04.観察者タチ(+これまでのあらすじ)
(御挨拶)
ご無沙汰しております。または、初めまして。くろずと申します。
まず初めにこれまで音沙汰がなかったことを心より謝罪いたします。
最後の投稿を確認しますと1年半も前のこと。私生活の変化でしばらく執筆意欲が沸かず、 これだけのスパンが空いてしまいました。今回、久しぶりになろうを開きまして、意欲の向くまま執筆いたしました。自己満足というやつです。
もし、まだ続きを読んでくださる方がいらっしゃるのであれば、大変嬉しいと同時に申し訳ない気持ちでいっぱいです。今後、少しづつ投稿して参ります。改めてよろしくお願いします。
◆【世界ノ何処カ/7カ月前】
「……世界ノ意思ガ示サレタ」
と、声は言った。その声は無機質かつ平坦で、感情というものが一切感じられない機械的なものであった。それはさながら、パソコンの合成音声のようである。
「何ノ話ダ?」
「アノコトダロウ?」
「例ノ国ノ?」
それに応答するのは、まるで同一の存在から発せられているのではないか?と思える程に同質的な声。
しばしの沈黙の後、その声たちはケラケラと楽しそうに笑った。いや、正確には楽しそうなのかどうか、読み取ることはできないのだが、とにかくケラケラと笑ったのである。
「世界ノ意思ガ此レナノダ」
「前回ハ大陸ノ歴史ガ大キク動イタ」
「今回ハ如何ダ?」
「大変興味深イ」
そして声たちは再び沈黙する。沈黙すること数瞬。
「ソウシヨウ」
「其レ即チ世界ノ意」
「ソシテ観察シ記録スル」
沈黙の間にどのような形で意思疎通が図られているのか。常人にはとんと検討も付かないが、兎に角、この声たちは声以外の手段で何らかの結論を下したらしい。
「我ラハ観察者ナリ」
◆
【日本国/東京都心/3月某日】
「えっへん」
月明りに照らされてキラキラと光る銀髪を風に靡かせ、少女は得意げに胸を張った。張った、というのは比喩的な表現に過ぎず、胸を張ったところで彼女のおっp
「痛たい」
突然の物理的攻撃に後頭部を強襲された少年は、涙目で少女に非難の視線を送る。が、少女にその訴えは届かず。
「うっさい」
怒声と共に少女は立ち止まり、少年の眼前に仁王立ちした。といっても、彼女らの足は地に着いておらず、すべては空中での出来事だ。少女は美しい銀髪からひょこりと顔を覗かせる尖った耳を、ワナワナと怒りに震わせた。
「また思考を読んだな?」
「ファジオが失礼なこと考えてるからよ」
「そうなんだけど」
正論の暴力の前に、ファジオ少年は成す術もなく。
「いい?私たちに課せられた任務は重要なの」
「分かってるさ。二ホンの情報を得ることだろ」
「分かってるならもっと緊張感を持ってよ」
ファジオは「サーシャは固いなあ」と口を尖らせる。そして、痛む頭を摩りながら、改めて足下の夜景を見下ろした。
「にしても……この国は本当に不思議だな。魔法もなしにこんな大都市を作るんだから」
ファジオとサーシャ。二人の眼下に広がるのは、大都会、東京の夜景。まるで虚空に広がる星空のように輝くネオンの煌めきは、紛れもなくこの国の文明力と技術力の結晶である。もっとも、その絶景を作るために多くの人が汗を流していることも事実であるのだが。
「ええ。でも、こうも明るいと飛行するのも目立っちゃうわ」
「それに高高度飛行のせいか、エネルギー残量が心もとない」
そう言って、ファジオは背負っているリュックから水晶球を取り出した。
水晶球の上半分は夜空と同じ黒色だが、その下半分は光り輝く水色をしている。不思議なことにその水色は重力の影響を受けているように、常に下側に集まっていた。例えるなら、液体のように。
これは魔力エネルギーを貯蔵する魔道具で、この世界基準ではかなりのオーバーテクノロジーな品である。これ一つあれば1日8時間連続飛行しても3日は持つ。
「魔素が希薄だとこんなに不便だなんて」
サーシャは不満そうに溜息を吐く。
この世界には魔素が循環しているが、それは各地の魔素溜―――これをサーシャたちは拡散点と呼んでいる―――から噴出している。
この世界の魔法師たちは空間中の魔素を体内に取り込み、魔力エネルギーを生成する。故に、魔素が希薄だと十分な魔力エネルギーの生成ができず、魔法の使用に制限が掛かる。
