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恋はしょうがない。〜Side Storys〜  作者: 皆実 景葉
真琴の安らぐ場所
3/39

「和彦さん」 Ⅰ

 


「…お父さんもあんな感じだし、ここにいてもしょうがないから、ちょっと散歩でもしますか?」



 ソファーに横たわる父親をチラリと見遣りながら、気を取り直して真琴が提案すると、古庄もそれに同意した。



 外は暑くもなく寒くもなく、爽やかな風が吹いて、絶好の散歩日和。

 真琴の実家に隣接する緑の多い公園を、行くあてもなく歩いていると、古庄のところにボールが転がってきた。

 古庄が拾い上げて、ボールの持ち主を目で探していると、


「ありがとうございます」


 と、声をかけられた。


 声のした方に振り向いてみたら、小学校低学年くらいの女の子だ。古庄はニッコリと笑いかけて、ボールを投げ返してあげる。

 すると、古庄を見た女の子の顔はみるみる内に赤くなり、小さく頭を下げるとボールを抱えて走って行った。


 あんな小さな女の子まで一瞬で魅了してしまう古庄に、真琴は今更ながらに驚いてしまう。


 それほど、古庄の魅力は年齢も性別も問わず普遍的で、誰にとっても心地よいものだった。



「きっと君も幼い頃、あんな風にこの公園で遊んだんだろうね」



 そんなことを言いながら、古庄の極上の笑顔は真琴だけに向けられる。その現実を噛みしめると、あまりにも幸せすぎて明日死んでしまうのではないかと、真琴は思った。



「小学生の頃は、ずっとこの公園で遊んでいました。すぐ隣ですから。…そうだ、小学校や中学校もすぐ近くなんですよ。行ってみます?」


「うん。行ってみるとも。君のことは何でも知りたいからね」



 真琴の提案に古庄も快く頷いて、それから真琴の卒業した小学校と中学校を、ゆっくり歩きながら訪ねて回った。



「…そう言えば、真琴は高校はどこを出てるんだ?この近くだったら…」



 古庄は真琴の人生を中学校までたどり、その後に思いを馳せて真琴に尋ねた。



「高校は都留山高校です。ちょっと遠いけど、行ってみます?」


「…いや、都留山高校だったら、行ったことあるんだ」


「えっ?!古庄先生も都留山高校に通ってたんですか?」


「生徒としてじゃなく、教師として1年だけ。大学出て、最初の勤務校だったんだ」


「大学出て、最初だったら…。私がいた時に…?」



 と真琴は、古庄と自分との年齢差を考えて、記憶を検索している。

 在学中に古庄のような教師がいたら、絶対に覚えているはずだ。



「きっと、君が卒業した後だ。俺は大学出てすぐの1,2年は、バックパッカーで世界を回ったり、海外でボランティアしたりしてたから」


「そうなんですか…!」



 話をしている中で、古庄の意外な過去も明らかになって、真琴も目を丸くした。



「でも、思ってもないところで真琴と共通点があって嬉しいよ」



 真琴も母校の空気を共有できていたことはもちろん嬉しかったが、それ以上に、古庄が自分と同じように思ってくれていることの方がもっと嬉しかった。



 心地よい風に吹かれながら、心地よい会話を楽しんで、小一時間ほど歩いてから二人は真琴の実家へと戻ってきた。

 居間を覗いて見ると、まだ父親は横になっており、母親もまだ帰宅していないようだ。



「…お父さん、あれってただの昼寝じゃないの?」



 真琴が呆れ顔で肩をすくめる。でも、その父親の眠りを妨げないように、真琴は古庄を2階へと導いた。



「そっちが弟の部屋で、こっちが私の部屋です」



 そう説明しながら、真琴は自分の部屋のドアを開け、古庄を中へと招き入れる。


 足を踏み入れた瞬間に、いつも真琴から感じる満開の桜の香りに包まれたような気がした。

 真琴が淡いピンクの花柄のカーテンを開け、公園に面した出窓を開けると、気持ちの良い風が入ってくる。


 真琴は同じ色合いのカーペットの上に、クローゼットから出した小さな丸いテーブルを出しながら、



「歩いて喉が渇きましたね。下から何か持ってきます」



 と告げると、軽快に部屋から出て行った。


 一人にされて、古庄はきょろきょろと辺りを見回す。


 今はここで暮らしてないとはいえ、真琴が大学を卒業するまでずっと使っていた部屋だ。

 真琴が幾度となく着いた机に、何度も体を横たえたベッド…。

 真琴を育ててくれたこの部屋から、その時その時の彼女の息吹が感じられるようで、古庄は机の上に飾られたリヤドロの人形や出窓に置かれた小さなオルゴールさえも愛おしくなった。



「お待たせしました。下に、母が帰って来てました」



 と、戻ってきた真琴は、窓辺に立って物思いをしていた古庄へと声をかけた。

 紅茶が入ったカップを二人分、お盆に載せている。




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