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香櫻堂は今日も忙しいのです(前)(ドレつかSS)

本編最終話までのネタバレがあります。

 おじいちゃんからお店を継いで、そろそろ1年。

 ようやく、香櫻堂こうおうどうの経営――と言うにはちょっとルーズな、お店の差配に慣れてきたような気がします。

 今までのおじいちゃんカラーではなく、私、羽根田はねだ 詩歌しいからしい雰囲気になってきたような。


 引退の直接的な原因は急なぎっくり腰だったけれど、それより前からおじいちゃんは、お店から手を引くタイミングを図っていたらしい。

 自分が動ける内に私を後継ぎと定めて、きっちり仕込んでおいてくれた。

 だから引き継いだ後でも、お店を回してく上では不安があるわけじゃない。

 目下の不安は、こんなにお店ばっかりに力入れてて私ちゃんと結婚出来るのかしら、とか……年頃の娘としてはそういう方が心配だったり。


 ま、そんなこと言ってても始まらない。

 今朝もそろそろ開店時間。店の入り口に積もった落ち葉をほうきで集めてると、後ろから聞き覚えのある男の子の声が聞こえてきた。


「お、シイカじゃん!」

「あら、カイさん。お久しぶりです」


 振り向いた先で手を振ってるのは、焦げ茶色の髪と目の色をしたちょっと目つきの鋭い男の子。黙って無表情でいるとちょっと怖い時もあるんだけど、大体はこうして笑ってることが多くて、笑顔にとっても愛嬌があるから、このギャップで世の中うまく渡ってるみたい。その辺りはしばらく観察してて分かったことだけど。

 元々はウチのお得意さんのお連れさんだったんだけど、最近はカイさん自身もお得意さんなのだ。行動拠点を青葉の国に定めてからは、普通のルートじゃ手に入りにくいものは、大抵うちを通して買い付けてくれる。


「こんな早くからお店の準備かー、大変だなあ」

「カイさんもずいぶん早いですね」

「うん、今帰ってきたとこでさ。本当はこのまま寝たいくらい」

「あらあら、おかえりなさい。お疲れ様でした」


 お得意さんには笑顔、笑顔。

 私の笑顔に笑顔で返してくれるカイさんの後ろ、フードを目深に被った黒ずくめの人影を見付けて、私は微笑み度を更に5割増しにした。


「わあ、サクヤさんもご一緒でしたか! お元気でした?」


 フードの下、薄い唇だけがのぞいている。

 私の声に、その唇が緩く引き上げられ、無言のまま軽く右手が上がった。

 真っ黒いマントに包まれたその姿は、完全に怪しげな犯罪者にしか見えない状態。


 だけど、フードを取るときらきら金髪の美人さんであることを、私は既に知っているのだ。

 このサクヤさんが、カイさんを連れてきてくれた香櫻堂のお得意さん。カイさんに限らず、引っ張ってきてくれたお客さんは数知れず。取引回数も金払いも良いので、私ったら姿を見かけるとそれだけでにこにこしてしまう。


 青葉の国の王様方とも繋がりがあって、力のある商人だと名前も知れてる。おかげで、うちに限らず周りのお店の店員さんからひっきりなしに客引きがあるんだけど、ことごとく無視してる。

 片手を軽く上げるだけ、たったそれだけの挨拶を返して貰うことが、いかに大変なことか……。

 なのでやっぱり、それだけで十分にこにこしてしまうのだった。


 ……ちなみに、実を言うと私、この人が男の人なのか女の人なのか、本当は全然知らない。

 男の人にしては綺麗すぎるような気がするけど、たまーに口を開いた時の声はめちゃくちゃ低いから女の人としてもどうかな、と思うこともある。

 時々、サクヤさんがうちのお得意さんだってことを知った人から、「本当はどっちなの?」って聞かれたりする……けど、知りたいのは私の方だよ!

