06.永田町の激震
(あらすじ)
外地法制定過程で文明の存在を秘匿したことが露呈した!
露見しただけなら些細な問題だが?
果たして総理になるのは岩橋なのか……それとも。
(お礼)
誤字報告等いつもありがとうございます。
また、御指摘のありました1.5章「04.異世界研究Ⅰ」カーラの名前をモアに修正しました。
♢
【日本国/東京都/千代田区永田町/衆議院第一議員会館/3月22日_正午頃】
衆議院第一議員会館は、国会議事堂から程近い場所に建っている。某フリー百科の記述を引用すれば、議員会館という建物は〝国会議員の東京事務所の合同庁舎〟。
国会議事堂や地下鉄駅と地下で連絡され利便性は高く、また、建て替えから日が浅いために明るく機能的な造りとなっている。
そんな議員会館―――正確には3棟あるが―――の前は、抗議集会の聖地となっており、今日も朝から〝政権党糾弾集会〟と銘打たれた抗議集会が開かれていた。
『説明無き岩橋の総理就任を許すなぁあ!』
『勾留者の人権ぉぉ守れぇぇえ!』
『これ以上の私権制限を許すなぁぁああ!』
『国民の我慢も限界だぁあ!』
太鼓に拡声器に音響機器。大道芸かと見紛うほどに騒々しい抗議集会が繰り広げられる。
一昨日の記者会見での岩橋の態度。露見した藤原内閣の情報隠蔽、勾留者の人権問題。そこから端を発した岩橋総理誕生によるさらなる私権制限への懸念。
市民による抗議の声は、八雲の部屋にも届いていた。
「ここ2日でこの騒ぎ。さてどうすべきですかねぇ」
八雲は眼鏡のレンズを拭きながら窓の外に視線を向けたが、ここからでは外に集まった群衆は目に入らない。ここは八雲の事務室に設けられた応接室。八雲の正面には岩橋が、その横には代紋が腰を下ろしている。
「誰がこの情報を漏らした」
「そんなの簡単だ。この情報を知っている者は限られているんだから、一人一人締め上げて情報の出処を探せばいい」
「いえ。それよりも今はこの現状をどう受け止めるかが重要です」
外地法制定を推し進めたのは防衛相である岩橋。藤原亡き今、その全責任は岩橋が背負っている。八雲の我関せずといった姿勢に、岩橋は若干眉間に眉を寄せ語気を荒くした。
「奴らは全体から見れば少数だ。声が大きいだけに過ぎん」
「有事において国論の分裂は極力避けるべきだと私は思いますよ」
「八雲の言葉は正しい。7か月前の大暴動を再現するつもりか?」
代紋の言葉に対する答えを持ち合わせていなかった岩橋は、「だが」と論点を切り替える。
「そもそも俺は私権制限なんて話をした覚えはないぞ」
しかし、八雲は追撃の手を緩めない。
「世論という魔物は、時に微風を台風に変えてしまう力があります。事実はどうであれ、我が党と岩橋さんに対する風当たりは強くなっている」
国内版インターネットが復旧を果たした今、個人の声は瞬く間に引用され拡散されている。些細なきっかけで生じた悪評は、その嵐の中で尾ひれを付け、大きな批判となって具現化する。世論というものは常に流動的で、故に、政治家はその動きに敏感にならねばならない。
列島転移災害以降、国民は多くの我慢を強いられている。
食糧不足による特定品目の配給制、生産数減による日用品の流通統制、石油温存のための自家用車の使用制限、イベント自粛。そして繰り返される計画停電。
今では当たり前となった日常の一コマだが、集団と規律を重んじる日本社会を持ってしても、いずれ限界が生じることは誰もが想像していた。
勿論、藤原内閣は非常事態下において最善を尽くしてきたし、対する世論も「国は上手くやっている」「皆大変なんだから」と政権を支持する風潮で一貫してきた。
当然、皆が皆、政策に諸手を挙げて賛成してきたわけでは無いが、しかし、そうした声は世論を動かすまでには至らなかった。
だが、政権による情報隠蔽や人権侵害疑惑が浮上し、さらに、岩橋新総理誕生で更なる私権制限があるらしいという報道が世論を煽った。政権を支持し我慢してきた国民が、「国に裏切られた」と感じても不思議ではない。
きっかけは些細な話。されど世論は動いた。故人への批判は憚られるが、何かを批判せずには収まらない。我慢に我慢を強いられてきた個々人の感情が、世論という魔物に煽られる形で爆発した。今回、格好の標的となったのが偶々、岩橋だったという、ただそれだけの話。
八雲は幼子を諭すように、されど論理的に言葉を紡いだ。そのような話は岩橋も当然分かっている。分かった上で、それでも自分が総理の椅子を辞退する訳にはいかなかった。「俺が辞退したら」岩橋は声を震わせる。
