満天の星空 Ⅰ
「…和彦さん?!帰るんですか?私、荷物を置きっぱなしです」
焦ったように真琴が声をかけても、古庄はそれさえも聞き入れなかった。
昼間の父親の運転と同じように、怒りにまかせて車を爆走させる。
真琴はもう口さえも開けずに、古庄の様子を見守った。
それに、今走っているのは帰る道ではない。父親と自然薯を掘りに行ったのと同じ方面に向かっていることに気が付いて、真琴はただ黙って古庄の次の行動を待った。
しばらく車を走らせて、小高い山の山頂付近に、古庄は車を停めた。
車が2、3台駐められる空き地の横に、小さな平屋の建物がある。
古庄は先に降りて建物の方へ向かったけれども、真琴はあまりの暗さに足がすくんで車から降りられない。
すると、古庄が戻って来て、手を取ってくれた途端に怖くなくなり、すんなりと降りられた。
「…ここは?」
真琴の肩を抱いてゆっくりと建物の方へ歩く古庄に、真琴が尋ねてみる。
「この山は全部、うちの家の土地なんだ。ここは、親父の作った焼肉小屋だよ」
古庄はそう言いながら、駐車をした所から建物の向こう側へと真琴をいざなった。
そこには広々としたウッドデッキが設えられており、建物の大きな窓から目を凝らして見ると、中には大きな炉が備え付けられてあった。
「あれで、お肉を焼くんですか?すごい。一度に大量のお肉が焼けますねぇ!」
真琴が思わず、感嘆の声を漏らす。
「姉貴が知り合いの畜産農家から、大量の肉を調達して来るんだ」
古庄はそう説明しながら、
――調達じゃなくて、なかば強奪かもしれないけど…
とは思ったが、それは口に出さなかった。
「親父は、暇さえあれば、こういうのを作るのが趣味らしい」
古庄がそう言うのを聞いて、真琴はあの立派な岩風呂を思い出した。それだけではない。密造(?)ワインやマムシ酒までも…。
「あなたのお父さんは、本当に興味深い人なんですね」
ニッコリと幸せそうに微笑みながら、真琴は相づちを打った。
しかし、古庄は諦めにも似たため息を吐く。
「…親父だけじゃない。俺の家族は変わってるだろう?さっきだって、俺たちの部屋の様子を窺ってた。……嫌にならなかったかい?」
普通の感覚なら、付いていけずに呆れるか、嫌悪してしまう…。古庄はそう思い込んでいた。
古庄の友人の中にも、お嫁さんと自分の両親との折り合いが悪く、悩みを抱える者もいる。そんな悪い例を思い描いて、真琴に自分の家族を会わせることが気重だった。
そして…、そんな変人たちと血縁にある自分までも、真琴に嫌われるのではないかと、……それが怖かった。
「あなたが、あのお義父さんとお義母さんの子どもだと思うと…、ワクワクして楽しくなってきます」
真琴がそう返してきたのを聞いて、古庄は目を丸くする。
「…え?」
「あのご両親のDNAを受け継いでいるんですから、私が今見ている一面以外にも、あなたはもっと奥深くて面白い人なんだろうな…って」
その両親がいてくれたからこそ、自分の愛しい人は今ここに存在している…。
そんな思いを込めて、真琴は古庄に語りかけた。
古庄の方こそ、今まさに真琴の新たな一面を見た気がした。
その一見頼りなげな外見からは想像もできない、何事もしなやかに受け止められる、真琴の懐の深さを…。
決して否定せず、その気持ちに寄り添い、前を向かせて後ろから押してくれる真琴は、自分にとってかけがえのない人なんだと思った。
「ああ、真琴…。君は、最高の奥さんだよ…」
気付いたら古庄は、真琴を自分の腕の中に閉じ込めて、きつく抱きしめていた。
こんな風に苦しいくらいに抱きしめてもらうのが、真琴はこの上なく大好きだった。心も体も、全てを包み込まれて、この世に二人だけしかいないように感じられる。
目を閉じ、古庄の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、再び瞳を開いた時――。古庄の肩越しに見えたものに、真琴は息を呑んだ。
大空を覆い尽くさんばかりの、夥しい数の星々。
細かい星の数々は、一つ一つが判別がつかないほどで、それらは集まってけぶって見える。
「……すごい星……」
満天の星々を見上げながら、真琴はそうつぶやいたきり言葉をなくした。




