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異世界列島  作者: 黒酢
第3.0章:激動の章―Violent Change
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13.炎竜襲来

(前回まで)

スラ王国の東方遠征軍がモルガニアで物資徴発を行っていることを確認した自衛隊。話は防衛省を経由し、牧田総理の耳に届いた。しかし、牧田は岩橋防衛相の忠言にも関わらず、頑なに邦人への退去勧告を出さなかった。

 ♢

【ウォーティア王国/交易都市クレル近郊/10月中旬・某日】


 王国東部の穀倉地帯で大麦などの収穫が終わり、春に向けて小麦の種入れが始まる頃。交易都市クレル周辺の農地でも、種入れに勤しむ農夫の姿が目立つようになる。そんなのどかな昼下がり。交易都市クレル近郊の農村にて。


「親父ー。あれなんだ?」


 少年の視線の先には太陽を背に動く黒い物体。まぶしくて直視はできないが、だんだんとそれは大きくなっているような気がした。少年の声を聴いた父親は、ポカリと少年の頭を殴りつける。


「ってぇぇえ!何すんだ!」

「何すんだじゃねぇ!さぼってねえで手を動かせ」


 少年は痛む頭を摩りながら、涙目で父親を睨みつけ、上空に指を向けた。父親が少年の指さす方角に視線を向けたとき、それは既にその体躯を露わにしていた。少年と父親の影は消え、村を巨大な影が覆った。我が物顔で悠然と空を飛ぶ、それは。


「りゅ、竜だ!!飛竜なんかじゃねえ、本物(・・)の竜だ!!」


 父親は叫ぶや否や、少年の手を引いて村へと走った。早く集落に知らせなくては。その思いの一心で、彼は駆け出した。しかし、竜たちは親子に興味がないのか、気にする素振りも見せずに南下していった。


 それらはスラ王国空軍所属、輝かしき歴戦の〝黒炎こくえん大隊〟の編隊であった。


『敵、飛竜14騎の接近を視認』


 竜に跨る完全武装の騎士の声が、通信用魔道具を介して他の騎士に伝わる。これは術者の視認範囲内にいて、かつ同規格の通信用魔道具を持つ人にのみその声を伝達する、西方世界伝来の摩訶不思議な魔道具である。


『飛竜だけか?』

『炎竜はいません!飛竜だけです』


 この世界の竜種には大きく4種が存在する。獰猛な大地の覇者、地竜。俊足かつ俊敏な脚竜。空を悠然と飛ぶ飛竜。そして、大空の支配者にして災厄の炎竜。このうち、脚竜と飛竜は大陸全域に分布しており、各国で使役されている。


 飛竜は体高約2m・体重約100㎏・翼開長4m。気性は大人しいため騎乗しやすく、また、軽量故に速度も速いため、広く軍事的に利用されており、この世界の航空戦力の中心を成している。


 生息域の関係もあり、北東諸国(イース世界)の航空戦力はほぼ飛竜に限られる。もちろん、ウォーティア王国も例外ではなく、ゾル・バード率いる竜騎隊50騎はすべて飛竜で構成されている。


 一方、炎竜は西方の山岳地帯にのみ生息する、体高約5m・体重約6t・翼開長12mの化け物だ。頸部から放たれる魔法による爆炎は一瞬で人を炭に変え、街を炎の海に変貌させる。いわば空飛ぶ戦車。


 スラ王国は西方より導入した炎竜と伝統的な飛竜を組み合わせた航空戦術を採っている。今回、この作戦に投入されている黒炎こくえん大隊は2個炎竜中隊(各隊10騎)と大隊本部(1騎)で構成されたスラ王国空軍唯一の炎竜だけの部隊だ。


『ふん、劣等種が14匹だけとは片腹痛い』

『炎竜を擁する我らの敵ではないな』


 慢心する部下の言葉に、大隊長ゴードン・ババリアは苦笑する。怯えられるよりも、自信に満ちてもらった方が良い。それに実際、両者の戦力差は大きく、勝利は決定的であった。


『その意気だ。ハエ共を地面に叩き落としてやれ』

『『御意』』


 ババリアの指示に、2個炎竜中隊の騎士たちが雄叫びを上げる。敵は飛竜14騎。簡単な仕事だ。


 騎乗する騎士たちは古今東西を問わず基本的には魔法師である。魔操石の埋め込まれた槍を持ち、空を駆け回り、魔法を打ち合うその雄姿は、吟遊詩人によって後世へと語り継がれることも珍しくない。


 しかし、ここにあるのは一方的な殺戮。飛竜の数も、騎乗する騎士たちの魔法練度も、どちらもスラ王国が一枚以上も上手だった。


 激しい空戦の末、ウォーティア王国側の最後の飛竜が、断末魔を上げて落ちていく。対するスラ王国側は炎竜2騎と騎士3名が軽傷を負ったものの、戦死者は1人も出さなかった。