「一体、誰が総理をやるってんだ?」
「誰がって……」
岩橋の疑問に見せかけた主張に、代紋は言葉を詰まらせる。先日行われた会合では、誰も総理の椅子を引き受けようとはしなかった。それは代紋とて同じことで、故にバツが悪い。しばし視線を宙に浮かせた後、絞り出すように声を挙げる。
「大泉……それか東郷。あの二人なら引き受けてはくれんだろうか?」
大泉 幸次郎は元総理を親に持つ、所謂、二世議員の一人。30代後半という若さながら、その容姿とカリスマ性から多くの国民の支持を集めている。
その大泉と双璧を成すのが東郷 奏という人物だ。男でも女でも通る〝かなで〟という名前は、今は亡き母が付けたのだという。性別としては身も心も男なのだが、名前に相応しい中性的な容姿が人気に火を着け、俳優として人気を博した。その後、培った経験と支持を生かし、数年前に初当選。以降、すぐに政治家としての頭角を現し、40代を目前に控えた今では党の青年局長を務めるまでになった。
二人の国民人気は極めて高く、そんな彼らを〝政界の王子〟と呼ぶ者もいるほど。その人気に縋ろうという代紋の提案に、岩橋は眉を顰める。
「おいおい。それは不味いだろ。無難に経験を積ませれば、あいつらは将来、党を引っ張っていく存在に成長するはずだ」
「岩橋さんの言う通り。私もこの政局で彼らのどちらかを総理に据えるのには反対です。私も二人には期待を掛けているのですから」
「ううむ。だが、そうなるとますます岩橋以外の選択肢が思いつかんな」
行き詰る議論に、八雲は天井を見上げた。
「では、あの男に任せてみてはどうでしょう?」
♢
【同議員会館/同日_夕刻】
「一体何を考えているんだ。あのオヤジ共は」
東郷は怒りを露わに、議員会館の廊下を足早に歩いていた。新たな総理候補を立てたとの報を受け、抗議の為に八雲の部屋を訪ねたのが半刻前。だが八雲は首を横に振るばかりで取り合ってはもらえず、最後は予定があると告げられ追い返された。
「お怒りは当然ですが、露骨な批判はお控えください」
そんな彼の言を諫めるのは、議員秘書の鮫島 桃子。政界の若きカリスマ東郷の安全装置とも言える存在だが、それは彼女の弛まぬ努力に裏打ちされた自信に依存している。
実際、鮫島の助言に助けられたのは一度や二度では無いと、東郷自身も自覚していた。だからこそ、彼は鮫島の忠言には耳を傾けることにしている。
「……そうだね。少し冷静さを欠いていたようだ」
「先生のお怒りは国を思えばこそのもの。と私は理解しております」
「ありがとう東郷くん。君のような理解者が居てくれて助かるよ」
そう言って東郷が視線を前へと戻すと、覚束無い足取りで歩く小太りの男が視界に入った。東郷が気付いたのと同じく、相手も東郷の存在に気が付いたようだ。
「おお……東郷くん」
「これは大臣。顔色が悪いようですが」
「分かりますか」
男の名は牧田 兼彦。彼のモットーは、〝長い物には巻かれろ〟。藤原内閣では圧倒的小物でありながら、国土交通大臣という要職にあった男だ。
彼は自らのモットーに従い党内最大派閥の八雲派に属しているが、ただ、そのためだけに入閣できた訳ではない。彼はその謙虚さ―――鬱陶しいほどの低姿勢とも言えるが―――を武器に、あらゆる場所で媚を売りまくり、かつての政権党たる第一野党・民政党との間にもそれなりのパイプを築いている。
ついたあだ名は、〝政界のゴキブリ〟だとか〝小物界の帝王〟だとか。兎に角、悲惨だ。しかし、彼のそう言った社交性や処世術は誇るべき長所であり、事実、政治家として一定の成功にも繋がっている。
「それが八雲さんから直々に総理のポストを確約されまして」
「本当ですか?それはおめでとうございます」
「それが素直には喜べないのです。私には荷が重い。しかし、八雲さんからの話を無碍にもできません……はあ」
自信なさげに、今日何度目か分からない溜息を吐く牧田。
これに国の運命が掛かっているのだと思うと、東郷は先ほどまでの怒りが沸々と蒸し返してくるのを感じた。なぜこんな男に総理の椅子を用意したのか。どうせ党上層部の保身だろう。ならば、自分に任せて欲しい。
「(堪えてください先生)」
「(分かっているよ)」
東郷は小声で囁くと、牧田の肩に手を掛けた。
「安心してください。もう少しの辛抱ですから」
♢
【東京都/中央区銀座/高級料亭〝和膳〟/同日_夜】
