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異世界列島  作者: 黒酢
第3.0章:激動の章―Violent Change
69/99

03.盟友

投稿遅れまして申し訳ないです。予告と題名を変えました。


【前回までのあらすじ】

総理暗殺の囮となった自称日本軍事件の被害者遺族たちは、タイラー家への繋がり発覚を恐れた南部貴族によって殺された。一方、日本国内では首班指名選挙に向けた準備が進んでいた。


※自由党、自由新党など混在していましたが、第一与党の名を「自政党(自由政治党)」に統一します。

 ♢

【日本国/東京都/渋谷区/渋谷スクランブル交差点/3月19日_正午過ぎ】


 日本列島を覆っていた寒気が薄れ、暖かな陽気が人々の心を弾ませるこの時期。しかし、就職活動真っ只中にある大学新4回生にとって、今年の春は決して生暖かいものではなかった。


「―――それで先輩、今年中の就職諦めるんだって……って、聞いてる?」


 そう言って、草野は怪訝そうに若狭の顔を覗き込んだ。二人は恋人同士で、今年の春から大学3回生になる。


 二人の一つ上の先輩たちは就活の真っ只中にあるが、ほとんどの企業は列島転移災害の煽りを受けて新規採用を見合わせている。今年中の就活を諦める学生も多い。


「ん?あぁ……それで先輩がなんだって?」

「もぅ。やっぱり聞いてないじゃん……って、何見てんの?」

「あれだよ。あれ」


 若狭はそう言って顎をしゃくった。若狭の視線の先にはガラス張りの商業ビルが立ち、その壁面に取り付けられた街頭ビジョンには、総理官邸で会見に立つ岩橋臨時代理の姿が映し出されていた。


 草野がちょうど注意を向けたタイミングで、話は質疑応答に移り変わる。


 ―――今回の痛ましい事件が外交関係に及ぼす影響は?(NHK記者)

「極めて限定的かと。日時を改めて条約締結と会談の席を設けることで両国は一致しています」


 ―――総理襲撃の背景には〝自称・日本軍事件〟による反日感情が指摘されている(日本商工新聞記者)

「先の事件の誤解から生じた反日感情が一部に残っていることは事実です」


 ―――例の事件の裏にスラ王国の存在が噂されていたが、あれから調査は進んでいるのか?(同)

「王国政府の調査では襲撃された村等に魔法使用の痕跡が報告されており、スラ王国による離間工作の可能性も考えられます。それが今回のテロに繋がったのであれば極めて遺憾です」


 ―――何故、政府は例の事件をスラ王国と協議していなかったのか?(読切放送記者)

「協議の打診を行っていますが二ヶ月経った今も返答がない状況です。情報通信技術が地球に比べ進んでいないことも一因かと」


 ―――スラ王国と国交を樹立する予定はあるか(テレビ東都記者)

「希望としては国交を結びたい。が、この手の国との外交には慎重さが必要です。最も前述の協議打診への返答がない状況下では手詰まり感も否めません」


 ―――話を戻すが、暴徒による総理襲撃の直接の原因は反日感情と見て間違いないか?(同)

「現時点では断言できるだけの情報がありません。しかし、今回の襲撃は用意周到な襲撃であったことが伺え、テロリズムの一種である可能性もあります」


 ―――総理を襲撃した犯人達にはどのような刑が下されるか?(読切新聞記者)

「ウォーティア王国側からは国家反逆罪の適応が示唆されています。その場合には極刑が下されるものかと」


 ―――人道主義の観点からその刑罰は妥当だと思うか?(旭日新聞記者)

「量刑判断については王国の内政問題でありますので、私が言及することは不適切であるかと」


 ―――実に謙虚な発言だが、一部の報道では外交姿勢が傲慢だと批判されている(同)

「それはお宅の記事では?無論、ご批判にあるようなことは一切ありません」


 ―――反日感情の払拭が進んでいないのが、外交姿勢が傲慢な証拠だ。今回の暴動は政府の撒いた種ではないのかと勘ぐらざるを得ない(同)

「……なにっ?!総理が現に命を落としているんだよ?そのような発言は実に不謹慎かつ不快だ」


 激しい応酬。不毛な質疑。半ば打ち切られるような形で、質疑のバトンは別の記者へと渡った。


 旭日新聞の記者は不満気ながらも渋々といった感じで席に着く。


 そして再来する旭日新聞記者の悪夢。もっとも、岩橋にとっては……と言う話だが。質疑に立つのは毎朝新聞の記者。


 毎朝新聞は旭日新聞と並び藤原内閣に批判的な姿勢を貫いて来た。


 ―――前藤原内閣の政権運営は全て後手に回ってばかりだ。今回の件も数ある中の一例に過ぎないと言える(毎朝新聞記者)

「あの災害以降、日本を導いてきたのは藤原内閣だと思いますがね」


 ―――そう言った姿勢が傲慢だとの批判を呼ぶ(同)

「それは質問か?質問がないなら口を慎んでいただきたい」


 ―――言論統制だ!(ry(同)