『敵、飛竜全滅。敵、全滅しました』

『よくやった。一度、地上に降り、負傷した竜と騎士を治癒魔法で治療する』


 ババリアの命令で地上に降り立った黒炎隊は、しばらくの休息の後、再出発の準備を整えた。既に、治癒魔法によって、負傷した竜と騎士の傷も治っている。命令があればいつでも出撃可能だった。


「この後はどうしますか?」


 深緑色の長い髪を揺らして副官兼第1中隊長ミントが尋ねると、ババリアは少し考えるそぶりを見せた。ミントは大隊唯一の女性で、男ばかりの部隊の紅一点であった。


「このまま西進する」

「西ですか?東の先には交易都市クレルがありますが」


 ミントはそう言って東に視線を移す。ここは交易都市クレル近郊。空を飛べる空軍にとって、クレルの町まではすぐであった。ミントは視線をババリアに戻し、話を続けた。


「炎竜を擁する我らならば、単独で敵都市に攻撃を仕掛けることも可能。後方を抑えれば、戦争で幅を利かせている陸軍の連中への牽制にもなります」


 2人の会話を盗み聞いていた騎士たちも集まり、「そうです」「やらせてください」と進言する。誰一人として、ミントの案に反対する者はいなかった。


 スラ王国の空軍と陸軍は戦時下と言うことで互いに協力しているが、元来、仲が悪いことで有名だ。


 空軍は兵力こそ少ないものの、一騎当千、少数精鋭を謳っている。こと炎竜に至っては、災厄と言われる存在で、戦場における空軍の力は計り知れない。また、空軍所属の兵士は基本的に魔法師、つまりは貴族である。故に、空軍騎士はエリート意識が強く、陸軍を下に見るきらいがあった。


 一方の陸軍は、そんな空軍を嫌っていたし、自分たちがいなければ敵地占領を含めた戦争遂行は不可能だと考えている。そして、歴史と伝統の長さでは明らかに陸軍に軍配が上がる。戦争の花はあくまで陸軍であり、空軍はわき役に過ぎないと多くの陸軍将兵は言う。


 そんな折、始まった戦争であったが、空軍は飛竜150騎、炎竜30騎の計180騎だけと圧倒的に数が少ないため、編成された3個遠征軍の中心を担うのは必然的に陸軍ということになった。しかし、空軍は陸軍の指揮下に入るのを当然拒む。そこで、遠征軍は陸軍のみで編成し、空軍は機動的に運用することとされた。


 副官ミントや騎士たちの進言を黙って聞いていたババリアは、空を見上げて言った。


「貴官らの心意気は立派だ。確かに敵地を破壊することはできるだろう」

「では……」


 大隊長ババリアの言葉に、ミントたちは浮足立った。このまま敵都市への攻撃を命じられるものと、そう考えたのだ。しかし、ババリアはそうは命じなかった。


「だが、我々は少数精鋭。敵地を破壊し敵兵を蹂躙できても、占領はできない」

「そんなことは地面を這う遠征軍の連中に任せていれば良いのです」

「交易都市クレルは平原から逃げ延びた獣人も多いが、地上を制圧する遠征軍の到着までにいったい何体の獣人が逃げると思う。貴官はよもや陛下の勅命に反し、獣人の逃避行に手を貸すつもりか?」

「―――っ。そ、そのようなことは」

「では、遠征軍の動きに合わせる必要があるだろう」


 ババリアとの激論の末、ミントは非礼を詫び出発準備に戻った。ミントが引き下がったのであれば、他の騎士たちもこれ以上言えることは何もなかった。







 ♢

【ウォーティア王国/交易都市クレル/同日】


 交易都市クレルを取り囲む巨大な城壁の上で、上空を監視していた駝鳥(だちょう)種の兵士はスラ王国の空軍部隊〝黒炎大隊〟の接近を視認した。


 兵士の名前はリーチ。スラ王国に故郷を追われた難民の一人で、弟ビンゴと一緒に陸軍の非正規兵として雇用されていた。駝鳥(だちょう)種の視力は人間の兵士より格段に優れ、40m先の蟻ですら視認できる個体もいる。その能力を認められ、リーチは交易都市クレルに、弟のビンゴは前線〝西の砦〟に見張りとして配属されている。


「敵襲、敵襲!西の空に竜の大群」


 リーチの報告を受け、城壁の大型弩砲バリスタに槍が装てんされ、領軍魔法師による対空迎撃の準備が急遽行われる。併せて、竜騎隊所属の飛竜部隊14騎が迎撃のためクレル城敷地内の兵舎から出撃した。


