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異世界列島  作者: 黒酢
第3.0章:激動の章―Violent Change
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05.総理の椅子

(前回までのあらすじ)

藤原総理亡き後。空席となった総理の椅子を巡る押し付け合い。俺がやるしかない、と手を挙げたのは藤原の盟友、岩橋防衛相。自政党内はまとまった。後は首班指名選挙に臨むだけだ。


※序章(08.各国の思惑)訂正のお知らせ※

今回の執筆にあたり、外国人を中心とした大暴動を扇動した金議長の所属を日本革命連合に変更。併せて、総連を共連に変更しました。

 ♢

【日本国/東京都/某所/ホテル/某日_夜】


 ギシギシと軋むベッドの音が、淫靡な雰囲気を演出する。迸る情動に駆られた雄と雌が、互いの身体を求め、交わせ、絡め合う。ベッドの上で踊る社交ダンスか、それとも格闘技か。


 それは人間の原始的な欲求にして、一種の芸術でもあった。


 二人で紡ぐ芸術も遂にフィナーレを迎え、絶頂に達する。男女は荒い呼吸のまま互いの唇を重ね、本能の赴くままに舌を絡め合った。


「ん……」


 唇を離すと交じり合った唾液は糸を引き、それが月明かりに照らされて光を放つ。男が大切な宝石を扱うように女の頭を撫でると、女は純粋無垢な笑みを男に向けた。


「今日も良かったよ美鈴」

「ありがとうございます」


 二人は生まれたままの姿で布団に潜り込み、行為の余韻に浸る。女は佐々木の愛人で、名を槇原まきばら美鈴みすずと名乗っていた。


「こんな大変な時に、私と会って大丈夫ですか?」

「それはどういう意味かな?」

「総理が殺されてお忙しいでしょうに」


 槇原はそう言って、心配そうに佐々木の瞳を覗き込んだ。佐々木はそんな槇原の可愛さに心奪われ、自然と彼女の髪の毛に手を伸ばし、そのまま流れに沿うように撫でる。


「大変と言えば大変だよ。でも君の笑顔を見たら元気が出る」

「本当ですか?嬉しい」


 しばらくして佐々木は寝静まった。佐々木が寝たのを確認した槇原は、佐々木のノートPCを立ち上げる。真っ暗な闇の中。画面の明かりに照らされた槇原の横顔は、うっすらと笑っているように見えた。







 ♢

【日本国/東京都/中央区銀座/高級料亭/3月20日_夕刻】


「次期総理は強硬(タカ)派、岩橋になりそうですな」


 男はそう言ってベルトの上に乗った肉を手で摩った。名前は(キム)ニョル。日本革命連合の議長で、列島転移災害においては直後の大暴動を裏から扇動した張本人だ。そんな金の対面には、黒縁眼鏡を掛けた中肉中背の男が座っていた。


「前置きは止めにしましょう。あなたと会っている所を週刊誌にでも書かれては困る」


 そんな男の言葉を耳にした金は、キキキと嫌な笑みを浮かべて笑った。男が不機嫌そうに金を見つめると、金は「いや、失礼」と笑みを浮かべたまま謝罪した。


 そもそも、日本革命連合(通称、革命連)とは一体どんな団体なのか。革命連の設立は1960年代後半、学生運動や安保闘争が盛んだった時代に遡る。日本における朝鮮式共産革命の啓蒙と在留同胞の保護を目的に朝鮮共連から派生する形で誕生したが、実際には共連内部での過激派と穏健派による権力争いによる分裂だったと言われている。


 最終的には本国の意向もあり、工作員の指導を革命連、同胞の保護及び資金調達を共連が行うよう一応の棲み分けがなされているが、亀戸の懸念は、前述の組織がどちらも公安調査庁による調査対象に指定されているということだった。


「決して馬鹿にした訳では。しかし、日本労働党の亀戸(かめど)代表ならばその手の方面には顔が利くのではないかと思いましてねぇ?」

「我が党にそれ程の力はありません」

「ご謙遜を」


 金はさらにキキキと奇妙な笑い声を上げて、卓上に置かれた料理を口に運んだ。


「単刀直入にいいますよ」

「なんでしょう?」

「まずはこちらを」


 金はそう言って、留め具で綴られた資料を卓上に置く。


「これは?」

「中をご覧ください」


 金に促された亀戸は資料に視線を落とす。最近では眼鏡を外さないと小さな文字が読めないことが増えた。と、亀戸は齢を重ねたことをこんな小さなことで感じる。


 資料に暫く目を通した亀戸は、そこに書かれた情報の質に目を見開いた。そこには、凡そ政府の機密に該当するであろう事柄が記されている。


「中々、良く調べられているでしょう?」

「こんな情報一体どこから……」

「我が情報網は未だに健在ですぞ」


 金の笑みに、亀戸は底知れぬ恐怖すら覚える。この平和ボケした国には数多くの工作員が蔓延っていることは知っていた。だが、旧世界と隔絶された現在でもこれだけの情報網を維持していた。という事実に度肝を抜かれる。