「次の質問を」


 最後に質問に立ったのは、政権寄りと批判されることも多い経産新聞の記者だった。


 毎朝新聞の直後が経産新聞の質疑であることに、岩橋はどこか安堵しているように見える。そして岩橋の予想通り、記者は岩橋にとって耳障りの良い質問をしてくれた。


 ―――臨時代理の言うことは正論で、故・藤原総理は力強いリーダーシップでこの国を導いて来た。総理の功績に対して国葬などは考えているか(経産新聞記者)

「個人的には彼ほど国葬に相応しい人物はいないと思っています。国葬大いに結構」


 国葬とは、国に功労のあった人物の死去に際し、国費をもって行われる国家的な葬儀である。大戦後、国葬令は失効したものの、1967年には閣議決定によって国葬が行われている。余談だが、国家的な葬儀として、国庫負担を減らした国民葬という葬儀もある。


 この何気ない質問に対する、何気ない返答。これに一部の報道機関(マスコミ)が反応した。過剰に。


「この国難の中、国庫で個人の葬儀を挙げるというのか?!」

「近年は合同葬が一般的だ。臨時代理はそんなことも知らないのか?」

「これだからお友達内閣だと批判されるんだ」


 ここで遂に岩橋の堪忍袋の緒が切れた。岩橋はあろうことか、記者に向かって声を張り上げたのだ。


「やかましい!それだけ功績があるって話だろ?もう会見は終いだ」


 稀に見る事態に硬直する空気。直後に沸き起こる岩橋批判の大合唱。紛糾する会見場。岩橋は一切笑顔を見せることなく、鬼のような形相でその場を後にした。







 ♢

【日本国/東京都/千代田区永田町/自政党本部/3月19日_夕刻】


 与党第一党・自政党(正式名称:自由政治党)の党本部は、国会議事堂から程近い一等地に建っている。老朽化が進んでいるとは言え、長きに渡って政権を担ってきた政党の本拠地としての風格が漂う。


 その車寄せにちょうど到着したのは、黒塗りの公用リムジン〝トヨタ・クラウン〟。内閣総理大臣専用車のセンチュリーやレクサスLS600hLに比して値段は高くないが、庶民のお財布事情から考えれば十分に高嶺の花と言える高級車だ。


 大臣級の公用車ともなるとこれに運転手なんかが付くのだから、なんとも羨ましい限りである。しかし、後部座席にドッカリと腰を下ろした岩橋の機嫌はすこぶる悪かった。


 そんなものだから運転手も大臣秘書官も、この重苦しい空気から解放されることに安堵の息を吐く。


「大臣、着きました」

「おう。見れば分かる」


 岩橋の不機嫌に当てられて首を竦める運転手。岩橋と彼の秘書官・叉木(またぎ)が降りると、運転手はそそくさと車を走らせて行った。


「行くぞ叉木」


 ドカドカと足音から不機嫌を出してビルに入る岩橋。それを察してか、岩橋の行く手を阻む者はいなかった。


 しばらくして、二人は目的の会議室の前に辿り着く。


 岩橋は秘書官に「適当にお茶でも啜ってろ」と言葉を残して、会議室の扉を押し開けた。


「すまん。随分待たせたな」


 岩橋の登場に、数人の議員が立ち上がって出迎える。


「滅相もありませんわ。岩橋大臣」

「我々も今し方、ここに到着したばかり。気にされますな」


 そう言って笑うのは宇佐野(うさの)紀子(のりこ)総務会長と、氷室(ひむろ)太郎(たろう)政調会長。共に党四役と呼ばれる要職に就き、党内では一定の影響力を持っている。


