香櫻堂は今日も忙しいのです(後)(ドレつかSS)
本日未明に更新した前編があります。
「やあ……。今、誰もいない?」
大神官さまから依頼されたお花について、リストから心当たりをピックアップ中。
細く開いた扉の向こうからひょこんと顔を覗かせたのは、誰あろう、噂の主――エイジさまだった。
「わっエイジさま! いらっしゃいませ! おひさしぶりです」
戴冠前から市民の好感度抜群なエイジさまは、うちにもいつもお忍びでちらっと顔を出してくれる。
以前は時々お仕事を依頼されてた。一番多いのは、親衛隊長さんの監視からこっそり逃げ出して、かくまってくれっていうお仕事らしくないお仕事なんだけど。
どうやら最近はとみに忙しいらしい。逃げ出す暇もないくらいに。
「やー、このお店は良いよね、静かで。ようやくちょっと一息つけるよほんとさぁ。王さまなんてなるもんじゃないよね、全く。次から次に揉め事が起こって、ぼんやりする暇もありゃしない」
愚痴りながら扉を開けて入ってくる。
後ろ手に扉を閉める隙間をくぐり、黒い小柄な影がするりと身体をくねらせて滑り込んだ。
「あら、サラちゃんも一緒でしたか。……そう言えば、久しぶりですね」
大神官さまの大事なお友達、無口で神出鬼没な黒猫族の少女。
いつもいるようでいない、いないようで実はいるからはっきりとは分からないけれど……思い返せばかれこれ1ヶ月くらい姿を見ていなかったような。
「ああ、サラもちょっと出かけててさ。今日、ようやく帰ってきたってとこ」
「そう言えば、サクヤさんやカイさんも今日戻られたんですよね。エイジさまのところへ行くって言ってましたけど」
「そうそう、鋭いなぁ。3人とも一緒に出てて、仕事が終わって帰ってきたとこなんだ」
軽く笑って、背中越しにサラちゃんの方を振り返った。
「な、サラ。お前、俺の護衛の癖に、1ヶ月もいなかったんだよな」
「……やむを得ず」
エイジさまと目を合わせたサラちゃんが、小さな肩を竦めながらぽつりと答えたので、少しだけ驚いた。
前に会った時は、この程度の会話をすることさえなかったような。
びっくりしてつい見詰めてしまう。サラちゃんは私の視線から逃げるように、エイジさまの背中の後ろへそっと隠れた。
「はは、らしくないぞ、サラ。何照れてんだよ」
「照れてない」
「……だなぁ。何か最近、人前でも気にせずによくしゃべるようになったよな」
少年のおかげかねぇ、としみじみ呟くエイジさま。
私は首を傾げて尋ねる。
「人前でもってことは、以前からエイジさまとはよくお話されてたんですか?」
「――っうえっ!?」
私の質問を聞いて、なぜか慌てた表情のエイジさまと、しゃーっと尻尾を逆立ててエイジさまに怒ってみせるサラちゃん。
「えっ今の聞いちゃいけない質問でしたか?」
「あっやっ……そ、そういうことはないけど。や、ほら。ははは」
笑って誤魔化された。
何やら怪しい気配を感じつつも、お客様の事情に踏み込みすぎないのも、良い商売人には必要な手腕。私はそこでいったん口を閉じる。
「あ、えっと……今日はさ、あの、お願いしたくて」
「はい、何でしょう?」
「や、そのさ、今度……結婚するヤツがいて。多分、半年後くらいなんだけど」
「あっその話ですね! はい、おめでとうございます!」
満面の笑顔でお祝いを述べると、きょとんとした顔で返された。
「えっと……結婚するのは俺じゃないのよ?」
「は? エイジさまが結婚するってお聞きしたんですけど……」
「しゃー!」
なぜかサラちゃんがエイジさまに向けて毛を逆立てて怒っている。なぜだ。
「ちょっサラ待て、俺は何にも言ってないって! もちろん結婚なんてする予定なんてない! お前が一番よく知ってるだろうが!」
「……知らない!」
ぷいっとよそを向いたサラちゃんにため息をついて、エイジさまは私に向き直った。
「いや、ほんと誰に聞いたのよ、そんなデマ」
「え? あのー……大神官さまから」
