岩風呂にて Ⅱ
恐る恐る岩の陰から覗いてみると、引き戸の向こうからも、晶の綺麗すぎる顔が覗いている。
「…あ、入ってたのか…」
晶が真琴の顔に気が付いて、そうつぶやいた瞬間、真琴の息が止まる。
思わず、浴槽から飛び出してしまいそうになったが、そうするわけにもいかず、真琴は岩陰で体を硬くした。
「…あ、あの!…すみません。先に…お、お風呂に入らせてもらって…」
歯の根が合わず、震えてくるのが真琴の声にも表れている。
「いや、いいよ。どうせだから、一緒に入ろうか」
晶はあくまでもサラッと、物凄いことを言ってのけた。
「……は?!」
真琴は頭の中が真っ白になってしまう。
一緒に入るということは、晶も裸になって、この湯船に一緒に浸かるということだ。
いくら古庄の兄だとはいえ、そんなことできるはずがない。裸の自分を見せていいのは、古庄だけに決まっている。
「あっ、あの!私っ、すぐに出ますから、少し待っててもらえますか?」
「大丈夫。気にしなくてもいいよ」
晶はあまり気にならないらしく、真琴の言っていることの意図を汲んでくれない。もうすでに、脱衣所で作業着を脱いでいるらしい気配が、真琴の耳に届いてくる。
真琴は、まじめに焦ってしまった。早くどうにかしないと、本当に晶は裸でここに入ってくる…!
失礼かとは思ったが、これははっきりと言わなければ晶には通じないと思い、勇気を振り絞った。
「すみません!私、やっぱり、和彦さん以外の男の人と一緒には入れません!!」
必死な思いで、真琴がそう言ったにもかかわらず、
「あっはっはっは…!」
と、晶の笑い声が聞こえてくる。
そして、とうとう、晶が引き戸を大きく開けて、入ってきてしまった。
「○☆△*%♨︎〜〜〜〜〜!!」
真琴は声にならない叫びを上げて、固まってしまう。
「心配することはない。私は女だ」
「………!!?」
晶の落ち着いた声を聞いて、真琴は岩陰からもう一度、そっと覗いてみる。
一糸まとわず、恥じらうことなく、仁王立ちする晶の姿に、真琴の目が釘付けになる。
……確かに、男ではなかった。
女にしては、膨らみがささやかすぎるけれども、……晶は正真正銘の女だった。
「私……!!ごめんなさいっ!!男の人と間違えるなんて!!」
先ほどとは違った意味で、真琴の顔が真っ赤になる。
女性を男性だと思うなんて、取り返しのつかないような失態だった。あまりにも申し訳なくて、その場で土下座をしたいくらいの気持ちになる。
「私を男だと思ったのは、君だけじゃない。この名前のせいもあって、むしろ初対面で女だと思われることは珍しいよ」
掛け湯をして湯船に浸かりながら、晶は真琴に笑いかけた。
その笑顔たるや、女にしておくのはもったいないほどで、真琴は見惚れてしまって、声も出せなくなる。
晶は女だとしても、相当な美人だ。
普通に対面するだけでも、ドキドキしておかしくなりそうなのに、こんなシチュエーションでは、真琴はもう心臓が爆発しそうだった。
「…だから、女同士なんだから、そんなに身構えなくても大丈夫」
頑なに腕で胸を押さえている真琴を見て、晶も呆れ顔になる。
たしかに、その通り。女同士なのにこんな風に隠す方が不自然だ。真琴はおずおずと胸の前から腕を外し、ぎこちなく膝の上に置いた。
露わになり、お湯の中でたゆたう真琴の体を見て、晶の表情がいっそう緩む。
「真琴ちゃんは、和彦とは一緒にお風呂に入ってるんだ?」
「……は?!」
いきなり、きわどい質問をされて、再び真琴の心臓が飛び上がる。
「さっき、そう言ってたよね?」
「…そ、そ、それは、いつもって訳じゃなくて…」
晶からの質問だから無視するわけにもいかず、かと言って、適当なことを言って誤魔化すほど要領も良くなく、真琴は正直にありのままを暴露するしかない。
「いつもじゃないけど、和彦とお風呂に入ったことはあるんだ?」
「…ま、前に、おお、温泉に行ったことが、あって…」
晶は端正で高潔そうな顔の下に、イタズラな思惑を隠して、更に真実を追求する。
「へぇ〜、それで?温泉に一緒に入って、いちゃついた訳だ」
「…い、いちゃ……!?」
それがどういうことを意味するのか想像して、真琴の顔が更に真っ赤になった。
「い…い、いちゃついてなんかいません!今のお義姉さんと同じように、一緒に入っただけです…!」
「ふうん」
と、晶は優しげだが、意味深な笑みを浮かべる。
超絶した完璧さは古庄にも似ているが、晶は中性的な分、その表情はミステリアスで、なおいっそう相手の心をざわめかせる。
そんな晶に見つめられて、真琴はアワアワ…と言葉が出て来ず、呼吸さえもままならなくなった。
「……真琴ちゃんって、可愛いね」
そして、その晶の一言は、真琴に心臓にトドメを刺した。お湯の熱さも相乗して、真琴の頭がボーッとしてくる。
「真琴ちゃん?!大丈夫?」
と言う晶の声が遠く聞こえているけれど、真琴はもう返事ができず、そのまま意識を失った。