古庄の過去 Ⅱ
――……ウソ、これが和彦さん?!……クマみたい……!!
真琴は思わず言葉をなくし、写真を凝視する。
真っ黒に日焼けして、土で汚れた顔をよく見ると確かに古庄だが、今のように圧倒されてしまうようなオーラはない。それに、体つきが今と全然違う。
「ラグビーをしているヤツで、バックスにはスリムなヤツもいるけど、和彦はフォワードだったから、とにかく食べて鍛えて体を大きくしたんだ。この頃は体重が110kgくらいあったと思う。…色も黒くて、本当にクマみたいだな」
真琴の心を読んでいるかのように、晶もそう言って、朗らかに笑った。
110kgと聞いて、真琴は息を呑む。まさか、こんなに巨漢だったなんて…。本当に高校生の写真なのだろうかと、疑いたくなるほどだ。
教えてもらったら、他の写真の中にいる古庄も見つけられた。フォワードと言うだけあって、前線でボールを奪い合うシーンが多い。ボールを持って走る様も、まるで猛牛の突進だ。
高校生の頃の古庄は、真琴の想像していた爽やかなラガーマンとは、かけ離れ過ぎていた。
「和彦が今みたいな感じになったのは、大学生になって、ラグビーをやめて筋肉が落ちて、痩せてからだよ。服装なんかも、私が少しレクチャーしてやったら見違えるようになったね」
そこから古庄は再び変貌して、どんな女性も一目で恋に落ちてしまうような男性になったわけだ。
これまでにどれだけの女性の心を虜にして、その女性達とどんな風に付き合ってきたのか想像すると、真琴の胸が切なくチクン…と痛んだ。
「…今みたいになって、きっと和彦さんは、ものすごくモテたんでしょうね…」
晶は、その頃の古庄を知る人物だ。訊いても仕方のないことだと分かっているけれど、真琴は訊かずにはいられなかった。
晶はその質問の意図を察して、チラリと真琴の顔色を確認した。
「大学生の頃のアイツのことは、よく知らないけど。不特定多数の女から一方的に言い寄られるのが、モテると言うんなら、確かに…、モテてたとは思う。それも、異常なほど。ここまで押しかけてくる女も、何人もいたからね。…でも、それが高じて、アイツは女に辟易したんだ。…前にアイツが結婚するって女に会った時……」
古庄の前の縁談…静香との話が出てきて、真琴はその胸が大きく脈打つのを映すように、表情をこわばらせた。
「ああ、適当なところで手を打つことにしたんだな…って思ったね。あんな身綺麗にしてるだけのつまらなそうな女、和彦は結婚に何も期待してないんだな…って」
――…静香さんは、つまらない女なんかじゃないけど…
と、真琴は晶の話を聞きながら、心の中で異を唱えた。
でも、晶くらい完璧な美貌とスタイルで、弟と同じような知性を持ち合わせているとしたら、静香でさえ〝つまらない女〟になってしまうかもしれない。
ましてや、自分は……。
きっと、存在意義さえない“みそっかす”みたいに思われてるのだろうと、真琴は小さくなって消沈した。
「――その点、真琴ちゃんは可愛いね。多分、和彦の方から惚れたんだろう?」
晶の意外な言葉を聞いて、真琴は目を丸くして晶を見つめ返した。
「…和彦と私は姉弟だよ?多分、うちの両親も同じように思ってると思う。真琴ちゃんは特に、私の好みのタイプだ。あんまり可愛いから、キスくらいしたくなっちゃうな♡」
「は……!?」
意外を通り過ぎて、衝撃的な晶の言動に、真琴は驚きよりも唖然とする。
麗しい男性のような晶から、優しく見つめられて、そんなことを言われて…。
真琴の心臓は先ほどとは違った意味でドキドキと、不穏に脈打ちはじめた。
と言うより、晶は女だ。
…でも、女でも女性を好きになる人もいる…。
決して暑くはないのに、真琴の全身から汗が噴き出てくる。
目を白黒させながら、顔を青ざめさせて、真琴の思考はめまぐるしく回転した。
こんなベッドで、このまま晶の隣に腰掛けていてもいいのだろうか…?
突然真琴が体を硬くして、晶との間を少しを空けたことに気がついて、晶は面白そうに笑った。
「大丈夫。さすがに和彦の嫁さんに、手を出したりしないから」
「………」
真琴は固まって、返す言葉もなかった。
もし、古庄と結婚していなければ、手を出されて=キスされていたのだろうか…。それに、晶はそんな風に、女の子に手を出したことがあるのだろうか………。
想像を巡らせれば巡らせるほど、晶は本当にミステリアスで、真琴はとても対等に話ができる相手にはなれそうもない。
「さあ、そろそろ、夕食もできた頃かな?」
と、晶はアルバムを閉じて立ち上がり、座ったままの真琴を顧みる。
「これ、持って帰るかい?」
問いかけられて、真琴は我に返り、首を横に振った。
「またここに来た時の楽しみに、ここに置いておきます」
真琴がそう言ってほのかな笑みを見せて答えると、晶も古庄とよく似た微笑で応えてくれた。