「アサギ? あいつ何だってそんな嘘……あ」
「あ?」
「あー、何か分かったわ。あれだ、アサギのことだから適当に早とちりして答えたんだろ。シイカちゃんさ、結婚式するって話しか聞いてなくない?」
「え? ……うーん、そう言われれば」
誰の結婚式ってはっきりとは聞いてないかも。
「ほらな、サラ。俺は悪くないだろ」
「普段の行いが悪すぎる」
「美人を見かけたら声をかけるのは礼儀でしょ」
しれっとした声のエイジさまの手を、無言のまま、耳だけこちらに向けて聞いていたサラちゃんのしっぽがぱしん、と叩く。
嬉しそうにしっぽのお叱りを受けたエイジさまは、私の方へ向き直った。
「さて、誤解もとけたところで、お仕事のお願いなんだけどさ」
「あっはいはい、ごめんなさい。何をお求めですか?」
「その結婚式の話なんだけどね、あいつら放っとくとなーんの用意もできなさそうなんだよね。それで、俺達それぞれにお膳立てしてやろうと思ってるんだけどさ」
「あいつら……?」
誰のことだろう、と悩む私をスルーして、エイジさまは話を続ける。
「上等な白い布を手配してほしいんだ。仕立てはほら、ユウキって人に任せるからさ」
「あー、こないだお引越ししてきた仕立て屋さんですね。評判良いですよ、確かに」
「うん、彼ならどっち風でも作れるからなぁ」
「どっち風?」
「あ、性別じゃなくて種族の話ね。性別の方は片がついたらしいから」
説明してくれたらしいけど、説明の内容が既に分からない。
性別? 片がついたってどういうこと?
「お金は、サラが払う」
エイジさまの背中から顔を出したサラちゃんが、ぽつりと呟いた。
始めて語りかけられたことにも驚いたけど、資金の出処にも驚いた。
えっ、そこはエイジさま負担じゃないの?
どうやら疑問が顔に出てたらしい。エイジさまが苦笑する。
「アサギがまたどっからか乙女思考のおまじないを見付けてきてさぁ。あいつが用意する青いリボンのガーターがサムシングブルー、サラが結婚衣装を用意してあげるのがサムシングニュー、王宮の宝物庫にあるふっるいネックレスがサムシングオールド、だってさ」
「ああ、サムシングフォーですね……!」
そう言えば、大神官さまもそんなこと言っていた。
そっか、そうやっておまじないにかこつけて、みんなで結婚式を手伝ってあげるってことなんだ。
「あら……? じゃあ、サムシングボロウドは……?」
サムシングフォーの最後の1つ、何か借りたもの。友達から借りたものを身につけるんだけど……。
「それねぇ、ナギが用意するはずなんだけど……アサギもバカな分担するよな」
「親衛隊長さん!? あっ……そう言えば、ハンカチ――」
「ハンカチかー……変態臭いけど、下着とか言わないだけまあマシか」
「あいつは変態だけど、ど直球な変態行為は出来ない。それがまだしもの救い」
口数が少ないはずのサラちゃんの容赦ない評で、大体理解した。
ああ、『借りたもの』だもんね……借りたら返すよね、普通。
「……ん? ってことは、花嫁さんは――」
この青葉の国の国民で、親衛隊長さんの想い人を知らない者はいない。
永遠の片思い。1人熱愛。絶対に諦めない20年童貞。
その、若干ひねくれた熱い思いの向く先のお相手はと言うと。
私の視線の先で、エイジさまとサラちゃんが顔を見合わせ――同時にこちらを振り向いてにやりと笑った。
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紅い日差しが窓から差し込む夕暮れ。
もう誰も来ないなら店じまいかな、と立ち上がった時、静かに扉を開く音がした。
何だか難しい顔をしてお店に入ってきたのは、朝にも会ったカイさんだった。
「あの、もう終わりかな?」
「いえいえ、どうぞお入りください。今日もお疲れ様でした。もう他にお客さんも来ないでしょうし、お茶でも淹れますから、ゆっくりしてってください」
