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恋はしょうがない。〜Side Storys〜  作者: 皆実 景葉
真琴の安らぐ場所
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姉と弟、そして義兄 Ⅱ

 


 真琴のいないところで、家族と対峙することになった古庄は、その雰囲気が普通ではないことを敏感に感じ取った。


 漂っている険悪さを払しょくするように、気を利かせた母親が声をかけてくれる。



「どうぞ、こちらに座ってください。お風呂上がりですから、何かお飲みになります?」



「いえ、お構いなく」



 古庄が遠慮しながらそう言って、誘われたところへ腰を下ろしていると、思いがけず父親が口を開いた。



「お母さん、お茶を淹れてくれないか」


「そうね、お茶。私も飲みたいわ。一緒に飲みましょう」



 あ・うんの呼吸のように母親は相づちを打ち、ソファーを立ってお茶を淹れはじめると、再び男3人がソファーに残された。


 父親は相変わらずだが、正志は苦虫を噛み潰したようないっそう険しい顔をしている。

 古庄が、このただならぬ雰囲気の源は彼だと確信した時、目の前にお茶が供された。



「寝る前だから、ほうじ茶にしたわ。正志ちゃん、これ飲んだらお勉強なさい。まだ宿題してないでしょう?」



 母親はそう言って、これ以上厄介ごとが起こらないように、暗に正志を追い払おうとした。これを聞いて、正志はますます不穏なオーラを漂わせる。



 古庄が香ばしいお茶を口に含んで、少し気分を落ち着けた時、とうとう正志が口火を切った。

 真琴とのやり取りでくすぶっていた自分のイライラを、容赦なく今度は古庄にぶつけはじめる。



「何を企んでるんだよ?お姉ちゃんはダマせても、僕はダマされないぞ!」



 いきなり出てきた正志の激しい言葉に、古庄は戸惑った。と同時に、母親は焦ってそれを制止しようとする。



「正志!失礼なことを言うのは止めなさい!」



「…真琴をダマす?何もダマしていることなんてないけど…」



 母親の焦りに引き替え、古庄は冷静なものだった。

 しかし、この態度が正志にはしらばっくれているように感じられて、ますますいきり立つ。



「お姉ちゃんだったら、女遊びでも何でも、やりたい放題やっても許してくれるって思ってるんだよね?そうじゃなきゃ、お前みたいな奴が、真面目なだけで平凡で何の取り柄もないお姉ちゃんと、結婚なんてするはずないよ!」



 正志のこの物言いを聞いて、穏便に対処しようと思っていた古庄にもスイッチが入った。


 お茶をローテーブルに置いて、顔を上げて正志をじっと見据えて言った。



「正志くん。君は、真琴を…君のお姉さんを、そんな人だと思っているのかい?」



 柔和だった表情は真剣で厳しいものに、声色も深く重みのあるものに一変している。



「もちろん真琴は真面目だけど、それだけじゃない。思慮深く物事をしっかり捉えて、いつでも正しい答えを導き出してくれる聡明な人だ。自分のことよりも、常に相手のことを第一に考えてあげられる、優しくて深い思いやりのある人だよ」



 古庄のこの言葉には、正志だけではなく、両親とも聞き入って真剣な目で古庄を見つめた。



「そして何より、そんな風に綺麗な心を映して、真琴はとても美しい人だから…、僕は真琴に出逢った瞬間、一目惚れした。寝ても覚めてもずっと想い続けて、夢中になってるのは僕の方なんだから」



 正志は依然として古庄を睨みつけていたが、その視線に戸惑いが過り、その鋭さが和らいでいく。



「…解ったよ。お姉ちゃんのことを好きだってことは解ったけど!!でも、僕はまだ認めない!!『義兄さん』だなんて絶対に呼ばないからね!!」



「もう!正志!!あなたは少し自分の部屋へ行ってなさい!!」



 いつまでも態度を改めない正志に、母親が業を煮やして指図した。

 母親の本気の口調に、形勢の不利を見取った正志は、黙って席を立つとリビングから出て行った。


 母親は恐縮して、古庄に向き直る。



「…ごめんなさいね。失礼なことばかり言って…。ワガママに育ってて、恥ずかしいわ」


「いえ、正志くんは、ワガママではなくて素直なんです。正直に自分の気持ちを言ってくれてるだけです。きっと、真琴を僕に取られたように感じているんでしょう」


「古庄さんに、そう思っていただけると救われます。さすが、先生をなさってるだけのことはあるわね」



 古庄が恥ずかしそうに微笑んで応えると、母親は続けた。



「……真琴と正志は歳の離れた姉弟でしょう?正志にとって真琴は、もう一人の母親のようなものなんです。正志が生まれた時、真琴は中学生でしたから…。それはもう、真琴は正志の世話を焼いて可愛がって…」



 話を聞いて、古庄にはその光景が目に浮かぶようだった。

 真琴が生徒を見るときの思いやりは、正志の存在により培われただろうと想像をめぐらす。



「正志くんも、今の真琴を形作る重要な要素だったんですね。感謝しなきゃいけませんね」


「まあ…!お上手だこと」



 正志にあれだけ罵られながら、こんな風に言ってのける古庄を、母親は頼もしそうに見て笑った。



「いえ、正志くんだけじゃありません。真琴を取り巻く全てのものに、感謝したいくらいです。僕は、真琴に出逢えて人生が変わりました。それまでは、それなりに安定して楽しく生きていければいいくらいに思っていたんですが、真琴に出逢ってからは、勤勉に地道により良く生きて、真琴と共に幸せになりたいと思うようになりました」



 古庄はそこで一旦言葉を切り、母親を、それから父親を順番に見つめた。

 父親は相変わらず目を合わせてくれなかったが、古庄の言葉にきちんと耳を傾けてくれていた。

 母親の方は、瞳を震わせて古庄を見つめ返してくれている。



「……だから、真琴をこの世に生み出してくださったお義父さんとお義母さんには、本当に感謝しています」



 そう言いながら、その念を込めて、古庄は深々と頭を下げる。

 母親も目頭を押さえながらうつむき、頭を下げる。



「…真琴も、古庄さんにそんな風に想っていただけて、幸せだと思います。良い方と出逢えたと思います」



 母親がそう言い終わらない内に、微かな足音が聞こえてきて、ほどなく真琴がリビングに姿を見せた。





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