09.列島探訪Ⅱ
(前回までのあらすじ)
外地法を廃止し外地基本法を制定した国会。新法下では自衛隊の活動に大きな制約が設けられることになる。一方、ウォーティア王国の国王モードは初めて日本の地に足を運ぶことになった。
※更新が遅れまして申し訳ありません。
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【日本国/福岡市博多区/博多港/6月上旬】
博多港はかつて、釜山や上海などの諸都市と九州とを結ぶ重要な結節点であった。そして今、博多港は異世界と日本を結ぶ海の玄関口として、全国から注目されていた。
『たった今、ウォーティア王国のモード国王を乗せた豪華客船〝白鳳Ⅱ〟が博多港国際フェリーターミナルに接岸しました』
マイクを手に持った記者の声が、中継機材を通じて日本全国に届く。
『この度の国王訪問は、先のポーティアの悲劇で亡くなった藤原前総理の弔問と、先延ばしとなっていた両国間の条約の調印が目的とみられます』
記者も報道に力が入る。
政治の世界で不干渉主義派が台頭しているという事実は、つまり、国民の間でも不干渉主義派が勢力を増していることを意味していた。
―――ウォーティアの王様?異世界の覇権争いに日本を巻き込むのはやめて欲しいね(10代・無党派層)
―――日本はこの世界に干渉すべきではありません。平和が一番よ(30代・民政党支持)
―――今は自衛隊を含め東岸地域に国力を総動員すべきときだ。東岸には鉄もあるし石油だってある(50代・自政党支持)
右派、左派、無党派層。その理由は様々だが、向いている方向は皆同じだ。自分の生活が優先、内政に力を入れて欲しい。他国に構うべきじゃない。と。
一方、豪華客船〝白鳳Ⅱ〟に乗り来日した国王モード。彼はこの船旅を通して日本の文明が数歩先どころか、何万歩も先を行っていることを痛感していた。
以下、モード・ル・ウォーティアの手記より引用。
朕は海洋を越える船旅がどのようなものになろうかと、心配さえしていた。しかしそれは杞憂であった。
ニホン国の誇る文明は我が国の、いや、おおよそこの世界の文明が到達し得ない遥かな高みにあると確信した。まだニホン国に到達すらしていない状況で。
朕の乗せられた船は、船とは何かと問いたくなるような巨大なものであった。最初、朕がそれをみたときは白亜の壁かと思ったが、それが船だと聞いたときは大層驚いた。
さらに一歩内部に足を踏み入れると、そこは王城に勝るとも劣らない豪華絢爛な世界が広がっていた。
そして着いたのはハカタという街……。地方都市の中では大きな都市だとは聞いてはいたが、あれは王都を遥かに凌駕する大都会であった。
港から駅へと向かう道中、竜も馬も使わない不思議な車の中から見た光景を朕は生涯忘れることはないだろう。摩天楼というのが相応しい光景を忘れられようか。
更に朕の驚きは続いた。ハカタ駅からこの国の首都へは凡そ一〇〇〇キルも離れていると言う。昼過ぎに駅を出発したにも関わらず、シンカンセンという乗り物は目にも留まらぬ速さで地を駆け抜け、まだ日の沈まぬ内に首都トウキョーについたのだ。駅には駅馬車という庶民の乗り物しかないと思っていた朕にとって、それは大きな驚きであった。
そしてこのトウキョーは、ハカタとは比較することが出来ない位相の都市である。いや、ここまで来ると都市とは何か?と問いたくなる。これが都市なら王都ウォレムは田舎町……いや、人里離れた山奥の寒村だ。
よもや人の手によってこれ程のものが作れるのだろうか。ここは神代の時代に築かれた神々の都なのではなかろうか。そう朕は思わざるを得なかった。
「……ふう。やはり記録は残しておくのが良かろう。でなければ全て夢か幻だったのではと思ってしまいそうだ」
そう言って国王は伸びをした。驚きすぎて疲れた体に、この親近感の湧く造りはなんとも落ち着く。しかし、ここもまた相当な金が掛けられているのだろうと思った。
ここは東京都港区赤坂にある赤坂迎賓館。その一室である。
迎賓館は国賓などの接遇の為に用いられる宮殿で、日本には他に京都迎賓館が存在する。余談だが、赤坂が洋風なのに対し、京都のそれは和風である。
「しかし、ニホン政府は歓迎してはいるが、国民は皆歓迎……という訳ではないようであるな」
