08.列島探訪Ⅰ
(前回までのあらすじ)
政治の駆け引きで誕生した牧田内閣は、この世界で初めてとなる外国首脳の来日に向け準備を進めていた。一方、大陸では、黒沢大使が東方遠征軍の下に足しげく通っていたが、依然としてスラ国王からの返答はない状況にあった。既に、東方遠征軍首脳部は日本の態度を弱腰だと判断。ウォーティアとの開戦に向け、着々と準備を進めていた。
(次回)09.列島探訪Ⅱ 6月19日(土)更新予定。
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【日本国/東京都/千代田区/国会議事堂/衆議院本会議場/4月下旬】
『賛成多数。よって本案は原案のとおり可決されました』
議長の言葉が衆議院本会議場に響き渡ると、与野党それぞれから拍手が沸き起こる。
ペコペコと周囲に頭を下げる牧田を遠目に、岩橋も苦虫を噛み潰したような形相で手を叩いた。表面上は賛成しつつも、本心では反対していたことがその態度から簡単に読み取れる。
「なんで俺が賛成せにゃならんのか……」
可決されたのは「外地対策基本法案(新法)」。昨年度に施行された「外地調査における自衛隊等の派遣及び民間人の渡航制限に関する特別措置法(旧法)」通称、外地法。その代替となる法案だ。
外地法は、日本を取り巻く世界の状況が分からない中で、地質学・生物学・物理学といった多方面からこの世界の情報を収集し、国家存亡の危機を乗り越えるきっかけとなることを期待された。
結果―――。
石油や鉄、リンといった資源の確保、魔物を始めとする動植物の発見、そして原住民との接触にも成功した。これは揺るぎない事実であり、日本国民にとって大きな希望の灯となったのは間違いない。
一方―――。
この法は、自衛隊に関して無制限の運用を認めている。これは当初、大陸に原住民が存在することを想定していなかったためだが、結果的に、内閣が恣意的に軍事行動を起こせる状況を作りだしていた。
これに対して、民政党を始めとする野党は「憲法9条違反」を掲げ本法の改正を主張した。成立当初とは状況が一変したことで、憲法が規定した「国際紛争を解決する手段としての交戦権」放棄に抵触する状況になったというのだ。
特に、文明の存在を意図的に隠ぺいしていたことが分かると、その主張は一気に勢いを増した。岩橋が総理の椅子を泣く泣く手放した直接の原因となったことでも記憶に新しい。
「これで今日の審議も終いだな」
ぞろぞろと議場を後にする議員たちを尻目に、岩橋はしばらく呆けた顔で本会議場の天井を見上げた。
「何を呆けておるんだ、岩橋」
視界を遮るシミだらけの顔に、岩橋は顔を顰める。そこに居たのは自政党の重鎮の一人、代紋であった。
「……これで良かったのかと思ってな」
岩橋のボヤキに代紋は「はぁ」と溜息を洩らす。
「良かったも何も仕様がなかったじゃないか」
「ああ。手の打ちようが無かった」
岩橋はそう言って立ち上がり、長時間に及んだ審議で凝り固まった首をコキコキと鳴らした。
そもそも、外地法改正は民政党を中心とする議員立法によって発議されようとしていたところ、その動きに焦った自政党と牧田内閣が介入し内閣主導で提出する方向に走ったのだ。
衆参両院は自政党が単独で過半数を押さえている。故に野党による議員立法を否決することなど容易ではあったが、ここまで注目を集めていてはどうにも世間体が悪いし国論の分裂を煽りたくはなかった。
それに自政党内部でも不干渉主義派が台頭していたことも影響した。
不干渉主義派は異世界の宗教対立に巻き込まれることを忌避している。そして不用意な介入が無駄な国力の浪費に繋がると。そもそも、彼らはこの世界の国々と交流を持つことは、とても無意味なことだと考えている。
既に東郷たちを失っている自政党にとって、これ以上の党の分裂は避けたいのが本音。だが、未来を見据えて親日的な国家との関係構築は継続したかった。
