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シャボン玉日和  作者: とろとと
第二幕 おっさんと少女と魔女
6/12

図書館へ、そして・・・

 放課後、勉強から解放された生徒達は、和気藹々に帰宅準備を始めていた。

 男子はゲーセンに行こうぜとか、誰々の家で遊ぼうぜとはしゃいでいる。女子は買い物して帰ろうとか、皆でカラオケに行こうと盛り上がっている。それもそのはず、普段は夕方までみっちり授業が詰まっているが、今日は水曜日。三時過ぎには授業は終わり、早めに帰ることが出来るのだ。放課後遊びたくなるのは当然だろう。部活動をしている生徒が帰宅部を羨ましそうに見ている。


「じゃあね瑞希。また明日」

「またね、千夏」


 千夏は生徒会の集まりがあるとのことで、一足先に教室を後にした。一人残された私は、のんびり帰宅の準備をし、図書館へと向かった。



 学校を出て、数分歩いた先に市営図書館がある。ここには学校の図書室には置いていない本がたくさんあるのでとても重宝している。机ではよく勉強をしている生徒をちらほら見かける。

 そういえば中学時代、ここで数人とテスト勉強をしに来たことがあるのだが、あれは最悪だった。

 最初のうちは皆、静かに勉強をしていたのだが、だんだん集中力が切れて、いつの間にか談笑が始まっていた。私だけ黙々と勉強しているのが馬鹿みたいだった。案の定、お喋りを楽しんでいた子は職員さんから注意を受けていた。私はそれが恥ずかしかった。

 あれ以来、図書館で皆とテスト勉強をすることは無かった。というかあれは二度とやってはいけないものだと痛感した。勉強は建前で、皆で集まってお喋りをするのが目的だったのだろう。

 そんなことを思い出しながら歩いていると、いつの間にか図書館の目の前まで辿り着いていた。


 中に入ると、カウンターには見慣れた女性が一人座っている。


「啓子さーん」

「あら~瑞希ちゃん、こんにちわ~」


 おっとりとした口調の彼女は緒方啓子(おがたけいこ)。この図書館で働いている司書さんだ。セミロングの髪に眼鏡が似合う可愛らしい女性だ。そして、お母さんの親友でもある。(啓子さんってたしかお母さんと近い年だったはずなんだけど、めちゃくちゃ若く見えるんだよなぁ……)

 子供の頃、よく我が家にやって来ては私の面倒を見てくれていた。その時から、私は啓子さんに懐いていた。年の離れたお姉さんがいるみたいで嬉しかったのだ。

 それに、彼女の絵本の朗読がとても楽しみだった。まるで絵本の世界に入ってしまったのではないかと思わせる彼女の話術は、聞く人を魅了する。本人はそんなことないよと否定しているが、図書館のイベントで朗読会があると、老若男女たくさんの人が集まってくるのだった。もちろん啓子さん目当てで。

 そんな彼女を子供の頃から独占状態だった私は、めちゃくちゃ恵まれていたんだなぁとしみじみ思う。


「この前借りた小説返しに来たの」

「あら、もう読んだの」

「うん、だって面白いんだもん。あっという間に終っちゃった」

「それは良かった。選んであげた甲斐があったわ~」

「啓子さんの薦めてくれる小説にはずれ無し」

「ありがと~。まぁ瑞希ちゃんとは子供の頃からの付き合いだからねぇ。好みがわかっちゃうのかも」

「確かにそうかもね」


 ふふっと二人して小声で笑った。実際彼女の選ぶ本はどれも面白かった。自力で探すよりずっと正確に私の好みにあった小説を薦めてくれる。学校の図書室ではなく、わざわざここの図書館に足を運ぶのはこの為でもある。