国王はそう独白し、溜息を吐いた。ニホン国はミンシュシュギを採用していると聞いている。そうであれば、政府も世論の動向を無視はできまいと、国王は理解していた。
「すべては明日だ。二ホン国とはどうあっても友好関係を築かねばならぬ」
国王はそう言って、用意された寝室へと向かった。明日は首脳会談、当日である。
♢
【日本国/東京都千代田区/永田町/総理官邸/翌日】
日本の政治の中枢、永田町の一等地に建つ地下1階、地上5階建ての建物、総理官邸。総理が執務を行うためのその建物は、時として外国要人との会談の席にも用いられる。
そして今日、ウォーティアの国王モードはこの世界の首脳で初めてここに足を踏み入れた。ポーティア港から直送した御料車が正面玄関に到着する。
その黒塗りのボディに映える金の国章が、この車が国王専用であることを主張している。王室保有の竜車は複数あれど、この車には例え王族であっても乗ることは許されない。
竜が牽くという乗り物を一目見ようと、沿道には多くの観衆が詰めかけた。彼らが撮った写真や動画は、ハッシュタグと共に瞬く間に拡散され、日本中の人々にここが異世界なのだという事実を再認識させた。
「ようこそ日本へ、国王陛下」
竜車から降りた国王モードを迎えたのは、牧田総理の歓迎の言葉。
「マキタ殿。お招きいただき光栄です」
今回の訪日団には、モリアン外務卿、ヤード副将軍、ガノフ宮廷魔導官の3名も名を連ねていた。国王らの周囲を固める屈強な近衛騎士団の精鋭たちと共に、日本国の警視庁警備部警備課のSPが、不測の事態を警戒し周囲の動きに目を光らせている。
そしてこの場には通訳として、相馬三等陸尉と城ケ崎三等陸曹の姿もあった。会談等の場に相馬が召集されることが多いのは、現地語を解することができる13名の中で最も階級が高いからである。
現地との交流が増えるに連れ、相馬たち現地調整隊の活動領域は増すばかり。そんな中、政府と防衛省は「現地調整隊の功労を高く評価し特進」を検討中。
「フジワラ殿のことはなんとお悔やみすれば良いか。謝罪してもしきれない」
国王の哀悼の言葉に、牧田は首を振った。
「陛下がお気を病むことではございません」
「しかし、我が国で貴国の宰相が殺害されるなど……本来はあってはならぬことだった」
「そのお気持ちだけで結構ですよ、ええ」
「マキタ殿のお心遣い痛み入る」
二度とあのような失態を犯すまいと、国王は誓う。
なお、南部辺境出身の騎士、ジャック・タイラーはポーティアの悲劇の責任を問われ謹慎中。また、南部辺境貴族とスラ王国との間で怪しい交流が持たれていた事実が明らかとなり、現在、その他の南部辺境出身の騎士や貴族についても秘密裏に捜査が続けられている。
エントランスでの雑談を終え、国王を筆頭とする訪日団は貴賓室へと通される。
「陛下は首脳会談が御座いますので、このままご移動願います」
「うむ、分かった。では、行ってくる」
案内係の言葉に頷いた国王は、意を決して会談に臨む。そんな主君の後ろ姿を、ガノフたち臣下は頼もしく思った。
「ご武運を」
国王が係の男に連れられ部屋を出ると、今度は別の係の男が口を開く。
「モリアン外務卿、ヤード副将軍、ガノフ宮廷魔導官。御三方は時間までこちらでお寛ぎください」
案内係の言葉を聞いたガノフがソファに腰を下ろすと、他の二人も近くのソファに腰を沈めた。ソファの座り心地にガノフは思わず声を出す。
「おふ……なんとも柔らかい座り心地であるな」
「光栄で御座います」
「ところでここの菓子は食べても良いのかの?」
「ご自由にお召し上がりください」
その言葉に目を輝かせるガノフに、ヤード副将軍は眉間に皺を寄せる。
「これ、はしたないぞ。ガル」
「あ?誰がはしたないじゃと?美味いのだから仕方あるまい?」
「自覚もないのか……この老いぼれは」
「な、なんじゃと!もう一回言ってみろ」
始まるいつものやり取りに、モリアン外務卿は苦笑を浮かべる。
案内係の男は引きつる笑顔で「何かありましたらお声掛けください」と言い残し、通訳の城ケ崎三曹を連れて貴賓室から退出した。
一方その頃、4階の特別応接室(トチの木の応接室)では首脳会談が始まっていた。冒頭、報道陣向けの写真撮影が終わると、ここからは首脳と通訳だけの閉ざされた空間になる。
