イジワルな姉
フニャフニャと力が抜けて倒れる真琴を、隣にいた晶が支えた。その様を見て、古庄の怒りが頂点に達する。
「何やってんだよ!?真琴は、俺がやっと見つけた大事な嫁さんなんだぞ!!オモチャにするなよ!!」
古庄が真琴を実家に連れて行きたくなかった理由は、これだった。
自分が虐げられることも嫌だったが、それ以上に、真琴がこの変人たちの中で翻弄されるのは、火を見るよりも明らかだったからだ。
自分が一目で恋に落ちた真琴を、自分の家族たちが気に入らないはずがない。
普通に気に入るのならば問題はないのだが、自分の家族はきっと真琴を異常なほどに可愛がるだろうと危惧していた。
それはまるで、“新しいオモチャ”が手に入ったかのように…。
「別に…、オモチャにしてたわけじゃ…」
真琴を気絶させてしまった父親も、梅酒を飲ませすぎた母親も、ばつが悪そうに言葉を潰えさせ、黙ってしまう。
「…まあ、可愛い家族が増えたことが嬉しすぎて、私たちの気持ちも先走りすぎたかもな…。それより、真琴ちゃん寝かせてあげないと…」
晶がそう口を開くと、古庄は傍まで来て、その腕で真琴を抱き上げた。
「…どこに寝かせるんだよ?」
不機嫌な口調のまま古庄が尋ねると、
「こっちだ…」
と、晶が先ほど真琴が寝ていた部屋へ案内する。
部屋の隅に片されていた布団を広げると、古庄はその上に真琴の体を横たえさせた。
そっと掛布団をかけ、真琴の顔にかかる乱れた髪を整え、古庄は愛おしそうに真琴の寝顔を見下ろす。
深い眼差しで、一人の女性を見つめる弟――。
晶にとっても、そんな光景を見るのは初めてだった。
しかし、横目で観察していると、晶はどうしても、いつも古庄に抱いてしまういたずら心を抑えきれなくなってくる。
「……真琴ちゃんって、着やせするタイプなんだな」
「………!?」
晶のその言葉を聞いて、ピクリを古庄の背中がこわばった。
「何だって……?!」
「いや、服を着てるとそうでもなく見えるのに、胸だってけっこうあるだろ?」
古庄は顔色を変え、振り返って晶を凝視する。
「…な、なんで、そんなこと知ってるんだよ!!?」
「夕食前に、一緒に外の岩風呂に入ったんだよ。その時、真琴ちゃん、のぼせてしまって、さっきもここで寝てたんだ。私が体を拭いて、服も着せたんだから」
要するに、気を失って正体のない裸の真琴の世話を、晶がしたということだ。その事実を処理する間、古庄は口をパクパク開け、しばらく何も言葉にならなかった。
古庄の脳裏に、中学生の時のあの忌まわしい過去が甦ってくる。この晶は、女同士だからと言って、油断はならないのだ。
「…なっ、なっ、何も!!…やっ、やらしいことしなかっただろうな…!!?」
顔を真っ赤にして、やっと言葉を絞り出す、予想通りの古庄の態度に対して、晶は表情には出さず心の中でほくそ笑んだ。
「やらしいことって…?どんなことかな?」
「………」
晶の意地悪な切り返しに、古庄はますます顔を赤くして、何も言い返せない。すると晶の方も、この分かりやすい素直すぎる弟を、もっといじめてやりたくなる。
「やらしいことって、お前だっていつも、真琴ちゃんとやってるんだろ?」
効果覿面、古庄は蒸気が立ち上りそうなほどの形相になる。
「おっ、おっ、おっ、俺はっ…!俺たちは…っ!夫婦なんだから」
「ふうん…」
しどろもどろする古庄に意地悪な視線を向け、表情に笑いを含ませながら、晶はさらに古庄を観察する。
その視線に耐えかねて…古庄は業を煮やした。
「姉貴はもういいよ!あっち行っててくれよ!」
と、晶の背中を押して、襖の向こうへと追い出した。
…が、その瞬間、古庄の腹の虫が鳴る。
そういえば、真琴のアパートを出てからここに来るまで、何も飲まず食わずだったことに、古庄自身初めて気がついた。
「そうだ。鍋の残りがまだあったと思うから、あれを食べたらいい。食べたら、後片付けもやっとけよ」
と言いながら、遠ざかっていく晶の声。
思いやりがあるような、ないような…。
久しぶりに相対する晶は、やっぱり相変わらずだった。