その妥協点として岩橋たち党幹部は不干渉主義派の主張を一部受け入れ、自衛隊は「東岸地域の防衛」を主とする方向で法案を纏めた上で、民政党と協議、擦り合わせを行った。
こうして出来上がったのが今回可決された「外地対策基本法案」である。なお、この法案の附則において、旧外地法を廃止する旨も定められている。
旧法との主な改正点は2つ。
一つは、外地に関する基本法である点。旧法では、「調査研究のために自衛隊を派遣する」「民間人の渡航を制限する」とのみ規定していたが、新法ではその枠に留まらず「東岸地域の領有」「自衛隊による防衛義務」「資源開発」等、大陸に関するありとあらゆる項目が追加された。
もう一つは、自衛隊の活動制限。旧法では、無制限に認めていた武器使用と行動範囲を限定し、①主権の範囲内においては無制限の武器使用と活動を認める一方、②第三国が主権を有する領域においては相手国の要請があったときに限り後方支援等の集団的自衛権の行使を認め、③それ以外の地域では調査研究に必要最小限度の武器使用を認めることとなった。
民政党もこの内容を妥協点と考えたのか審議では賛成に回り、また、自政党内の不干渉主義派も不用意な情勢介入に対する保険が得られたことで目立った反発は無かった。
一方、労働党と東郷新党(革新党)はこの法案に反対した。一方は左派、一方は右派。相反する両党が反対したのはそれぞれ異なる理由による。
労働党は集団的自衛権そのものへの反対の立場から。革新党はこの時勢での自衛隊の活動制限は寧ろ危険との立場からであった。
しかし、両党の反対も虚しくこの改正案はあっさりと衆議院を通過し、続く参議院でも可決され成立。翌5月末、施行される運びとなった。
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【中央大陸/ウォーティア王国/港町ポーティア/港湾商業地区/波止場/6月上旬】
大陸で一般に東洋と呼ばれる海洋に面した港町ポーティア。その最東端にある港に、国王を乗せた黒塗りの御料車が、一群の車列を成して到着した。
「着いたか」
国王は御料車の中で一人、呟く。前回この地を訪れたときは大きな悲劇が起こった。
使節団襲撃に続きよもや他国の宰相を……。これ以上、失態を重ねてはニホン国と戦争になるやもしれない。国王は生唾を飲み込む。
しかし、これから日本へと向かうこともまた、一種の戦争であると思い直した。外交とは武力を用いない戦争であるとはよく言ったものだ。それはこの世界でも同様であった。
「陛下。ポーティアの港にございます」
外から響く侍従の声が、国王の視線を港へと誘う。窓に掛けられたカーテンの隙間から外を覗くと、様変わりしたポーティアの港が目に止まった。
「……これがポーティアの港?」
信じられないと、国王は目を見開く。そこには、すっかり姿を変えた波止場……いや、埠頭が広がっていた。
侍従によって開けられた扉から、ゆっくりと地上に足を下ろす。海から吹き付けた潮風が、国王の鼻腔を刺激した。
「三月だぞ?」
「は?」
「以前来たときからたったの三月だ。それでこうも様変わりするのか」
国王は侍従の呆けた声を無視して、独白を続けた。
ポーティアの港はすっかりと姿を変えていたのだから、国王の驚きも無理はない。そこには立派なコンクリート造の岩壁を備えた、日本によくある港湾の姿が広がっていた。
いずれ増えるであろう両国の交流。それを見越した日本の援助によって整備された新しい港が国王一行を迎えたのだ。
「あー、全く凄いものですのぉ」
「ガル……ゴアも一緒か」
背後から掛けられた声に国王が振り向くと、ガル・ガノフ宮廷魔導官とゴア・ヤード副将軍が並び立っていた。
「陛下。ニホンという国は想像以上に文明が進んでいるやも知れませぬな」
