くりすましと三段グロウス(ドレつかSS)
『クーデレ奴隷商人サマとオレのどきどき探索旅行』にちみっと出てくる「くりすまし」のお話。
「……ほら、似合う」
長い白銀の髪を揺らしながら、サクヤは笑って呟いた。
真っ白なポンポン付きの赤いフードをかぶせたところで、ようやく着付けが完成したらしい。細い両手が撫でているスエードのケープは温かそうで、いかにも冬らしい装いだ。
その下からリドル族らしい白銀の髪と長い耳をちらつかせて、ナチルは不審げにケープの裏地を眺めている。
この手の細工物の苦手なサクヤがどんだけ頑張ってこの衣装を用意し、どんだけ急いで冬に合わせたかを知っているオレとしては、ナチルのそんな顔でもいちいち腹が立ってくる。
何なら今すぐ絆創膏まみれの両手を取って、奥の部屋へ連れ戻してやりたいところだ。
たどたどしく、ナチルに着せたケープと揃いのワンピースの端を整えてから、サクヤがそっと両手を離した。
ナチルはフードに押さえられた耳をぴるぴる動かし位置を探り、それから横目でこっちを見る。
「そうかしら。ねぇ、似合うと思う?」
「まあ、似合うんじゃないか。服とあんたの目と、おんなじ色してるし」
雑なオレの言葉に、紅の瞳をがっと見開いてみせたのは――怒ってるんだろう、多分。
「ちょっと。何よ、その他人事感。右に出る者のいない美少女リドルたるあたしの可愛さを称えるのが面倒くさいとでも言うワケ!?」
「称えるどころか、感想言うのも面倒くさいね。そもそも、オレが称えるべき相手はあんたじゃない」
こんなに頑張ってナチルの洋服を作ってやった我が嫁君をこそ、称えるべきだろう。
まあ、正直に言えばこの赤いワンピースとケープのセットはすごく可愛いデザインだ。だからこそ、本当はナチルじゃなくて、自分で着て欲しかったな、とか思っちゃったり思わなかったり。
「あーあ、こんなとこまで来てノロケ!? ほんと、いつまでーもいちゃいちゃしてて鬱陶しいわよ、あんた達」
「ナチル、さすがに言い過ぎでしょう」
ナチルのお目付け役であるイツキが、低い声で窘めた。
咄嗟に言い返そうとしたナチルが、イツキの割とマジな視線を受けて密かにビビっている。どうやら最近イツキは、あまりにも我儘放題なナチルの様子を見かねて教育ママ的対応を推し進めているようだが、果たして効果は出るのやら。
「何だ、2人とも。今日はお祭りだぞ。そんなしかめっ面はやめておけ」
ナチルの前から立ち上がったサクヤが、オレの方へと寄って来た。
絆創膏まみれの両手でオレの手を取る。
「……な、うまくできただろう? 可愛いと言ってくれ」
小首を傾げて見上げられれば、オレだって素直に言わざるを得ない。
「ああ……うん。可愛い。すっごく良く出来てる。可愛い。とてつもなく可愛い」
「そうか、良かった。ほらな、ナチル。カイもこう言ってる」
「カイの言ってる『可愛い』は別の物を指してるような気がするけど……まあ、良いわ」
うふ、と笑ったナチルが、スカートからのぞく尻尾をぴこぴこ動かしながらぐるりと回って見せた。ああ、すごい。サクヤが真夜中に泣きながら付けた裏地のレースがあんなに可愛い。一時はもうどうなることかと思った分だけ、こうして見ていると感慨深い。
思わず遠い目で虚空を眺めるオレの前で、回転を止めたナチルが両手を腰に当てて足をしたーん、と鳴らした。
「さっ、それで? このくりすましってお祭りは何をするものなの? リドル島に古くから伝わるお祭りなんでしょう?」
ナチルの問いに、サクヤが静かに頷いた。
「くりすましは、古の神を祀り、長い冬を越し春へ向かうための祭りなんだ。リドル族はくりすましの夜には赤い服を着て、三段グロウスの役を務めなければならない」
「三段赤鳥……!? だから赤いのね!」
集中したナチルのフードの下から、長い耳がぴるんっ、と飛び出した。
真っすぐ伸びた耳を見下ろして、サクヤは真面目な顔で続ける。
