怪しい酒 Ⅱ
「和彦たん、おかえりなたい」
真琴は楽しそうにニコニコ笑いながら、古庄へと手を振る。
――…おかえりな、「たい」…!?
とろけそうな目つきに、緩みきった口元。それにこの呂律…。
「…おい!真琴にどれだけ飲ませたんだよ?!」
血相を変えて、古庄は母親と晶を睨みつける。
「どれだけ…?さあ、どのくらい飲んだかしら?」
相変わらず、母親の受け答えは先ほどの電話と同様、当てにはならない。
「そんなに飲んじゃいないよ。最初にビールを2、3杯。それから父さんの作った怪しいワイン1杯。それから、この梅酒を2杯くらいかな」
それに比べて晶の答えは的確だったが、まるで危機感はなかった。
「怪しいワイン…って?それに、梅酒だってロックで、だろ?飲みすぎだ!飲ませすぎだっ!!」
実家に到着した直後だというのに、古庄はすごい剣幕でまくしたてた。
「いいえ、和彦たん。大丈夫れす。お義母たんの梅酒、美味しいので、まだ飲めま〜すっ…!」
古庄の心配をよそに、真琴はますます表情を緩ませて古庄へと笑いかけ、梅酒の入ったグラスを手にする。
「わ~っ!!真琴!もう、飲んじゃだめだ!!」
とっさに古庄は真琴に駆け寄って、その手からグラスをもぎ取った。
古庄の一連の動きを見て、晶が面白そうにからかい始める。
「ふーん。そんなに怒るほど、真琴ちゃんのこと、大事なんだな」
「…あっ、当たり前だ!!俺の嫁さんなんだから、当然だろ!」
うろたえたように声を荒げる古庄を、母親はうっとおしそうに一掃した。
「ああ、もう。うるさいね!和彦はいちいち細かいことを言いすぎるのよ」
そんな言い方をされて、古庄はますます逆上する。
「何言ってんだ!俺は普通だ!!そっちが、気にしなさすぎるんだろ!?」
古庄自身、到底〝普通〟とは言い難い人間だが、古庄家の中に入れば、ごく普通の良識ある人間みたいに思えてくる。
「よし!うるさい和彦を、少し黙らせてやろ!…真琴ちゃん。いいもの見せてあげようね」
と言いながら、母親がその場を立つと、古庄は不穏な目つきで、その行動を監視する。
そして、戻ってきた母親の手にあるものを見て、古庄は黙らせられるどころか、焦って声を張り上げた。
「…そ、それを、真琴に見せるのは、やめろ〜!!!」
古庄の叫びは誰にも聞き入れられず、真琴を真ん中に、女三人はその可愛らしい装丁のピンクの冊子を開いてみる。
「これね。和彦が小さい頃の写真」
「わっ♡先ほど、お義姉たんにも、見せてもらいまちた」
「あれは、小学生からの写真だったでしょ?これは、もっと小さい頃の写真だけ集めてるのよ」
「やめろ!!真琴!!見るんじゃない!!!」
母親と真琴のやり取りを聞いて、古庄はまるで断末魔のような声を上げ、そのピンクのアルバムを取り上げようとする。
するとすかさず、晶の速攻パンチがお見舞いされ、あえなく古庄は撃退されてしまう。
「小たい頃の、可愛い和彦たんを見たいんれす。どうしてダメなんれすか?」
酔っぱらって潤んだ瞳の真琴からそんな風に言われると、その可愛さのあまり何も言えなくなった。
「そう!晶も一緒に写ってる写真も多いけど、本当に『可愛い』のよ」
ニッコリと笑って母親に応える、嬉しそうな真琴を見て、古庄は仁王立ちしたまま事の次第を見守るしかない。
「………?これ、和彦たんは、どこに写ってるんれすか…?」
先ほどのラグビーの写真と同様、真琴はその中に古庄の姿を探せなかった。
古庄の姿どころか、その写真の中に男の子の姿はない。
髪を長くし頭にリボンを付けた可愛らしい女の子が二人、フリルのたくさん付いた服を着て並んでポーズをとってたり、遊んでたり……。
その女の子たちはとてもよく似ていて、まだほんの子どもだというのに、どちらもハッと目が覚めるように可愛らしかった。
「その写真、全部に写ってるよ。大きい方は私で小さい方は和彦だ」
笑いを含ませて面白そうに晶が答えると、真琴は目を丸くして、目の前に立つ古庄とアルバムと両隣の母親と晶へと、順に視線を投げかけた。
「……和彦さん、小さい頃は女の子だったんですか?」
驚きのあまり、呂律が元に戻っている。
そして、母親も晶も、古庄までも、冗談など微塵も感じられない真琴の真面目な言葉に、目を点にした。




