14.西の砦の戦いⅠ
(前回まで)
和平協定を破り、宣戦布告なく侵攻を開始したスラ王国。東方遠征軍の動きとは別に、空軍部隊〝黒炎大隊〟が交易都市クレル近郊で、ウォーティア王国竜騎隊14騎と交戦し撃墜した。それを受け領主マニーア・クレルはことの次第を王都に報告するよう竜騎隊に求める。その一方、領内の混乱を避けるため、領民にはこの空戦について〝竜騎隊が敵を追い払った〟と喧伝した。
♢
【スラ王国東方遠征軍/国境沿い(西の砦付近)/野営地/10月中旬・某日】
大隊長ババリア率いる空軍部隊、〝黒炎大隊〟が交易都市クレル近郊の空に現れる少し前。ハイヤード侯率いる東方遠征軍の本隊は国境沿いにあるウォーティア王国の拠点〝西の砦〟付近に集結していた。
スラ王国が要する3つの遠征軍のうちの一つ、東方遠征軍は今から約1年半ほど前に、モルガニア王国を攻め滅ぼした。モルガニア戦争に参戦したウォーティア王国とスラ王国は、以後、5年間の相互不可侵を含む和平を結んでいる。
「協定破りは紳士的と言えんな」
スラ王国東方遠征軍の将軍ハイヤード侯の言葉に、軍師シードは声を上げて笑った。
「閣下、何も気に病むことはありません。協定破りは世の常。それに、我等は四神教や六神教といった間違った教えを正し、主の御加護の恩恵を遍くイース世界にも分け与えるのです。それ即ち、正義の行いでしょうぞ」
「正義、か」
シードの言葉に、ハイヤード侯は天を仰ぐ。唯一、天上の神はこの戦争を赦されるのだろうか。と、そのとき。天幕の外で警備にあたる騎士から声が掛けられた。
「御歓談中、失礼いたします」
「良い。どうした」
「従軍司教、ラスカー様がお会いしたいと」
「ラスカー殿が?お通ししろ」
言うや否や、天幕の入口が開け放たれ、聖教を象徴する真っ白な聖職衣を着た頭髪の薄い男がズカズカと足を踏み入れた。男の身体は肥え太り、顔は皮脂のせいでテカテカと光を反射している。
「これは、ラスカー殿。こちらに」
ハイヤード侯が席を勧めると、ラスカーは白帽を外し、木製の無骨な椅子に腰を下ろした。そしてキョロキョロと天幕を見回し、フンと鼻を鳴らす。
「貴族は戦場に別荘を建てると言う笑い話がありますが、将軍の天幕は謙虚なものですねぇキキキ」
ラスカーは気持ちの悪い笑い声と共に、適当な嫌味を呟いた。その言い方にムッとするハイヤード侯だったが、相手は教会の犬。仕方なしに笑顔で切り返す。
「他の貴族は分かりませんが、私は機能性しか重視しておりませんので。して、本日はどのような御用向きで?」
「いえ、将軍の武運を祈りに来たのですよ」
「司教に祈られては無事に帰る他無いですな」
「主も此度の出征を御喜びでしょう」
「それは光栄ですな。主に勝利を捧げましょう」
言葉とは裏腹に、ハイヤード侯は心の中で笑っていた。戦争とは命と命の奪い合いだ。それを神が喜んでいるだろうか。そんな心中を知らないラスカーは、満足そうにニタリと笑みを浮かべる。
「ウォーティアの地に聖教の教義を根付かせる。これは主が私に与え賜うた、天啓だと思っております」
「ハハ。ラスカー殿ならばイース世界に住まう無知な仔羊たちを正しき道にお導きできるでしょう」
ハイヤード侯の言葉に気を良くしたラスカーは、肥えた腹を摩りながら立ち上がった。
「将軍には教会も期待しています。将軍に神の御加護があらんことを」
ラスカーは胸に手を当て眼を瞑る略式の祈りを捧げると、聖職衣の裾を翻して天幕を後にした。ラスカーの姿が見えなくなると、ハイヤード侯は「ふんっ」と足を組む。
「教会の連中は呑気なものだ。軍が死と引き換えに得た土地で好き勝手やるのだからな」
「閣下、教会批判は。どこに耳があるやも……」
「分かっている。今は目の前の戦に集中するとしよう」
♢
【ウォーティア王国/交易都市クレル近郊/西の砦/同日】
西の砦は交易都市クレルから少し離れた、国境近くの平原に築かれた石造りの要塞だ。モルガニア戦争の際に建てられた物だが、戦後もウォーティア王国の重要な前線基地として使われている。
周囲は見渡す限りの平原であり、これといった遮蔽物はない。しかし、砦は二重の空堀と高い城壁に守られ、また、周辺には馬や脚竜対策の馬防柵、壁上には飛竜対策の大型弩砲バリスタも備えられている。
そんな砦の一室、簡素な造りの部屋に4人の人影があった。居合わせているのは、この砦に駐屯する陸軍とクレル爵領軍の幹部。デング・ルーカス三等爵(西部守備隊指揮官)、騎士レント・シウム(同副官)、レング・ドゴル準三等爵(クレル爵領軍指揮官)、騎士ジン・ヘラルド(同副官)。全員が着席したのを見計らい、陸軍指揮官ルーカスは話を切り出した。