「これを私に見せた目的は?」

「我々の望みは唯、同胞が住みよい世界の構築です。つきましては、是非、あなた方に政府の中枢を担っていただきたい」


 金が議長を務める革命連も、共連も、現時点で臨時政府を設立していない。理由は主に二つ。


 第一に、本国から独立した政府を作ること=祖国への反逆と見做される可能性がある。この非常事態の中で在留工作員や熱心な金王朝シンパとの間に軋轢を生めば、組織の存立はおろか金たち幹部の身にも危険が及ぶ。


 第二に、北の政府を承認していない日本が、臨時政府を認めるはずがないと考えたこと。そもそも各国の臨時政府は、自国民保護と日本からの支援を取り付けるために存在している。だが、革命連と共連は自国民の保護は余り考えていなかったし、共に独自の資金網があったおかげで支援も必要としていなかった。


 そう言う訳で、彼らにとって臨時政府の設立など子供の外交遊戯(ごっこ)にしか見えなかった。


 しかし、現在の不安定な法的地位は、いずれ同胞の生命や財産に不利益を及ぼすかもしれない。いや、それは建前だ。実際に金が心配しているのは、これまで組織を通して吸ってきた旨味を失うかもしれないことへの恐れ。


 そんな状況の中で〝無慈悲な暴動誘発作戦〟は行われた。これは在留工作員に対する革命連の統制を確認すると共に、あわよくば日本という国家を転覆させ自分たちに都合の良い新たな国家を創り上げようと画策された暴動であった。だが、その企みは失敗。外国人の不安を煽るところまではよかったが、思っていたよりも日本人が賛同しなかった。


 一つ成果を挙げるとすれば、工作員を指揮下に置く革命連の影響力が、派生元である共連の影響力を凌ぎ、在留北朝鮮人社会での主導権を奪取したことぐらい。


 そこで金たちは方針を変えた。自分たちの身に降りかかる火の粉を払う為に、自分たちに政治思想(イデオロギー)が近く、その境遇に同情的な政治団体を日本の中枢に据える。これが既得権にしがみつく為の新たな一手。


 金の持ちかけた話に対して、亀戸は深く頷いた。


「話は分かりました。ですが、この程度で支持が増える程に民主主義は甘くはない」


 口にこそ出さないものの、胸中では金の楽観的な観測をあざけっていた。貴君らの祖国と日本は違うと。しかしそんなことは金も分かっていた。


「無論。これは次の政権が強硬(タカ)派になるのを抑える役割しかありません」

「岩橋元防衛相が総理になるのを防ぐ為のものだと?」

「ええ。彼は藤原の盟友を標榜している。この情報が世論に与える影響は大きいはずです」


 金はそう言って悪い笑みを浮かべる。一方の亀戸も自然と悪い笑みが零れた。


「なるほど……しかしそう上手くいきますか?」

「今の政権与党は国論の分裂を異常に恐れている。恐らく野党受けの良い穏健(ハト)派を総理に据える。穏健ハト派の代表格は、第一派閥の八雲会長だが彼は出てこない。彼どころか幹部は誰も。今年の秋に選挙が控えている以上、前政権の尻拭いはしたくないでしょうから」


 金の言葉を受けて、亀戸は「確かに」と手を打った。11月上旬の衆議院議員総選挙を控えたこの局面で、岩橋以外に総理を務めたいと思う傑物が自政党にいるだろうか。


 例え、強硬(タカ)派を据えるのだとしても、党の要職にある人物であればあるほど保身に走ってしまうものだ。そう都合よく総理候補を立てられるとは思えない。そこまで考えを巡らせ、亀戸は金が言わんとしていることにようやく気が付いた。


「自政党は穏健(ハト)派で非主流派。且つ、御しやすい人物を総理に据える……と」

「御しやすい相手が首相であれば何とでもできます」

「しかし、すべては仮定に仮定を重ねた、言わば机上の空論でしょう?」


 亀戸は疑念を含んだ目で金を眺めた。しかし、金は亀戸がこの話に乗ると既に見切っている。もう一押し。


「我々が何十年この国で工作活動を行っているとお思いで?悪いことは言いません。我らと手を組みなさい。与党を突く隙などいくらでも作って見せます。そうなれば反射的に御党の勢力は拡大する」


