食べれるシャボン玉 その1
ベンチであの魔法使いのおっさんが雑誌を読んでいた。鞄を隣に置き、その上にはトレンチコートを雑に置いている。どこからどう見てもサラリーマンのおっさんだ。近くに市役所があるので、職員が仕事をサボっているようにも見える。
なんだってこんなところにいるんだろう? 素朴な疑問が湧いてきた。それに今日はシャボン玉を吹いていない。まぁ雑誌を読みながら吹いていたら、それはそれで不審者極まりないんだけど。
話しかけたいが声をかけようにもかけにくい。読書をしている人に声をかけるのは失礼だし。私の存在に気づいてくれたらいいんだけどなぁ。そう思い、とりあえず声はかけずにおっさんの目の前を横切り、ベンチ隣の自販機に向かった。
おっさんの前を通り過ぎる際、ちらっと何を読んでいるのか横目で見た。美味しそうな肉じゃがの写真と、そのレシピが見えた。……料理雑誌とはまた似合わないものを読んでいるなぁ。まぁテレビで男の人が料理をしている番組をよく見かけるし、おかしなことではないんだけど、スーツ姿で読む雑誌としてはあまりにも不自然な気がしてならなかった。公園ではパンダの遊具に跨っていたり、やっぱりおっさんは変わっていると思う。……魔法使いって皆こうだったら嫌だな。
そんなことを考えながら自販機の前で止まり、何を飲もうか考えながら鞄の中を漁った。……おかしい、財布が見当たらない。確かに今朝入れて来たはずなのに。焦りながらガサゴソ鞄の中を一心不乱にかき回してみると、なぜか数学の教科書に挟まれていた。ほっとして財布を引き抜こうとしたその時、自販機からジジジーっとお札を入れる音が聞こえてきた。顔を上げると、ベンチに座っていたはずのおっさんが、いつの間にか自分の横に立っていた。
「やぁお嬢ちゃん、久しぶり」
「ふぇ!? えぇ、どうも」
あまりの不意打ちに持っていた鞄をひっくり返しそうになった。危ない危ない。おっさんは私を見て微笑み、自販機でコーヒーを買っていた。
「お嬢ちゃんも何か飲むかい?おじさんの奢りだ」
「じ、自分で買います! 悪いですよそんな」
「ははっ、気にしないで素直に甘えておきなさい。それに丁度良いベンチがあるんだ。お代はおじさんのお喋りに少し付き合うって事でさ」
「……じゃあお言葉に甘えて」
満面の笑顔で言われると断るにも断れなかった。まぁ奢ってもらえるのは素直に嬉しいんだけどなんだか少し申し訳なかった。
私はコーラを選び、二人で隣のベンチに座ってのんびりすることにした。傍から見たらおっさんが女子高生をナンパしているように見えると思うのだが、果たして大丈夫なのだろうか? 相変わらずしょうもないことを考えてしまうのだった。
「おじさんの前を通り過ぎる時、チラッと見たんですけど、どうして料理雑誌なんて読んでいたんですか?」
さっきから気になっていたことを真っ先に聞いてみた。
「あぁこれかい? 実はね、やってみたいことがあってさ」
「なんですか?」
「食べれるシャボン玉を作ろうと思ってね」
おっさんは得意げにそう言った。
食べれるシャボン玉……なんだか面白そうなことを考えてるみたい。いや、美味しそうなことか。……洗剤のイメージが大きすぎて、シャボン玉って美味しい気がしないけど。
「へー、魔法でそんなことも出来るんですね」
「そうだよ、だけどレシピも無しに作ろうとすると失敗しやすいからね。それでこれを読んでいたんだ」
「ふーん」
魔法ってなんでもかんでも出来ると思っていたけど、案外そういうわけでもないのかな? おじさんは私と話ながら料理雑誌を膝の上に開き、パラパラっとページをめくり始めた。
「ちなみにどんな味のシャボン玉を作ろうとしてるんですか?」
「そうだね……お嬢ちゃんが食べたい物でも作ろうかな」
「えっ」
ニコニコしながらおっさんは私の方を見た。
「どんな料理でもおじさんにまかせなさい!」
突然のことで少し驚いてしまった。どうやら私はジュースを奢ってもらった上に、シャボン玉もごちそうしてもらえるようだ。
「肉じゃが味は嫌ですよ」
「あれはたまたま読んでいただけだよ! 後ろのほうにお菓子のページがあるから、良かったそこから好きなのを選ぶといい」
そう言っておっさんは、私に読んでいた雑誌を手渡してきた。さっと目を通してみたところ、確かに後ろのページには、誰でも簡単に作れるクッキー作りやらケーキ特集が載っていた。ジュースを飲んでちょっとはお腹が満たされたとはいえ、お菓子は別腹だ。こんなのを見たら、食べたくなってしまうではないか。
その2に続きます。