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恋はしょうがない。〜Side Storys〜  作者: 皆実 景葉
古庄の安らげない場所
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山の幸 Ⅱ

 



 山の木々の生い茂る中で一人きりにされて、いきなり真琴は不安になる。





「あの…、お義父さん……?」



 心細さのあまり、思わず声を上げてしまうと、



「ああ、大丈夫。近くにいるよ」



 と、小枝をかき分ける物音と共に、返事が返ってきた。



 それ聞いて安心した真琴は、薯掘り用の鍬のようになった道具を手に取りなおした。


 薯の周りの土を、少しずつ掘り進めていく。確かにスーパーで売っている“長芋”のように真っ直ぐではないから、傷をつけないように掘るのは難しい。


 慎重な性格の真琴は、まるで遺跡から遺物を掘り出すかのように、丁寧に少しずつ掘り進めていった。



 すると、地面から4、50cm掘ったところで、この薯は折れ曲がっていることが判明する。

 必然的に穴はどんどん大きく深くなり、真琴は上半身を穴の中に突っ込むように、さらに慎重に土を削り、両手ですくって掻き出すことを繰り返した。



「どうだい?もう掘れたかな?」



 しばらくして、古庄の父親が真琴のいる場所に戻ってきた。すでに3本もの自然薯が、その手には抱えられている。


 しかし、真琴はまだ、悪戦苦闘の最中だった。

 返事もままならず、顔を土で汚しながら頑張る真琴の姿に、父親はニッコリと微笑んだ。



「自分で最後まで掘るかい?それとも手伝おうか?」



 そう投げかけられて、ようやく真琴は顔を上げた。



「…自分だけで掘り上げたいところですけど、きっとお義母さんが待ちくたびれていると思うので、お手伝いください」



 真琴が言ったことにもっともだという顔をして、父親も穴の中を覗き込んだ。



「ああ、これは。すごい形の薯だったね」



 と言いながら、父親の手にかかれば、ものの10分程度でその薯は掘り上げられた。


 真琴に手渡された自然薯は、ずっしりと重く、先端部分はまるでグローブのような形をしていた。


 この、何とも言えない達成感…!

 初めは戸惑ったけれども、真琴の日常生活では得られない感覚で、これはやみつきになりそうだった。



 そこに残された大きな穴を、父親が手早く埋め戻して、帰る準備をする。

 真琴も収穫物を手に、初めての体験をした充実感と共にそれを見守っていた矢先…、



「……あっ……!」



 その現実に気付いた瞬間、絶望で目がくらみそうになった。


 その尋常ではない声色に、



「…何?どうした?」



 と、古庄の父親も眉を寄せた顔を上げた。



「……コンタクトレンズを落としました……」



 手にある自然薯から父親へと目を移した拍子に、側にあった小枝で、目を弾いてしまったのだ。とっさに目は閉じたけれども、その時コンタクトレンズは弾け飛んでしまったらしい。


 パソコンをよく使うからか、最近視力の落ちてしまった真琴は、コンタクトレンズを作ったばかりだった。



「…動くなよ!俺が探してやる!!…俺はこういうの、得意なんだ!」



 と言いながら、父親は目つきを鋭くして、真琴の足元を凝視する。


 そうは言ってくれたが、何もない室内ならともかく、こんな落ち葉で覆われた山の中では見つかりっこない。


 誰も責められないこの喪失感は、とてつもないものだった。真琴は自分では何もできず、自然薯を手に持ったまま半ば諦めつつ立ちすくんでいた。



「…お義父さん…」



 もういいです…と真琴が言いかけた時、



「…あったぞ…!」



 と、父親は小さなかけらを拾い上げた。


 真琴は自然薯を片手に持ち、軍手を外すと、それを手のひらに受け取った。



「……ウソ……!」



 手にあるコンタクトレンズをまじまじと確かめて、父親の顔を見つめる。



「すごい……!!」



 ホッとしたのと嬉しいのとで、真琴は顔を輝かせた。

 こんな枯葉だらけの中から、小さなプラスチック片を一枚見つけだすなんて、本当に真琴には信じられなかった。



「お義父さん!本当にすごいです!ありがとうございます!!」



 真琴が自分の感激を素直に表現する。すると、



「だから、俺は、こういうの得意なんだよ」



 と、古庄の父親もまんざらでもなさそうにニンマリと笑った。



 それから車に乗り込むと、再び父親はもと来た道を爆走する。また真琴は、怖さのあまり何もしゃべれなくなり、ただ黙ってこの激しい揺れに耐えるしかない。



 キキ―――ッ!!



 突然、前触れもなく、父親はセダンの高級車を停車させる。真琴は前のめりになるのを、ダッシュボードに片手をついて何とか耐えた。



「…何?どうしたんですか…?」



 真琴がそう尋ねているのにも耳を貸さず、父親はドアを開けて車から出る。そして、前方の道路わきに積み上げられていた木材から、5、6枚のシイタケを調達して戻ってきた。


 それで、真琴もその木材がシイタケを栽培する榾木ほだぎだということに気が付いた。



「お義父さんはシイタケの栽培もなさってるんですか?」



 再びハンドルを取る父親に、そう尋ねてみる。



「いや、シイタケは作ってないよ。さっきのは他所のうちの山だしね」


「……!?じゃあ、今のシイタケは…。勝手に採ってもいいんですか?」



 ――もしかして、泥棒してきたんじゃ…!?



 一つの疑念がむくむくと真琴の中に、頭をもたげてくる。



「なあに、大丈夫。さっきの榾木はもう捨ててあるヤツだから」



 父親は全く悪びれる様子もなく、そう返してくる。



「ああ、捨ててある木にも、まだシイタケ菌が残っていて、生えてくるんですね…」



 真琴は胸をなで下ろしながら納得した。

 そして、同じようなやり取りを、かつて古庄としたことがあると思い出す。


 夜の校舎に、二人きりで缶詰めになってしまった時だ。あの時、古庄は同僚の戸部の机を漁り、真琴はカップラーメン泥棒の共犯者となった。


 この行動パターン、この言動…。

 父子と言うのは、こんなところでも似てしまうものなのだろうか…。



 それにしても、薄暗い山道を猛スピードの車で走っている最中、瞬時でこのシイタケを見つけるなんて、何という目敏さだろう。先ほどのコンタクトレンズの件といい、父親のその驚異的な眼力に、真琴はただ驚嘆していた。





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