「緊急だ。西に放っていた斥候から報告を受けた。今しがた、スラ王国の軍勢が我が国に向け、進軍を開始したようだ」
ルーカスの言葉を受け、室内に緊張が走る。クレル爵領軍指揮官レング・ドゴルは刈上げられた銀髪を掻き毟った。
「規模はどれくらいですか?」
「およそ10万」
ドゴルは言葉を失った。
「10万……ですと」
ウォーティア王国軍の正規兵は陸軍1万5000(内、魔導大隊100、竜騎隊50)、海軍2000。ここに非正規兵、クレル爵領軍、ポーティア爵領軍を合わせても、総兵力は3万に届かない。その3倍近い数の軍勢が大挙して押し寄せているのだからドゴルの反応にも頷ける。
もっと言えば、ここ西の砦に配置されているのは陸軍3000、クレル爵領軍2000の、総勢5000あまり。進軍中のスラ王国軍との差は約20倍。
代わって、クレル爵領軍副官ヘラルドが発言する。
「それで、敵飛竜はいかほど?」
「飛竜は確認できていない」
「真ですか?!それは不幸中の幸いですね」
ヘラルドは自分を安心させようと、無理に去勢を張った。不幸中の幸い?そんな訳がない。飛竜が居なくとも戦力差20倍は覆しようのない事実だ。しかし、虚勢を張りたいのはヘラルドだけではなかったらしい。
「陸軍と爵領軍、合わせて総勢5000。防備としては十分」
「勝てます……か?ハハハ」
自身の上官であるドゴルと陸軍側副官シウムの言葉に、皆、現実から目を背けたいのは一緒なのだとヘラルドは思った。
「勝てるかは戦ってみないと分からないが、我々がすべきことはただ一つ」
ルーカスの言葉にドゴルも頷く。
「籠城し迎え撃つ、ですね?」
「ああ。幸い、クレルには竜騎隊15騎が詰めている。援軍として来れば敵10万と言えど、ある程度は戦えるだろう。既に援軍要請のための伝令を派遣した」
この世界において飛竜の軍事的価値は大きい。空の上を飛行し、かつ俊敏な機動を誇る飛竜を撃墜できるのは、高度な軍用魔法の使い手か腕の立つ射手ぐらいだろう。
指揮官2人の会話を黙って聞いていたヘラルドは、恐る恐るといった感じで口を挟む。
「しかし、敵が砦を無視することはないでしょうか?」
ヘラルドの心配にも関わらず、しかし、ルーカスとドゴルは余裕の笑みを浮かべた。ドルゴは机上に広げられた地図を指さしながら言う。
「西の砦はここ。そして敵はこの道を通って進軍中だ」
交易都市クレルから続く一本の街道、それは西の砦を通り、旧隣国の王都モルガンへと続いている。
「街道を使うなら、この砦は必ず通る」
かつてこの道は多くの荷を積んだ馬車や竜車が行き来し、交易都市クレルの経済を支えていた。それが今では、敵の進軍に使われているのだから笑えない話だ。
「街道を使わなければ?この砦を無視して進めるのでは?」
「使わない選択もあるだろうが、進軍速度は遅くなる」
確かに交易都市クレルまでの最短ルートはこの街道であるし、また、整備された道の方が軍を進めるには都合が良い。ドゴルは「それに」と続ける。
「良く考えてみろ。クレルの町、砦の位置を」
ドゴルに促され、机上に広げられた地図を凝視するヘラルド。しばらくの間を置いて、「あっ」と頭を上げた。
「我々を放置して進軍すれば……敵は城郭都市の攻略中に背後から攻撃される心配がある、ということですね?」
ヘラルドの言葉にドゴルは頷いた。
「そうだ。敵は挟撃を警戒しながら、城郭都市を攻略しなければならない。加えて、兵站の問題もある。クレルまでの道中に村は少ない。往路で略奪しようとも、あれだけの兵数を賄えるとは思えん。つまり後方からの補給ルートを確保するためにもこの砦の奪取は必須だ」
ドゴルの説明を聞き、室内に居合わせた皆が首を縦に振った。そんな中、シウムは一人苦笑する。
「それは喜んで良いのか悪いのか」
「祖国への進軍を少しでも食い止められる。そういう意味では喜ぶべきことだな」
ルーカスはそう言うと、自慢のカイゼル髭を誇らしげに撫でた。
最後までありがとうございます。
ブクマ、コメント、評価、レビューをいただけると励みになります。
次回、「15.西の砦の戦いⅡ」は9月18日(土)の投稿予定です。
【登場人物】
(スラ王国側)
〇デミル・ハイヤード
スラ王国侯爵、東方遠征軍将軍
〇シード
軍師、白髪、70を超える老兵
●ラスカー
従軍司教、頭髪の薄い男、肥満
(ウォーティア王国側)
●デング・ルーカス
三等爵、ウォーティア王国陸軍西部守備隊指揮官、カーゼル髭
●レント・シウム
騎士、同副官
●レング・ドゴル
準三等爵、クレル爵領軍指揮官、刈上げられた銀髪
●ジン・ヘラルド
騎士、同副官