 見た目は十代の美少女……ぐらいに見えるけど、噂では百年前からずっと同じ姿をしてるとか言われてる。奴隷商人である上にすごい魔術師だとも聞く。実際にエイジさまの前の王さまのリョウさまの親友だって話からすると、百年は言い過ぎにしても、五十年くらいは外見が変わってないんじゃないだろうか。ただの若作りじゃ不可能なレベルだ。

 いつかその辺について詳しく聞いてみたいんだけど、サクヤさんってば隙がないからなぁ。


「今帰ってきたってことは、またどこか旅に出てたんですか?」

「あー……うん、ちょっと色々あったんだ」


 どちらへともなく問いかけた言葉は、案の定カイさんの方が答えてくれた。

 サクヤさんは必要以外をほとんど喋らないから、こういうときはカイさんが窓口になってるのが通常モード。

 だけど、今回はカイさんも答えにくそうにしてる。

 これは深追いしない方が良い質問なのね、と1人で納得して、頷きながら別の質問に切り替える。ここで微妙な空気を読むのが、良い商人の基本だ。


「じゃあ、これから王宮ですか? エイジ様のところへ?」

「そうそう。すぐ来い、早く来い、急いで来いって、伝達があったから。ちょっと行ってくる」

「きっとお2人にお会いになるのが楽しみなんですね。いってらっしゃいませ」

「ありがと」


 ひらひらと手を振ったカイさんと、無言で頭を下げたサクヤさんの後ろ姿を見送りながら、最後にほうきを一掃き。


「よっし! 今日も頑張りましょう」


 ――さあ、仲介屋、香櫻堂こうおうどうの開店です!


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 香櫻堂こうおうどうのお仕事を、口で説明するのはそんなに難しくない。

 売買したい誰かと誰かの間に入って、その商いを取り持つのが私のなりわい。そう言えば、みんなすぐにイメージしてくれる。

 なかなか分かって貰えないのは、「それでどうやって生活できるほどの利益を出すの?」ってところかな。


 仕組みは簡単なお話で、守らなきゃいけないルールは2つ。

 1つは秘密厳守。

 もう1つは、広くお付き合い。お付き合いの範囲は無制限。

 裏も表も遠くも近くも、安価な日用品から高価な芸術品まで。

 依頼があれば何でも仲介します。

 ね、ちょっと便利そうに見えるでしょ?


 とは言え、ひっきりなしにお仕事が舞い込んでくるってお仕事じゃない。

 お客さんが1人も来ない暇な午前中を在庫整理で終え、お昼ごはんを食べてから、ぼんやりと昼下がりの日の下で取引先リストをめくる。

 仲介屋にとってお客さんと同じくらい大切なのは、お客さんからの依頼を紹介する先――私の仲介で仕事を請け負ってくれる取引先。


 そんな大事なリストだもの、折々に見直しが必要になる。

 ……とは言え、リストに載ってる取引先は見られても良いところばかり。本当に大切な取引先は完全に私の頭の中に入ってる。リストには載せられないような黒よりのグレーから真っ黒な取引先。そんな表に出ない真のリストは、おじいちゃんからの口伝と引き合わせで引き継いだ。


 例えば、さっきのサクヤさんは、このリストには載っていない。

 彼は、何でもウチを通して発注してくれる良いお客さんでもある。それこそ、頭の先のマントから、足の先のブーツまで。武装に普段着に旅の用品。どれも大抵が割と値の張る良いモノだったりするので、素敵な上顧客。

 だけど、取引先としては、商品を卸す方だの買い手を探す方――つまり、彼の本業の奴隷商人。

 さすがの香櫻堂も、奴隷商売やってる取引先なんてそうそういない。そんな、層の薄い部分をカバーしてくれるありがたいヒトだ。


 そんなこんなの両方で、ウチからすれば大お得意さま。

 ウチで買った品物を、受け取れない間、預かっておいてあげるくらいお安いご用。

 だから……美人かどうかなんて無関係に、彼の顔を見るともうにこにこしてしまう訳ですよ、商売人としては。


 その上、彼は紹介料とか細かいことはあんま考えずに、お客さんを紹介してくれたりもする。

 さっきのカイさんもそうだけど、その他にも――


「――あの、すみません」

「あ……親衛隊長さん! いらっしゃいませ、こんにちは!」


 昼下がりの日の差し込むお店の扉の向こうから、燃え立つような赤毛の青年が、眼鏡をかけた顔を覗かせている。口調も仕草も丁寧なのに、どっか怖い感じがするのは、眼鏡の奥の紅い瞳がひどく冷たいからだろう、多分。