その日の夜。党内三大派閥のトップである八雲・岩橋・代紋の三人は、銀座にある高級料亭〝和膳〟の最奥にある和室に集まっていた。
「党内は混乱しているようだ。何せ皆、岩橋が次期総理だと噂していたのだから」
代紋はそう言ってフグの刺身を口に運んだ。フグと言えばだれもが認める高級魚。特に例の災害以降は全国的な食糧不足と燃料不足によってフグの漁獲量は大幅に減少しているが、配給制の対象は米や芋といった政府指定の必需品に限定されており、フグのような高級魚の価格は青天井。
だから庶民が立ち寄るような店では採算が取れず、フグの提供を中止した店が多い。しかし、銀座の一等地に立つこの店のメイン客層は富裕層であるが故に、辛うじてフグを入荷することができている。ただし、正確には地球で獲れていたそれとは異なる魚だが。
「美味っ……これは堪らんよ、岩橋」
「報道機関には見せられんな」
すっかりマスコミ恐怖症となってしまった岩橋は、美味そうにフグを頬張る代紋を見て乾いた笑みを浮かべた。
「まあ、いいじゃないですか。それより、党内の混乱は収まりそうですか」
八雲の言葉に岩橋は顔を引き締めて向き直る。
「俺たちが公認してるから目立った反対は無いな」
「それは良かった。牧田くんには頑張って貰わなくてはいけないのですから」
「だが、牧田には悪いことをしたと思う。乗り気じゃ無かったろうに」
岩橋は心底申し訳なさそうに俯いた。断れない性格の牧田に、全てを押し付ける形になってしまったのだから。しかし、八雲は岩橋とは対照的に、なんら悪びれる様子も無く、日本酒をお猪口に注ぐ。
「〝政界のゴキブリ〟と呼ばれた彼なら、あるいは生き残るかもしれませんよ?それに、こんなときでなければ総理の椅子など一生回ってこなかったでしょう」
八雲はグビっとお猪口に注いだ日本酒を口に流し込む。
「箔付けとして悪い提案では無かった筈です。この機会を生かすも殺すも彼次第」
八雲と岩橋の話に、フグを堪能していた代紋も加わる。
「だが、自分の芯を持っていないあの男に総理が務まるかね?」
「心配はいりません。総理であろうとも党の意向には背けない。彼は我々の操り人形に過ぎないのです」
八雲はそう言って再び日本酒を煽った。野党と与党―――両サイドの思惑が交錯する中で、この国の運命の歯車は思わぬ方向に転がっていく。
♢
【日本国/東京都/渋谷区/渋谷スクランブル交差点/3月25日_午後】
渋谷スクランブル交差点に面する大型街頭ビジョンには、ワイドショーの報道特番が映し出されていた。
『与野党の賛成多数で自政党の〝牧田元国交相〟を時期総理大臣に指名したと。しかし、あの〝東郷〟議員を始めとする若手議員数名が国会を欠席……皆さんは今回の首班指名選挙をどう見ますか?』
司会の言葉に識者を自称する各界の著名人が激論を交わす。話題は新総理に牧田が指名されたこと。
岩橋を批判の矢面に立たせてはいたものの、まさか岩橋が辞退し牧田が立候補するとは思ってもいなかった。というのがマスコミの本音。
『総理の成り手がいない。これは重大な問題ですよ』
『つまり彼はババを押し付けられたと』
『牧田新総理にこの国難を乗り越えるだけの力量があるのか』
『岩橋氏もここで身を引くとは無責任な話で』
『秋の選挙を控えてでしょうね。結局、自政党は選挙のことしか』
岩橋を総理にしたいのか、したくないのか。公平な報道を心掛けて、敢えてどちらの意見も反映しているのかもしれないし、視聴率(要は広告収入)の前に弱いのだけなのかもしれない。どちらが正しいのかは分からないが、結局のところ、政治も報道も綺麗ごとだけでは回らない点では共通している。
と、そこで画面は突如、テレビ局の報道デスクに切り替わる。
『速報です。自政党の東郷衆院議員は先程、離党届を提出し新党〝革新党〟を立ち上げました』
映し出される自政党本部。慌ただしく動き回る報道関係者。こうした速報に素早く国民がアクセスできるのは、何だかんだで報道機関が存在しているからなのかもしれない。
『新党の立ち上げには東郷議員を慕う自政党の若手議員ら数名も協力しており、新党は公職選挙法に規定された政党要件を満たす模様です』
この日、永田町に激震が走った。大泉と共に〝政界の王子〟と呼ばれる東郷が、与党・自政党と決別したのである。この〝革新〟の動きが、日本の行く末に大きな影響を及ぼすことを、このときはまだ誰も知らなかった。
最後までありがとうございます。
感想をいただけると励みとなります。
次回、牧田新総理の手腕が?!




