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異世界列島  作者: 黒酢
第3.0章:激動の章―Violent Change
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12.戦火の足音

(前回まで)

転移から1年以上が経過した。外地法の改正も追い風となり、10月時点で約3000の邦人がウォーティア王国に渡航し、また、東岸地域唯一の町である夢国市の人口も5万を超えた。そして、東岸地域から、念願だった石油とリンが日本本国へと運ばれた。

 ♢

【中央大陸/旧モルガニア/王都モルガン/中央市場/10月上旬】


 石油生産、開始の報に日本中が歓喜している頃、モルガニアの王都モルガンにある中央市場では、スラ王国軍の兵士が露店の巡回を行っていた。


 兵士を見るや否や、居合わせたモルガニア人は皆、一様に目を逸らす。もし、目が合ってしまったら何を言われるか、何をされるか分かったものではない。占領下に置かれた敗戦国の悲哀がそこにはあった。


 足早に通り過ぎていくモルガニア人たちを尻目に、我が物顔で市場を練り歩く兵士たち。そのとき、指揮官クラスと思しき騎士の男が足を止めた。


「おい。そこのお前」


 視線の先にはぼろ雑巾のようなフードを目深く被った少女が、汚れた固パンを一つ大切そうに抱えて立ち竦んでいる。


「は、はい」


 少女は身を固くして、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「フードを取って顔を見せろ」

「え……」


 騎士の命令に、しかし、少女は動くことができなかった。騎士は控えていた部下の兵士に命じ、少女のフードを無理やり引き剥がす。


「だ、だめ」


 少女の抵抗空しく、フードは簡単に引き剥がされる。その勢いで、少女は尻もちを付き、持っていた固パンはころころと騎士の足元に転がった。少女の頭には小さな黒い耳が二つ。頬には三本の髭が生えている。


「獣人だ。ひっ捕らえろ」

「やめて、誰か助けて!」


 騎士の命令で大柄の兵士が2人がかりで少女を取り押さえる。猫人族の少女は必死に助けを求めるも、支配者に逆らえる者などいない。それどころか、一部始終を目撃していた市民たちの口からは、「獣人だ」「汚らわしい」と少女を蔑む声が聞えた。


 騎士は汚物を見るような目で少女を一瞥し、そして、少女が大切そうに持っていた固パンを軍靴で踏み潰す。それは少女の久しぶりの食事だったが、今となってはどうでもいいことだ。少女は騒ぎを聴き応援に駆け付けた兵士に連れていかれた。西方の物好きな貴族の慰み者か、軍人相手の使い捨てか。どちらにしても彼女を待ち受ける運命は過酷なものだ。


「いいか。善良なモルガニア人の信徒よ。やつら獣人は神敵。神敵を見つけたら必ず報告せよ。そして啓蒙すべき異教徒も報告せよ。これは全人類の責務である」


 その場に居合わせた民衆は、騎士の演説に拍手を送った。彼らは決してモルガニア人としての誇りや文化を忘れた訳ではない。ましてや、過酷な支配を行うスラ王国を受け入れている訳でもない。彼らはただ、自分たちより格下の存在として扱われる獣人を見て、「自分たちは獣人よりはマシだ」という偽りの優越感に浸っているだけだ。


 もちろん、一部の兵士が略奪や強姦に手を染めることはあるし、ヒト種の市民が傷害や殺人事件に巻き込まれることもある。しかし、スラ王国軍が組織としてそれらの非道を行うことは、少なくとも占領地となったモルガニアではなかった。特に、聖教徒となったヒト種を虐殺したり、奴隷にしたりすることには、戦争行為に加担している聖教会も批判的だ。


 そう言う意味で改宗を許されているヒト種は恵まれていた。それに比べて獣人種は不幸だ。彼らは啓蒙の対象ではなく、経典に記された神敵「悪魔の先兵」なのだから。無論、改宗をすることは許されない。獣人種はどんな暴虐を働かれても、それを咎めたり止めたりする者はいないのだ。


 その後、騎士は部下の兵士を引き連れて、この国一番の商会である〝プットラー商会〟に足を運んだ。プットラー商会は石造りの3階建ての建物で、1階は店舗、2階から上は事務所兼住居として使われている。


 カランカラン―――。


「いらっしゃいま……せ」

「失礼する」


 騎士はカツカツと威圧的に軍靴を鳴らしながら店の奥へと進んだ。


「店主は居るか?」

「は、はい。ただいま」


 店番をしていた青年はそう言い残すと、店の奥へと消えていく。「てんしゅー、てんしゅー」と叫ぶ青年。しばらくして、店の2階から小太りの中年男性が腹を揺らして降りて来た。男は少しの移動にも拘らず、大粒の汗を垂らしている。


「プットラー商会の会頭コルク・プットラーでございます」


 旧イース帝国に端を発する北東諸国家や西方と北東の境界にあるスラ王国では、多くの平民は家名を持っていない。しかし、有力な商人や地主など、貴族に準じる財や才を持つ者は、王侯貴族から特別に家名を名乗ることを許されている。プットラー家はそんな名家の一つで、かつてはモルガニア王室の御用商会として巨万の富を築いた。国王夫妻が処刑され王家が塵散りになった今、当時の栄光には陰りが見えてはいるものの、依然として大きな商会であることは確かであった。