 金の自信に満ちた瞳に、亀戸は喉を鳴らした。


「あなた方と協力すれば……確かに。我が党の議席は増えるかもしれない」

「ええ。そうなれば政権奪取の夢は近い。先の失政で政権を追われた民政党は最早、左派からも失望されているのです。御党が中心となって野党を纏める絶好の機会だ」

「野党連立政権構想……ですか」


 亀戸が具体的な展望を挙げると、金は満足そうに首を縦に振った。


「ええ、ええ。その中心には勿論、御党と亀戸代表がいるのです」

「素晴らしいではないですか!」

「ええ、ええ!素晴らしいことです。その暁には、何かと便宜を図って頂ければ」

「分かりましたとも!是非、共に新しい日本を創りましょう!」


 亀戸の差し出した手を、金は力強く握り返す。


 これで、金の率いる革命連は日本労働党の後ろ盾を得ることになる。日本労働党が国会内で勢力を拡大すれば、それだけ自分たちに降りかかる危険は減る。上手くいけば、政権与党による便宜も期待できた。これで更に共連に対する優位性も増す。


 一方、亀戸率いる日本労働党側も、革命連という実働部隊を得ることになる。革命連は既に国内に残った工作員を傘下に加えており、その情報収集・工作能力を使えることは、日本労働党側としても願ったり叶ったりであった。


「我らは志を同じくする……そう、同志です。亀戸代表」


 翌日。外地法成立過程において政府が文明の存在を隠蔽していた事実と、暴動で拘束されていた未決拘留者の一部が劣悪な環境下(北海道の山中に造られたプレハブの収容施設)に置かれていることが朝刊の一面を飾った。


 前者は速やかな自衛隊の大陸派遣を実現する為に、後者は勾留施設の不足から仕方なくそうせざるを得なかった。という理由があるのだが、そんなことは報道機関(メディア)には関係ない。


 〝文明の存在を隠蔽していた疑いが濃厚〟

 〝外地法最大の目的は憲法9条の形骸化か〟

  〝情報隠蔽政権の闇に迫る〟

 (旭日新聞2018.3.21朝刊)


 〝判決の出ていない被告人に対して不当な人権侵害。政権与党は説明を〟

  〝自政党、次期総理に岩橋議員を推薦か〟

  〝岩橋議員が総理になれば国難を理由に私見が制限される恐れ〟

  (毎朝新聞 同日 朝刊)


 〝日本労働党の亀戸代表、岩橋議員の総理指名選挙出馬に不快感。外地法の成立に深く関与した同氏の 説明責任を強調〟

  〝岩橋総理。諸外国との融和を図れるか疑問〟

  (日本商工新聞 同日 朝刊)


 ここ半年以上大人しかった報道機関(メディア)が、かつての勢いを復活させた。


 これは、東岸地域に石油等の資源が見つかり、経済的な先行き不透明感が晴れたことも一因だろう。自分たちの安全が確保されない中では、そうそう偉そうな批評など出来まい。


 党内の意見が纏まったと思った後の外部からの攻勢。藤原の意思を継いで国難突破を図ろうと考えていた岩橋にとって、それは腹立たしい以外の何物でも無い。


「おのれ……勾留は兎も角、外地法の情報はどこから漏れたんだ」


 岩橋は手に持っていた朝刊を、腹立たし気にゴミ箱に投げ捨てた。

最後までお読みくださりありがとうございます。

次回の更新までしばらくお待ちください。



※この作品はフィクションです。実際の事件、個人、集団、団体などとは一切関係ありません。

※この作品は特定の個人、集団、団体を批判し、または差別する意図はありません。御意見等ありましたら感想にてお知らせください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 物語どう動き出すのか楽しみです。 あはは、重箱の隅をつつく政治家やマスコミや自分で考えないで流される国民が多いからねぇ(苦笑) ワイドショーの不安ばっかりあおるコロナコーナーを見てた母が『…
[一言] 批判とかするつもりは全然無いのですが、毎朝のワイドショーを見てると笑いはします(苦笑) 不安しかあおってなくて。ワクチン無けりゃ早くしろ、ワクチン契約したら危険だ、手際が悪い、時間がかかる、…
[一言] ちょっとやっぱり現実の納得できないことにに引っ張られている印象はありますね。とりあえずモデルの新聞社二社と隣の半島二か国は根本から嫌いなので私が何か書くときは存在しないことにしちゃうでしょう…
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