「……おう、ありがと」
逡巡は一瞬。すぐに身を翻して、店に入ってきたカイさんは1人だった。
「あら、ご一緒じゃないんですね」
「ああ……あいつこそ疲れたんだろな。王宮の自分の部屋で寝てるよ」
前王ともエイジさまとも親交の深い奴隷商人さんは、王宮に彼専用のお部屋がある。
エイジさまから聞いた話だとかなり大変な旅路だったらしいので、戻ってきた安心で疲れが出たのだろう。
お店の隅の小さなカウンター。脇に立つカイさんの前にお茶を差し出しながら、私はしれっとした顔でお祝いを告げた。
「……ご結婚が決まったそうですね。おめでとうございます」
「ぶっ……!? な、あんた、何でそれを――」
何でって、そりゃエイジさまがそりゃもう面白そうに根掘り葉掘り話をしてくれたからで――結論。あの方々の中で一番口が軽いのはエイジさまだ。
「綺麗な花嫁さんになるでしょうね、結婚式は半年後とか――今から楽しみです」
「あっまっまっ待って! ちょ、えっ……半年後!? そうなの!?」
「『そうなの』って……カイさんの結婚式でしょう?」
「いや、そうだけど! オレは結婚するって言っただけで式を挙げるなんて話は――えっ待って! 本当にそんな話になってんの!?」
「エイジさまと大神官さま――と、親衛隊長さまの中では、なってたみたいですけど」
「師匠まで!?」
「エイジさま以外ははっきりとはおっしゃってなかったですが……何か、エイジさま言いふらし回ってるみたいですよ? さっきお茶に出た時、大通りのレストランのオーナーが当日のメニューの一部を任されたって喜んでましたから」
「メニュー!? 式挙げることも決まってなかったのに、宴のメニュー決めてどうすんだよ!」
どうやら、カイさん自身は本当に何も知らないらしい。
放っとくと何も用意できない、なんてエイジさまは言っていたけれど、用意できないんじゃなくて用意する暇を与えないんじゃないだろうか。カイさん、可愛がられてるもんなぁ。
まあ、エイジさま辺りは自分が結婚しないつもりだから、盛大にやらせとけば目くらましに丁度良い、くらいは思ってるかもしれない。ついでにお祭り騒ぎにしちゃって、街中の景気にも貢献しよう、とか。
とは言え、さすがに頭を抱えているカイさんが可哀想になってきた。
その肩に手を置いて、そっと声をかける。
「カイさんも、何か香櫻堂に用があったのでは?」
「あっ……うん。それなんだけどさ……」
カイさんは、顔を上げないままぼそりと答えた。
「あいつも俺もさ、いつもお世話になってる人とかたくさんいるし、この機会に報告したりとかお礼言ったりとか挨拶したりとか、牽制したりとかしようかと思って……だから、結婚式ってどうやってすれば良いのかなって、相談したくてきたんだけど……」
言葉の最後は、もごもご口の中に消えた。
どうやら、既に目的は達せられてるらしい。
親愛なる友人達の手によって。
私は微笑んで答える。
「皆さん、きっと喜んで相談に乗ってくれますよ。おめでたいことですもの。もちろん、私もですけど」
「……うん。ありがとう」
顔を上げたカイさんの頬はほのかに赤かった。
照れくさそうに笑った顔はやっぱり愛嬌あって、うん、きっと彼は――あっ、ううん。花嫁さんなんだもんね。彼女はここに惚れたんだろうな、なんて思う。
お茶を飲みながら、結婚式のしきたりなんかについて2人で話していたところで、入り口の扉が乱暴に開く音がした。
「ここにいたのか、カイ……!」
息を弾ませた女性の声。
見れば、輝くような見事な銀髪と、夕日そのもののような真っ赤な瞳のとびきり美人さんが立っている。
頭上に耳はないけれど、その色の組み合わせと顔立ちの美しさで、一瞬、リドル族のひとかと思った。
最近、時々街中でも見かけるので、見慣れてきてはいるんだけど、やっぱりこうして突然出会うとはっとする。
だけど、よくよく眺めて、その顔のつくりに見覚えがあることに気が付いた。
