可愛いは正義(ドレつかSS)
梨鳥ふるりさんのイラストからテーマ頂いて書きました。
時系列的には多分、本編完結後くらい。
「しゃくや! かくまってぇ!」
読んでいた書類を下げても、声の主の姿は見えなかった。
びっくりして裏返った時のアイツの声に似ている、なんて思って見たが、見回してもお目当ての人物はいない。
空耳だろうか、と再び書類に視線を戻そうとした瞬間に、椅子の肘掛けががたり、と揺らされた。
「……子どもが」
揺れた肘掛けに、幼い手がかかっていた。
身長は、座っていても目線が真っ直ぐに合わない位に幼い。自分が立ち上がれば、きっと腰までもないだろう。
どうやら予想よりも目の位置が低かった為に、自分の視線は、気付かずソレの頭の上を素通りしていたらしい。
「しゃくや……」
うるうると見上げてくる大きな瞳に――何だかきゅんとした。
茶色がかった髪と瞳で、どこか自分の知っている少年に似ているのが好感度高い。
サクヤ、と発音しようとして、しきれていないところも愛らしい。
自分の名前を知っているということは、誰か知り合いの子どもだろうか。
こんな幼い子どもを持つ知り合いはいないし、この子に似ているだろう親の顔にも心当たりはないのだが。
あえて言うなら、やっぱりアイツに良く似ている。
「どこから来たんだ。親はどうした」
「おやとかどーでもいーから! はやくしないと、ししょーがくるっ!」
師匠? と、不思議に思った辺りで、ばたばたと慌てたように駆けてくる足音が聞こえた。
乱暴に大きな音を立てて開かれた扉の向こうから顔を覗かせて、息を荒げたナギがにんまりと笑っている。
「……ナギ、うるさい」
「サクヤさん! ここに子どもが来ませんでしたか!?」
掴みかかるように近付いてきたナギが、勢い余って手元の書類をはたき落とした。
なるほど、師匠とはこれか、と納得しつつ、先程まで子どもがしがみついていた椅子の肘掛けを見下ろすと、既にそこには誰もいない。
「ナギ」
「ねえ、サクヤさん! 来たでしょう!? 丁度、あなたと出会ったばかりの俺くらいの大きさの、だけど俺より遥かに可愛くない口だけ生意気なクソガキが!」
「ナギ」
「分かってるんですよ、アレはあなたのところに逃げ込んで来るしかない。絶対あなたを頼ってくるんです、忌々しいことに! ……ふふふふふ、今度こそとっ捕まえて抱きしめて、朝まだひげを剃ってない顎でじょりじょり頬ずりしてやるっ!」
「……てぃ」
「――うおっ!?」
至近距離からぶん投げたナイフは、うまくしゃがみ込んだナギの頭を掠めて部屋の壁に突き刺さった。
びぃーん、と震えるナイフの余韻が収まってから、ようやく押し黙ったナギに向かって注意する。
「お前、たまには人の話を聞け」
「……話を聞けって、あなたにだけは言われたくないんですけど」
「子どもは来た。お前の足音を聞いて、逃げた」
言いながら、開かれたままの窓を指差した。
吹き込む風で、昔リョウが無理矢理に取り付けていったレースのカーテンが、ひらひらと部屋の内側に靡いているのが見える。
「ちぃ、師匠から逃げるとは。弟子の風上にもおけない」
「分かったら出ていけ」
椅子に座ったまま、手から落ちた書類を拾っていると、ふと、手元に影が落ちた。
見上げれば、目的を達したはずのナギが、先程よりも近付いて――椅子の背もたれに両手を当て、こちらを閉じ込めるように接近している。
「……何?」
「いえ、久々に2人きりだなぁ、と思って……」
「だから?」
「たまにはほら、こういう時間を楽しむのも良いですよね」
「1人で好きなだけぼんやりすると良い」
「俺はぼんやりしたいんじゃなくて、あなたと過ごしたいんですよ!」
「俺は過ごしたくない」
「あなたねぇ、そんなこと言って俺を無視してられるのも今の内ですよ。どうしてもこっち向かないなら、無理やりだって――」
「――ししょーはそーやってしつっこいから、きやわえりゅんだよっ!」
舌足らずな声が響いて、クローゼットの扉が勢い良く開いた。