 だけど、それも致し方なし。

 何せこの眼鏡の方、この青葉の国の王さま――エイジさまの親衛隊長さんなのだ。

 親衛隊長さんは、周囲をきょろきょろと見回してから、そっと店の中に滑り込んできた。

 何か……人には言えないようなお買い物かしら。


「いつもありがとうございます。今日はどうされましたか?」

「あの、今日はですね……取り寄せをお願いしたいものがありまして。俺には伝手が全くないので、もしも香櫻堂さんで繋ぎがつくなら嬉しいんですけど」


 かつてサクヤさんが紹介してくれたこの親衛隊長さんも、今はウチの大事なお客さんだ。

 私は商売用笑顔を全開でお答えする。


「もちろん、ウチで出来ることなら何でもお引き受けしますよ」

「ありがとうございます。実は……あの、獣を捕える罠みたいなの、ありますよね? トラバサミとか」

「罠……ああ、はいはい。ありますね」

「ああいうのを、まとめて購入出来ませんかね?」


 「出来ませんかね?」と言われた瞬間に、商売人の血がざわざわ騒いだ。

 出来るか出来ないかと問われて、「出来ない」とは答えたくない。答えない。それが仲介屋の基本。

 おじいちゃんから引き継いだ頭の中の人脈リストをひっくり返して、それっぽい都合のつけられそうなお店を幾つかピックする。

 ……うん、多分いける。


「仲介出来ると思いますよ。いくつか候補もありますので詳しくお聞きしたいのですが……あの、まとめてって、どれくらいの単位をお求めです? 王宮の皆さまで狩りのご予定でも?」

「ああ……いや、獣用っていうのは例に挙げただけで、罠にかけたいのは人間なんですよね」

「ニンゲン……」


 うっかり一瞬言葉を失ってしまったけれど、親衛隊長さんはそれには気付かなかったようで、すらすらと言葉を続けている。


「相手も最近そこそこ鍛えられてるので、あんまりあからさまだと気付かれるかも知れません。見つかりにくくカモフラージュしてくれたりすると、ありがたいですね。あ、まとめてってのは種類の話で、量はそんなにいりません。罠にかけたいのは1人ですから」


 はっと我を取り戻した私は、答えに応じて脳内リストの幾つかにバツを付け、優先度順に並び変えてみる。

 状況によっては向こうから断られそうなポイントを挙げて、更に事情を説明した。


「もう1つお聞きしますね。あの……もしも他国との戦争でご利用になるのなら、相手国を教えて頂けるかどうかで、話を持って行きづらいお店が出てくるのですけど……」

「ああ、戦争なんかじゃありませんよ。個人的に仕留めたいヤツがいるだけですから」


 今度こそ、言葉が喉で詰まった。

 親衛隊長さんの、にやり、と笑った笑顔ったら不穏なことこの上ない。


 実はこの方、色々と良くない噂があるのだ。

 街中で突然刀を抜いて暴れまわっただとか、真夜中に喚きがなら王宮から出てきたところを見かけただとか。

 一番最近の噂だと、国王エイジさまとほにゃほにゃな関係だ、とか……。

 あっそう考えると男同士の情は深いって言うし――まさか、その恋敵を……なんてことじゃないよね?

 いやいやいや、お客さんの事情はお客さんの事情。踏み込み過ぎるのはよそう。

 ……でも後になって後悔するのも怖いから、一応ぎりぎりなとこだけは聞いとこう。


「えっと、その……罠の殺傷力とかはどのくらい……?」

「いや、殺してははマズいので、それなりに抑えて欲しいです。そう……ちょっと足止めできればそれで」


 私は親衛隊長さんから見えないところで、そっと息を吐き出した。

 安心した。仕留めるつもりじゃないみたい。


「あ、わ、分かりました! お時間はどのくらい頂けます?」

「割と切羽詰まってるんですよね……なるはやで」

「了解です、思い当たりに連絡を取ってみますね」

「ええ、よろしくお願いします。今度こそ仕留めなきゃ、これが最後のチャンスなので……」


 眼鏡の奥の瞳が、何やらギラリと光ったような気がしたが――見なかったことにした。

 私は私、他人は他人。触らぬ神にたたりなし。

 扉を押して出ていきかけた親衛隊長さんが、ふと足を止めて振り返る。


「あ、そうだ。もう一つお願いがあるんですが」

「はい?」

「何かもう一つ――そうだな、ハンカチなら実用的で良いかな。準備してもらえませんかね」

「ハンカチ……ですか?」


 どうして香櫻堂うちに、という疑問が顔に出てたらしい。

 親衛隊長さんは笑って肩をすくめた。


「いえ、同じ時に使うんだから、同じところで買った方が困らないでしょう?」

「罠とハンカチを同じ時に……ですか?」

「はい、色は白でレースのついたものをお願いします」

「白くてレースの……?」

「ええ、だってそのハンカチ――ああ、そうか。これまだ公開出来ない情報なんだった。ま、そのうち知らせがきたらあなたにも分かりますよ。じゃ、よろしくお願いしますね」


 何が何だか分からないままの私を置いて、軽く手を振り、今度こそ店から出て行った。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「こんにちはー、どなたかいらっしゃいますかー?」

