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異世界列島  作者: 黒酢
第3.0章:激動の章―Violent Change
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11.日の丸油田

前回までのあらすじ

ウォーティア王国に対する政府開発援助(ODA)が本格化し、多くの日本人が彼の地へと渡った。政府は、港町ポーティア・王都ウォレム間に道路を敷設。穀倉地帯に現代式の大規模農業を展開。大湖に面したコルの町の開発。これらを通じて、日本向けの食糧と大陸への足掛かりを得ようとしていた。また、この事業の影響で国内経済はゆっくりと確実に、回復を始めている。

 ♢

【日本国/東岸地域/開拓都市 夢国市/東岸開拓局/10月上旬】


 陸自の東岸駐屯地と海自の東岸基地のすぐそばに、東岸地域唯一の町である開拓都市 夢国(ゆめくに)市は広がっている。夢国市という名前は国民の公募によって決められた。


 その町の一画に東岸開拓局の庁舎がある。東岸開拓局は内閣府の外局で、東岸地域の開拓と行政を一手に引き受けている。そんな庁舎の2階に設けられた局長室の窓から、一人の男が感慨深げに外の景色を眺めていた。庁舎といっても仮設、2階建てのプレハブ庁舎だが。


 男は狭間(はざま)信二(しんじ)、55歳。約一年前まで総務省で自治行政局長を務めていたが、東岸地域が正式に日本国領として編入された折、新設されたこの東岸開拓局に局長の立場で出向を命じられた。開拓局は現場で開拓の指揮を執るとともに、この地域を統治し住民に福祉サービスを提供するいわば市役所としての性格も兼ねている。


「この町も一年で随分と様変わりしたものだ」


 狭間が着任したとき、町にはこの仮設庁舎と無駄に整備された真新しい道路しかなかった。都市どころか町、いや村というのもおこがましい程に何もない台地を見て狭間は一言、「これは左遷か?」と共に赴任した職員に呟いたという。


 そう思うのも当然と言えば当然で、実際、狭間と同じように各自治体から出向してきた職員も、仮設庁舎を一目見て一様に左遷を疑ったらしい。


 しかし、それから一月、二月と経つにつれ、大手商社や資源採掘企業、研究機関等が庁舎周辺に拠点を構え始めた。さらに庁舎敷地内に、独立店舗型の職員生協本店がオープン。生協を通じて入荷される本国の物資を、直接購入できるようになった。


 更に、外地対策基本法(新法)が施行され民間にも東岸地域への渡航の門戸が開かれると、状況は一変した。恒久的な使用を前提とした鉄筋コンクリート製のビル建設が市内の各所で始まり、石油等の資源採掘のために多くの労働者が本国から流入した。そして彼らの購買力を目当てに、大手外食チェーンや個人居酒屋等の飲食店、パチンコやカラオケ等の娯楽施設、書店や雑貨屋など。多種多様な業種がこの町に進出し始めている。


「もはや、この町の人口は5万を超えた。市を名乗るのに不足はない」


 挟間はそう言って椅子に腰を下ろした。夢国市は「東岸地域開拓振興法」の規定により人口に関わりなく当初から市を名乗ってはいるが、通常、市の要件は人口5万人以上と言われている。


 現在は前述のとおり東岸開発局という内閣府の外局が市政を担っており、局長である狭間が市長を兼務する形になってはいるが、民選の市長もいなければ市議会もない。そのため地方自治法上の市には該当しない、政府直轄地という扱いになっている。


 仕事に戻ろうと狭間がペンを持ったとき、秘書室の女性職員が部屋に入ってきた。


「局長、失礼いたします。お客様が見えられました」

「もうそんな時間か。通してくれ」


 狭間の指示に秘書はペコリと一礼し、三人の男女を招き入れる。40代くらいの男を筆頭に、30代くらいの女、20代くらいの男と続いた。


「遠路はるばる、ようこそ。元気そうで安心したよ、一之瀬くん」

「お久しぶりです。狭間さんこそ御壮健で何よりです」


 一之瀬と呼ばれた40代くらいの男は、狭間と固い握手を交わした。一之瀬は経済産業省に新設された大陸開発課で課長を務めている。二人は3年前、総務省と経済産業省の「地方への産業立地推進」合同プロジェクトに参加しており、互いに親交があった。


