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異世界列島  作者: 黒酢
第3.0章:激動の章―Violent Change
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02.訃報を受けてⅡ

◎前回までのあらすじ

藤原総理の訃報を受けた岩橋は、臨時代理として内閣総辞職を行う。一方、失態続きのウォーティア王国では、拘禁されていた咎人が脱走したとの一報が国王の耳に入った。


※国王の耳に一報が入った時間を夕方から夜に変更しました。よろしくお願い致します。

 ♢

【中央大陸/ウォーティア王国/港町ポーティア/平民街区/バラン牢獄/3月18日_夜】


 太陽が西の地平線に消え、闇が世界を覆う頃。海沿いの崖上に建つバラン牢獄から、複数人の咎人が逃げ出した。


 彼らに懸けられた嫌疑は国家反逆罪。それは王国法―――と言っても現代の法体系から言えば極めて旧時代的な代物であるが―――に定められた罪刑の中で、最も重いと言われる罪だ。


 刑罰は最も軽いもので斬首。つまりは死刑になる以外あり得ない重罪で、罪の重さに準じて死に至る苦しみが変わる。


「そんなの俺はまっぴらだ」


 無精髭を生やした大工の男はそう言って、港の沖合に停泊する異国の軍船―――もとい、海自の護衛艦いせ―――を睨み付けた。


「ぼ、僕も。復讐できれば死んでも構わないと思っていた……けど」

「ああ、二ホン人の為に死ぬなんて御免だ」

「そうさ。俺たちは被害者なんだ。死罪にされる覚えはねぇ」


 次々に声を荒げる男たち。彼らは皆〝ポーティアの悲劇〟の実行犯とされた咎人たちだ。


 座して死を待つだけ。それはそれで構わないと腹を括っていた彼らは今、石と鉄に囲われた牢獄の中ではなく、黒に染まった空の下にいる。


 黒に染まった……とは言いつつも、晴れた空に映える月の光のおかげで、こうして動くことができていた。


「急げ。この下に小舟を用意してあるんだ」


 ランタンのような魔道具を持った近衛騎士の声が、男たちを呼んだ。男たちは何の疑いを持つことなく、その声の下に集まる。


「騎士様よ。こんな急な崖を降りろって言うんですかい?」


 大工の男の目の前には高さ数十メートルはあろうかという急な崖が広がる。その下には、夜空よりも黒い、漆黒の海が大きな口を開けていた。


 小舟はその崖と海の間の僅かな岸辺に浮かんでいる。足を滑らせれば最後、口を開けた獰猛な海に飲み込まれることになるだろう。


 怖気付く男たちに、近衛騎士は急かすように囁いた。


「ならば牢獄で死を待つというのか?それならば私は構わんが」

「い、いや。そうは言ってねぇ……ですぜ」

「ならば早くしろ。こちらも危ない橋を渡ってるんだ」

「ぐ……ええ。分かりやしたよ」


 近衛騎士の言葉に煽られて、男は腹を括る。すると、近衛騎士は腰に下げていた革製の水袋を手に取り、自らの口に運んだ。そして、その革袋をそのまま男に手渡した。


「これは?」

「餞別だ。一人一口ずつ飲んでいけ」


 近衛騎士の言葉に、男は革袋を開け、中に入った液体の匂いを嗅いだ。


「葡萄酒……ですかい?」

「ああ。北の国から輸入した酒だ」

「それを俺たちに?いいんですかい?」

「良い。一時的とは言え貴様らは同志だ」

「で、ではお言葉に甘えて」


 一口葡萄酒を煽ると、芳醇な香りが口いっぱいに広がる。


「うめぇ……」


 男はそう言って革袋を返すと、綱に手を掛け崖を降りて行った。それに続けと、男たちは一人、また一人と綱を伝って崖を降りて行く。最後の一人が綱に手をかけた瞬間。


 近衛騎士は手にしたナイフで、近くの木に括っていた綱を切り割いた。


「あばよ。平民」

「え……?!うわぁぁぁあああ」


 ザバァァァァン―――。


 男は漆黒の海に飲み込まれ、いとも容易く死に絶えた。それを小舟から見ていた他の男たちだが、暗闇故に数十メートル上で起ったことが分からない。


「おい、今の音なん、、だ……?!」

「だ、大丈夫ですか?き、騎士さ―――っく?!」

「く、苦しい。か、体が……」


 男たちは倒れるように海に落ちていく。そしてバランスを失った木製の小舟は、またしても漆黒の海に飲み込まれ、藻屑となって消えた。


 それを近衛騎士の男は崖の上から見ていた。男の顔がランタン型の魔道具の明かりに照らされる。


「遅延性の毒とは聞いていたが恐ろしいな。中和剤を飲んでいなければ私もああなっていたのか?」


 そう言うと、男は手に持っていた革袋をそのまま海に投げ捨てた。そして、来た道を真っ直ぐバラン牢獄まで戻る。バラン牢獄では今頃、同僚たちが深い眠りの中に沈んでいることだろう。


「父上とタイラー様の指示……とは言え目覚めが悪い」









 ♢

【日本国/翌日】


 海外で現職の総理が殺害されるという前代未聞の事件。


 国内の報道機関(メディア)はこぞってこれを報じたが、紙面によって報じ方にはバラつきがある。


 最も多いのはウォーティア王国政府に真相究明を注文する論調だ。しかし、同時に自称・日本軍事件の真相究明が不十分であることへの批難や、日本政府の外交姿勢を批判する論調も見受けられた。