「今日は何か借りていく?」

「あっ、今日はちょっと。そろそろテストが近いから」

「そっか。勉強に集中しないとね。また良いの見つけたらリストアップしておいてあげるわ~」

「ありがとう啓子さん」

「ん? ってことはもう帰っちゃうの?」


 啓子さんは寂しそうに私を見つめる。


「いや、ちょっと机で勉強しようかなと」

「そっか、でも今日はもう……」

「あっ……やっぱり皆考えることは同じなんだね」


 辺りを見渡すと、結構な数の学生がすでに自習を始めているのだった。それもそのはず、もうあと数日経てば中間テストの始まりなのだ。こんなに早く授業が終ったのだ、皆が皆遊んで帰るわけではない。こうやってテスト勉強する子だっているのだ。それにしても……


「今日はやけに多いね」

「そうなのよね~、珍しいわ。まぁ騒がず静かに勉強してくれていたらいいんだけどね~」

「中学の時はすいませんでした……」

「も~気にしないの。あんなのよくあることなんだから。それに瑞希ちゃんは黙って勉強してたじゃないの」

「でも……」


 何を隠そうあの時、お喋りをする友達を注意しに来たのは啓子さんだったのだ。今でも忘れない。普段温厚な彼女が、怒気を含んだ声で一言、「静かにしなさい」と言い放ったのを。

 それに、なぜ啓子さんが注意しに来る前に、自分がもっと早くに注意しなかったのかと今でも後悔していた。そうすれば啓子さんを怒らせずに済んだのにと、今更どうしよもないのについ考えてしまう。この話題が出るたびに反射のように啓子さんに謝ってしまうのだった。


「昔のことを気にし過ぎていると、今を楽しめなくなっちゃうわよ。それにね、学生さんが騒いでいるよりもっと大変なことがあるんだから」

「そうなの?」

「聞きたい?」

「……今度教えて」


 どうやら小さいことを気にするような学生の私にはわからない、もっと複雑な事情が大人の世界にはあるようだ。そう言ってもらえて少し気が楽になった。


「じゃあテストが終ったら一緒にデートでもしよっか~」

「賛成!」


 唐突にテスト明けの楽しみが出来た。おいしいスイーツのお店に連れてってあげるね~、と啓子さんはうきうきしながら返却された本の整理し始めた。


「とりあえず、これじゃ勉強できそうにないから大人しく家に帰るね。これ以上駄弁って啓子さんの邪魔をしちゃいけないし」

「邪魔じゃないわよ~。雑談も仕事の内なんだから~。気をつけて帰るのよ」

「はーい、ありがとね啓子さん。デート楽しみにしてる」

「こっちこそありがとね~。テスト頑張りなさい~」


 啓子さんはカウンターから笑顔で手を振ってくれた。名残惜しいが仕方がない、デートの為にも頑張って勉強しなくては。啓子さんに手を振り返し図書館を後にした。


 そういえばテスト前だというのに、週末千夏と買い物の約束をしたけど、勉強しなくて大丈夫なのかな? ふと、今更だがそんなことを思った。もし千夏が良かったら、週末の買い物はやめて啓子さんと三人でデートでもいいんじゃないかなと思い、スマホを取り出し千夏にメールを送った。生徒会があるし返事は遅れるだろうと思った束の間、千夏からのメールが届いた。


「ふたりっきりでデートしたい! 勉強なんて毎日してるから問題ないもん!!」


 腕を組んでほっぺを膨らまし、ぷんぷんしている千夏の姿を容易に想像できた。



 思った以上に早く図書館を出てしまったので、微妙に時間を持て余していた。スーパーで買い物して帰るには微妙な時間。タイムセールが始まるのはまだなのだ。そんなことを考えながら、たしか図書館を出てすぐ近くにベンチがあったのを思い出し、ジュースでも呑みながら休憩しようと思い立った。幸い自販機もベンチの隣にあったはずだ。そうして向かっていると、すでにベンチには誰かが一人座っていた。


「あっ」


 その姿に見覚えがあった。スーツを着こなす自称魔法使いのおっさんが一人、黙々と料理雑誌を熱心に読んでいた。

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