「あ、はーい! ……ああ、大神官さま!」


 依頼の件で罠職人さんにペーパーバードを飛ばしてる間に、お店の入り口から朗らかな声が聞こえてきた。

 駆け寄ると、立っていたのは青葉の神殿の大神官さま。

 大神官さまは、これまたサクヤさん経由でウチのお客さんになってくれた、素敵お姉さんだ。

 ほぼ同年代、細かく言うと私よりいくつか年上……くらいなのに、大神官という地方神殿1つを任される重責を背負ってる凄い人だ。


「そうだ、シイカさん。この前はありがとうございました。サラもすごく喜んでくれて」

「ああ、先月のグローブですか。サラちゃん気に入ってました? それは良かったです」


 大神官さまのお友だちの黒猫ディファイの少女サラちゃんは、先月がお誕生日だったらしい。

 大神官さまはプレゼントに黒の革グローブをあげたかったらしく、小柄な彼女に合うサイズのものを入手するために、私が仲介して革職人さんをご紹介したのだった。


「はい、とても気に入って毎日つけてくれてたみたいです」

「友情ですねぇ」

「サラにそのつもりがあるかは分かりませんが……そうだと嬉しいですね」


 極端に無口な黒猫ディファイの少女とは、私自身は会話したことがない。せいぜい大神官さまか、カイさんか、エイジさまのどれかと一緒に歩いているのを、時々見かけるくらい。いつの間にかそこにいて、いつの間にかそこにいない。

 話しかけても答えどころか反応すら返ってこないので、最初は耳が聞こえないのかもしれないと思ってた。だけど、カイさん曰く、耳も口も正常で、聞くのも喋るのも問題なく出来るらしい。うーん、思い込みは大敵。

 私は頭を切り替えて、大神官さまに向き直る。


「さて、大神官さまは、今日はどんなご依頼ですか?」

「はい、今日もある方にプレゼントを用意したくて」


 大神官さまは、あんまり自分のための買い物というのをしないみたい。

 うちに来てくれるのは大抵誰かのための買い物で、そういうところが若くして高位の神官についてる得の高さなのかもしれないけど。


「プレゼント、良いですねぇ。何をご用意しましょう?」

「お花を……お部屋の飾りになるようなお花をお願いしたいんです」

「花、ですか? それはえっと……」


 問い返す私を、大神官さまは不安そうに胸の前で両手をぎゅっと握って見詰めた。


 実は、青葉の国にもお花屋さんはある――いや、あった。

 過去形なのには理由があって、実はこのところ、お花屋さんは野の花ばっかり売るようになっているのだ。

 本来、青葉の国は一年を通して気温が低めなので、お花の栽培に向かない。なので、以前は南の方の国から鮮やかな花を運んできて、販売していた――の、だけど。

 ここ1月程、それが出来なくなっている。

 いや、お花屋さんだけではない。商品の運輸状況が滞っているのだ。


 私を含め、みんなそれぞれに困っているのだが、理由がどうもはっきりしない。

 以前は国家魔術師や神殿のみわざを使って、転移によって運搬していたものが、うまく運べなくなっている……というような話は聞くのだけれど。


「いつ頃までにご入用なんですか?」

「急ぎじゃないのです。半年先くらいになるかと……」


 ずいぶん先の予定だなぁと思いつつ、私は胸を撫で下ろした。


「ああ、そういうことですか。その頃でしたら、青葉の国のお花屋さんもきっと大丈夫ですよ。今は流通状況が良くないからお花が届いていないんだと思うので……」

「……いえ、それが」


 少し言いづらそうな顔で、大神官さまは説明してくれた。

 どうも、青葉の国周辺だけではなく各地で魔力の流れが悪くなっていて、そのことが今回の流通事情の悪化に繋がっているらしい。

 そう言えば、こないだペーパーバードの未着が問題になったことがあった。どうも遠方ほど届かないものがあったらしい。幸いにして、その時はうちから遠くへ送ったものはなかったので、香櫻堂としての損失はなかったんだけど。