 〝所謂、日本軍事件の被害者の凶行によって藤原総理が命を落とした。結局、彼の事件の責任を日本に擦り付けようとしたのは誰だったのか。政府は覇権主義国たるスラ王国の名を挙げていたが、続報は全く聞こえてこない。これまで政府は一体何をしていたのか〟

(日本商工新聞2018.3.19朝刊)



 〝藤原総理の死去に対してご冥福をお祈りする。ウォーティア王国政府は安易な決着を図ることなく、事件の真相究明に尽くしてもらいたい。それと共に、日本政府は自称・日本軍事件の主犯と目されるスラ王国に対して政治的アクションを取り、ウォーティア王国国民に無実を証明すべきだ〟

(経産新聞2018.3.19朝刊)



 〝国外訪問中の現職総理の死去は憲政史上例がない。全ては所謂、日本軍事件の影響で蔓延した反日感情が原因と見られる。政府は反日感情の払拭を何故、疎かにしていたのか〟

(旭日新聞2018.3.19朝刊)



 〝政府には今回の事件に関して説明責任がある。これ程の怒りを市民に植え付けたのは、政府の高圧的な外交姿勢に問題があったのではないか。政府はメディアの目の無い場所でどのような外交を展開しているのか。自称・日本軍事件のような誤解を生んだ責任が、日本政府に無いとは否定できない〟

(毎朝新聞2018.3.19朝刊)







 ♢

【日本国/東京都/千代田区/永田町/総理官邸/同日_正午過ぎ】


 岩橋はその巨体を総理執務室のソファに沈め、天井の唯一点をぼーっと見つめていた。岩橋は昨日の閣議で、内閣総辞職を行いその職を辞している。


 とは言え、次の総理が決まるまでに政治的空白ができるのは望ましくない。故に、その職を辞した今もなお職務執行内閣の長として、臨時代理としての職務を遂行することになっている。


 しかし、岩橋は頑なに執務机の前に置かれた総理の椅子に座ろうとしなかった。それはまだ、その席が藤原の物だと思っているからか、はたまた、まだその死を受け入れられていないからか。


「まるで悪い夢を見ている気分だ」


 昨夏の衝撃的な天災からずっと。岩橋はことあるごとにこの場所で、藤原と議論してきた。しかし、その藤原はもうこの世にはいないのだ。


 岩橋にとってそれは辛く、苦しい。されど否定しようのない現実であった。ソファに沈んだままの岩橋は、気持ちゲッソリとしているようにも見える。


 彼の脳裏には、藤原と交わした最後の会話がこびり付き、離れない―――。


 ―――藤原。何とか考え直すつもりはねぇのか?

「何度も言ってるように、私は行くよ」


 今は危険だと止める岩橋。対する当の本人は行く気満々で、どうにも意見を変えなかった。度重なる攻防の末、遂に岩橋は根負けし、乾いた笑みを浮かべた。


 ―――分かった。もう止めんよ。すまなかったな

「いや、忠告は素直にありがたい。もっとも、聞く気はないがな」


 二人はそのまま顔を見合わせて笑った。笑い合った。


 馬鹿野郎!何が聞く気はないだ!ありがたいなら素直に忠告に耳を貸しやがれって話だ。そうだろう?藤原。そして俺は何をヘラヘラ笑ってんだ。殴ってでもその馬鹿を止めやがれ。糞野郎。


 岩橋はその怒りの丈を、机にぶつけた。


 ドン―――という鈍い音が、岩橋しかいない室内に響く。ジンジンとした痛みが、岩橋の拳に広がる。


「痛ぇんだよなあ。これが現実だってことか?」


 岩橋はそう言って頭を振るう。いつまでもくよくよしている訳にはいかなかった。岩橋は一人の人間であると同時に、この国を背負って立つべき政治家なのだから。


 コンコンコン―――。


「総理。失礼します」


 岩橋がようやく腰を上げようとしたとき、藤原の政務担当秘書官であった佐々木がやって来た。まるで自分の回想が終わる頃合いを見計らったかのようなタイミングに、岩橋は下を巻いた。


「おう。えらくタイミングが良いな」

「そうですか?」

「噂に違わぬ誠実で気の利く男のようだ」

「それは買い被りです」


 銀縁眼鏡の淵をクイッと持ち上げてそう言い切る佐々木。岩橋は久々に笑みを浮かべ「そうかい」と呟く。そして思い出したように「ああ、それと」と付け加えた。


「総理はもういねぇよ。俺は代理だ」

「申し訳ありません。つい癖で」

「いいけどよ。……それで何か用があったんじゃないのか?」


 岩橋が言うと、佐々木はようやく用件を告げた。


「会見の時間が迫っておりましたので念のため報告に」

「おっと。朝のブリーフィングで言われてたの忘れてたわ」


 岩橋は珍しく予定をすっかり失念していたことを恥じる。が、佐々木は無理もないと首を横に振った。


「藤原総理が亡くなった後です。無理もありません」

「ありがとうな」


 そう言って岩橋は朝、手渡されていた会見用の原稿と問答集に目を通す。その間、佐々木は黙って控えていた。


 会見場までの道中。


 斜め後ろから付き従うように歩く佐々木が、岩橋に声を掛けた。


「首班指名選挙……出馬なさりますか?」

「ああ。当然だ。今日中に党内への根回しも行う」


 岩橋は藤原の亡き後を継ぐのは自分以外にあり得ないと思っていた。それが王道だと。そして、それを押し通すだけの力も兼ね備えていると自負している。


「後で車を回すよう手配していてくれ」

「行先は?」

「自政党本部だ」

最後までありがとうございました。宜しければブクマ・感想などお願い致します。


次回

「03.総理候補」を21日0時過ぎに投稿予定です。

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