ああ……馬鹿め、と少し呆れたが、こちらよりも、思わず飛び出してきてしまった本人の方がショックを受けている。
頭を抱えて床にしゃがみ込む姿は――やっぱり愛らしかった。
ちなみに、窓は最初から開いてた。指差しただけで、あそこから逃げた、とは言ってない。
「ああぁぁぁ、おれのばかー!」
「見付けましたよ、カイ……」
ふっふっふ……と、笑いながら、自分の傍を離れていこうとするナギを、無意識の内に引き止めようとしたらしい。シャツの裾を掴むと、ナギがびっくりしたように振り返った。
「――サクヤさん?」
「あ……待て。ちょっとお前、ここに座れ」
自分の代わりに椅子に座らせると、紅い目を丸くしたままナギは席についた。
「えっと……あ、アレですか、『キスするなら自分から』ってことですか!? これはキスの距離ですよね、座面がほんのり温かくて何かムラムラしてくるんですけど!」
何を言っているのか半分くらい理解できないが、適当に頷きながら、正面から目線を合わせる。
「黙れ」
「えー、だってサクヤさんが黙れって言うときって――」
「目を閉じろ」
「――っえ、マジで!? マジですか、本当なんですか! は、はははははいっどうぞっ!」
何故か素直に瞼を下ろしたナギから身体を離し、泣きそうな顔でこちらを見上げている幼児の方へ向き直った。
「あ――」
何かを言おうと開いたぷにぷにの唇に指先を当てて黙らせると、そのほんわりと柔らかい身体を抱き上げる。
けして軽くはないが……さほど重くもない。
そう、いつものカイの重さに比べれば。
こんな風に持ち上げたのなんて初めてだ。
ぷくぷくした頬が柔らかそうで、思わず唇を当てた。
「っ――!?」
びっくりしすぎて目を丸くしてる様子も、可愛くて仕方ない。
上機嫌で――だけど足音だけは消して、ナギが目を閉じている間にこっそりと部屋を出た。
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「つまりしゃ、なんかこーゆーまほーなんらって。ししょーいわく」
「うん」
人からは察しが悪い、と言われる自分だが、今回は割と早い段階で気付いていた。
幼児のように見えるが、中身はいつもの少年だ。
2人きりになったところで、ようやくその経緯を聞くことが出来たが、正直聞けなくてもさしたる問題を感じなかった。
ずっとこのままでも……良いかも。
「んでしゃ、そーゆーまじっくあいれむがあるんらって。いたじゅらでかってきたっていってたけお、かねのむだじゅかいらよなー」
「うん」
いや、中身はカイだから、本人は戻りたいだろう。
色々と困っているかも知れない。
それくらいは分かってはいるが、外見の愛らしさが、そういう理性的な判断を全てを上回ってしまう。
小さな手には大きすぎる匙を必死に握って、アイスクリームを食べる姿を見ていると、もういっそずっとこのままでいてくれないかと思うのだ。
「あしたになったらもろるらしーからしゃ、たのむよ、あしたまれかくまってくれよ」
「うん」
「……きいてた?」
「うん」
「ほんとかよ」
「うん、可愛い」
沈黙が落ちる。
だけど、沈黙なんて、そんなの全然気にならない。
目の前の幼子の愛らしさに比べれば。
大きな目でじっと見つめられると、胸が苦しい程だ。
不満げに口を尖らせている顔だって、心の中でブレーキをかけてなければ、両手で挟んでふみふみしてやりたいくらい可愛い。
「あんた、きいてないらろ」
「……いや、聞いてた。今夜は一緒に寝よう」
「いっしょ――え、あ!? や、ちっがーうょ! そーゆーことしたいんじゃなくて……」
「お風呂も一緒に入ろう」
「え!? ま、まって! ちがーう!」
「着替えもトイレも、ずっと一緒にいて、手伝ってあげる」
「な!? ちょ、や、ま――」
真っ赤になってわたわたと慌てだした顔が、やっぱり幼くてもカイの顔で――だからやっぱり、もう可愛くて仕方ない。
黙って額に軽く口づけると、「みゃあ!?」と変な悲鳴があがった。
ああ、ほら、こんなとき。
可愛いって、何にも勝る美徳だと思うんだ、本当。