怪しい酒 Ⅲ
一瞬の沈黙の後、母親と晶が爆笑する。
古庄は顔を真っ赤にして、躍起になって説明した。
「…お、俺は男だ!生まれた時から正真正銘の男だけど、小さい時はそんな服を着せられてただけだ!!」
「ウソだ。小学校に上がるまでは、自分のこと女だと思ってたくせに」
意地悪な晶のツッコミに、古庄の中に忌まわしい記憶が甦ってくる。
幼稚園のお泊り保育のお風呂で、古庄は覚醒したのだ。
自分が女ではないことに。
髪を長く伸ばしているのにもかかわらず、古庄の体には女の子にはないものが付いていた。姉の晶のように、これはその内取れるか、引っ込んでいくのだろうと思っていたのだが…、そうではないことを、その日古庄は知ったのだった。
普通に育ててくれていれば、そんな風に翻弄されずに済んだのに…。
この出来事は、幼い古庄の心に不信感を植え付けた。
「だって、まだ着られる晶の服があるのに、男の子の服を買うなんて勿体ないじゃない?だから、お下がりで着せてただけじゃないの」
しかし、今もこう言う母親は、その当時から全く悪びれる様子はなかった。
恥ずかしさと憤りで、真っ赤な顔をして立っている古庄を見上げて、真琴はニッコリと嬉しそうに笑った。
「…そうなんですか。でもホントに、男の子とか女の子とか関係なく、すごく可愛い♡」
古庄はその素直な笑顔に思わず見とれて、その心の中にわだかまる母親への感情も、なだめられてゆく。
アルバムの中の“可愛い”古庄を、愛おしそうに見つめる真琴の眼差しに、古庄の胸がキュンと痺れた。
そして、しばらく姿を消していた父親が、小さなショットグラスを手に再び現れる。
「さあ、真琴ちゃん。これを飲んでごらん。元気になるよ!」
父親は久しぶりに会う息子のことなど意識にないようで、真琴の手にあったアルバムを取ると、代りにショットグラスを持たせた。
手渡された透明に近い液体を、真琴はじっと見下ろした。見るからに怪しい酒だったが、この酒には、自分をもてなしたいと思っている父親の心がこもっている…。
量もそんなに多くないので、真琴は思い切ってそれを飲み干した。
飲んだ瞬間に、のどを熱いものが通り過ぎていく。それと同時に、言いようのない生臭さが、口と鼻に充満した。
真琴は思わず、飲み残していた梅酒も一気に口の中へと流し込んだ。
発作的に全て吐き出してしまいそうになるのを、胸を押さえ、涙目になって堪えた。
「……親父!!何を飲ませた…!?」
真琴の様子を見て、古庄が顔色を変えて父親を問いただす。
「何って…。気つけのマムシ酒を…」
父親は申し訳なさそうに、その酒が入った焼酎瓶を掲げて見せてくれる。
その中には、長くにょろにょろとしたマムシが入れられており…、真琴はそのマムシの姿を見て、また気が遠のいた。
酔いが回ってしまったのと相まって、体の力が入らなくなってしまった。