ヤードの言葉に国王も深く頷く。
「ああ。このような頑強な港をたったの三月で拵えてしまうのだ。ますます先の失態が悔やまれる」
「左様ですのぉ。ニホンがその気になればこのような港が我が国の海岸を埋め尽くしましょうなぁ」
苦虫を噛み潰したような国王の声に、ガノフが同調を示す。これには普段、ガノフと言い争っているヤードも頷いた。
「ガルの言葉もあながち否定はできませんな、陛下。今回のニホン訪問でなんとか成果を上げなければなりません」
「無論、そのつもりだ。朕はその為に卿らをも使節団に加えたのだからな」
条約締結後に外交使節を日本に送る計画はあったものの、国王が日本を訪問する予定は当初無かった。
しかし、藤原前総理がウォーティア王国の領内で、それも国民の手によって殺められた以上、国王が出向かない訳にはいかない。この度の事件は全て王国の不手際によるものなのだから、国王自らが日本に行くのがせめてもの誠意というものだ。
そして国王が出向くとなると、使節団のメンバーもある程度の役職の者を入れたほうがいい。そういうことになった。
国王モード・ル・ウォーティアを筆頭に、行政府からロイド・モリアン外務卿、宮廷府からガル・ガノフ宮廷魔導官、陸海軍を代表してゴア・ヤード副将軍。
この四人を中心に、外務局や臣民局など各政府機関に勤める官僚が随行する。
「フジワラ殿の弔問も大きな目的の一つ故、少し不謹慎かも知れませんが私は少し楽しみでもあります」
と、ヤードが国王に言うと、隣に立っていたガノフもウンウンと首を縦に振った。
「そうじゃのぉ。儂もニホンには行ってみたいと思っておった。こういった形で行くことになるとは思わなかったがのぅ」
「朕もニホン行きは吝かでもない。ガルの言う通り、このような形でなければ心から喜べたのだがな」
ヤードもガノフも国王も、日本に興味があり行ってみたいと思っていたのは同じだ。どういった形であれ、日本訪問への期待が少なからずあるのは否定できなかった。
「しかし、船旅と聞いておりますが、陛下は海の経験はありましたかな?」
ヤードはそう言って首を捻った。ヤードが把握している限り、国王に船旅の経験は無い筈である。もっとも、国王が他国に赴くこと自体、滅多に無い異例のことではあるのだが。ヤードの疑問に、国王は少しだけ不安そうな表情を浮かべた。
「いや、船旅というのは経験したことがない。そもそも、何処に向かうにも竜車移動が基本であるからな」
「さすれば、此度の船旅は少しハードルが高うございますな……」
この世界の船と言えばガレー船だとか、廻船だとかおおよそ現代の船とは全く乗り心地の異なる船ばかり。特にウォーティア王国はその立地上、海洋に面しているにも拘らず造船技術が極端に未発達であった。
そんな彼らにとって船旅とは小さな木造船で行う危険なもの。という認識が根強い。
「じゃが、ニホンはあの島のような巨大な船を持つ国じゃぞ?期待してもいいのではないかのぅ?」
「うーむ。ガルの言うのももっともな気もするが」
二人の臣下の話を聞いていた国王は、ふっと笑みを浮かべた。
「どうされましたか?」
「いや、何。この程度の海の一つや二つ越えてゆけねば、この国はスラの大軍に飲み込まれてしまう。どんな旅となろうとも朕は最早、ニホンを目指す他あるまい。朕は命を投げ打ってでもこの国を守ってみせよう」
国王の言葉にガノフとヤードは首を垂れた。
「陛下の御心、感服いたしました」
「儂……いえ私もです。何処までもお供させていただきますぞ陛下」
それを見守る松ヶ崎三等陸曹は頰を掻く。そんな危険な航海じゃ無いんだけどなぁ……と。
ちなみに松ヶ崎を忘れている読者の為に説明すると、彼は相馬小隊のメンバーだ。
最後までありがとうございます。
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