 すぐに訴えを受けた大神官さまが神殿のネットワークに掛け合ってくれて、大事な手紙は神殿を経由して送るシステムが出来上がりつつある。

 まだ全世界を覆う連絡網と言えるまでは完璧な状況ではないけれど、ペーパーバードのやり取りはどの階級にとっても生命線ライフラインに関わる部分なので、対応が早かった。

 もしかして、それも同じ原因だったのかしら。


「魔力の流れが悪くなってる……」

「はい、全世界的に魔力が溜まりづらくなっているのです。ですから、物流に関わる転移の魔法だけでなく、様々な魔法に影響が出ています。原因は不明――ではないのですが、改善することは難しいと思います……」


 微妙な言い回しだなぁ。

 大神官さまは嘘をついたり何かを誤魔化したりというのが結構下手くそなので、何か私達には言えない理由があるのだろう。原因が分かっていても対応できない、かつ一般市民には知らせられない何かが。


「えっと、改善出来ないってことは、その……」

「ええ。ペーパーバードの時と同様に対策はたてますが、流通状況を元通りの状態にするのはほぼ不可能でしょうね……」

「なるほど、分かりました。近場で集められる伝手を辿ります。お部屋の飾りということですが、どれくらい必要なんですか?」


 これから半年先なら、季節は秋。

 季節としては悪くない。量さえ何とかなれば――


「はい、神殿中を飾りたいんです! もう盛大に!」

「神殿中!? 大神官さまのいらっしゃる青葉の神殿ですか?」


 青葉の国は小国だけど、実は神殿はそこそこ大きい。この北方諸国周辺の要となる神殿なのだ。

 それを神殿中ってそれ――何のために!?


「あの、神殿中を飾るようなイベントと言えば……エイジさまの戴冠式はもう終わりましたよね?」

「エイジは関係ありません――あ、ゲストとしては来ると思いますけれど」

「え? じゃあ何があるんですか? 大神官が交替するとか?」

「ふふ、それは秘密です。まだ言っちゃダメって言われているの」

「秘密? ってことは、私にも関係あることですか?」


 一般市民の私も関係があって、青葉の神殿を飾り立てて執り行う儀式なんて、戴冠式か、そうじゃなきゃ――ああっ!?


「ま、まさか――!」

「ふふ、分かりました? でも、内緒ですよ」

「ああっは、はい勿論! うわあ、すごい、おめでとうございます!」

「ですね、本当におめでたいことだわ!」


 大神官さまと両手を握り合って、ぴょんぴょん飛び跳ねた。


 神殿を飾って行う盛大な儀式と言えば――結婚式だ!

 先日戴冠したばかりのエイジさまもそろそろお年頃。

 何故かずっと、結婚しないと言い張っていらしたけど、きっと良い人が見つかったんだろう。


「わあ! じゃあ、ドレスですね!」


 小国なりとは言え、エイジさまも一国の王さまだもの。花嫁さんのドレスはそれはそれは見事なものに違いない。

 大神官さまはきょとんとした顔で首を傾げた。


「ドレス? 私は着ませんよ」

「違いますよ、花嫁さんです!」

「……ああ! あら、そうですね。ドレスかぁ……それは良いですねぇ。あっじゃあ、ついでにガーターベルトも用意して貰ったりできるでしょうか?」

「ガーターベルト、ですか?」

「はい、青いリボンのついたものを」

「青――ああ、サムシングブルーですね」


 大神官さまがにこりと笑って頷いた。

 サムシングブルー。何か青いものを身に付けて結婚式にのぞんだ花嫁さんは幸せになる、という古い古いおまじないだ。


 あっ、もしかして、さっき親衛隊長さんが言ってたレースのハンカチもこれかしら。言えない情報って結婚式のこと――じゃあ、ハンカチはサムシングニューかしら。

 わーそうか、ついにエイジさまもご結婚かぁ。

 それは国民の一人として、盛大にお祝いしなきゃね!


「分かりました! 祝福の気持ちをいっぱいこめて、素敵なお花とガーターベルトを探しますね!」

「はい、よろしくお願いします」


 めでたいニュースにお互いにこにこしながら、手を振ってお別れした。

(後)は21時に更新予定です。

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