怪しい酒 Ⅰ
「真琴ちゃん。これ飲んでみるかい?俺が作ったブドウジュース」
母親が手作りしてくれた地鶏の鍋に舌鼓を打ち、お腹も満たされた後。古庄の父親が、大きな焼酎のボトルに入れられた紫の液体をグラスに注ぎ、真琴に差し出した。
「はい…!」
容れ物は怪しかったが、その芳醇な香りに誘われて、真琴は一気にそれを飲み干した。
「……!?これ、ブドウジュースですか…?」
飲んでしまった後に、後味とのど越しがそうではないことに真琴は気が付いた。
「あっ…!父さん、それ。密造したワインじゃないのか?」
顔を怪訝そうにしかめて、晶が父親を睨む。
「密造とは人聞き悪い!アルコール度数1%以下なら、自家製でも問題ないんだぞ!」
「ホントに1%以下なのかしら。怪しいもんだわ」
母親も呆れ顔で、父親の方を一瞥した。
「もし警察に捕まっても、私を頼ったりしないでほしいな」
「あら?警察のお偉いさんにも、晶の知り合いがいるの?」
「さあ?この前まで、大学の同級生が県警の本部長をしてたけど。今はどうだろう?」
「へえ。こんな県の本部長にもキャリアが来るのねえ?」
――…えっ?!キャリア…って?
密造やら警察やら、一連のきわどい会話を聞きながら、真琴は目を白黒させた。
それに、キャリアと同級生って…、晶は一体どんな経歴の持ち主なのだろう…。
「まあ、俺は警察に捕まっても、飲んだだけじゃ捕まりゃしないから。真琴ちゃん、美味しかったかい?どうだい?もう一杯?」
そんな風に言われて、真琴は困惑した。確かに美味しいとは思ったが、密造酒かもしれない…と思うと、真面目な真琴には手が出せず、苦い作り笑いをするしかない。
「もう!お父さん。無理強いするのは、やめなさいよ。真琴ちゃん、そんな怪しい酒飲まなくていいから、私が浸けた梅酒を飲みましょうよ」
梅酒ならば、法律違反ではないので、真琴はそちらを頂くことにした。
と言うより、あまりお酒に強くない真琴は、そろそろソフトドリンクを飲みたいところだったが、アルコール以外の飲み物は目につかず、なかなかそれを言い出せずにいた。
「そうは言っても、昔はうちも酒を造ってたんだよ。酒蔵をいくつも持って、奉公人を大勢雇って。山をいくつも越えた所からも、うちの酒を買いに客が来てたもんだ」
お酒が入って気持ちの良くなった父親が、そんな話をし始めると、母親も晶もそろって呆れたような顔になる。
「また…。父さん、それ、いつの時代の話?」
「いつの時代って、江戸時代よ。まるで見てきたように言ってるけど、お父さんが生きてた時の話じゃないんだから」
そんな風に二人から馬鹿にされて、真琴は父親のことが少し可哀想になってくる。
「…でも、お義父さんの中には、その時代からの精神やノウハウが受け継がれているんですね」
と、慰めてみたけれど、その当時造っていたお酒は、ぶどう酒ではなかったはずだ…。しかし、父親は少し目を潤ませて、真琴を見つめた。
「…真琴ちゃんは、優しいなぁ…。こんな可愛い娘を持てて、俺は本当に嬉しいっ!…そうだ。真琴ちゃんには、とっておきのあの酒を出してあげよう…!」
そう言って父親は立ち上がり、いそいそとその“酒”を探しに部屋を出て行く。
真琴は「お酒はもういいです」と言いたかったが、可哀想な父親に、その言葉はかけられなかった。
「でも、お父さんの言う通り。真琴ちゃんって、本当に可愛い。和彦が、私たちに紹介するのも待てずに結婚してしまったのも解る」
梅酒を片手に、今度は母親の方がニッコリと笑いかけてくれた。真琴は照れてしまうのと恥ずかしいのとで、赤くなりながら目の前の梅酒をすすった。
「こんなに可愛い真琴ちゃんを、和彦のやつ、私たちに黙って独り占めするなんて…!けしからん奴だ!」
晶にはそんな風に言われてしまって…、真琴は恥ずかしいのを通り越して、気後れしてしまう。
ごく普通の自分のことを、こんなに「可愛い」と連呼する古庄家の人間の感覚が、真琴には理解しがたく、かなり変わってるとしか言いようがない。
その時、宴会をする居間の襖がスラリと開いた。
「けしからん奴で、悪かったな!」
そう言い放つ声と共に、そこにラグビーのトレーニングスーツを着た古庄が登場した。
「真琴……!!!」
古庄は、母親と晶と一緒に座卓を囲む真琴の姿を確かめて、いからせていた肩の力をホッと抜いた。