とは言っても、会談の内容については事前に事務方で擦り合わせが行われている。首脳会談の役割とは、双方の国家の意見を主張し、または合意の大枠を決定することにある。細々とした詳細を詰めるのは、やはり事務方の仕事だ。
よきに計らえ~。
そして会談後、日本国総理牧田とウォーティア国王モードは〝日宇基本条約〟に署名した。この条約の要点は以下のとおり。
1、主権平等。
2、相互不可侵。
3、関税率は協議による。
4、東岸地域は日本領土。
5、治外法権。
条約の発効には双方の国内手続きが必要であるためしばらく時間を要するが、兎も角、ようやく二国間関係はスタートラインに立ったのである。
このうち、治外法権については片務的なもので、王国内で日本人が被疑者になる事案が発生した場合には日本の警察権と司法権が優先される……という内容になっている。
片務的なのでもちろん、日本国内でウォーティア人が被疑者となっても警察権と司法権は日本が行使する。つまりは、不平等条約と言って差し支えない。が、権力者によって法理が歪められるこの世界で、日本人の生命と財産を保護するためには必要不可欠な要件でもあった。
王国がこの要求を飲んだのは他でもなく、スラ王国に対する日本の役割を期待してのものだろう。
そこで、併せて〝日宇防衛支援協定〟の調印も行われた。
外地基本法の要請により同協定は相互の「後方支援」「武器等防護」を明記するに留められたものの、スラ王国の脅威に対し連携できる国家が無かったウォーティアにとっては大きな成果となった。
特に、先進的な輸送能力を持つ日本の後方支援は、来るべきスラ王国との開戦で重要な役割を担うだろう。とモルドは確信していた。問題は日本からどこまでの軍事技術の支援があるかだが、そこに関してはまだ詰められていない。
また、武器等防護に関しては、「ウォーティア王国の要請があれば平時から、自衛隊が王国軍の武器等を護衛することが可能」となる。この武器等について政府は後日、「艦船や軍用車から、所謂、槍等の個人携行武器までを含む」との見解を表明している。
そしてこれら条約への調印後に行われた共同記者会見において、牧田総理は〝大陸政策指針〟を発表した。日本は今後5年間で10兆円規模の政府開発援助(ODA)をウォーティアに提供することが決まった。
その日の午後。
訪日団一行は、日本の中心に足を運んだ。場所は千代田区。
「ここが二ホン国の宮殿であるか!!」
興奮気味に叫ぶガノフに、しかし、今回ばかりはヤードも苦言を呈することはしなかった。
「なんとも、荘厳で趣深い場所だろうか」
「ええ。豪華絢爛とは言えませんが、歴史の重みと気品を感じます」
ヤードとモリアンもそう称える。
皇歴にして二六○○年余り(もちろん、学術的には賛否があるが)、考証がなされている飛鳥時代頃から数えても一五○○年以上の歴史を有する血統。国王や貴族だからこそ分かるその言葉の重みに、生唾を飲み込む。
「我が王室とはまるで格が違う。その皇帝を前にして、朕は何を感じるであろうな」
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【日本国/東京都港区/グランドホテルニュー高輪/翌日】
故藤原前総理の合同葬が港区のグランドホテルニュー高輪で執り行われた。藤原には没後、従一位大勲位菊花章頸飾が授与されている。
藤原の葬儀を巡っては、国葬で。という声も自政党内外から出たものの、世論の動向を踏まえ内閣と自政党による合同葬という形に収まった。
葬儀には、天皇皇后両陛下をはじめ各界の代表ら数百人が参列し、その中にはウォーティア国王モードを筆頭とする訪日団の姿もあった。
葬儀終了後、モードは報道陣の前で今回の訪日にあたり、故藤原前総理の弔問を大きな目的としていたことを、自らの口で語った。
「ことの全ては朕の責である。ニホン国民には大変申し訳ないと思っている。我が国との友好関係構築に尽力された故フジワラ殿に最大限の敬意と感謝を。遠い異国の地で命を落とした故人のご冥福を心からお祈り申し上げる」
最後までありがとうございました。
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