お仕置きだ! Ⅰ
古庄が食事を終え、そのままになっていた宴会の片づけをし、風呂に入って先ほどの部屋に戻って来れたのは、ずいぶん夜も更けてのことだった。
襖をあける古庄の気配に、撃沈していた真琴の意識が浮上する。
「……はっ!和彦さん!?…私…。えっ?!」
戸惑って起き上がる真琴を顧みて、古庄は呆れたように息を抜いた。
「親父の怪しい酒を飲まされて、ひっくり返ったんだろう?…それでなくても、普段は飲まないのに、飲みすぎだ」
古庄の諌めるような口調に、真琴は布団の上で肩をすくめて小さくなった。
「……黙ってここに来てしまったこと。…怒ってますか?」
上目づかいでそんな顔をされると、古庄の中に、怒りなんてこれっぽっちも込み上げてこない。
逆に、神妙すぎる態度に、笑いが湧き出してくる。その笑いを押し隠して、古庄は真琴に向き直った。
「怒ってはいないけど、……すごく心配したよ」
「…ごめんなさい」
そして、こんな風に素直に謝られると、それ以上責めようなんて気持ちさえ失せてしまう。
「もとはといえば、俺が連れて来なかったのがいけなかったんだよな。君は何度も『行きたい』って言ってたのに」
挙句の果ては、責めるどころか、古庄は自分の非を認めてしまった。
「…どうして、今まで連れてきてくれなかったんですか?」
真琴からその質問をされて、古庄はため息を吐く。
「俺の家族、“普通”じゃないだろ?ぞんざいで遠慮がない。君がオモチャみたいな扱いをされるんじゃないかと恐れてたんだ。君は真面目だから、それを真っ向から受け止めて、きっと翻弄されるだろうと…」
それを聞いて、真琴は古庄を見つめて首をかしげた。
「〝普通〟じゃないことは、恥ずかしいことでも何でもなくて、むしろ誇るべきことです。あなたの家族と知り合えて、私の世界はずいぶん拓けました」
ある意味コンプレックスを抱いていた家族を、そんな風に言ってもらえて、古庄はとても心が軽くなった。
全てを受け入れてくれる真琴がとても愛しくて…。止めどもない想いが溢れてくる。
「……ありがとう」
古庄は気がつくと、真琴の側に膝をつき、真琴を抱きしめていた。
「…あなたのこと、もっといろいろ知りたいんです。あなたの…どんなことでも…」
真琴も古庄の腕の中でそう言いながら、ギュッと古庄を抱きしめ返す。
「…うん」
胸がキュンと震えるのを感じながら、そう思ってくれる真琴がとても可愛くて、かけがえのない大切な宝物を愛おしむように、古庄はいっそう抱きしめる腕に力を込めた。
「だから、ここに来れて、ホントによかったです。…でも…」
「……でも?」
古庄は腕の中にいる真琴に向かって、優しく囁きかける。
「でも、あなたの実家がこんなに遠いとは思ってもみませんでした」
苦く笑いながらの真琴の言葉を聞いて、古庄の中に一つの疑問が浮かび上がった。
「…そういえば、君はどうして俺の家を知ってたんだ?」
そう問われて、真琴は顔を上げて古庄を見上げる。
「実は、校長先生に教えてもらったんです。スマホの地図にピンを立ててたんですけど、途中で電波が来なくなって、道が分からなくなって…」
――…なるほど。そういうことだったのか…
この一件に、校長も一枚噛んでいたとは。確かに、古庄の高校時代にクラス担任でラグビー部の顧問だった校長ならば、古庄の実家のこともよく知っている。
「それで?道が分からなくなって、どうしたんだい?」
「ちょうど稲刈りをしていたお義姉さんに出会ったんです」
「稲刈り?今頃…?」
稲刈りをするには遅すぎると訝りながら、運良く晶がいてくれたおかげで、無事に真琴がここにたどり着けたと知って、古庄は胸をなでおろした。
「とにかく、姉貴がいなかったら、どうするつもりだったんだ?…道も知らないのに独りで来るなんて、君は思いのほか無鉄砲なんだな」
内緒で行動を起こされたこともあって、古庄はチクリとささやかな意地悪を言ってみる。すると、真琴は恥ずかしそうに唇を噛んだ。
「やっぱり、あなたがいないと心細くて…寂しかったです…」
その言葉に、古庄の胸はまたキューンと痺れて、同時に鼻息も荒くなる。
「俺に内緒で来たりするからだ…!…そんな悪い子は、お仕置きだな」
「………!」
古庄の物言いに、真琴は目を丸くして古庄を見上げた。
けれども、それから真琴が何も反応しないので、古庄はいささかヘンタイじみた自分の言葉を軽蔑されたのでは…と、後悔し始める。