「三段グロウスは聖なる精霊だ。人の子を祝福し、愛と山盛りのプレゼントを与える」
「ぶふっ……!」
吹いたのはイツキだ。
サクヤが何か間違って覚えてっぽい……けど、どうやら言うつもりはないらしい。も一度両手で自分の口を塞いで、真剣な顔で話し合うサクヤとナチルを眺めている。
「人の子ぉ? えぇ……じゃあ、あたしはプレゼント貰えないワケ?」
「三段グロウスはこの祭りの祭祀だからな。そんな顔するなよ。俺――私の方が切なかったんだぞ。かつてのリドル島には人の子は私しかいなかったもんだから、私に出来ることは山盛りで渡されるプレゼントを受け取り続けることだけだ。本当は私だってプレゼントをあげる方をやりたかったのに」
拗ねたように口を尖らせたサクヤの姿を見て、イツキが肩を震わせている。
なるほど。どうやら、サクヤの知ってるくりすましは本来のソレとは違うらしい。
オレはイツキの肩を指先で突いて、こっそり囁いた。
「人の子がプレゼントを貰わなきゃいけないなんて、そんな大嘘言い出したのは、イワナか?」
「……おや、良く分かりましたね」
冷えた炎のような赤い瞳がオレを睨み付けた。
愚かな人間の分際で、とまで言わなかったのはさすがと言うか。
人間の元で色々と嫌な思いをしてきたイツキだが、青葉の国に来てからは、だいぶ外向きに攻撃する姿勢は抑えている。種族は違っても同じ国民という意識があるから、だと思いたい。
オレは頭を掻きながら、答える。
「リドルの島には、サクヤがいつくまでは人間なんていなかったはずだし。さすがのリドル達も相手のいない祭りを伝え続けるのは厳しいだろ」
「……どうにも、あの頃のサクヤは遠慮しがちだったので。祭りにかこつけてイワナが『1年分のプレゼントを押し付けましょう!』なんて言い出したのですよ」
イツキの目がオレから逸れて、サクヤとナチルの方へと向けられた。
いや――多分その2人よりもまだ向こう、きっと今はもういないサクヤの姉の方へ。
そのヒトを直接知らないオレは、ただ肩を竦めるしかない。
「ま、それは良いけどさ……。どうすんだよ、アレ。サクヤは今でも信じてるらしいし、ナチルもそれに騙されかけてるぞ」
「丁度良いんじゃないですか。幸いにして、この国にはプレゼントを上げる相手はたくさんいそうですし……祭儀はその時代に応じて形を変えていくものですしね」
くすん、と隣でイツキが鼻を鳴らした。
その音が笑い声だったのか、鼻をすすった音だったのか、オレはそっちを見ていないからよく分からない。
とにかく、諸々のレクチュアをサクヤから受け終わったナチルは、背中に白い大きな袋を背負うと、堂々と胸を張ってサクヤに手を振った。
「やらなきゃいけないことは大体わかったわ! じゃ、あたしこれからプレゼントを配ってくるから! まずはアサギの所へ行ってケーキを渡さないとね!」
姫巫女としての責務を負ってやる気満々で出ていくナチルと、その背中を懐かしそうに眺めながらついていくイツキを、オレ達は黙って手を振り見送ったのだった。
「……それにしても、やっぱちょっと勿体ないよな」
「何がだ?」
オレの独り言めいた呟きは、サクヤにも聞こえていたらしい。
問い返されて一瞬、誤魔化そうかと思ったけど、それもまたバカバカしい気がして結局は素直に口にした。
「いや、あれだよ。三段グロウスの衣装」
「ん?」
「あれめっちゃ可愛いじゃん。ナチルが着てもまあ、可愛いっちゃ可愛いけどさ……オレとしては誰よりあんたに可愛くして欲しいなって」
抱き寄せると、びっくりした目で大人しくオレの腕の中に納まった。
それから、少しだけ悪戯っぽい表情を浮かべて小首を傾げて見上げてくる。
「もし俺が三段グロウスだったら、何が欲しかった?」
「……言わせんなよ」
口にした答えの直後に、欲しい物はしっかり貰えたので、まあ、このお祭りはそういうアレで良いらしい。
愛があれば、いつだってそれが十分素敵なプレゼントになるのだ。