古庄の過去 Ⅰ
真琴が気がつくと、座敷の真ん中に敷かれた布団の上に寝かされていた。
記憶をたどって、岩風呂でのぼせてしまったことを思い出す。
「……!!」
とっさに布団の中を覗いて、自分の姿を確かめてみたら、…来た時に着ていた服を身につけていた。
「ああ、気がついたかい?キレイな下着を着せるのに、勝手にキャリーケースを開けさせてもらったよ」
真琴の気配に気がついて、晶が隣の部屋から声をかけてくれた。
そこは応接室にしているのか、和室の中に立派なソファーセットと格調高いテーブルが置かれている。
「あの…お義姉さんが服を着せて下さったんですか?」
「もちろん。あの状況じゃ、私以外いないだろう?」
その事実を聞いて、真琴はまた気が遠くなった。
いくら女同士で、意識がなかったとはいえ、裸の自分を晶にさらしたとは。
あまりにも恥ずかしすぎて、再び布団に潜り込んで身を隠してしまいたかったが、そうするのをグッと我慢する。
「ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」
真琴は起き上がると、布団の横で正座をし、深々と頭を下げた。そして、頭を上げるのと同時に、古庄の母親との約束を思い出す。
「そうだ…!お義母さん…」
早く行かなければ、夕食の準備も終わってしまう。
真琴はすぐさま立ち上がって、布団を片付けにかかった。
「ああ、そういえば。夕食の準備はもういいから、ゆっくり休んでって、うちの母親が言ってた」
晶がそう言うのをを聞いて、真琴はガックリと肩を落とす。古庄の母親に、あてにならない嫁だと思われなかっただろうかと…。
「それに、その布団は片付けなくても。今晩は和彦とこの部屋で寝てもらうから」
「…あ、そうなんですか…」
晶はそう言ってくれたけれど、本当に古庄がここに来る確証はない。もしかして、勝手なことをしたと腹を立てて、迎えになど来てくれないかもしれない。
「和彦さん…。来ないかもしれません…」
そんな真琴の弱気な声を聞いて、ソファーに座っていた晶は、読んでいた農業新聞から目を上げた。
「和彦には黙ってここに来たんだって?どうせ、アイツがここに来たがらなかったんだろう?」
布団を部屋の隅に寄せて、座敷の真中でたたずんでいた真琴は、晶が言ったことが図星だったことに、目を合わせて肯定した。
「まあ、アイツがいなかったらいなかったで、楽しめることもある。…そうだ。こっちに来てごらん」
晶は立ち上がって、ニヤリと笑った。
縁伝いに移動すると、障子を開けて中へと入る。
薄暗い部屋の照明が点けられると、そこは他の部屋とは趣が違い、カバーのかけられたベッドがあり、本棚が並んでいた。
「高校生の時まで、和彦が使っていた部屋だよ。机はもう処分してしまったけどね。…さて、どこだったかな…?」
と、晶が本棚の前に行って、何か探し物をしている間、真琴は部屋の中を見回した。
余計なものはほとんどなく、何度か訪れたことのある古庄のアパートと、あまり雰囲気は変わらない。
それでも、毎日真琴が接する高校生の多感さを知っているからこそ、その時代の古庄に思いを馳せて、真琴の胸はドキドキと鼓動を打ち始める。
「あ、あったあった!これ、和彦のアルバム」
ニンマリと笑いながら、晶は真琴に手招きし、ベッドへと腰を下ろした。真琴もまるで引き寄せられるように晶の隣に行き、アルバムを覗き込む。
アルバムのページをめくるごとに、まるで宝箱を開けるみたいに胸が高鳴ってくる。
小学生の頃の古庄。
運動会、一等でゴールテープを切る写真。今のような超越した存在感はなく、ごく普通の男の子のように見えるが、その表情は活発そうで元気そのもの、とても楽しそうに笑っている。
海でスイカ割りをする写真。
顔や全身を粉だらけにして、餅を丸める写真。
どの写真の笑顔もキラキラ輝いていて、素直にスクスク成長していったのが分かる。
そして今、飾ることなく、素直で優しい心の持ち主になって、古庄は真琴を愛するようになった。
愛しい人の生きてきた軌跡をたどることが、こんなにもドキドキしてときめくこととは、真琴は思いもしなかった。
中学生の時の学生服姿。野球に打ち込んだらしく、ユニフォームに身を包み、バットを握る写真もあった。
そして、高校生の古庄。ラグビーをしていたことは、真琴も知っているところで、試合などの写真がたくさんある。
でも、ラグビーをしている写真の中に、真琴は古庄を探せない。まさか、本人が写ってない写真をアルバムに貼ったりはしないだろう…。
「……あの、このラグビーの写真。和彦さんはどこに写ってるんですか?」
愛しい人が分からないなんて、恥ずかしく思いながら、真琴は晶に尋ねてみる。
すると、晶は可笑しそうに笑った。
「ははあ、高校生の頃の和彦は著しく変貌したからな。分からないのも無理はない」
と、ラグビージャージを着た数人が肩を組んでいる写真の一人を指差した。