「こちらの生活はどうですか?」

「いやあ、もうすっかり慣れたよ。最初こそは大変だったけど、最近じゃ見慣れた店も増えて便利になってきたからね」

「ここに来るまでに町を見学しましたが、マクボナルボまであったのには驚きましたよ」

「ポテトが好きでたまに行くが、本国と同じものがあるのは嬉しいことだね」


 しばらく近況報告や雑談を交した後、一之瀬は本題を切り出した。


「今日私たちが伺ったのは、例のプロジェクトの進捗の件でして」

「ああ。資源開発と本国向けの輸送の件か。ちょっと待ってくれ」


 狭間はそう言って、秘書室を覗いた。


「すまない。資源開発部長と建設部長を呼んでくれ」


 しばらくして、二人の職員が入室した。一人は大柄で筋肉質の男、もう一人は小柄で痩せ型の男。


「こっちの大柄の彼が資源開発部長。こっちの小柄な彼が建設部長」

「東岸開拓局 資源開発部長の亀塚(かめづか)です」

「同じく、建設部長の本田(ほんだ)です」


 そう言って、凸凹コンビの二人が頭を下げると、一之瀬たちも挨拶とともに頭を下げた。そして、本題に戻る。


「石油生産の件ですが、進捗はどんな感じですか?」

「採掘施設、製油施設等、すべて完成済みです」

「ほ、本当ですか?!」


 資源開発部長である亀塚の言葉に、一之瀬は身を乗り出す。製油施設まで完成したとなれば、後は輸送するだけだ。一之瀬の興奮冷めやらぬ様子に、建設部長の本田がにこやかに話を進める。


「油田地帯から近場の海岸まで最短でおよそ300km。福岡・鹿児島間の距離に相当しますが、つい先日、パイプラインの敷設が完了しました」


 本田はそう言って地図を広げた。本田が言う海岸は、開拓都市 夢国市から約200㎞ほど北西にあるモア湾(ウォーティア王国の使用する呼称を採用)のほぼ中央部にある。そこから油田地帯までは少しだけ距離があった。


「ほう、なかなかの距離ですね。これだけの工事をよくこの短期間で」


 感心する一之瀬に、本田は苦笑を浮かべる。正直、本田も、これほどの大事業をこの短期間で終わらせた経験はなかった。


 政府は建設国債の発行などを通じて獲得した大量の予算をこの事業に配分し、大手から中堅までのあらゆる建設業者に発注を掛けた。その結果、工期約180日という短期間で、パイプラインの完成に漕ぎ着けたのだ。しかし、本田は少しだけ浮かない顔をしている。


「本田部長?何か心配事でも?」

「いえ……油田地帯と海岸の間にはまだ魔物が生息していまして、自衛隊に定期的に駆除をしてもらっている状況でして。それが少し心配と言えば心配ですね」

「魔物……それは厄介ですね。このパイプは日本の生命線。何が何でも守らなければ」


 その後、話はリン鉱石の採掘に移る。


「リン鉱床については、米領との国境沿い、ニュー・ポトマック川下流付近に広く分布しています」


 資源開発部長・亀塚の説明に、一之瀬は記憶を呼び起こす。確か、リン鉱石からは工業原料として使用されるリンを採取できるはずだ。そしてこのリンという物質は化学肥料の原料としての用途が大きい。


 リン鉱石の採掘ができなければ最悪、近い内に深刻な食糧危機が訪れると言われている。確認するとどうやら一之瀬の記憶は正しかったらしい。亀塚は「さすがですね」と持ち上げた。


「たまたまですよ。経産省でも話題に上がっていますので」


 と言いながらも、一之瀬は満更でもない様子で笑った。ちなみに、リン鉱床にはその成因によって3つの種類があり、国内にあったものとしてはグアノ鉱床と呼ばれる鳥の糞でできた鉱床が有名だ。一方、東岸地域の鉱床は化石質鉱床と呼ばれる種類のもので、比較的大規模な鉱床になる。