 簡単な挨拶を済ませた岩橋がソファに腰を下ろすと、対面に座っていた幹事長・代紋だいもんは岩橋に睨みを効かせた。


 幹事長と言えば党務全般を取り仕切る重役中の重役として、党内では総理に次ぐ権限と権力を持つ。


 特に、代紋は党内第三の勢力〝代紋派〟を率いており、党内に及ぼす影響力は無視できない。そんな代紋の凄みに、宇佐野と氷室は浮かべていた笑みを引き攣らせる。


「岩橋。先の会見、あれはなんだね?」

「あ?」


 だが、当の岩橋は表情一つ変えることなく不機嫌そうに代紋の目を睨み返した。


 代紋が第三派閥のトップなら、岩橋は臨時代理にして党内第二派閥〝岩橋派〟のトップ。政治的力学では互角だ。


「何のことだ」

「一度テレビを点けてみろ。どこも批判の大合唱だ」


 代紋の言う通り、テレビでは会見終了からずっと、岩橋の記者対応に批判的な報道が続いていた。傲慢だ、言論統制だ、強権的だ……と。


 今日の夕刊各紙でもその論調が展開されることが当然に予想される。特に、岩橋と激しい対立を見せた旭日・毎朝の両紙は強い口調でこれを報じるだろう。


 代紋は渋面のまま、口を開いた。


「こんなことで世間を賑わすべきじゃないだろう?」

「言われなくたってそんなこと。解ってるさ」

「ならば安易な発言は」


 続く代紋の言葉を、岩橋は「だがな」と遮った。


「藤原の死を政治の道具にされて我慢できる程、俺は大人じゃねぇんだよ」

「藤原だって耐えてきたんだ。政治屋の基本を思い出せ」


 応酬の末、岩橋は自分の失態を認めた。こんなことで怒りを露にするようではダメだ、と。


「……少し冷静さを欠いていた。忠告、感謝する」


 岩橋がようやく冷静な判断ができるようになったことに、代紋は安堵した。


 それと同時に、固唾を飲んでやり取りを見守っていた他の議員たちも安堵の息を吐く。藤原亡き今、党内で分裂が起こるのは何としても避けたかったからだ。


 そんな中で唯一、ニコニコとした笑顔を浮かべて事の成り行きを見守っていた眼鏡姿の男が口を開く。


「話は終わりましたか?」


 男の言葉に全員の注目が集まる。


 男の名前は八雲(やぐも)紘一(こういち)。藤原を始め多くの総理を輩出してきた名門・水曜会の流れを汲む、党内最大派閥〝八雲派〟を率いている。過去には、幹事長、選対委員長、総務会長を歴任して来た。


「時間を取ってすまん」

「いえ。お気になさらず」


 岩橋の謝罪を、八雲はニコニコとした笑顔で受け流す。八雲はその影響力の割に、物腰が柔らかいことで有名だ。こういった場面で議論を取り仕切るのにこれ程の逸材はいない。


「では、本題に入りましょうか」


 やはりというか、彼がこの場を取り仕切る流れとなった。今更だが、この会合は来る〝内閣総理大臣指名選挙(首班指名選挙)〟で誰を自政党の代表として指名するか擦り合わせる為に設けられた。


 勿論、同一政党から何人立候補してもいいし、議員は党の候補以外に投票してもいい。が、普通、自政党議員は総裁に投票するし、党としても候補を一本化する。


 そして今回、総裁であり総理であった藤原が亡くなった。そこで、来る首班指名選挙までに候補を統一するよう、水面下で擦り合わせる必要があった。特に、党内の議員に影響力を持つ派閥の会長を中心に意見を集約する必要がある。


 しかし、八雲の言葉を受けても、誰も自分からは切り出さなかった。互いに「どうぞ、どうぞ」と譲り合う空気が室内を漂う。


 自政党は衆参両院で単独過半数の議席を持っている。総理候補を選ぶとは言うものの、結局のところはこの場で総理を選ぶのだ。


 誰が好き好んでこの国難に首相を引き受けたがるのか。


 なにせ、次の衆院選は遅くとも今年の秋に行われるのだ。もう一年もないこの状況で、失敗することなく政権を運営しなければならない。万が一、次の選挙で議席数が過半数を割るようなことがあれば……そのとき、総理は政治生命に大きな傷を負う。


 いや……そんなものは失政がもたらす結末の、最も矮小で些細なものに過ぎないのだろう。何よりも恐れるべきは、自身の判断が国民と国家を破滅に導く可能性があるということだ。


 勿論、このタイミングで解散総選挙に打って出てもいい。国民の大多数は政治的安定を渇望し、自政党に票を入れるだろう。


 だが、同時に外勢対応への空白と、こんな時に政治の心配か?と言う国民の反感を生むことになる。それは国難にあって優先すべき世論の統一への大きな障害だ。


「それなんだけどよ」


 沈黙を最初に破ったのは、やはりと言うか岩橋だった。岩橋の発言に、僥倖を見たとばかりに議員たちは顔を上げた。


「藤原は俺の盟友だ。あいつの意思は俺が継ぐ」


 岩橋の明確な宣言。各会派の代表からは手放しで賛同の声が上がった。


「確かに。岩橋さんが継ぐのが一番だ」

「国民は力強い統率者(リーダー)を求めています」


 勿論、岩橋が総理になることで報道機関(マスコミ)と衝突することもあるだろう。しかし、そんなことは誰が総理になろうと変わらない。


 彼らの仕事が権力の監視である以上、致し方のないことだ。


 もっとも、〝誰もやりたがらなかった〟というのが手放しで賛同する本当の理由なのだろうが。


 しかし、代紋だけは無言のまま腕を組んでいた。


「俺が総理じゃ不満か?」

「そうじゃない。だが、お前さんはいいのか?」

「俺がやらなきゃ誰がこの国を引っ張るんだ?」


 岩橋がそう言って室内を見回すと、多くの者は顔を伏せた。代紋も渋面のまま俯く。唯一、笑顔を浮かべていた八雲だけは、恥じる様子もなく淡々と話を取り纏めた。


「では、我が党の代表には岩橋さんを指名すると言うことで。各会派の長老方への報告をお願いしますよ」


 こうして、自政党は来る首班指名選挙で指名する候補を、岩橋に一本化した。

最後までありがとうございます。よろしければブクマ、感想等お願いします。


次回は28日投稿予定。よろしくお願いします。

04.総理の椅子(予定)

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