「あれ? もしかして、サクヤさん……?」
おかしいなぁ。サクヤさんって確か、金髪碧眼の美人さんだったんだけど……いや、髪の色も目の色も、変わったところで美人さんなのは違いないんだけど。
私の疑問をそっちのけで、弾かれたようにカイさんが入り口に駆け寄る。
「――ちょっとサクヤさん! あんた、フードはどこにやったんだ!? そんな恰好でうろうろしたら目立って仕方ないだろ」
「青葉の国をうろつくのに今更フードなんていらない。お前こそ、俺が寝ている間に1人で勝手にどこかに行くなんて……心配するじゃないか」
無表情に近い表情でそう呟いたけれど、良く見ると唇が震えていた。
カイさんは反射的に何か言い返そうとしてから、サクヤさんの顔を見てふと口を閉じた。
息を吐いて肩の力を抜いてから、あやすような優しい声で問いかける。
「どうした、サクヤ。何か変な夢でも見たのか?」
「変な夢……というか、何だか、もしかして今が夢なんじゃないかと思って……」
「夢? 何で」
「だって、俺がお前と……結婚なんてして、ずっと一緒に……最後まで、本当に最後までずっと一緒にいられるなんて、そんな――」
幸せ過ぎて、という言葉が、唇の形だけで囁かれた。
カイさんは、笑いながらそんなサクヤさんの手を取る。
「夢じゃない。最後まであんたの傍にいる――いさせて、くれよ」
サクヤさんは無言のまま、カイさんの身体を抱き締めた。
長い銀髪がふわりと広がって、夕日のカーテンみたいに2人を包んだ。
「……かないで」
「ああ」
何かを呟いたサクヤさんを抱き締め返して、カイさんが頷いた。ぎゅっと首元に頬を寄せて――そこで、どきどきしながら2人をガン見している私の姿に、ようやく気が付いた。
「あああああっ!? あっ、ちょ、シイカ! ち、違うから! これはほら、その……オレは別にその、いや違わないんだけど、何かこういうのって見せびらかすとか何かアレほら、とにかくそんなに見られると恥ずかしい……」
「あっ、えーと……その、私もそんなにじろじろ見るつもりはなかったんですけど、ほら、恋に恋するお年頃なので、こう……参考にさせていただきたいなー、とかその」
お互い真っ赤になって慌ててる中、ふと死角にいた私に気付いたサクヤさんがこくんと首を傾げた。
「……いたのか、シイカ」
「あっはい……いました」
「じゃあ、頼みたいことがあるんだが。報酬は弾む」
わーい、サクヤさんったらすごーい。ここまでのアレコレとか全く意に介さないんだー!
ええ、はい。うちは報酬さえきっちり払って頂ければ、もう何でも良いです……。
「いつもありがとうございます。今日は何のご用ですか?」
「結婚と言えば指輪を用意するものだと、ナギに言われた。でも、そんなのどこで用意するのか俺は分からないし。そもそも自分で買ったことがない。香櫻堂なら何でもそろうと思って」
「あんた、本当にここの店に頼めば何でも買えると思ってるだろ」
呆れた声でカイさんがツッコミ入れてるけど……ええ、はい。
香櫻堂からすれば誇らしいくらいですとも!
2人に向けて、私は商売けたっぷりの微笑みで応えた。
「はい、お買い求めはどうぞ香櫻堂へ。大きなものでも小さなものでも、よろずご都合いたします。今日中に心当たりをリストにしておきますから、明日また寄ってみてください。良い商品を仕入れられるように誠心誠意お手伝いいたします」
――うん、明日も香櫻堂は忙しそうです!
2年前くらいに書き出して途中で放置してたものですが、ちょうど今日でドレつかの連載開始から3年になることを思い出したので、最後まで書きました。
最近は21時がいつもの時間ですが、そう言えば一番最初は隔日で真夜中1時に更新してたなぁ、とかも思い出しました。よくぞ3年も「小説家になろう」に投降し続けているものだと感慨深く。
連載当時、そして完結後、彼らと一緒に旅してくださった皆さんにお礼の気持ちを込めて。