「それで採掘の方の進捗は?」

「こちらも順調です。市内の施設では既にリン鉱石からリンの採取まで行っています。許可さえ下りれば、本国に輸送できる段階です」

「それは助かります!手続きを急ぐよう、本省には伝えておきます」


 一之瀬は部下にメモを取るよう促し、話を鉄鉱石の採掘に移した。


「鉄鉱石については?」

「東岸地域西部の荒野に分布する鉄鉱山から、試掘を行っているところです」

「こちらは試掘の段階ですか?」


 一之瀬の疑問に、亀塚は首を縦に振る。


「鉄は石油やリンほど緊急を要しないので、どうしても後回しに」


 鉄鉱石は石灰石、石炭を用いることで、工業に欠かせない鉄を生成することができる。鉄は石油に次ぐ貿易上重要な資源だ。しかし、鉄に関しては都市鉱山の活用によりなんとか国内消費分を賄えており、備蓄が底を尽き欠けている石油や、既に不足しているリンに比べれば優先順位は低い。


 亀塚の説明に納得した一之瀬は、それ以上なにも言うことはなかった。こうして進捗打合せは無事に終了する。その後、一之瀬たち経産省の面々は狭間たちに連れられ、町の居酒屋に繰り出し語り明かしたとか。


 翌日、一之瀬たちは現地を視察するため、町に隣接する東岸駐屯地から陸自の回転翼輸送機CH-47JA(チヌーク)に乗り込んだ。


『上空から見ると、開発区域が一目で分かりますね!』


 興奮気味に語る一之瀬に、狭間は苦笑する。今回の視察には、一之瀬の部下2人に加え、亀塚、本田、狭間が同行した。


 確かに上空から見ると、モア湾から内陸に一直線に伸びる茶色の大地が見える。その周囲は深い緑に覆われていることからここが元々密林で、それを切り開いて施設を建設したことが一目で分かった。


 しばらく、飛行を続けると、機体は密林を抜ける。目に飛び込んでくるのは、赤茶けた荒野。さっきまでの景色がまるで嘘のように、殺風景な大地が広がっていた。


『ここが日本国唯一の荒野、ラデン荒野。ラデンという名は、モア湾と同じくウォーティア王国の呼称をそのまま採用している』


 狭間の説明に、一之瀬はふんふんと頷く。


『名前を付けるぐらいなのに、領有を主張しなかったのは不思議ですね』

『地下を掘って出るのは水ではなく油。作物も育たないこの土地に興味がなかったのだろう。鉄は王国内でも採掘されているようだしね』

『なるほど……我々には宝の山にしか見えませんが』


 そうこう話しているうちに、鉄の塊が目に飛び込んできた。鉄の塊はよく見ると、何本もの鉄骨に支えられた煙突で、無骨な美を放っている。煙突の先からは真っ赤な炎がメラメラと揺れ、黒い煙が立ち上る。


『あれが?』

『ああ。これが我が国最大の油田、ラデン油田だ。地下埋蔵量は国内の年間消費量の約20~30年分と言われてる。パイプラインだけは国有だが、採掘施設や精油施設なんかは民間が所有のはずだよ。そうだよね?亀塚さん』


 話を振られた亀塚は、首を縦に振った。


『ええ。日本企業は海外でノウハウを積んでいますので。下手に行政が首を突っ込むより、のびのびやらせた方が上手くいくんですよ』


 日の丸油田、ラデン油田で生産された石油の第一便は、一之瀬たちの視察から約10日後にタンカーによって本国へと輸送された。また、不足しているリンについても、10月末には本国へと輸送される手続きが整った。

最後までありがとうございます。

ブクマ、コメント、評価をお願いいたします。


次回

12.戦火の足音(仮称)

8月28日(土)更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ウォーティア王国は石油を使ったりはしなかったようですね。かつての地球古代中国とかメソポタミアでは燃料とか照明用の油、ミイラの防腐剤にアスファルトを使ったりとか接着剤とかにも使っていまし…
感想一覧
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