 しかし、結果はウォーティア側の惨敗。敵部隊による交易都市クレル攻撃も危惧されたが、幸いなことに敵はそのまま進路を西に向け、クレルからは遠ざかっていた。


 空戦がスラ王国の大勝に終わった後、領主マニーア・クレルを筆頭に、騎士団長バッハ、商工官メディス、財務官サンドは敵への対応を話し合っていた。


「状況は?」


 マニーアの問いに苦悶の表情を浮かべる騎士団長バッハ。領軍の将は領主であるマニーアだが、実質的な指揮は騎士団長であるバッハが執っている。状況は最悪だった。


「敵が奇襲を。我が方は敵の動きへの対応が遅れ、駐留していた竜騎隊15騎のうち14騎が出撃しましたが……戻ったものはいません」

「まさか。14騎の飛竜が全滅だなんて」

「敵は炎竜です。格が違いすぎます」

「そうね。でもクレル(ここ)を攻撃しなかったのが腑に落ちないわ」

「威力偵察だったのでは?いくら炎竜とはいえ、クレル《ここ》の攻略には及び腰だったのかもしれませんね」


 バッハの楽観的な考えに、マニーアは黙り込む。本当にそうであれば良いのだが、と。そこに、2人の会話を聞いていた商工官メディスが、顎髭を撫でながら「うーむ」と唸り声を上げた。


「敵は協定を無視し、しかも、宣戦布告なしに攻めてくるとは。少しばかり、常識を疑いますな」

「スラ王国のやりそうなことです。モルガニア戦争のときも一方的に攻め込んでから、降伏勧告を行っていますから」


 メディスの言葉に、そう返したバッハ。彼の脳裏に過去の戦争の記憶が蘇る。彼はかつてモルガニア戦争でスラ王国軍と矛を交え、和平が結ばれた際にウォーティア王国側代表団の末席に座っていた。


 彼の国は一度も事前に宣戦布告を行ったことがない。最初は国家を持たない獣人種への攻撃だったためかと思われたが、それは北東諸国への侵攻時も同様だった。


 隣国モルガニアへ攻め入ったときも、王都モルガン近郊の町を制圧した後になって、初めて降伏勧告を行っている。従わなければ戦争を続ける、従えば王家の命は保障しよう、と。結果的にモルガニアはウォーティアと共に最後まで戦ったが、スラ側は和平の席で「当時の降伏勧告をもって宣戦布告を行ったのだ」とウォーティア側に発言している。


「つまり、ここを落としてから、スラ王国は宣戦布告……もとい、降伏勧告を王政府にするということかしら?」

「ええ。少なくとも彼らはそう考えているでしょう」

「我が方の配置は?」

「ここクレルに領軍1000、陸軍2000。そして前線〝西の砦〟に領軍2000、陸軍3000。合計8000の兵力を配置しています。竜騎隊15騎の内、14騎は先の戦闘で失いました」

「……航空戦力を削いだと言うことは、陸軍部隊も侵攻を開始するのでしょうね」


 マニーアの言葉に、バッハは頷く。


「厳しい戦いになります」

「……飛竜が1騎残っているわよね?」

「ええ。伝令のため待機して貰っています」

「王都に現状の報告を。スラ王国軍の奇襲でクレルの航空戦力は壊滅し、地上部隊による総攻撃が始まるかもしれない、と」

「はっ。ところで、領民にこのことは?」


 バッハが尋ねると、室内の耳目がマニーアに集まった。マニーアは深い溜息の後、苦し気に言葉を絞り出す。


「竜騎隊が敵飛竜隊を撃退したと、そう喧伝してくれる?」

「よろしいのですか?本当のことを伝えなくても」

「無用な混乱を呼ぶだけよ。幸い、まだ敵本隊が動いたという報告はない。もうしばらくは猶予があるはずよ」


 しかし、マニーアは知らなかった。既に約10万に及ぶスラ王国の東方遠征軍が国境線を越え、西の砦で戦闘が始まっていることを。

最後までありがとうございます。

コメント、評価をいただけると励みになります。

次回、「14.砦の戦いⅠ」9月12日(日)21:00頃投稿予定。


【登場人物】

<スラ王国>

●ゴードン・ババリア

空軍所属、黒炎大隊の大隊長。

●ミント

黒炎大隊副官、第1中隊長


<ウォーティア王国>

●マニーア・クレル

クレル爵領領主、爵領軍将軍、銀髪

●バッハ

騎士団長、準三等爵、短く刈り揃えられた銀髪、マニーアの縁戚

●サンド

財務官、準三等爵

●メディス

商工官、準三等爵、大柄の男


【スラ王国側】

●東方遠征軍

陸軍を中心に構成、約10万

●空軍

黒炎大隊、炎竜21騎


【ウォーティア王国側】

●交易都市クレル

陸軍2000、爵領軍1000(計3000)

●西の砦

陸軍3000、爵領軍2000(計5000)

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 >炎竜・飛竜 異世界らしい竜を航空戦力として登場させるのはこの話のなかで緊迫感が出てくるイメージを持ちます。両者には明確な戦力差がある点を見ると戦術思想でも隔たりがある…
[一言] 更新お疲れ様です。 進展していく事態・・・・ 未だ日本(のトップ)は楽観視(><) (現実でも法律の壁もあり、アフガンからの邦人避難は殆ど成果ないまま終了(><)) いよいよ侵攻軍がひた…
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