魔素溜の多くは西方世界(西方諸国)に分布しているが、イース世界(北東諸国とスラ王国)にも少なからず点在しており、日本列島のようにまったく存在しない地域は大変に珍しい。
また、魔素溜を拡散点と呼ぶように、実は魔素が消失している場所もある。このような場所をサーシャたちは収縮点と呼んでいる。そうして世界の魔素は絶えず循環しているのである。
ちなみに、日本は収縮点があるのではなく、そもそもの魔素の循環の輪から外れた場所にある。このような地域はこの世界基準では、少なくとも中央大陸では珍しく、国を興すにはハズレ以外の何物でもない。
「文句ばかり言っても仕方ないぞ」
「分かってるわ。エネルギーが尽きる前に情報を集めないといけないものね」
「ああ。でも、そろそろ高度を落とせる筈だ。多少はエネルギーの節約になる」
ファジオの言葉にサーシャは「なんで?」と頭を捻る。
瞬間、眼下に広がっていた星空が一斉に消えた。サーシャが驚いて遠方に視線を向けると、段階的に光が失われていくのが分かった。
「これは一体、どういうことなの?」
「計画テイデンというらしい」
「計画テイデン?」
「今の俺たちと同じだよ。エネルギーの節約」
列島転移災害以降、日本政府は全国で計画停電を続けている。大陸に油田が発見されているとはいえ、実用化にはまだ時間がかかる。石油は警察・消防・自衛隊などの緊急車両や輸送インフラ維持のために用途が制限されており、現在は閉鎖された炭鉱をも総動員で石炭による火力電力を行っている。
「まあ、俺たちは帰路の心配がないだけましだけどな」
「一度来た場所なら、魔法でひとっ飛びだもんね」
「そこらの一般ピーポーとは違うからな~」
◆
【中央大陸/中央平原/3月某日】
数日後、ファジオたちは日本での任務を終え、大陸に帰還していた。
「二ホンの情報を転送して……っと」
「ふぁああ」
ぶつぶつと呟くサーシャの横で、大きな欠伸をするファジオ。サーシャはジト目でファジオを見て、悪態を吐く。
「人が仕事をしている横で呑気なものね」
「仕事って言っても記憶を飛ばしただけだろ?」
「立派な仕事です。それに精神力をかなり消耗するのよ」
今しがたサーシャは、ここ数日の自身の記憶から必要な情報を本部に転送していた。上が求めている新鮮な日本の情報を。
「二ホンから情報を送受信できないのが厄介だな」
サーシャたちは、通信魔法で瞬時に情報をやり取りできる。この技術に関しては日本よりも遥かに便利なもので、文章や動画の形式に留まらず、多大な精神力を消耗するが記憶そのものを情報として送受信することも可能である。
この魔法の欠点は、魔力エネルギーを生成する生物の脳を中継する点にある。これを無理やり例えるなら、携帯電話の基地局のようなものだ。即ち、日本国内から情報の送受信ができないのである。
もっとも、欠点とは言ったが、日本が異質なだけだ。ある程度の知能を持つ生物がいさえすれば中継が可能であり、大陸のほぼすべての場所では使用できる。
「見た目はこの世界のヒト種と同じなのに。不思議なものね」
サーシャの言葉にファジオも「そうだな」と相槌を打った。
◆
【世界ノ何処カ】
「彼ノ国ノ情報ガ」
「届イタナ」
『特集です。あの災害から7か月。新年度を前に、これまでを振り返ります』
声たちが知るうる限り。この世界のどの時代、どの国にも当てはまらない、先鋭的かつ機能的な服装に身を包んだ若いヒト種の女性の声。それに男声によるナレーションと映像が続いた。
―――列島転移災害―――
<すべての始まりは震源地不明の地震。常識では考えられない奇妙な地震だった>
続く映像は、黒服の男が登壇するシーン。彼が相当に高位の人物なのであろうことは、すぐに推察が行く。
<故・藤原前総理が災害について国民に情報を開示したのは2日後>
―――日本は他の惑星あるいは〝他の世界に転移〟したものと考えられる。
―――緊急災害対策本部を〝列島転移災害対策本部〟に改称し。
―――混乱を防ぐため、買占め等防止法・国民生活安定緊急措置法等の適用を。
