「いえ。出過ぎた真似をいたしました。申し訳ございまぬ」


 ハイヤードの言葉を聞いたシードは、そう言って着席した。その顔は普段通りの涼しい物に戻っていた。そこに、伝令兵が報告にやって来る。軍議中とはいえ、敵味方の動きを伝える伝令の言葉を遮る者などいない。跪く伝令兵に、ハイヤード侯は発言を許可した。


「申せ」

「はっ。東の空より黒炎こくえん大隊が戻りました」

「随分と早いな」








 ♢

【ウォーティア王国/西の砦/同日】


 ハイヤード侯たちが軍議を開いている間、一時的にスラ王国軍による攻撃が止んでいた。しかし、ウォーティア王国の兵士に休息の時間はない。いつ攻撃が再開されるのか分からない中、極限の緊張が続いていた。


「敵は攻めあぐねているようだな」


 単眼鏡を覗きこんだまま笑みを浮かべるクレル爵領軍指揮官ドゴル。そこに副官シウムを連れたルーカスがやって来た。


「ここにいましたか、ドゴル殿」

「これは閣下。今しがた、敵の動きを観察しているところでした」

「それは結構ですが敵の攻撃が止んでいる内に、卿も何か腹に入れませんと。腹が減っては戦はできぬというものですぞ?」


ルーカスは食事を取るよう忠言したが、ドゴルは首を横に振って、中央にある神殿に視線を向けた。神殿は四神教と六神教が融合した造りをしており、どちらの信徒でも気軽に参拝できるよう配慮されている。


「あそこを見てきたばかりで食欲が少し」


 ドゴルの言葉に、ルーカスも頷く。彼もつい先ほども、神殿を訪れたばかりだった。ポーションを含め医薬品は不足し、医者は足りていない現状を肌で感じていた。


「敵の数が多すぎるのです。籠城も長くは持ちますまい」

「同感ですな。頼みの綱はクレルや王都からの援軍。今は信じて待つしか」


 と、次の瞬間。


 ギャオォォォォォォ―――。


 耳を潰さんばかりの咆哮が、空気を震わせた。ルーカスとドゴルは咄嗟に両手で耳を塞ぎ、何事かと周囲を見渡した。すると、大粒の黒い影が大空を我が物顔で飛行しているのが目に飛び込んでくる。


「な、なんて大きさだ」


 ルーカスはそう言って目を凝らした。どう見ても距離感がおかしい。飛竜にしては大きいような。そこに、伝令兵が急ぎ足でやって来た。


「報告します」

「何だ」

「北の方角より、え、炎竜の大群が砦に向かっています」

「炎竜……だと?!」


 ルーカスは絶句し、再び、空を見上げた。それは既に常人が視認できる距離にいた。真っ赤な身体に、見る者を圧倒する巨体。人々の畏怖の対象であるそれが、獰猛な牙を陽光に輝かせていた。 

最後までありがとうございます。

(次回)

「16.交易都市攻防戦」

※本日投稿予定です。


(登場人物)

●ウォーティア側

ビンゴ :駝鳥人種。リーチの弟

デング・ルーカス :三等爵、陸軍西部守備隊指揮官、カイゼル髭

レント・シウム :騎士、同副官

レング・ドゴル :準三等爵、クレル爵領軍指揮官、刈上げ銀髪

●スラ側

デミル・ハイヤード:スラ王国侯爵、東方遠征軍将軍

シード :軍師、白髪、70を超える老兵

レイン :騎馬隊を率いる細見の男

ファルコ :投石機隊を率いる屈強な男

マグナム :脚竜隊を率いる騎士

ライム :魔導隊を率いる女

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 >ウォーティア王国軍 総数5,000人とは言え国境防衛の任務についているからなのはあると思いますが戦力不十分にも関わらず魔導士の数が多いので持ち堪えているようですね。問…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