「プットラー殿、貴殿の商会は肉、酒、そして穀物も扱っているな?」

「え、ええ。肉、酒、小麦に骨董品から奴隷まで。なんでも扱っております」

「喜べ。軍は貴殿の商会から食糧を徴発することにした」


 騎士の言葉にプットラーは動揺したが、被占領国の国民としては受け入れざるを得ない。幸いなことに、その騎士は軍用手票をプットラーに握らせた。市場価格からすれば雀の涙だが、無償で供出を命じられるよりはまだましだ。このとき、東方遠征軍が駐留するモルガニア全土で、同様の徴発が相次いで行われていた。







 ♢

【日本国/東京都/千代田区/永田町/総理官邸/10月中旬】


「どういうことだ!」


 岩橋防衛相は鬼の形相で牧田総理に詰め寄ると、怒りに任せて両手を机に叩きつけた。岩橋の圧に気圧された牧田は、ビクリと身体を震わせる。無意識のうちに少しでも岩橋から逃れようとしたのか、彼の身体が椅子の背もたれに沈んだ。


「そ、そう言われましても……」


 冷や汗をかく牧田に、岩橋はさらに語気を荒くする。


「なぜ退去勧告をださない!」

「た、退去勧告だなんていくらなんでも」

「スラ王国軍がモルガニアで食糧の徴発を行っているんだぞ?!軍事行動の前兆かもしれんだろうが!」


 岩橋の言葉に牧田は首を竦めた。


 旧モルガニア王国の全土で、東方遠征軍が物資の徴発を行っている。その一報が岩橋の下に届いたのは昨日のことだった。それはモルガン潜入中の特殊作戦群からの情報であり、また、相馬率いる現地調整隊の翻訳でも確からしいと認められた信憑性の高い情報だ。


 東岸経由で報告を受けた岩橋はすぐに、牧田を始めとする関係閣僚にも情報を共有した。ウォーティア王国とスラ王国の間には1年半前に和平が結ばれているとはいえ、両国の軍は交易都市クレル近郊で対峙している。国交樹立後のウォーティア王国には多くの日本人が渡航しており、交易都市クレルにも約300人の邦人が滞在している。


「情報を疑っている訳では……でも、軍事演習の可能性もあるのではないですか。ええ」

「もちろん、その可能性はある。だが、ここまで大規模にやってるんだ。軍事行動の可能性の方が現実的だろう?」

「か、仮にそうだとしてもですよ?ウォーティアとは限らないのでは。例えば、獣人居留地かラデン油田の可能せ―――」


 牧田の思い付きで出た言葉に、岩橋は呆れる。


「ラデン油田は日本領だぞ?!それこそ大問題だろうが」


 日本最大の油田であるラデン油田は日本国領東岸地域の果てにある。転移前の日本国内の石油消費量のおよそ20~30年分の埋蔵量を誇ると目されていた。この油田はいわば日本の生命線であり、ここを他国に占領されることは日本の滅亡に直結する。


 もちろん、日本国内では獣人居留地(中央平原)への侵攻そのものも問題視されてはいる。しかし、政府としては当該地域での出来事には目を瞑ってきた。食糧や資源の不足など列島転移災害の傷跡が残る中で、下手に介入するべきではないとの判断からだ。まして、中央平原の獣人諸民族は国家の体裁を整えておらず軍事的な介入をすれば新たな混乱を招きかねない。


 一方、ウォーティア王国は一貫して獣人の難民を受け入れていた。そこで、国交樹立後、日本政府はウォーティア王国に在留する難民への支援策として、難民キャンプ設営や医師団派遣、またウォーティア王国政府に対する金銭支援を行っている。


 岩橋に詰められた牧田は、しかし、それでもあれこれと理由を並べて首を縦には振らなかった。


「お、王国への投資で経済は動き始めていますし。そ、それにあの肥沃な大地を日本の食糧基地にする計画も水の泡。戦争が起こると決まった訳じゃないのに、退去勧告なんてだせばこの世界での立場、それにもうすぐ行われる11月の選挙にどんな影響があるか……」

「……」


 長い物に巻かれろ。がモットーの男、牧田。裏から操りやすい上に、野党受けが良いという点を買われ、総理の椅子に座った小物。そんな男が、まさか自政党第二派閥のトップの言葉に、意地でも首を縦に振らないとは。


 岩橋は驚きに目を見開く。先ほどまでの怒りや呆れはすっかり消え去り、驚きの感情だけが岩橋の心中を支配した。なぜだ?岩橋はそこで重大な事実に気が付く。


「(……確かこいつを総理に推薦したのは)」

「い、岩橋さん?」

「くそ!あの眼鏡野郎!」

「ひっ?!」


 岩橋は突如として叫び声をあげると、ツカツカと大股歩きで執務室を後にした。

最後までありがとうございます。

ブクマ、感想、評価、レビュー等いただけましたら励みになります!


(次回)

「13.炎竜襲来」9月4日(土)投稿予定!!

 次回もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 帰ってきて嬉しい限りです… 現実がお忙しい事と思いますが、これからも活動楽しんで続けていただければ何よりです。
[一言] 些細な点ですが・・・ 「騎士の命令で大柄の兵士が2人がかりで少女を取り押さえる。猫人族の少女は必死に助けを求めるも、被支配者に逆らえる者などいない」 被支配者で無くて支配者、と思う。
[気になる点] 77話まで読んで、一度もスッキリさせてもらえない展開。 [一言] そのうちにスッキリさせてもらえると思って読んでいるが、なかなかそうはならない。 最初の紹介文でなかなかすっきりしない…
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