―――国民においては慌てず、冷静な行動を取るようお願いする。
<しかし、混乱は避けようが無く。在日外国人を含む多数の国民が暴動に参加。最終的に数十万規模の大暴動となった。これに対し政府は、自衛隊法に基づき、自衛隊に治安出動を命じる。この暴動により市民と自衛隊、警察など合わせて100名を超える死者が出た>
そこで、映像は最初の女性に切り替わる。その部屋には件の女性だけでなく、4名の老若男女が集まっていたようだ。
『ここまでの政府の対応、識者の皆様はどう評価しますか?』
女性が話を振ると、彼らは次々に持論を展開し、辛口の評価を下していく。すべての結果を知っているからこそ、言動に何ら責任を負わないからこそできる評価。それはまるで下界のことに無関心な、絶対的な神による裁定であった。映像は再度切り替わり、聴きなれた男声によるナレーションが再開した。
<災害から2か月後、人類は遂に新大陸に足を踏み入れる。新大陸には外地特殊生物、通称、魔物が生息しており、自衛隊員からも多くの負傷者が出た。そんな隊員たちの孤軍奮闘の甲斐もあり、多くの情報が国民にもたらされた>
―――この世界に文明が存在することを確認した。
―――現地民の証言からこの大陸を今後、中央大陸と呼称する。
―――自衛隊が活動している東岸地域を領有している国家は存在しない。
―――東岸地域には石油、リン、鉄等の手付かずの資源が埋蔵されている。
これらは公式発表であり、文明の存在を政府は最初から承知している。公表していなかったのは、新大陸に自衛隊を派遣するための根拠法〝外地法〟を難なく成立させるためであった。ナレーションは続く。
<これらの調査結果を踏まえ、政府はニュー・ポトマック川以南を米領、以北を日本領土として分割する>
ニュー・ポトマック川は東岸地域を二分する大河だ。その名前は日米友好の象徴であるワシントンDCの桜が植えられたポトマック川に由来する。この川は文字通り、この世界でも不変の日米友好の象徴となるのだろう。もっとも、地球時代の日米関係よりはより、フラットな……ひょっとすると、日本優位な関係なのかもしれないが。
そこで、またしても映像が転換し、評論家たちが口々に裁定を下す。今回は、評価するという意見と評価しないという意見に二分された。評価するという者は、資源の確保で未来に希望が見えた点を強調。一方、評価しないという者は、戦前の反省をと訴えた。そして、続く男声のナレーションと映像。
<政府は大陸の東端に位置するウォーティア王国に接触。この世界で初めてとなる総理の外遊が計画された。……しかし藤原総理は暴徒によって殺害される>
突如入った悪い報せ。外遊中の総理が殺害されるなど、戦前を含めても憲政史上初めてのことであった。これに対し、マスメディアは〝ウォーティア王国の一部で反日感情が燻っていたことが原因〟〝自称・日本軍事件による王国民襲撃の影響が深刻な状況〟〝自称・日本軍事件の首謀者と目されるスラ王国にどう対応するのか〟と論点を整理して報じた。
しかし、一部では〝政府の傲慢な外交姿勢が反日感情を払拭しきれなかった要因〟〝文明が存在する以上、外地法の改正議論を求める〟といった、政権批判にも繋がった。
ここまでの映像が終わると同時に、司会の女性が話をまとめる。
『VTRにもありましたように、私たちの前には問題が山積した状況です。スラ王国の動向も気になりますが、政府にも問題があるように思えます。今、永田町では次の総理選びが始まっていますが、今秋に総選挙を控える中で、自政党では所謂ババの押し付け合いの様相も呈しています。今後、日本の進むべき道について私たち一人一人が意見を発信していく必要があるのかもしれません。以上、特集でした』
「此レハ彼ノ国ノてれびト言ウ物カ」
「正直予想以上ノ科学力ヲ有シテイル」
「〝マムリオン・システム〟ヲ構築出来ル程デハ無イ様ダガ」
「拡散点ガ無イ世界ダッタノダロウ。其レヲ基準ニハ出来ヌ」
「其レ然リ。此ノ世界デハ十分規格外ダ」
「……観察ヲ続ケヨウ」
声たちはそう言って、沈黙した。
最後までお読みくださりありがとうございました。
次回の投稿までしばらくお待ちください。




